死神娘の苦悩   作:山葵炭酸水

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 肌を焦がすかのように強い陽射しと、そこかしこから聞こえてくる蝉の鳴き声。

 葉が青々と茂った木々に目を向けつつ、夏色に染まった住宅地を歩み、葵の住んでいる家に到着してインターホンを鳴らした。

 

「おはよーシアちゃん。お姉ちゃん支度してるから、ちょっと待ってね」

 

 葵の妹の紅桃(こもも)が玄関から顔を出し、すぐに奥に引っ込んでいった。

 

「おはよお! あーん、会いたかったよぉ」

 

「昨日会ったばっかだし、ほぼ毎日顔合わせてるだろ」

 

 抱きつかんばかりの勢いで慌ただしく葵が姿を現し、二人並んで駅に向かった。

 来週葵の友人たちとプールに行くという話になり、今日は新しい水着を買いに行くという事だった。

 

「しっかし、遊んでばっかだけど勉強の方は大丈夫なのか?」

 

「まあまあ、高校最後の夏休みなんだし、少しぐらいは息抜きしてもいいでしょ」

 

「先週ボーリング行って、一昨日もカラオケ行ったばっかじゃねえか。息抜きしかしてなくねえか」

 

「もしかして、わたしと一緒に住むのが待ち遠しくて、ちゃんと大学に受かるか心配な感じ?」

 

 葵へと姿を変えた真依と再会してから、既に10年以上が経っていた。

 葵は現在高校の3年で、来年には大学受験が控えている。

 何でも県外の大学に進学してアパートを借りて、ルームシェアと言う建前の同棲生活をするつもりらしいが、遊んでばかりいる様に見えて少々心配になる。

 勉強はそれなりに出来るみたいだし、大きなお世話なのかもしれないが。

 

「シアちゃんも二人で暮らせるの楽しみにしてくれてるみたいだし、ちゃんと期待に応えるように頑張るよ」

 

 別にそんなもんを期待してる訳じゃないんだが。

 今もこうしてちょくちょく顔を合わせ、たまに葵の家に泊まりに行くこともある。

 これからもそれが続くものだと思っていたし、それで十分なんだけどな。

 

「それにしても……またデカくなったか? 今何センチぐらいある?」

 

 葵は中学からバスケをやっているせいか、葵の肩の辺りにアタシの頭の天辺が来る程に、かなりの高身長だ。

 ほんの少し前までアタシより背が低かったイメージが残ってるせいか、顔を合わせる度に背が伸びているように錯覚してしまう。

 アタシが思うより、時間の流れはずっと早いようだ。

 アタシとお揃いにすると意気込んで、以前はショートだった髪を伸ばし始めて余り日が経ってない気がするが、今では背中の辺りまで伸びている。

 

「えー? やーだぁ、朝からそんなにがっつかないでよ」

 

「そっちじゃねえよ、身長だ身長。朝っぱらから変なこと言ってんなよ」

 

 葵は揶揄う様に笑いながら、両腕で胸を庇った。

 アタシはげんなりしながら、葵の勘違いを訂正する。

 いや、勘違いと言うより、分かってて敢えて言ってんだろうな。

 

「んとね、こないだ測った時は93のGだったよ」

 

「だから身長だっつってんだろうが!」

 

 服の下から強い自己主張をする胸を反らし、自慢気に鼻をふんすと鳴らして葵は答え、アタシは語気を少し強める。

 アタシの反応に満足したのか、ケラケラと笑いながら178センチと漸く答えた。

 真依が死んだ直後は、こんな下品な冗談すら恋しく思えたが、実際にこのノリを頻繁にやられるのは少々疲れる……と思うのは贅沢な悩みだろうか。

 

「ほんっと、そういうとこだけは昔っから変わんねえな」

 

「んもー、また真依って人の話?」

 

 思わずボヤくと、葵が拗ねたように口を尖らせた。

 葵から真依のことを尋ねられることが何度かあり、のらりくらりとかわし続けていたが、高校に上がった辺りを機に真依と出会った経緯なんかを、伏せるべき所は伏せて語って聞かせた。

