『──絶対に良くなる。大丈夫だよ、千束』
『絶対に成功する。起きたらまた、こうやって話をしよう』
『千束なら絶対にできるよ。これから君はたくさんの人を救うんだ。私のことだってこうして救ってくれただろう?』
『千束』
『千束』
『──千束』
いつだって、君の言葉は私を救ってくれる。
君の「絶対」が私の背中を押してくれる。
君が名前を呼んでくれるから、こうして生きようと思える。
だから、だから私は──。
◆
私には姉のような存在が一人いる。
『初めまして、千束。私は白園百合だ。よろしくね』
今でも覚えてる、きっと消えることのない記憶。私と百合の、初めての会話。
『きょうくんれんでたたかったひと…』
百合はこの時から赤い制服…つまりはファーストリコリスだった。毎日いろいろな人と戦うので誰が誰だというのをいちいち覚えていなかった私でも、その赤い制服と戦い方は印象的だった。
そして何より、「銃弾を避ける」なんておかしなことをしてみんなから避けられていた私に、声をかけてくれた数少ない人物の一人だったから。
『そう、今日訓練で戦った人だ。百合って呼んでね。私も君を千束と呼ぶから』
『…わたしとはなすときらわれるよ』
だからこそ、私は百合にそんなことを言っていた。私に話しかけてくれるような優しい人が、私と同じように嫌われてしまうのは嫌だったから。
けれど、百合は
『嫌われないよ。それに千束も嫌われてなんていない。みんな少しだけ驚いているだけさ。ほら、一緒にみんなのところへ行こう』
そう言って、微笑みながら私の手を引いてくれた。ここからだ、閉じていたはずの私の世界が広がったのは。
『くっそ、相変わらず当たらねぇ…!』
『次回は当てられるといいねーフキー?』
『てめ、千束…!』
『はい、二人ともそこまで。千束もフキも、みんなもお疲れ様!』
訓練が終わってもみんなから前ほど嫌な視線を向けられることもなくなっていた。フキは…初めからあんまり変わらないけど。
『百合姉!』
『百合姉だ~!! お疲れさまー!!』
『あっ、おい千束!』
フキの声を振り切って百合に抱き着く。そうそう、この頃からだっけ。私が百合のことを百合姉って呼ぶようになったのって。
百合は私とたくさん話をしてくれて、先生が教える「リコリスの戦い方」じゃない、もっと温かくてキラキラしたことを教えてくれる。だけどそれは私だけに限った話じゃなくて、フキもそうだし、他の子達にもそうだ。だから百合はみんなから百合姉と呼ばれていた。みんな百合と話すのが大好きで…1歳しか変わらないはずなのに、先生と同じくらい大人みたいに感じられて、少し不思議でもあった。
『千束、お疲れ様。今日も頑張ったね』
『ふふふ~うん!』
頭をゆっくりと撫でながら、百合もハグを返してくれる。
羨ましそうに見ているフキを含む周りの子達には悪いけど、これだけは私の特権だ。
『ッ…ううっ…』
『千束!? おい、千束!』
それから少し経って…私は徐々に激しい運動ができなくなっていった。先天性の疾患。心臓の病だ。
『百合姉! 千束が!』
『ゆ、り…ねえ…』
『大丈夫、大丈夫だよ』
百合が私を抱っこして医療室へ運んでくれる。壊れ物でも扱うみたいに優しく、慎重に。
やがて車椅子を使わないといけないくらい病気が進んでも、私は百合に抱っこして移動してくれるようせがんだ。病気は辛かったけれど、百合を独占できて嬉しいとも思っていた。
百合は毎日、私に大丈夫だと、絶対に良くなると言ってくれた。何の根拠もない言葉だけれど、その言葉は他の誰の言葉よりも信じられる、魔法の言葉だった。
『…あなたでしょ!? 私を助けてくれる人!』
もう顔は思い出せないけれど、その日は見かけない人が来ていて、直感的にその人が私を助けてくれる人だと分かった。
その人は自分を救世主だと言っていて、私もそうなりたいと思った。
そして手術の日、私は百合にだけ、抱えていた弱音をはいた。
『絶対に成功する。起きたらまた、こうやって話をしよう』
絶対。百合はそう言った。なら、きっと今回も大丈夫だ、私は百合に行ってきますと言った。百合はいつものような穏やかな笑顔で行ってらっしゃい、と言った。
『お祝い? 誰から?』
『救世主だ』
手術は百合が言った通り、無事成功した。先生から渡されたお祝いの品を開けながら、百合に頭を撫でてもらう。私は、百合がいるこの世界に帰ってこられた。
『なら、人を助ける銃だね。…ねぇ、百合姉。私も私を助けてくれた救世主さんみたいに、みんなを助けられるかな』
百合はなんだか少しだけ泣きそうな顔をしたあと、すぐにいつもの笑顔でこう言ってくれた。
『千束なら絶対にできるよ。これから君はたくさんの人を救うんだ。私のことだってこうして救ってくれただろう?』
それからもいろいろなことがあった。
電波塔事件に、今やたくさんの人の居場所になった喫茶リコリコの開店。あの時にはとっても困らせちゃったっけ。私はてっきりついてきてくれるものだと思っていたのに、百合はDAに残るって言うんだもん。その方が千束のためになる、なんて言われたけど結局私が「お願い」したら折れてくれた。ずっと昔から、百合は私のお願いに弱い。
