コウ君がちょろかった世界線   作:くるくる

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第三夜「血も全然……ちょっと滲んでいる、くらいで……」

 七草ナズナと、鮮烈な出会いを果たしてからしばらく。

 あれ以降も夜守コウは夜に出歩いてはナズナと会って遊び、人間の友達の朝井アキラと久々に交流し、白河清澄(キヨスミ)とは吸血鬼にしてあげると約束を交わした。

 その間。定期的に血を吸われたコウに、これと言った変化は起こらなかった。

 

 ひょんなことからナズナとキスをした時、コウはナズナに恋をしているのだと感じたのだが、これはナズナ曰く性欲によるもので、勘違いだった。コウの身体に変化がなかった事からも、勘違いであったことに間違いない。

 

「……うーん。本当にこのままでいいんだろうか」

 

 コウは雨降りの中、喫煙所で雨宿りをしている人を眺めながらつぶやいた。最初に血を吸われたときに、吸血鬼に少しの間だけなった。結局その後なぜだか人間に戻ってしまったわけだが、コウは夢に向かって良いスタートが切れたのだと前向きにとらえることにしていた。

 だが、それからはどうだろう。

 

 血を吸われても一向に吸血鬼に成らない。コウがナズナに対してあの時本当に恋心を感じていたのかすらも、定かではない。

 何かをしようにも、具体的に何かができるわけではないのだから、こうして悩む時間が無為なものだと理解はしているが。

 そもそも、恋ってなんだろうかと、コウは考える。人を好きになろうと思ったからと言って、本当に好きになれるのか。積極的に堕ちようと思って、恋に堕ちることは出来るのだろうか。

 

 

 ふと、喫煙所で制服を着た、女子高生らしき女が声をかけられているのを見た。スーツを着た男が、指を二本立てながら何かを言って。対し女子高生の方は手を振って断っていた。

 

「ナンパ……かな……? 断られてる……」

 

 何となしに眺めていると、女子高生がこちらを向いて手を振っていたので、コウは振り返した。どうして女子高生がそのような行動をとったのかわからずに困惑するが、深く考えずに、先ほど偶然会ったキヨスミに貰ったジュースを飲むことにした。

 

 缶を開け、一口飲んだところで、コウに向かって影が差していることに気が付く。目の前に誰かいるらしい。

 

 視線を上げると、先ほどまで喫煙所にいた女子高生が目の前に立って。

 

 

「今見てたっしょ?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

「ありがと。優しいんだね。夜守コウ君」

「え?」

 

 抱き着かれて、コウの思考は加速する。それこそ、これまでに感じたことのない速度で。

 

 どうしてこの高校生らしき女は自分の名前を知っているのか。

 それは分からない。

 

 どうして抱き着いてきたのか。

 きっと血を吸うためだ。

 コウには不思議と抱き着いてきた女が吸血鬼に違いないと確信できた。今更ではあるが、まだ遅くない。

 

「っ!!」

 

 コウは慌てて女を突き飛ばした。

 以前にひと時でも吸血鬼に成ったからか、あるいは窮地に立たされたことで人間として生存本能が刺激されたのか。普通の人間には不可能と思われる速さと強さで押し、その直後女の腕が肩から捥げた。

 

 コウが一瞬ばかり自分の仕業かとも思ったが、ナズナが見えて、女の腕を奪った張本人が誰なのかを知る。

 

「ナ、ナズナちゃん!」

「大丈夫かコウ君……おいテメー。なにヒトのエモノに手ェ出してんだァ? クソビッチが」

「ナズナ……」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 不思議な感覚だった。人間離れしているナズナの運動能力。そしてそれに負けず劣らずの女吸血鬼。どちらもコウからしたら驚くような動きをしているはずだ。それだというのに、二人の動きがコウにははっきりと見えた。もちろんそんなはずは無いのだが、あの中に混ざっていって、ナズナの援護が出来そうだとさえ思えるほどに。

 

 そんな己の思い上がりとでもいうのだろうか、感じたことのない不可思議な感情から逃げるように一歩退いて。

 

 コウが何かにぶつかるのと、女吸血鬼がナズナの脚を握るのと同時に。

 