 最初は興味深そうに聞いていたが、記憶が全く残っていないせいか、段々と死別した恋人の話をされている様に感じてしまったらしく、それ以降はあまり良い顔をしなくなった。

 そう言われると、アタシ自身も真依に対して不義理を働いている様に感じてしまうが、自分は真依の生まれ変わりだから浮気にはならないと言う。

 全く調子のいい奴だ。

 

 ただ、こういう話をしていると、偶に本当に分からなくなる時がある。

 上手かった絵も今ではすっかり苦手になり、あれだけ行きたがっていたキャンプにも全く興味を示さなくなった。

 顔や声を始め、趣味や趣向が様変わりしているのを見ると、やはり入れ物の体が違う以上は別人と見做すべきなのか。

 

「そんな難しい顔しないでよ。わたしはわたしだからさ?」

 

 考え込んでいると、葵があっけらかんと肩を叩いた。

 そこがよく分からなくなってるから、思い悩んでるんだが。

 はぁ、考えるだけ無駄か。

 

 気分を切り替えて今晩の予定を話し始めた。

 明日は葵の18の誕生日で、父親は出張で留守にしていて看護師の母親は夜勤が入っており、都合よく家に居ないのもあって、一番にアタシに祝って欲しいので泊りに来てくれと言われていた。

 何の都合がいいんだか。

 

 陽射しの強さに弱音を吐く葵と共に歩を進めて駅に着き、丁度ホームに到着した電車に乗り込んだ。

 暫しの間電車に揺られて目的の駅に着いたが……ここは正直あまり近寄りたくないんだよな。

 改札の外に出ると行き交う人々の中に一際目立つ、葵の友人のハチ公が目に留まり、葵もすぐに気付いたようだ。

 

「あっ、はっちゃんだ。もう来てたんだ」

 

「あいつは目立つから、遠くからでもすぐ分かるな」

 

 白いワンピースに鍔の広い帽子を被り、アタシと同じく腰の辺りまでの髪が伸び、ガワだけを見れば清楚な深窓の令嬢といった雰囲気だ。

 ――身長に目を瞑れば、だが。

 長身の葵よりも更に背が高く、巨体と言っても差し支えない大きさで、身長以外にも色々なところがデカい。

 その背の高さから、ネットの怪談だか猥談だかの、異常に背の高い女の渾名を付けられ、そこから転じてはっちゃんとかハチなんて呼ばれている。

 本人は六尺半ぐらいしかないと謙遜するかの様に言っていたが、男でもそれだけデカいのはそうそう居ないだろ。

 

「あぁ~葵ちゃん、おはよぉ~。シアさんもおはよぉ、今日もちっこくて可愛いねぇ~」

 

 葵が声を掛けるとこちらに振り向き、その巨体に似合わぬ間延びしたおっとり声で挨拶をしながら葵に抱き着き、葵から体を離すと今度はアタシが赤ん坊の様に抱き上げられた。

 一体何が楽しいのか、こいつと顔を合わせると毎回これをやられる。

 葵と同じバスケ部に所属しており、以前観に行った試合ではダンクシュートを決めていたが、試合の時とは全くの別人だ。

 

「あんまイチャイチャしてると葵が怒るよ」

 

 ハチ公に気を取られて気付かなかったが、ギャルっぽい見た目の葵の友人――茶色のソバージュ頭でアタシは茶ソバと呼んでいる――から窘められ、漸く地上に解放された。

 葵はと言うと、自分が本命という確信があるのか、余裕の笑みを浮かべていた。

 他の奴に靡くことなんざ無いが、全然危機感無いのな。まあ信頼されてるってことかもしれんが。

 

 四人で雑談しながら、駅ビル内の水着を置いてある店に向かうと、途中にある高級な時計を扱っている店に、一組の男女が入ろうとしていた。

 男は若くスーツを着ているが、女の方はどう見ても50代だ。

 腕を組んでいるあたり親子ではなさそうだし、ホストと客ってところか。

 

「っ! お前……!」

 

 ホストらしき男と不意に目が合い、驚愕の表情から激しい敵意の篭った眼差しを向けてきた。

 

 葵たちから不安げに声を掛けられたが、全く知らない奴だし先を急ごうと促し、ホストの方も腕を組んでいた女から声を掛けられてハッと我に返っていた。

 何だったんだ? 昔ボコってやった奴だろうか。

 いちいちツラなんざ覚えちゃいないが、反抗する気が残ってるってことは少々殴り足りなかったかな。

 まあいいや、喧嘩を吹っ掛けて来るなら相手してやるが、今は葵たちとの買い物が先だ。

 ホストと女が何やら口論し始めたのを尻目に、その場を立ち去った。

 

