───年─月──日
ミズキがせっかくDA情報部に解析させた写真を
一瞬でクルミがさらに高解像度のものに解析し直したと私に愚痴ってきた。
これは決してDA情報部が劣っているわけではなく、言ってしまえば比較対象が悪いだけなのだが
元・情報部のミズキとしては相当悔しかったのだろう。
この話を聞きつつ…私は笑い出しそうになるのをなんとか堪えていた。
なぜかと言えば。
ついに本編3話、即ち千束とたきなのハグ→百合ゴーランド確殺コンボが見られるからだ。
薄れつつある前世の記憶の中でも一際輝く「ちさたき」の超重要イベント。
これだけは絶対に見逃すわけにはいかない。
念のために、千束にそれとなくたきなも本部に行くのか聞いてみたところ
一緒に行くよ、と言っていたのでたきなも同行することはまず間違いない。
明日、あの場所から真の意味で二人の道が重なるのだ。
◆
「──ここだと思った。リコリスはみんな好きだもんねー。ここ」
そこはDA本部のリコリス達が暮らす寮内にある、大きな噴水の前だった。リコリス達の憩いの場所…って言えばいいのかな。私もよく百合とここに来てたっけ。
「別に、私はここにそれほど特別な思い入れはありません。昔の私なら…違ったのかもしれませんが」
たきなは私がこれまで見たことがないくらいに落ち込んでいた。理由ははっきりしてる。
「司令に…DA本部へ戻ってくるようにと言われました」
「…うん」
私とたきなが手に入れた銃取引の新情報となる写真の提出と、百合が楠木さんに言っていたらしい、たきなへの評価の高さ。
その二つが決定打となって…たきなはDAに復帰するよう、楠木さんから言われた。もっとも、元々楠木さんはたきなをいずれ本部に戻すつもりだったんじゃないかと私は思っていた。おそらく、たきながリコリコへ左遷されたのはとかげの尻尾切りのためだろうけど、実のところ上層部は末端のリコリスには大した興味なんて持ってない。だから正直、ある程度ほとぼりが冷めてハッキングのことを誤魔化せた後ならば、それこそしれっと戻したところで問題はないのだ。
それに、左遷先である私たちの喫茶リコリコには百合がいた。本部からの信頼も厚い百合の元で、数ヶ月間訓練を受けなおした…とでも言えば、仮に文句が出たとしても納得するだろう。
「たきなは優秀じゃん? だったらやっぱりさ、本部にいる方がいいよ」
私としても、たきなが本部へ戻ってくれた方が嬉しい。そうすれば今まで通り、百合との時間が戻ってくるんだから。
──けど
「あなたはいいですよね!! 何もしなくとも、ずっと百合さんから見てもらえる! 私も…」
今まで理性で押さえつけていた、感情的な姿と、言葉。でも、それは私にも痛いくらいに分かることだったから。
「同じだよ。たきな。私も同じ。たきなが来てから、私もずっと同じ気持ちだった」
「ち、さとさん…?」
たきなが驚いた表情で私を見ている。無理もない。きっと今の私はいつものように笑ってない。
「たきなが初めて来た日、百合はたきなを見て夢が叶った子供みたいな目をしてた。私にしか…ううん、私にもほとんど見せてくれたことのない、そんな目で」
「…はい。あの時、私も百合さんにようやく見てもらえたって…そう思いました」
「聞いていい? どうしてそんなに百合に執着するの?」
たきなは少しだけ間を置いてから話し出した。
「昔…私がまだ京都の支部にいたとき、百合さんが来たんです」
「百合が?」
そう質問しながらも、私は欠けていたピースが埋まっていくような感覚に襲われていた。
「はい。そこで私は百合さんの戦い方を見て…あれこそが、リコリスが目指すべき場所だと思ったんです」
たきなは興奮したように、白い肌を赤く染めて続けた。
「私は、あの人に見てもらいたい。あの人の瞳に映っていたい…けれど、それは叶わない。…あなたがいるから」
きっとそれは、たきなが初めて私に言ってくれた本心で──だからこそ、私も本心を言わないといけないと、そう思ったんだ。
「ねぇ、たきな。ちょっとだけこっちに来て?」
「…? なんですか…っ!?」
近づいて来たたきなの頭を、私は胸に抱きしめていた。
暴れるたきなや、噴水の周りにいた野次を無視して、私はたきなに言った。
「耳を澄ましてみて? 心臓の音…聞こえる?」
「心臓の、音…?」
十秒、二十秒…目を閉じて音に集中していたたきなが、呟くように言う。