「「捕まえた」」

 

 声が重なって聞こえた。コウが首だけで後ろを確認してみると、また別の女が現れている。この女も吸血鬼だと、コウは確信した。

 

「ナズナ。ちょっとこの子、借りるわよ」

 

 コウを背後から捕まえた女が言うなり、全身に強い重力を感じた。思わず叫び声をあげながらコウは、新しく現れた女がナズナと同じように空に飛びあがったのだと理解する。これもいつもと違う。

 ナズナに運んでもらって、夜の街を飛ぶのは珍しい事ではない。その時の感覚とは明らかに何かが違った。コウ自身も軽くなってしまったような感覚で、夜景の光が足元を流れていく様もいつもに比べて異様に遅い。

 

「夜守くんだったかしら」

「えっ、あ、はい」

「ナズナと仲良くしてくれてるんですってね」

「はぁ……」

「ふぅん……」

 

 じっと見つめられて、コウも同じように女の眼を見つめる。どこか慈しむ様な、寂しがるような、そして何かを見定めるような眼だった。

 

「降りるわよ、舌噛まないようにね」

「は、はい!」

 

 急降下。そしてこれもまた、コウにはいつもとは異なった感覚を覚えさせた。怖くないのだ。たとえ空中で放り投げられても何とかなるのではないかという、得体のしれない万能感に似た何か。

 

「ようこそ。人間の少年。手荒なマネしてすまないね」

 

 運ばれた先は、どこかの建物の屋上。板張りの床に、テーブルを囲むようにしてソファ。そこには三人の女が座っており、そのうちスーツを着た女がコウに声をかけてきた。

 

 どこか尊大にも思える堂々としたその振舞い、整った容姿、全員がどうやら吸血鬼らしい。

 

 ナズナ以外の吸血鬼を知らないコウにとって、突然現れた四人の吸血鬼の存在というのは、随分と戸惑ってしまうものだ。それぞれ好き勝手にコウについて喋っているのを聞いていると、またスーツの女がコウに声をかけた。

 

「夜守くんだったっけ。単刀直入に言おう。この中で好きなタイプを選びたまえ。君を吸血鬼にする。そうすれば殺さないでおいてやる」

「え? えー……と」

 

 コウはもうすでにナズナに血を吸われて、少しの間とはいえ吸血鬼に成ったことを説明しようとしたが、説明する言葉を選んでいるうちに、スーツの女は話を進めてしまう。

 

 吸血鬼の存在を知っている人間がいると困るという話から始まり、この場にいる吸血鬼たちの紹介が終わったところで。

 

「俺、ナズナちゃんに血を吸われて、前に一瞬だけ吸血鬼に成ったんですけど……」

 

 コウはようやくそのことを説明した。その場にいた全員が愕然とした表情を浮かべ、

 

「は?」

「え? どういうこと?」

「どういうことと言われましても。ナズナちゃんに血を吸われて、鏡に映らなくなったり、ナズナちゃんに殴られても平気だったり……その時の傷もあっという間に治って――けどまたすぐに人間に戻ったというか」

 

 説明を試みるが、その場にいる吸血鬼の誰もがコウの状態について知らなかった。コウはあの時の状態を、半吸血鬼化していたと仮定しているが、そんな話は見たことも聞いたこともないというのだ。

 コウが一時的にでも吸血鬼化していたことについて、証拠は何もないが、吸血鬼というヒトの機微を読み取ることに長けた存在故か、それぞれ全員がどうやら嘘はついていないという結論を出し。

 

「それじゃあ、結局今回夜守くんを連れてくる必要はなかったわけか」

「えっと、そうっすね……」

「あー、ごめんね……? まあ、えっと、じゃあ、吸血鬼に成ったらよろしく?」

「あ、はい」

「………………」

「……カブラ? なんでさっきから無言でビール飲み続けてんだ?」

「まあ、気は早いけれど乾杯する? 七草さんが来るのを待つのが筋かもしれないけれど」

「あー……どうせナズナは来てもすぐに夜守くん連れて帰るだろ」

「というか、夜守君はナズナちゃんのことを好きってこと? 吸血鬼に……なりかけた? ってことは」

「あー……それがちょっとわからなくて。誰かを好きになったことなんてないですから」

 