―――――

 

「ねね、これ試着してみてよ」

 

 茶ソバとハチ公が各々の水着の品定めに没頭している傍ら、葵が水着を押し付けてきた。

 これから何年何十年と経とうが、サイズが変わることなど無いから新しい水着は必要無いんだが、アタシのためじゃなく自分が見たいからと言って、葵は必死に食らい付いてくる。

 結局アタシが折れて、試着室に入り着替えたが……何だこりゃ。

 白地に黒い模様が所々にある牛柄で、首元に小さなカウベルが備えられ、ボトムには御丁寧に尻尾まで付いている。

 水着と言うよりエロコスプレ衣装じゃねえのか、これ。

 葵もこの店の仕入れ担当者も、どういうセンスしてんだよ。

 こういうのはアタシみたいな紙より薄い胸の奴より、葵やハチ公みたいな胸の大きい奴が着るもんだろ。

 若干の悪意を感じながら試着室の外に出ると、余程の期待外れだったのか、葵が険しい顔で眉根を寄せて口元を押さえた。

 葵はそのまま無言でスマホを取り出して写真を撮り始め、何やらポーズを要求されて、言われるがままに体勢を変え続けた。

 一頻り写真を撮り終えると、堪えかねたかの様に大きく息を吐き出した。

 

「今夜は寝かさないからね?」

 

 葵はアタシの両肩をガシッと掴み、顔を耳元に近付けて囁いた。あーはいはい、そう言うことね。

 人前だから良かったものの、周囲に人気が無かったら一体どうなっていたやら。

 ゲンナリしていると、隣の試着室から出てきたハチ公が、試着した水着の意見を求めてきた。

 

「……すっご」

 

 葵は息を呑んで一言漏らして言葉を失い、アタシも思わず息を呑んだ。

 スラリとした長い手足に、スポーツの賜物か無駄な肉の無い引き締まったウェスト、その癖贅肉を一ヵ所に集めたかのようにデカい胸。

 日本人離れしたスタイルを際立たせる水着姿を、葵が食い気味に褒めちぎり、気を良くしたハチ公はそのまま購入を決めたようで、試着室に着替えに向かった。

 

「ほんっと凄いよねぇ……バスケの時もさ、はっちゃんがドリブルしたらバインバイン揺れて、ボールと見分けが付かなくって、中々ボールが取れないんだよ」

 

 そんな訳あるか。

 そんなもんに惑わされるのは、下心のあるアンタだけだろ……。

 

「わたしも練習の時に、つい間違って胸に手が伸びちゃったんだよね」

 

「アンタそんなことしたのか!?」

 

「あっ……と、さ、触ってはないよ? ちょっと指先が掠っただけで……」

 

「……二度とすんなよ?」

 

「すいませんでした」

 

 口を滑らせて狼狽する葵を睨み付けて釘を刺し、アタシも着替えるべく試着室に入って水着を脱ぎ、鏡に映った自分の凹凸の無い体を見て溜息が出た。

 真依もモデル体型の役者にお熱だったし、やっぱり葵もデカい方が好みなんだろうか。

 ほんの少しも変化しない自分の体に、コンプレックスを抱く日が来るなんて思いもしなかった。

 沈んだ気分で着替え終わり、試着室の外に出ると申し訳無さそうにモジモジしている葵と目が合った。

 

「ほれ、これ買うんだろ? アンタの水着まだ決まってないし、見てみようぜ。怒ってないから、そんな凹むなよ」

 

 脱いだ水着を渡して葵の水着を選び始めると、次第に笑顔が戻ってきた。まったく、世話の焼けるやつだ。

 やたらと布面積の少ない物ばかり候補に挙げる葵を制止しつつ、茶ソバの方もハチ公と相談しながら水着を選び、じっくり2時間程かけて葵と茶ソバ両方の水着が決まった。

 それぞれが支払いを済ませ、昼飯時なので近くにあるファミレスに行こうと言う話になり、駅ビルの外に出た。

 

