遍く総べては『ちさたき』のために   作:ae.

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バランス。


3『探せよ、さらば見つからん』

 ──初めて見たあなたは、誰かがしていた噂話のあなたよりもずっと鮮烈で。

 

 ずっと、私が追い求めていた、答えそのものでした。

 

 

 それはいつものように訓練を終えた後のことでした。

 訓練後は速やかに着替え、次の訓練に備え休息や移動を速やかに行うべし、というのが私たちに与えられた現在の命令。そんな中でも、貴重な時間を誰かとの雑談に費やす人達もいるらしく、その話は私が壁に背を預け、休息をとっていた時に聞こえてきたものでした。

 

『電波塔のコンビの話、知ってるでしょ?』

『そりゃあんだけみんなが話してれば嫌でもねー』

 

 電波塔のコンビ。数年前に起きた、東京を象徴とする巨大タワー、電波塔がテロリストに占拠されたという事件。その規模にも関わらず、事態はたった二人のリコリスによって速やかに収束した。それを成したのが、電波塔のコンビと呼ばれる、二人のファーストリコリス……この話は地方に所属するリコリスですら知っているほどの有名な話です。

 

『けど今更どうしてその話? 何か新しく分かったことでもあったの?』

『それがね、来るらしいの』

『来るって…え、マジで?』

『そう、京都支部に来るの! 電波塔コンビの一人が!』

 

 先輩が司令が話してたのを聞いたんだって、とその人は喜々として言いました。先輩のリコリスがそんな話を司令が話していたのを聞き、それを後輩のリコリスに広め…と言ったところでしょうか。そもそも上官の話を盗み聞きしてそれを広めるなんて、組織に所属する人間としてありえない行為だと思いますが。

 つまるところ事実かどうかも分からない、伝言ゲームが広まった噂話。馬鹿馬鹿しくなった私はそちらに意識を向けるのをやめて瞼を閉じ、次の訓練まで身体を休めることに専念したのでした。

 

 

 

 

 

 それから一ヶ月程の時間が流れました。それくらいの時間が経てば一時流行った噂話なども忘れられるもので、誰もその話をしなくなっていました。そしてもちろん、その間に件のファーストリコリスがこの京都支部へやってきたという事実もありませんでした。

 

 結局噂話は噂話だった、ということなのでしょう。

 

 ──だからこそ驚きました。先輩であるセカンドリコリスの一人が、その映像を私たちに見せた時は。

 

 いつものような訓練と訓練の合間の時間。しかし、他の休憩時間と比べると少しだけ猶予のあるそんな時間に、セカンドリコリスの先輩が、私達が休憩していた更衣室を訪れたのです。

 

『お疲れさん。ちょっと気合が入る映像持ってきてやったぞ』

 

 そんなことを言いながら、彼女は手でスマートフォンを弄んでいました。噂話が大好きな子達がすぐそれに食いつき、それ以外の子達も先輩に「ほら集合」なんて声をかけられ、渋々集まります。

 

『よーし、じゃあよく見ろよ』

 

 得意げに言い放ち、その先輩はスマートフォンである動画を再生し始めました。そこに映っていたのは…。

 

 そこに映っていたのは、摸擬戦用のキルハウスと、ここにいるリコリス全員が憧れているであろう赤い制服を身にまとった真っ白な少女の姿でした。

 

『はぁっ!? 嘘っ!? ちょっ待て……!?』

 

 先輩の持っていた拳銃が一瞬にして奪われ、スライドとフレームに分かれて捨てられました。そして、それをした張本人は、呆気に取られつつも距離を取ろうとする先輩の首と脚を極め、即座に拘束。その動作の隙を突こうと身体を出した別のリコリスへはまるで予め位置が分かっていたかのように、ノールックで拘束用銃を撃ち、拘束…その後も巧みに姿を消しては、陽動を交えつつ同じような手段でリコリス達を制圧していき……

 

 気が付けば、ものの数分でセカンドリコリス二人を含む、計五名が床に寝かされていました。

 

『な、気合入るだろ?』

 

 そう満足げに言い放つ先輩とは裏腹に、私達はすっかり言葉を失っていました。まるで無駄のない、最適化された合理的な動き。いくらファーストリコリスとはいえ、この人数差と、勝利条件の差。それがあってなお、ここまで隔絶した実力の差が、そこにはあるのだと。もし仮にこれが拘束の必要すらない任務ならば、もっと早く終わっていたのでしょう。

 

 なるほど、彼女が──

 

『やっぱ、電波塔のヒーローコンビは違うな』

 

 ──電波塔事件を制した、ファーストリコリスの一人。

 

 これが私の目指すべき、ひいては全てのリコリスが目指すべき場所なのだと……その日、私は理解したのでした。

 

 

 

 

『彼女のことは知っている者も少なくないだろう。DA本部から、ある事情で来てもらっている白園百合君だ』

 

 あの映像を見た次の日、基礎訓練を終えた私達に召集がかかりました。そして指定された訓練室へ向かうと、そこには教官と…赤い制服の彼女がいたのでした。

 