「音が…しない?」
「そう。私の心臓、機械なんだ」
「機械…? ペースメーカーですか?」
「違う違う。心臓そのものが、機械」
呆気に取られるたきなを見ながら、私は言葉を続ける。
「でね。実のこと言うと私の心臓、あと一年とそこらで止まっちゃうの」
「…じゃあ」
「そ。あと一年とそこらの命。ずっとじゃない。私が百合に見ていてもらえる時間は、あとそれだけしかない。だから──」
「だから、譲れ、と?」
「うん。私がいなくなったら、百合はたきなだけを見てくれるよ?」
逡巡と葛藤。でも、たきなの答えは分かってる。けれど、返ってきた言葉は予想通りの言葉と…予想外の言葉だった。
「…分かりました。ですがそれなら尚の事──DA本部に戻るわけには行きません」
えっ、という私の言葉を無視して、たきなは続ける。
「あなたが約束を守るか分からないじゃないですか。心臓が動かなくなる前に、任務で死んでしまう可能性だってありますよね?」
「い、いや、私強いし。そ、それにたきなからしたら私が早くいなくなる方が都合が…」
「約束は約束です。あなたの心臓が自然に動きを止める日まで、私があなたを守ります」
「ていうかそれじゃ意味ないじゃん! 結局また百合がたきなを見ないようにガードしないといけなくなるし…」
「ああ、やっぱり
たきなの性格なら私に構わず百合の方に行くんじゃないかな、と思ってたのにやたら付き合ってくれるなと思ってたけど…やっぱり百合絡みだったんだ。
たぶん百合のことだから、妹の友達に「妹と仲良くしてあげてね」って言う姉心…いや、もうこれ母親感すらあるけど、そんな感じで言ったんだろうなぁ。納得、納得…じゃなくて!
「たきな、楠木さんから直接戻ってこいって言われたんでしょ? じゃあやっぱ無理…」
「それも良い考えが浮かびました。要するに本部に戻ってくるな、と言われるようにすればいいんですよ。ちょうどさっき、フキさんから摸擬戦の話されてましたよね?」
「聞いてたの? あれはほら、いつも私が
たきなは私を真っ直ぐ見つめて言った。
「摸擬戦なら任務じゃありませんし…『お前なんて戻ってくるな』と、言われるようなことをしましょう」
「やっぱりお前使い物にならねーリコリスだよ!! 百合姉のとこで何を学んで来たんだ!? 命令違反に独断行動…それに
「あ、あはは…」
フキの罵倒を涼し気な顔で受け流しているたきなを見ながら、私は力なく笑っていた。
たきながやったことは単純明快で、その手のゲームなんかである「死体撃ち」だった。実戦と同様のルールでの摸擬戦は、基本的にペイント弾が数発ヒットすればそれで終了だけど、たきなは死亡扱いの数発をフキが人数合わせに連れてきたリコリスに入れたあとで、マガジンを換えて全弾を撃ちこんでいた。さらにマガジンを換えようとしていたので私が止めなかったらまだまだ撃つつもりだったと思う。
司令としても、戻せるなら戻すが無理してまで本部に戻す必要もないと考えていたのだろう、摸擬戦の様子とフキの言葉を聞いて、当分また百合の元へ預けておくことにしたらしい…狂犬、という言葉が私の頭には浮かんでいた。
「約束、守ってもらいますからね、
「おっ、おう…」
◆
───年─月──日
結論から書く。
今日、「ちさたき百合ゴーランド」は発生しなかった。
私が見逃したわけではない…と思う。DAから依頼された次の作戦の指揮をとるにあたって
参加するリコリス達を見ておきたい、という理由をこじつけてDA本部にやってきた私は、
他のリコリスの子達に揉みくちゃにされながらも何とか脱出し、
その後は噴水が見える場所でわくわくしながら待機していたのだ。
会話こそ聞き取れなかったが、噴水の前で確かに千束はたきなを抱きしめていた。
なのに百合ゴーランドまでは行かず、その後二人揃って
フキとその相棒であるサクラとの模擬戦に臨んでいた…。
そう、ここもおかしいのだ。
模擬戦が行われたのは本編通りだが、私の記憶が正しければ摸擬戦が始まってすぐは
たきなはいなかったはず。千束がたきなが来るのを信じて待ち、その後でたきな
がやってくるという流れだった。始めから二人が揃っていたこともあって、
模擬戦は千束とたきなの圧勝に終わり、たきなもフキを殴っていない。
…ここまで書いていて思ったが、リコリコに来たとき、たきなの顔に治療の跡はあったか?
