遍く総べては『ちさたき』のために   作:ae.

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前話の透明文字を見つけてくださった方が感想にいて嬉しかったです。さんくす。



8『罪は絶えず、私の前にある』

 ──最後に見えたあなたの背中は、思っていたよりもずっと華奢で。

 

 ただ私は、あなたに呼ばれなかった自分を悔やんだ。

 

 

「朝からずっと落ち着かない様子っすけど、なんかあったんすか?」

 

 そう話しかけてきたボーイッシュな少女は、現在の私の相棒、乙女サクラだ。

 

「…別に落ち着かないってほどじゃねぇだろ」

「え~? 普段のフキさんと比べたら一目瞭然っすよ~」

「じゃああれだ。普段が落ち着きすぎてんだよ」

 

 なんすか、それ、と言いながらケラケラと笑うサクラを横目に見つつ、やっぱ傍から見ても今の私は落ち着いてないんだな、と少しだけ冷静になる。

 だが、あの人の顔を思い出すとまたすぐ元通りだ。正直仕方ないと思う。千束のやつと違って、私は今回のように大規模な任務でもなければ会えないのだから。

 

「…そろそろか」

 

 そんなことを考えているともう時間になっていた。あと数分もすれば彼女が来るはずだ。

 

「どこ行くんすか? まだブリーフィングまでは時間が…」

「ちょうどいいな、お前も来い」

 

 実際に会えば、こいつも私の気持ちが分かるだろう。

 ぐえっとオーバーリアクションをするサクラを連れて、私はDA本部の受付へ向かった。

 

 

 

 

「やぁ、お疲れ様、フキ」

 

 久しぶりに会った彼女――百合姉…いや、白園百合さんは、前に会ったときと何も変わらず、つい甘えたくなってしまう包容力と余裕に満ちていた。…髪、少し伸びたかな。綺麗な真っ白い髪が以前より瞳に近い位置に来ている気がする。手を伸ばして触れてみたくなる衝動をなんとか抑えながら、私も挨拶を返した。

 

「おっ、お疲れ様です! 百合さん!」

「うん。けど、わざわざここまで出迎えてくれなくてもいいんだよ? 私も元はここにいたんだし、さすがに迷子になったりはしないからね」

「い、いえ。私がしたいからしてることで――」

「おお、この人が噂の白園百合さんっすか!」

 

 私と百合さんの会話を遮るようにして声を上げたサクラ。…そういえば連れてきてたんだったな。百合さんと話しているうちにすっかり忘れてしまっていた。

 

「君は乙女サクラくんだね? フキと仲良くしてくれてありがとう」

「いやいや、それほどでもないっす! へぇ…百合姉って呼ばれてるのもちょっと分からなくもないっすね。なんか雰囲気が姉! って感じっす」

「ふふ、そうかな? でも最近はもうフキも百合姉とは呼んでくれないんだ。千束といい、少し寂しい気もするよ」

「えっ? いやいやいや、フキさん今も普通に百合姉って――」

「百合さん! このまま立ち話も邪魔になりそうですし、そろそろ行きませんか!」

 

 今度は私が会話を遮る番だった。…相変わらずサクラのやつは放っておくと言わなくていいことまで言おうとする奴だ。悪い奴ではないんだが…。

 百合姉は周りを見回すと、そうだね、と言った。私も倣って周りを見てみれば、おそらくは百合姉目的であろうリコリス達が集まってきている。とっさだったのでそこまで考えていたわけではなかったが、この分だと丁度よかったようだ。

 

 移動中、百合姉には見えないようにサクラの尻を軽く…いや、割と力を込めて強めに蹴る。

 

「痛ったぁ!?」

「なんだいきなり…百合さん、気にしなくていいですから。こいついつもこんななんで」

 

 そんな光景を見て、百合姉は優しくふふっと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「怪我をした子達は脱出口近くまで下がって。――フキ、まだ弾はある?」

 

 百合姉がタクティカルリロードで中途半端になっていたマガジンから、弾を移し替えてフルマガジンを作っている。

 

「フルマガジンは今入れてるので最後です。残りは移し替えても全弾まではいきません」

「私も似たようなものだ。…困ったな」

 

 今、私と百合さんが率いる二分隊は、今回のターゲットが潜む()()()()()にいた。DA情報部による事前調査からターゲットは一見何の変哲もない民家の地下を違法改築に増築を重ね、武器及び薬物を売りさばくブラックマーケットにしていたらしい。

 ファースト二人を含む分隊だ。少なくとも事前に得られていた敵の武装や人数、練度からすれば正直過剰とすら言えるレベルで、実際つい先刻までは何の問題もなく任務は進行していた。

 

 ――連中が出てくるまでは。

 

「人数こそ少ないが…武装も練度も段違いだ。フルオート仕様、それも精度からすると粗悪品じゃなく正規品のAR-15に、防弾装備。元軍人? あるいはPMCか…特殊部隊とかだったら千束が喜びそうだけど」

 

 百合姉は冗談めかしてそう言ったが、状況はあまり良いとは言えない。人数で言えば分隊未満だが、まるで隙がない連中だ。そのうえこちらもかなり削られてしまっている。人数でこそまだ優位を取れているが、それはあまり利になっていない状況だった。