 駅の外を一歩一歩進むごとに、段々と足取りが重くなってくる。

 嘗て真依に連れ込まれたホテルの前まで来ると、心臓がバクバク言い始めた。

 あれだけは、今でも忘れてしまいたい記憶だ。

 幸い葵はあの時の記憶は無いようだが、いつどんな拍子に思い出してしまうか気が気でない。

 だからこの近辺は、あんまり近付きたくないんだよな。

 戦々恐々としながら何事もなく通り過ぎることを祈っていると、葵があっと声を上げた。

 ついに嫌な予感が的中したかと身体が跳ねたが、今まで県内に進出していなかったバンバーガー屋が、この辺に出店すると言う張り紙を見付けただけだった。

 くっそ、脅かすんじゃねえよ……。

 オープンしたら、今日は同行していない他の友人も誘って皆で食べに行こうなどと、葵は無邪気に話しているが、こちらは一刻も早くここを立ち去りたい。

 

「どしたんシア? なんか元気無いよ? もしかして最初は葵と二人っきりで行きたい?」

 

「そんなんじゃねえよ。それより、早く飯食いに行こうぜ」

 

 茶ソバから奇異そうな顔で尋ねられたが、三人を急かしてファミレスに向かい、店の入り口をくぐって席に案内され、それぞれの注文を済ませた。

 

「ほれ、アンタらもちゃんと野菜食えよ」

 

 アタシが注文したラージサイズのサラダが届き、茶ソバとハチ公に取り分けた。

 

「世話焼きだねえ、あんたはオカンか」

 

 茶ソバは呆れたように言いながら食べ始め、ハチ公は礼を言いつつ一口で平らげていた。

 残ったサラダにフォークを突き立て、隣に座る葵に差し出し、満足げな笑みを浮かべながら口の中に収めた。

 葵は口の中の物を飲み下すと、アタシと同じようにサラダをフォークに刺して、アタシの口へと運んだ。

 

「うわ、また始まった。毎度毎度よくやるよ」

 

「ラブラブだねぇ」

 

 茶ソバはうんざりと眉を顰め、ハチ公は楽しそうに笑っている。

 葵と外食する時は最初の一口目をお互いが食べさせるのが、いつの間にか習慣になってしまった。

 最初は全力で断ろうとしたが、面白がった茶ソバや他の友人から「それぐらいいいじゃん」と囃し立てられ、つい雰囲気に流されてしまったが、今では煽ってた本人達が引くほどになってしまった。

 慣れってのは怖いもんだ……が、こいつらも勝手なもんだ。

 

「はぁ、ウチも偶にでいいから、はい、あーん、とかやってくれる彼氏が欲しいわ」

 

「なら自分より強い男じゃないと嫌だとか、漫画みたいなこと言ってんなよ。だから男が寄り付かねーんだよ」

 

「えー、だってウチ、シアみたいな小柄な子にも勝てないぐらい、か弱い乙女だしぃ。やっぱ、いざという時に守ってくれる人のがいいじゃん?」

 

 ボヤく茶ソバに真っ当な突っ込みを入れると、どの口が言うんだと言いたくなる反論を始めた。

 茶ソバはギャルみたいなナリの癖に、空手と柔道をやっていて、どちらも段を持っている程度には強い。

 以前葵がアタシもかなり強いと言う話をして、対抗心を燃やした茶ソバと軽く手合わせをすることになった。

 アタシは一切攻撃せず、茶ソバの攻撃を全部捌いていると段々と本気になったが、結局一度もアタシに当てる事は出来なかった。

 直後は落ち込んでいたが、そこで腐ることなく鍛錬を積んで、同年代の男を二人や三人同時に相手にしても負けない程に腕を上げていた。

 

「ハチと葵も体格良いんだし、本気で鍛えたらウチより強くなんのになあ。勿体ない」

 

 今までにも何回か聞いた愚痴を茶ソバが漏らし、ハチ公は格闘技は怖くて無理と言い、葵はアタシが守ってくれるから大丈夫と、いつもの答えを返した。

 

「まあまあ、それよりお腹空いたし食べようよ」

 

 注文した料理が運ばれ、ハチ公が礼を述べながら受け取り、テーブルに所狭しと並べられた。

 胃袋も体に比例して大きいのか、半分以上がハチ公の注文したものだが。

 