百合と一緒に住むようになったのもこの頃だ。すごく嬉しかった。この家は私と百合の家。一緒に仕事をして、一緒に帰って、一緒にお風呂に入って、私にはもうない心臓の音を聞きながら一緒に眠って……新しい心臓になっても、私はみんなと同じ時間を生きられるわけじゃない。その事実すらも、百合と過ごすこの時間があれば受け入れられる気がした。
──そしてさらに月日は流れ。リコリコに新しい仲間がやってきたのだった。
『今日からよろしく! 千束で~す!』
『井ノ上たきなです。それで…あの人はどちらにいらっしゃいますか?』
『あの人~?』
私がそう聞くとたきなの代わりにミズキが答えてくれた。
『百合よ、百合。店に来たときからずぅっと言ってんのよ。白園百合さんはどこですかーって。もーうるさいったら』
『百合は仕事だ、と言ったら自分も手伝いに行くと聞かなくてな』
さらに先生が補足してくれる。たきなが百合を…? 確かに百合はリコリスの中じゃ有名だけど…。
私がなんとも言い表しづらい不安に襲われていると、ちょうど百合が帰ってきたのだった。
『ただいま戻りました──っと君は…』
私がお帰りなさいと言うより先に、たきなが百合に、捲し立てるような勢いで言う。
『本部から転属してきました、井ノ上たきなです! あなたの元で共に任務にあたれる機会を得られ、本当に光栄です。よろしくお願いします!』
『そうか、君が……。私は白園百合だよ。よければ百合と呼んでほしい。よろしくね、たきな』
『はいっ!』
そのあともたきなは話を続け、百合は優し気にその話を聞いていた。それは私がたきなに仕事に行こう、と言うまで続いた。
…私はこの時、たきなに少しだけ嫉妬してしまっていた。だって百合、たきなにすごく優しいじゃん。いや、百合は誰にでも優しいけど、たきなを見る目は他の子達を見る目とはちょっと違ってた。なんていうか…きらきらした、とでも言えばいいのか。夢が叶った、みたいな目でたきなを見てた…気がする。
こんなの初めてだ。たきなは間違いなく良い子で、可愛い。嫉妬なんてするべきじゃないのに、心が言うことを聞いてくれない。
そしてこの日は、さらにショックな出来事があった。初めて百合に「お願い」を断られたのだ。当分、百合は任務中私とはペアを組まず、私とたきながペアになると先生が言っていた。別にペアを解消する必要なんてないのに。私と百合とたきなの3人でいいじゃん。百合ならきっといいよって、いつものように言ってくれると思ったのに。それだけは絶対にダメだ、なんて、今までにないくらい真剣な顔で言われてしまった。他の人も居たからなんとかあの場では笑って誤魔化したけれど、二人っきりだったらきっと泣き出してしまっていたと思う。
まぁ、いい。よくないけどいい。家に帰れば百合にはいつでも会えるのだ。百合と私はかれこれもう10年近く一緒に住んでいる。だから大丈夫。
──そう、思っていたのに。
『ああ、千束。私、別のセーフハウスに移ることにしたから』
言い出すのが遅くなって、ごめん。百合はなんてことない様子で、そんなことを言う。
『え、ええ!? な、なんで!?』
『いろいろと事情があってね。まぁ、たまに様子は見に来るし、店でも毎日会うから大丈夫だろう?』
話をしながらも、百合はテキパキと自分の私物をまとめていく。どうして? 別のセーフハウスに行くにしても私物を何から何まで持ち出す必要なんてないのに。
大丈夫じゃ、ない。そう言えればどれだけよかったか。でも頭の中の冷静な部分が、私が百合に寄りかかり過ぎた結果が、この状況を招いたんじゃないの? と囁く。思えば、ペアのことだって──だからここで私が大丈夫じゃないと言ったら百合から今度こそ見限られはしないだろうか、と。
だから──
『そ、そっかー。でもたまに様子見に来ちゃうんだ? 百合ったら大好きすぎか、私のこと!』
だから、そんな風に冗談めかして、平気なふりをしてしまった。
結局その日は、その後何を話したかも覚えていないほど、茫然自失で一夜を過ごすことになった。明日には冗談だったって、百合が言ってくれるかもしれない。それにまだ、百合は当分いるはずだ。その間に心変わりするかも。
そんな藁にも縋るような思いは、早々に打ち砕かれることになる。
朝起きるといつものように朝食が置いてあって、百合は先に仕事に出ていた。どこか安心した自分がいた。ああ、百合はまだいるんだって。そういえば、昨日百合の部屋はちょっと騒がしかったけど、どのくらい片付いたんだろう。興味本位で部屋を覗いて……唖然としてしまった。
部屋にあったのは元々備え付けられていたベッドと、机だけ。それ以外の百合がいた痕跡はどこにもなかった。
「うそ……」
つまりはもう、百合はこの家には帰ってこないのだろう。一緒に任務へ行って、頑張ったねと褒めてもらって、くだらない話をしながら笑い合って、一緒の家に帰る。そんな当たり前の日常は、今日からはもうない。
「……」
どれだけそうしていたのかは分からない。鳴っているスマホも無視して、私は百合の部屋の中に立ち尽くしていた。
別に死んでしまったわけじゃない。また会える。分かってる、その通りだ。けど…
鳴り響くスマホが、急に煩わしく感じられて、思い切り叩きつけてやろうか、そんなことを思ったその時だった。
「千束! よかった無事で! 電話にもずっと出ないから心配したんだよ!? 何かあったの? …ッ、もしかして、心臓──」
百合のその、私を想う必死な顔を見たとき
自分の中で何かが弾けた気がして──
気が付けば、身体が勝手に動いていた。