 

「…セカンドとサードは下がらせますか?」

 

 それで弾の問題はある程度解決する。人数差が優位にならない以上、妥当な判断だ。それに千束ほどではないにしても、私も百合姉との連携には自信がある。

 だが百合姉はううん、と言うと背負っていた鞄を下して非殺傷グレネードを取り出し、軽く準備運動をし始めた。切迫した事態に似つかわしくない行動だが…百合姉か、あるいはあの馬鹿なら()()するだろうな、とも思った。

 

「フキ、後詰めは頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

 かくして、先ほどまで塞がれていた通路の先には、四人の男が転がされていた。…相変わらず、百合姉の近接戦闘術には驚かされるばかりだ。単純な制圧速度ではあの千束にすら勝っているように見える。まだ銃弾を躱したりしないだけ人間だが。

 

「…やっぱ、ファーストってあんなじゃないとなれないんすかね」

「アホか。百合さんや千束が特別なだけだ」

「とか言ってるフキさんも大概じゃないっすかー…」

 

 気絶した連中を縛り上げながら、サクラが自信なさげに言う。そりゃセカンドやサード相手なら、私でも数人程度一瞬で制圧できる。でなければファーストになんて選ばれない。けどファーストの中でも実力差は当然ある。ベテランだなんて呼ばれていても常に上には上がいるのだ。

 

「百合さん、拘束完了しました。事後処理のための班を…ッ!?」

 

 百合姉はいきなり視線を遠くへやりながら私を突き飛ばした。直後、パスンパスン、と籠もった音――サプレッサーによる消音効果を伴った銃声だろう――が聞こえた。

 もう一人隠れていたのか、私が撃ち返そうと身構えた時には、百合姉の射撃が相手を捉えていた。射手は一人アーマーを着ていなかったらしく、うっ、という声のあと、持っていたライフルを床に落とす。空かさず他のリコリスが距離を詰めると、射手は諦めたのかゆっくりと両手を頭の後ろに当て、投降の意思を示した。

 

Oh, my fucking God!(クソ、クソ!) What the hell…!?(なんだってんだよ…!?)

「はいはーい、大人しくするっすよー」

 

 サクラが縛り上げようとすると、それまで脂汗を浮かべて喚いていた男が、笑い出す。私達に対してではなく、それは誰かと話しているようだった。

 

HAHAHAHAHA!!(ははははは!!)I know,There's always a catch!(だよな、話が上手すぎると思ったんだ!)

「は? アンタ何言って…」

 

 そして次の瞬間、奥の扉が吹き飛んだ。

 

「なっ!?」

「ッ!!」

 

 直後に火の手が広がり、私達がいる部屋にまで侵食してくる。すぐに私は叫ぶように指示を出した。男が笑い出した理由が理解できたからだ。

 

「全員すぐに撤収するぞ!! 施設ごと全部吹っ飛ばして証拠を消すつもりだ! クソッ…百合姉、行きましょう…百合姉…?」

 

 百合姉はその場に、力なくぺたりと座り込んでいた。それを見たときには、もう私は、きっと何が起きたのか…いや、何が起きていたのか分かっていたと思う。

 リコリスとして幾度となく作戦をこなしていれば、()()()()場面に遭遇することだって当然ある。胸付近と、脇腹。そこから広がった、私や百合姉の着るこの制服よりも鈍い赤色が、それを証明していた。

 

「……」

 

 その目を見れば、百合姉が何を言おうとしているのかはすぐに分かった。怪我人を予め下がらせていたから、ここにいるリコリスは最低限自分で動ける。だが、人を背負って逃げられる余裕は、もはやない。…ましてや、この傷では、もう。

 

 こうしている間にも火は私達を取り囲もうとしている。

 

 ――私は、百合姉の妹分としてここにいるんじゃない。現場指揮官として、この赤い服に見合うリコリスとして、ここにいる。

 

ちさ…たき…

「ッ…百合姉…」

 

 

 

 そこからは、私もよく覚えていない。ただ、百合姉を置いていくと言ったとき、他の奴らがなら自分も行かないと言い出して、とっさにそいつらを殴ったのは覚えている。

 必死に逃げて、私達は奇跡的に生還した。迎えが来て回収された時も、報告をした時も、全てに現実味がなかった。

 

 千束は、もうこの事を知っただろうか。いっそ、全てを知った千束が今すぐ私を殺しに来てくれればと、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかったね、危険な仕事を頼んでしまって」

 

 スーツを着た男が、ベッドに眠る少女を見つめながらそう言った。いえ、と言葉を返す、片目を髪で隠した妖艶な女の姿に、男は満足そうに頷く。

 

「既に必要な処置は済ませた。あとは彼女が目覚めてくれるのを待つばかりだ」

 

 男の手が少女の真っ白な髪に触れる。

 

「神が与えた才能は、正しい形で世界に示されなければならない」

 

 ――それこそが、与えられた者の使命なのだから。

 

 男は微笑むと、病室を後にし、女もそれに続く。

 

 病室には、ただ静かに眠る少女だけが一人残されていた。





ちさたきのために頼んだ。

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