「ほい、サラダ分けて貰ったし唐揚げ一個あげるわ」

 

「じゃあ私はエビフライ一個あげるねぇ」

 

「気にしなくていいのにな。まあいいや、さんきゅ」

 

 葵の友人だけあって二人とも少々変わり者で、ちょくちょく頭を悩ませられることがあるが、変なところで律儀だからどうにも憎めない。

 二人から貰った物を葵と分けて食べ、葵が注文したパスタをフォークに巻き取って何度か息を吹きかけて冷まし、口を開けて待つ葵に食べさせた。

 次いで葵がカットしたピザをアタシの口へと運んだ。

 

「はぁ……あんたら、ほんっと仲良いよね」

 

 茶ソバが苦虫を嚙み潰した顔で漏らした。

 アタシと葵が互いに食べさせ合うのを面白がっていた、こいつらへの当て付けみたいな部分も半分あったが、期待してた以上に効果は有った様だ。

 

「ところでさ、一つだけどうしても聞きたいことあるんだけど」

 

 不愉快そうな顔から一転、真剣な顔へと変わった。

 

「葵とシアってさ、もうヤったの? つうか、さすがにもうヤったでしょ?」

 

「ぅぐっ、げほっ。んな、何言ってんだ!? やるって何をだよ!」

 

 臆面も無く放った茶ソバの奇言にピザが喉に詰まった。

 

「何って、そりゃナニでしょ。ウチらももう高三だよ? 葵ももうすぐ18っしょ? え? 明日が誕生日? おめでと! それでよ、付き合ってるならそれぐらいするのが普通でしょ? むしろヤってない方が異常でしょ」

 

「あらぁ、ちゃんと避妊はしないとダメだよぉ?」

 

 茶ソバはふざける様子も無く、真面目くさった顔のまま早口でまくし立て、ハンバーグとエビフライのセットを早々に平らげたハチ公はおっとりとした声で寝言をほざきつつ、カットしていないピザを半分に折り畳んでかぶり付いた。

 女同士で子供が出来るかと茶ソバが突っ込み、そこだけが悩みの種だと心底残念そうに葵が頷いた。

 

「そんで? 普段はどっちから誘って、どっちがリードして、どういう風にやってんの?」

 

「んとね、この前は……むぐっ」

 

「アホなこと言うな、この馬鹿!」

 

 得意気に話そうとする葵の口にピザを突っ込んで、強引に黙らせた。

 

「何にもしてねーよ馬鹿! アンタも悪ノリしてデタラメ言おうとしてんじゃねえよ!」

 

「ふーん……シアも聞かれたくないみたいだし、そう言うことにしといたげるか。面白い反応を見れて気晴らしも出来たしね」

 

「顔赤くして恥ずかしがっちゃって、可愛いねぇ」

 

 茶ソバは真剣な表情から一転してニヤっといやらしい笑みを浮かべ、ハチ公は二枚目のピザに取り掛かりながらクスクスと笑っている。

 こいつ……変なことを尋ねてきたのは、意趣返しのつもりだったのか。

 類は友を呼ぶとは言うが、葵の友人だけあって良い趣味してやがる。

 今度組手の申し出があったら、ボコボコに叩きのめしてやろうかな。

 葵の方はと言うと、ショボンの顔文字のような表情で、口だけをむぐむぐと動かしてピザを平らげていた。

 行儀が悪いと咎めたが、生返事しか返ってこない。

 

「ぇー、残念。私は聞いてみたかったなぁ」

 

「だよねー。彼氏が出来た時のために、誘い文句の一つや二つ覚えときたいし、そういうサインも見逃したくないしねー」

 

「だったら茶ソバはまず男のハードル下げろよ。それにハチ公がゾッコンって言ってた従兄弟は、まだ中学って言ってたろ。そういうのは早えだろがよ」

 

 従兄弟の話題を出すとハチ公は顔を輝かせ、今度の盆休みに父親の実家に帰省するのでまた会えると、さぞ嬉しそうに語った。

 しかし上機嫌なのも束の間、今年のゴールデンウィークに会った時はどこか余所余所しく、避けられているように感じたと笑顔が陰りを見せた。

 