『よろしくお願いします』

 

 白園、百合。…彼女の凛とした佇まいはとても自然体で、浮かべている表情も、あの映像で見た鋭利さとはかけ離れた穏やかなものでした。

 教官によれば今日の残りの訓練は彼女に見てもらうらしく、私はいつも以上に気を引き締めました。彼女に失望されたくなかったのです。

 

 ──けれど、そんな私の意気込みとは裏腹に、この日の訓練は表面上とても和やかなものになりました。

 

『良い射撃の腕だね。基礎の習熟がきちんと出来ているよ』

『動き方の癖を上手く取り払えたね。その調子だ』

『さっきのは良い判断だった。あとはそうだな、もう少し──』

 

 初めの数分、私達の訓練の様子を見た後、彼女は私達を褒めて回りました。もちろんそれだけではなく、動きが拙い部分へのフォローやアドバイスもしていましたが…それは普段私達を訓練している教官が行うような「指導」ではなく、どちらかと言えば諭すような、幼い子に対して行うようなもののように見えました。

 私に対してもそれは変わらず、ただ彼女は射撃の腕を褒めるばかりです。周りの子達はいつもと同様、真剣に訓練に励みながらもそんな彼女の言葉に喜んでいるようでしたが、私は酷い思い違いをしていたのだと落ち込むことになりました。

 

 つまり、私達は、私は、彼女に「指導」してもらうレベルにすら達していない。そういうことなのでしょう。初めの数分で私達の底は見えてしまった。だから後の時間はもう、差し障りがない言葉だけで終わらせることにした、と。訓練生だから当然? 相手はファーストリコリスだから? …違う。けれどそういう風に考えていた自分がいたことを…私は最後まで否定しきれずにいました。

 

『──ッ…!』

 

 訓練が終わり、何人かの子達が彼女を囲んで会話をしている時には、私の落ち込みは悔しさに変っていました。次こそはあんな言葉ではなく、あなた自身の言葉が聞きたい。東京の本部に行けば、あなたは私を認めてくれますか? 今度こそ私を見てくれますか?

 

 それが「リコリスの使命に殉ずる」という目的以外で、私にできた新しい目的になりました。

 

 

 

 

 

『明日から本部か、頑張れよ』

『はい』

 

 それから月日は流れ、私はここDA京都支部から東京にあるDA本部へと転属することが決まりました。彼女に、白園百合さんに追いつけたなどとは思っていませんが、セカンドリコリスとして、少なくともDAの役に立てているという確かな手応えが感じられていました。

 

 ようやく彼女の前に立つ権利を得た。そんなことを思いながら私は京都支部の同期や先輩方に見送られ、DA本部へ向かったのでした。

 

 ──しかし

 

『DA京都支部から転属してきました、井ノ上たきなです。』

『今日からお前と組むことになる春川フキだ。まぁよろしくな』

『豊富な実戦経験を持つベテランだと伺っています。よろしくお願いします』

『は、ベテランねぇ…間違っちゃいないが、どうもな』

 

 それは私がDA本部に来てすぐのこと。私がこの後起きる事件の日まで、パートナーを組んでいた春川フキさんと話していたときのことです。

 彼女は赤い制服、即ちファーストリコリスであり、私が事前に聞かされていた限り、かなりの場数を踏んできた文字通りのベテランでした。だからこそ、彼女のその反応は少し不思議でした。

 

『どうも、とは?』

 

 だから、自然と聞き返していたのです。

 

『あーなんでもねぇよ。上には上がいるって話で…はぁ。思い出したら会いたくなってきたな、百合姉…』

 

 最後の方は私へではなく、独り言だったのでしょう。ほとんど聞こえないような、空気に溶けてしまうような声量でしたが…私は聞き逃しませんでした。

 

『百合姉…それって、白園百合さんのことですか!?』

『うおおっと!? なんだよ急に大声だしやがって!?』

『答えてください』

 

 詰め寄った私に少し動揺したような素振りを見せたあと、彼女は言いました。

 

『…そうだよ。白園百合さんのことだ』

『やっぱり…。本部にいらっしゃるんですよね? どこにいらっしゃいますか?』

『いや、百合さんはここにはいねぇよ』

『今は任務中、ということですか?』

 

 ため息を吐くと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら彼女は答えました。

 

『違う。DA本部自体にいないんだよ。あの馬鹿が先生ともども連れて行っちまったからな』

 

 

 DA本部に彼女はいない。さらに聞いたところによれば、彼女がいる支部は支部とすら言えるか怪しいような場所なのだと、フキさんは言っていました。それが分かってすぐ、私はDA本部の司令官である楠木司令に話をしに行きました。

 

『納得がいきません。なぜ彼女ほどのリコリスがDA本部ではなく、あんな支部に配属されているんですか』

『彼女自身の意思だ。それに彼女はどこにいようが我々DAにとって最高戦力の一人に変わりはない』

『どこにいても? なら本部でもいいはずでしょう?』

『彼女が望めばな。しかし本人はあそこにいることを希望している。まぁ、彼女がというよりは……』

 

