───年─月──日
少しずつ記憶の靄が晴れてきたので、
それを整理するためにもこうして日記として、文章に起こしてみることにする。
始めに、私は延空木で起きた一件以来、いくつかの記憶を欠損した状態になっていた。
山岸先生曰く、『エピソード記憶障害』と呼ばれるものらしい。
原因は私の人工心臓が止まったことによる、脳の酸素不足時間が長かったため…だそうだ。
4~5分間以上脳への血流が止まると脳の細胞は死んでしまうらしいので
後一歩遅ければ私は記憶障害どころか、容易に命を落としていたことだろう。
そう。私の人工心臓はあの時、確かにバッテリー切れで停止していた。
だが一度完全に停止した事が良かったのか、
はたまた奇跡によるものか、
その直後から私の心臓は再度充電できるようになったのだ。
しかしそれでも動き出すまでに時間がかかってしまったため、
こうして記憶障害を負うことになってしまったが。
抜けた記憶を取り戻すのに、この日記は大いに役に立ってくれた。
つけ始めてそれほど経っていないのか内容こそ多くないし、
過去に記された多くの内容が千束とたきなのこと(日記内では『ちさたき』と略されていた)
で、更には時折未来を知っているかのような不思議な書き方をしていたのは気になったが、
それでもないよりはずっといい。おかげで現状、私はほとんど過去の自分を取り戻せている。
それに『ちさたき』という響きは、何故か分からないがとても心に響くものがあるのだ。
もう少し時間はかかることだろうが、
この分ならばそう遠からず私は全ての記憶を取り戻せることだろう。
───年─月──日
穏やかで、どこか退屈にすら感じられる日々が流れている。
何もかもが解決したわけではない。
それどころか、吉松シンジからは結局、人工心臓を手に入れることは叶わなかったので
依然として私の心臓も、そして千束の心臓にもタイムリミットが迫っている。
だが千束が誰も殺さずに済んだのだから、これでよかったのだと思う。
それに、私にはクルミが人工心臓を作った人物と、
その場所を見つけてくれるだろうという奇妙な確信があった。
まるで、過去にその場面を見たことがあるかのような感覚だ。
…過去に、私が日記に記していた
未来を知っているかのような文章はこれと同じものだったのだろうか?
何にしても、今は頑張ってくれた千束とたきなを甘やかしてあげる事こそが
私にできる数少ない大切な事の一つだと思う。
以前の私は、二人の間に入ることは良くないことだと思っていたようだが
今の私の感覚すると、それはよく分からないことだ。
せっかく二人が私という人間を求めてくれているのだから、応えてあげるべきだろう。
それとも、二人は恋人同士だったりするのか?
確かにそれならこれまでの日記にも説明が付く気がする。
明日、二人が起きたら聞いてみることにしよう。
───年─月──日
今日、ついにクルミが人工心臓を作った人物を見つけ出した。
初めて作られた際に使用された町工場は既にないようだが
新たな人工心臓を吉松が用意していたことからしても
まだどこかで作られていることは間違いない。
クルミは心臓関連の怪しい治療記録を探れば今現在の出処も分かるはずだと言っていた。
さすがはクルミだ。
問題があるとすれば、製造場所を見つけたとして、
千束と私の分を用意してもらえるかどうかだが…
その辺りは、その時になったらまた考えればいいだろう。
それとこれは余談になるが、千束とたきなに二人は恋人同士なのかと
それとなく聞いてみたところ、二人揃って「違う」と返されてしまった。
つまりは全て過去の私の勘違いだった、ということだ。
なら、私が二人を甘やかすことは何も問題はない。
今日から更に気合を入れて二人を甘やかすことにする。
───年─月──日
千束に膝枕をしていたところ、いきなり千束が
「私は本当に百合と一緒にいていいのかな?」
と言ってきた。
どういうことか分からなかった私が、千束になんでそんなことを言うの?
と返したところ、千束は今まで堪えてきたのであろう涙とともに、その内心を語ってくれた。
曰く、「自分のせいで百合にこんな風な怪我を負わせてしまった。ずっと百合の大切な時間を奪ってきた」のだと。
私が千束が受けるべきだった任務を肩代わりしていたというのは事実だが
それは私が勝手にやっていただけのことだ。
詰まるところ千束がここまで思い詰めることになったのは私の言葉足らずが原因なのだろう。
なので私は昔、彼女にやっていたように優しく髪を撫でながら
私がどれだけ千束のことが好きなのかを事細かに言葉にして聞かせることにした。
最後には千束は顔を真っ赤にして逃げようとしていたが
抱きしめると大人しくなったので続けた。
どうやら千束は途中で眠ってしまっていたようなのでどれだけ伝わっていたかは分からないが
千束のためにもこれからは定期的に千束に私の気持ちを伝えていくことにしようと思う。
───年─月──日
千束に私が元々使っていた銃をあげた。
先生が銃弾を買い付けるついでに壊れた千束の銃も取り寄せようと思うが
何がいいか? と千束に聞いたことから話は始まったのだが、
銃を壊したのは私だし費用は私に払わせてほしい、と言ったところ千束から
「なら百合の銃が欲しい!」
と言われたのだ。
私が使っていたグロック17は別段特別なものではなく、他のリコリス達も
広く使っている普通のものなので、千束には新品なら本部に頼めば貰えると
言ったのだが、千束がどうしてもというので、結局私が使っていたものをあげた。
元々、片腕になってしまった以上銃を変えないととは思っていたので私自身は
問題ないのだが…千束は本当にそれでいいのだろうか?