「そりゃ照れてるだけでしょ。年上でスタイル抜群のお姉さんとか、目を合わせるのも勇気がいる年じゃん。まあ色気で釣れば余裕よ余裕。いっそ乳でも揉ませりゃイチコロよ」

 

 茶ソバの無責任なアドバイスに、従兄弟はそんな子じゃないと不服そうにハチ公は答えた。

 大抵の事は笑って流すハチ公が不快感を露わにするあたり、従兄弟への想いは本気の様だ。

 以前スマホで撮ったハチ公の従兄弟の写真を見せられた事があるが、大人しそうな見た目と言えば聞こえは良いが、気弱で頼り無さそうと言う印象だった。

 人の好みは様々だな。

 

 ハチ公の珍しい反応に茶ソバは謝っていたが、ハチ公も手段の一つとして候補に入れると真剣な表情で言っていた。そんなもん真に受けて大丈夫なのか。

 どうにか話の矛先を変えることが出来、茶ソバと葵も盆休みの間の予定を話し始め、二人ともハチ公と同じく親の実家に帰省するという事だった。

 

「わたしが暫く居なくて寂しいからって、浮気しちゃ駄目だからね?」

 

「しねーよそんなこと。頼まれたってやらねえよ」

 

「おうおう、一途だねえ。バカップルかいな」

 

 アタシ達の下らない遣り取りを他所に、ハチ公はにこやかに笑いながら追加の注文をして、まだ食うのかと全員で毎度の突っ込みを入れた。

 

 こうしてこいつ等とつるんでいると、自分が人間になったかのように錯覚する。

 本来ならこの場に馴染むことの無い異物の筈だが、この一時を楽しいと思ってしまうのは、我ながら丸くなったと言うか腑抜けてしまったと言うべきか。

 

 ハチ公が満足いくまで食うのに付き合いながら雑談を続け、一段落したところで店を出て駅に向かった。

 プールに行く日時の確認をして、それぞれが別々のホームに向かって電車に乗り込んだ。

 冷房の効いた車内に安堵の表情を浮かべ、来週が楽しみだとニコニコしている葵と共に電車に揺られ、10数分で到着して駅前の商店街に向かった。

 今日の夕食は夜勤の母に代わって紅桃が作るらしく、足りない食材を買って帰るように頼まれていたそうだ。

 

「ねえ、帰る前にお参りしよ」

 

「またかよ。ほんと神頼み好きだな」

 

 必要な買い物を済ませ、そのまま帰るかと思いきや、商店街の中にある石階段の前で手を引かれた。

 無駄に段数が多いせいで人が余り訪れないであろう階段を上り、商売繁盛の神が祀られている社の前まで来た。

 ここは商店街の人間が持ち回りで手入れをしてるらしく、ある程度掃除はされて草も刈り取られている。

 賽銭箱に小銭を放り込み、二人揃って手を合わせた。

 死神が神に祈るなんて質の悪い冗談だが、アタシのような存在が居る以上は、本当に神なんてものが存在してるのかもしれない。

 葵は真依と違って男に忌避感は無いようだし、アタシの様な不吉な存在なんかと一緒に居るより、もっと良い相手を見付けて幸せになって貰いたいものだが。

 この世に本当に神が居るなら、そう願わずにはいられない……が、同時に他の人間に取られたくないとも思ってしまう。

 このブレブレな自分の思考が、何とも情けない。

 

「しっかし、毎度毎度飽きもせず何を願い事してるんだ」

 

「そりゃ勿論、シアちゃんとずっと一緒に居られますようにってお願いしてるよ。そういうシアちゃんは、どんなことお願いしたの?」

 

「んー、別に何も。つうか、それって商売の神に願う事じゃなくねえか」

 

 葵が本当に幸せになる様にと願ったなんて、小恥ずかしいことを正直に言える訳がない。

 商売は人と人との繋がりが大事だから恋愛も同じことだと言いつつ、アタシの答えに不満気に頬を膨らませる葵を見て僅かに顔が綻んだが、一瞬にして背筋が凍り付いた。

 見間違いかと思ったが、葵の肩の辺りに僅かに黒い靄が見え、次第に全身から止め処なく溢れるように立ち昇り始めた。

 

 何で? 何で? 何で?