 吸血鬼のひとり、小繫縷ミドリの質問にコウが答えようとし。

 

「だから、俺はナズナちゃんのことをしっかりと好きになりたいんです」

 

 コウが言った直後。どこからかナズナがやってきて、勢いよく床に着地した。

 

「あ」

 

 誰かが小さく声を漏らし、全員がナズナに注目する。

 

「…………」

 

 ナズナは誰かに文句を言うでもなく、コウに近づいてくるでもなく、着地した時と全く同じ姿勢で固まっていた。そのことに疑問を感じ、蘿蔔ハツカがナズナの顔を覗き込み。

 

「だめだめ! 顔真っ赤になってる! しばらく話せないよこれ!」

「眷属候補までできて、まだ恋愛系の話駄目なの直ってないの?」

「そうっすね……」

 

 コウも、ナズナの方へ近づいて。

 

「ナ、ナズナちゃん……大丈夫?」

「うるさい。話しかけるな」

 

 そう言うナズナの顔は、ハツカの言った通りに真っ赤に染まっており、確かにしばらく話せそうになさそうだ。

 

「ほらー、そういう態度だからナズナちゃんはモテなんだよ」

「そうだそうだ」

「ありがとうって言って肩借りて立ち上がる時にがばっとさぁ……」

「うるせーーーーー!!」

 

 

 吸血鬼たちのいじりによって気が紛れたのか、叫んだと思うとナズナはふと冷静になり。もっとも顔はまだ赤みを帯びていたが、コウの方へ向き直って。

 

「ふー……帰るぞコウ君………? コウ君、手、見せてみ」

「え?」

 

 言われてコウはナズナに手を差し出し、その時にコウも初めて気が付いた。切り傷が出来ている。

 

「セリの時、あの時コウ君が動くとは思わなかったから……感触からしてもしかしたらと思ってたけど」

 

 少しだけ申し訳なさそうな表情を見せたナズナに、コウは慌てて。

 

「いや、今言われるまで全然気づかなかったくらいだから。それにほら、血も全然……ちょっと滲んでいる、くらいで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? え?」

 

 はて、どうしたことだろうか。どうして外で朝を迎えているのだろうか。

 コウは首を傾げながら体を起こし、自分がそれまでまくらにしていた存在に目を向ける。

 

「起きた?」

 

 ナズナがコウに向けて、微笑みながら声をかけてきた。いつもより優し気な笑みにも感じるが、どこか疲れている。

 

「あ、ナズナちゃん……うん。ここ何処だっけ」

 

 辺りを見渡して、コウは強く困惑した。昨日、吸血鬼である本田カブラに連れてこられた場所なのだが、その状態はあまりにも昨日と異なっている。

 

 床板は所々が陥没して、木片があたりに散乱していた。テーブルは原形をとどめず、ソファもいくつかがなくなってしまっている。疲れ切ったように吸血鬼が座り込んでいて、目を覚ましたコウを警戒の眼差しで見つめていた。

 

「なんだ……これ……?」

 

 あまりの事態に、コウの身体が知らずと震えだす。そんな様子を見て、平田ニコは大きく息を吐いて。

 

「ナズナ。昨日は好意的にとらえたが、そうもいかなくなった。こんな不安定な状態を長引かせるのは危険だ。我々にとっても彼にとっても」

「……うん」

「分かってるな?」

「…………わーってるよ……あたしも、あんなコウ君は嫌だ」

 

 

「えっと……」

 

 コウは、ただ一人。どうやらこの破壊の原因に自分が絡んでいるらしいことだけは感じながら、それでも困惑することしかできないでいた。




 アニメ最終回で震えてる。

 漫画ではこの時ミドリは「ナズナ」と呼び捨てにしてますが、アニメやそのほかのシーンに合わせて「ナズナちゃん」にしてます。

 セリフの句読点は、キリが良い場合は吹き出しを一文、繋げた方がいいと判断した場合は読点を付けています。
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