私に気を遣っていないといいのだが。
───年─月──日
千束だけでなく、どうやらたきなも悩みを抱えていたらしい。
喫茶リコリコの地下にあるシューティングレンジで
彼女の射撃訓練を見守っていたところ、ふと溢すように呟いたのだ。
「私は正しかったのでしょうか」
と。
たきなに話を聞いてみると、彼女は延空木の時、千束が吉松を殺そうとするのを止めたが、
それが本当に正しい判断だったのか、ずっと迷っていたらしかった。
私はまず、たきなに言えていなかったお礼を言った。
そして、彼女の判断が間違いなく正しかったのだと言うことを伝えた。
たきなが止めてくれていなければ、私はきっと間に合わなかったことだろう。
たきなは「私は貴女を見殺しにしようとした」と言うが、
私は今もこうして生きているのだから、やはり彼女は何も間違ってなどいない。
私の説得に根負けしたのか、最後にたきなは
「私を見ていてくれますか?」と言ってきたので
「ずっと見ているよ」と私が返すとようやく納得してくれたらしく
晴れやかな笑顔を見せてくれた。
たきなにしては珍しい表情だ。けれど、とてもよく似合っていた。
───年─月──日
今、私達の手元には二つの人工心臓がある。
クルミが現在の製造場所を突き止め、私達はそこを訪れることができた。
どんな天才科学者が出てくるのだろうかと身構えていたが、現れたのは
いたって普通の、一般人のような人だった。
その人もアランチルドレンだったようで、アランの支援によって
人工心臓を作り上げたと言った。そして、千束がその人工心臓を
持っていることを告げると、その人は唐突に千束に礼を言ってきたのだ。
曰く、彼女のおかげで人工心臓という分野の研究は何十年も先に進んだのだと。
クルミは「よくもまぁ悪びれず言えるもんだな」と呟いていたが、それもそのはずだ。
おそらくこの人工心臓は数多のリコリスを使った人体実験によって成ったものなのだから。
千束はこれを知らないが、知る必要もない。
だがおかげで私達はそれほど苦労することなく新たな人工心臓を手に入れることができた。
これもまたある種の人体実験だからかもしれないが、安全性は既に立証されたものだと
その人は言っていた。私の頭には吉松が浮かんでいたが、この人工心臓は彼がその身に
埋め込んだものと同じものなのかもしれない。
いずれにしても、私と千束はこの心臓を信じる他にない。
手術は明日。執刀医は、既にミカとクルミが見つけてくれている。
ずっと昔、千束が手術を受けた日のように私は彼女に
「絶対に成功する」
と言った。千束も私に同じ言葉を返してくれた。
───年─月──日
実はあまり、これまで私は先のことを考えたことがなかった。
リコリスとして生きて、そして千束の最後を見届けるのだろうと
漠然とそう考えて生きていた。
だが、その漠然とした未来は今日で変わった。
私と千束は二人とも新たな人工心臓の移植に成功したのだ。
私はこれからどう生きていくのだろう。
分からないが、そこにはきっと千束がいて、たきながいて、先生がいて
ミズキがいて、クルミがいて…私を慕ってくれるリコリスの子達や
喫茶リコリコを訪れてくれる人達がいるのだろう。
だからきっと、大丈夫。
◆
Top secret
任務管理番号:XXXXXX-XB
DA支部、『喫茶リコリコ』に依頼された延空木奪還及び真島の殺害任務において、本来従事者ではないにも関わらず任務に参加。
状況終了事、人工心臓のトラブルからDA直轄の医療施設へと搬送。その後、同支部所属のファーストリコリスである『錦木千束』と、セカンドリコリス『井ノ上たきな』より、生存が報告される。
以後、リコリスとしての登録を削除。
高い教導能力から適正を認められ、リコリスの指導監督任務を新たに与えられた。
◆
「嘘、だろう…?」
何の変哲もない、ある日の朝。
二人の寝顔を眺めるために、いつものように一人先に起きた私は、
「えへ…百合ぃ…私も大好き…」
「百合さん…ずっと私を見て…」
幸せそうに、二人は時折寝言を言いながら眠っている。
そして二人の髪をそっと一撫でして、私は己に向き合った。
さて、私は。
私は、何をした?
何だ、この、カップリングは…。
『ちさたき』の姿か? これが…。
千束に堂々と「君を愛している」などと言い。
たきなにも「ずっと見ている」と告白紛いのことをし。
『ちさたき』を穢した醜さ。
生
き
恥
私はこの、転生者が百合の間に挟まった超絶地雷カップリングを生み出してしまったことをこの先一生後悔することだろう。
死ぬしかない。死ぬしかないが…このままでは終われない。
そうだ。そうだとも! 世界はまだまだこうして続く!!
失敗を糧に、今度こそ完全完璧な『ちさたき』を成すんだ!!!
遍く総べては『ちさたき』のために!!!!
To Be Continued…?