 そこで一度言葉を区切ると、なんにしても白園百合をDA本部に戻すことはできん、と楠木司令は締めくくりました。

 

『なら、私をその支部へ転属させてください』

『……まさかお前までそんなことを言い出すとはな。あいつは相変わらず人たらしというわけか……いずれにせよ、その要望を叶えてやることはできんな。人を遊ばせておけるほどDAに余裕はない。ことセカンドリコリスは特にな』

 

 だったらファーストリコリスは余計にそうでしょう! という言葉を私はなんとか抑えました。言っても堂々巡りになるだけ。司令の中では既に結論が出ていることなのでしょうから。

 

 

『ダメだっただろ?』

 

 その夜、寮に戻った私はフキさんに今日あったことを話していました。…憧れだったはずの寮。嬉しいはずなのに、どこか味気なく感じられるのは、やはり彼女がいないからなのでしょうか。

 

『はい。まったく聞く耳を持ってもらえませんでした』

『だろうな。けど、どっちかと言えば司令だってあの人には戻ってきてほしいはずだ』

『司令は本人の意思だと言っていましたが…』

『ああ。昼間言ったろ、馬鹿が連れてっちまった、って。ま、あいつがあっちにいる限りは百合姉もあっちにいるだろうな』

『その馬鹿、とは?』

『千束だよ。錦木千束。電波塔事件の、って言えば分かるだろ?』

『…なるほど。私自身がそちらの支部に行く、という提案が却下されるわけですね』

 

 私のその言葉を聞くと、フキさんは驚いたあとに笑い出しました。何かおかしなことを言ったでしょうか?

 

『悪ぃ、悪ぃ。あー、懐かしいなぁって思ってさ。私も前に同じこと司令に言ったことあるよ。てか、ここのリコリスは大抵通る道っつーか…』

 

 けどなんでお前まで? とフキさんが聞いてきました。

 

『京都にいたんだろ? さすがの百合姉でも噂だけで人は堕とせないだろうし…いや、あり得るのか…?』

『ずっと昔、京都支部に来たんですよ。そこで彼女の戦い方を見て…少しですが指導もして頂きました』

『あー、なるほどな』

 

 それでか、とフキさんは納得した様子で言いました。同時に、小さい頃に見る百合姉は劇毒だからなぁ、とも。

 しかし、百合姉とは。

 

『少し気になったのですが、なぜフキさんは百合さんのことを百合姉と呼んでいるんですか』

『…………油断してただけで普段から百合姉って呼んでるわけじゃ…』

『? それは分かりましたが、なぜ百合姉と……』

『だーもう! 今日はもう寝る!! 明日から普通に任務だからな! 京都とは比べ物にならないくらい忙しいと思えよ!』

 

 結局その質問には答えないまま、フキさんは眠ってしまいました。

 

 その後も、私はどうにか方法はないかと考えていました。かと言って自ら支部に転属になるような真似を仕出かすことはできません。それはDAにとってのマイナスにしかならない。そもそもそんなことをして彼女に会ったとしても、それこそ失望されてしまうかもしれない。一瞬でも、なら転属になるようなことを、なんて考えた自分が嫌でたまらなくて、一心不乱に任務にあたりました。

 

 どうしたら、どうすれば──

 

 私はフキさんに、何度も百合さんをDA本部に戻す方法はないか、意見を求めました。けれど彼女は「できたらとっくにやってる」「あの馬鹿を連れ戻す方が早い」と半ば既に諦めているようでした。

 

 私自身上手いやり方が思いつかず、ただ時間だけが過ぎていき…

 

『司令部! こちらアルファ1! 私達でやれます! 射撃許可をください!』

 

 ──あの事件が起きました。

 

『お前…エリカを殺す気か』

『生きてますよね?』

『──ッ! クソッ……』

 

 振り上げた拳を力なく下すと、フキさんは私を無視して歩いていきました。

 誰にも被害は出ていない。合理的で、無駄のない判断だったと思います。

 

 この後、私は司令に呼び出され──

 

『転属ですか』

『指令を無視して作戦を台無しにした責任は重い。現場指揮官からも越権行為の報告が来ている。一度、あいつの元で指導してもらうべきだとな。ある意味では、お前の要望を叶えることになってしまうが』

 

 ──彼女のいる、あの支部へ行くことになり、そして。

 

「ただいま戻りました──っと君は…」

 

 彼女に、再会することができたのです。

 

『本部から転属してきました、井ノ上たきなです! あなたの元で共に任務にあたれる機会を得られ、本当に光栄です。よろしくお願いします!』

『そうか、君が……。私は白園百合だよ。よければ百合と呼んでほしい。よろしくね、たきな』

『はいっ!』

 

 あの日向けられた、ただ穏やかなだけの瞳とは違う……明確な意志の宿った瞳。

 

 それを見て──私は私のこれまでが間違っていなかったのだと、ようやく確信できたのでした。





ちさたきのために頼んだ。

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