あの時はたきなに会えた喜びとちさたきが始まることに浮かれて気にしてなかったが…。
気になって喫茶リコリコの公式Twitterにアップされた写真を確認したところ
たきなはやはり怪我をしていなかった。これはいったい…?
何か、私がいることで本編とは違うことが起きてしまっているのか…?
だとしたら…。
いや、まだ早まるべきではない。帰りの電車の中で、というか駅に行くまでの車の中から
一緒だったが、二人を観察していて明らかに昨日までとは違う、自然な雰囲気が
二人の間で流れているのを私はひしひしと感じていた。
現に、たきなは千束のことを呼び捨てで呼ぶようになっている。
なら大丈夫だ。百合ゴーランドが見られなかったのは本当に残念だが…
「ちさたき」は生きている。
しかし念のため、次善の策も考えておこうと思う。ちさたきを成すためだ。
最後まで二人を見届けるにあたって、それほど私の生死は重要ではない。
千束やたきな、先生、ミズキにクルミ…リコリコに来てくれている人たち。
フキに、私を姉と慕ってくれたリコリスの子達…。
皆を悲しませるのは本望ではないが、私にも私の目的があるのだから。
いつからだろうか。
もっと早く、気が付いておくべきだった。
されど、手段はある。
──遍く総べては『ちさたき』のために。
たきなとあの約束をした日から時間は流れ、私は前のようにほとんどの時間を百合と過ごすようになっていた。たきなは生真面目に私との約束を守ってくれている。…仕事のとき文字通り私の側から離れようとしないのはちょっと生真面目すぎるとは思うけど。
でもやっぱり気負う必要がなくなったからかな? たきなとは前よりずっと自然に仲良くできている。この間なんか一緒に下着も買いに行ったからね。あれは先生も悪いけど、さすがにトランクスはちょっと…まぁ、開放的だって言うのは私も穿いてみて思ったけどさ。ついでに私も百合に似合いそうな下着を選べたので大満足だった。服といい、百合は放っておくと地味なのばっかり選ぶから、その辺は私がしっかりしなきゃいけない。
百合は前以上にグイグイ行く私に少し困ったように微笑みながらも、私とのそんな時間を楽しんでくれているみたいで嬉しい。
残り少ない時間、その全部をこんな風に過ごせるなら…やっぱり私は何も怖くないよ。この幸せな時間をくれた救世主さんにはまだお礼を言えてないけど、「いつか絶対に会えるよ」って百合が言っていたから心配はしていない。
「ねぇねぇ、百合」
「なんだい?」
私の頭を、まるで宝物にでも触れるように優しく撫でながら、百合はそっと微笑む。
まるで小さい頃に戻ったみたい。私としてはちゃんと大人に見てもらいたいんだけど、これはこれで心地良いから百合はズルい。
「明後日さ、リコリコの定休日だから二人で遊びに行こうよ!」
「…そうだね。じゃあそのためにも明日の仕事はしっかり片付けないと」
「言ってくれれば私も手伝ったのに…」
「フキ達も一緒だからね。それにファースト三人はさすがに過剰だよ。さ、そろそろ寝よう?」
「はーい。おやすみ、百合〜」
百合は「おやすみ、千束」と言って部屋を出ていった。でも、別の家に行くんじゃなく、隣の部屋。
明後日は…あの水族館に行こうかな。あとはスイーツ巡りも…。
そんな幸せな気持ちのまま私は微睡みに誘われて…
次の日、百合は私達の前からいなくなった。