 頭の中を大量の疑問符が埋め尽くしていく。

 

「なあ、どこか体の具合とか悪くないか? 病気も怪我もしてなかったよな!?」

 

「えっ、うん、何ともないけど……どうしちゃったの?」

 

 葵は間違いなく健康そのもので、今も不調を感じさせるところは全く無い。

 今までに何かしら妬みや嫉みを受けることもあっただろうが、殺したい程に恨まれる事もしていない筈だ。

 

 じゃあ、何で?

 

 賽銭箱の前にへたり込んで、何が原因でこうなったのか、葵にどう告げるべきか、どうすれば葵が助かるのか、考えが纏まらないまま頭の中がグチャグチャになっていく。

 不安そうな葵の問いかけに応えることも出来ずに考え込み、一つの心当たりに思い当たった。

 

 真依は18の時に死んで、葵は明日が18の誕生日だ。

 つまり、今夜日付が変わると同時に葵が死ぬという事か。

 

 ――なんてこった。なんてこった。

 真依が生まれ変わって葵になったのも、ただ18歳になった時に死ぬためだったってのか?

 真依と交わした契約は呪いの類で、やっぱり美味い話なんてもんじゃなかったのか。

 

 ……契約。

 そうだ、契約を破棄すりゃ葵は助かるんじゃないのか?

 とは言え、別れてくれと言って仮に葵が承諾したとして、そんな表面上の物だけで上手くいくとも思えない。

 他に葵とアタシが、本当に恋人じゃなくなる手段は何かないのか。

 

 無言のまま考え抜いて、一つの案が浮かんだ。

 

 隣に座り込んで心配そうにアタシの顔を覗き込む葵に、落ち着いて聞くようにと前置きをして、黒い靄と日付が変わる頃には死んでしまう事を話すと、みるみる内に葵の顔が強張っていった。

 

「でだ、一つだけ頼みがあるんだけど、アタシを……殺してくれ」

 

 葵は息を呑んで、怪訝な視線を向けた。

 

「前にアンタの指が当たって、傷が付いたの覚えてるか?」

 

「そりゃ、覚えてるけど……それって今する話?」

 

 葵は何故か照れる様な悔いる様な、複雑な表情で答えた。

 

「多分アタシが死ねば、アンタは助かる。それでアタシを殺せるのは、アタシに傷を付けられるアンタだけなんだよ。だから……頼む」

 

 そんなこと出来ないと抗議する葵の両手首を掴んで、アタシの首まで引っ張った。

 

「我儘言うなよ、死にたくはないだろ? 家族にも友達にも恵まれて、折角の幸せを掴んだアンタに、アタシも死んで欲しくないんだよ」

 

「……本当にそれしか方法は無いの?」

 

「ああ、多分な。つうか、それしか思い付かねえや」

 

 葵は地面に目線を落とし、押し黙ってしまった。

 

「悪いな、こんな事させちまって。気分の良い事じゃないだろうけど、まあアタシは人間じゃねえし、人殺しにはならないからさ。悪い夢でも見てたとでも思ってくれよ」

 

 葵の手首から手を離して目を閉じると、僅かに力が入るのが感じられた……が、その手が首から離れて両頬を挟みこまれた。

 

「もう! 勝手にやり遂げたみたいな顔して、一人で納得しないでよ!」

 

 葵の怒りの声と共に、頬をぐにぐにと捏ね繰り回された。

 

「痛てて、何してんだよ! 痛てえけど、そんなんで死ぬ訳ないだろ!」

 

「まだ言うか、この。そんな事言われて、はいそうですかって出来るわけないでしょ!」

 

 抗議の声を上げると、両頬を摘ままれてぐいぐいと引っ張られた。

 葵の声に怒りは篭ってはいるものの、目には涙を浮かべていた。

 

「そんなに慌てて結論を出さなくてもさ、他に方法がないか二人で一緒に考えよう?」

 

 優しく諭す様に言って、頭を冷やすために冷たい物でも飲もうと、葵はコンビニに向かった。

 アタシも行こうとしたが、一緒に居るとアタシが焦って思い詰めそうなので、荷物の見張りをしてるように言われ、その場に残った。

 

 つっても、どうすりゃいいんだ。

 座り込んで必死に考えを巡らせるも、何一ついい案が浮かばないし、こんな悠長なことをしてていいのかと焦燥感だけが募っていく。

 考え込んでいる内に、嫌な考えが過ぎった。

 あいつ、このままどこかに姿を消して、犠牲になるつもりじゃないだろうな。

 まさかとは思うが、あの御人好しの真依の生まれ変わりなんだ、可能性は十分に有り得る。

 

「よお」

 

 葵を追おうと慌てて立ち上がって階段に向かうと、野球帽を目深に被りスポーツバッグを手にした、ジャージ姿の男に行く手を遮られた。

 何だこいつ? 変質者か?

 

「何だよ、鬱陶しいな。アンタなんかの相手してる暇なんざねえんだよ」

 

 男の横を通り過ぎようとすると、頬に強い衝撃が走って地面に倒れ込んだ。

 

 ――何だ? 何をされたんだ?

 

 口の中に鉄臭い味が広がり、ズキズキと頬が痛む。

 グラグラと揺れる視界に耐えながら起き上がり、漸く自分が殴られたのだと気付いた。

 

「いい気味だな、死神サマよお」

 

 嘲る様に言いながら帽子を脱いだその男は、昼前に駅ビルで出くわしたホストらしき男だった。

 何者なんだこいつ? 何でアタシに傷を負わせることが出来る?

 

「まさか俺の事が分からねえとか言わないだろうな? 右腕と両脚を折られた礼をしに来てやったってのによお」

 

 理解が追い付かず困惑するアタシに、ホストは左手の小指の爪を見せ付ける様に翳した。

 その血のように赤い爪は、契約の証だ。

 真依以外に契約を交わした人間と言えば――。

 

「お前まさか……あの時のヤクザか……。骨折治しただけじゃないのか……」

 

 言い終えたところでホストの爪先が鳩尾に食い込み、堪え切れずに膝を突いた。

 

「だぁれがヤクザだ。俺は女どもに夢を売る善良な商売人だよ」

 

 苦痛に悶えるアタシを見下ろしながら、ホストは吐き捨てた。

 こいつも葵と同じく、生まれ変わる前の記憶は残っていないのか。

 

「つうかお前、自分でやった契約の内容も知らねえのかよ、とんだ間抜けだな。俺はな、お前を、この手で、殺させろって命令したんだよ」

 

 前髪を掴まれ、ねちっこく嫌味を込めた喋り方で、言葉を区切る度に顔面に拳を叩き込まれた。

 一発殴られる度に意識が飛びそうになり、鼻血がボタボタと地面に散った。

 そうか、こいつまで生まれ変わったのは、契約が完遂されてなかったせいか。

 

「今日は客のババアに時計買わせる筈だったのによお。お前のせいで予定が狂ったわ。まあ、お前と一緒に居た女に埋め合わせさせるかね。タッパはあるが、顔と体はそこそこ上等だしな」

 

「テメエ! あいつに指一本でも触れたら殺すぞ!」

 

「そんな情けないザマで出来るもんなら、お好きにどぉ~ぞぉ」

 

 一瞬で頭に血が上って怒声を浴びせたが、小馬鹿にしたホストの言葉と共に顎を蹴り上げられ、地面にもんどり打った。

 殺す……こいつだけは何があっても殺す!

 怒りに燃えるアタシをせせら笑いながら、ホストはスポーツバッグから新品らしき包丁を取り出した。

 こいつ、本当にアタシを殺すつもりか。

 非常に癪だが、葵の呪いが解けるなら大人しく殺されてやってもいいが……あいつをこのクソ野郎の餌食にさせてたまるか。

 ふらつく頭に喝を入れ、渾身の力を込めて拳を突き出したが、瞬時に全身から力が抜けて片手で止められてしまった。

 

「何だこりゃ、舐めてんのか? まあいい、俺は女には優しいからな、苦しまないように一撃で仕留めてやっから動くなよ?」

 

 咄嗟に空いた方の腕で心臓の位置を防御したが、包丁は腹に深々と突き立てられ、悲鳴はおろか呻き声すら上げられない激痛に襲われた。

 

「嘘に決まってんだろ、ばぁーか。精々苦しんで死ねや」

 

 気色の悪い笑いを浮かべながら包丁を引き抜き、再び突き刺され、その度に目の前に火花が散り、胃から逆流した赤黒い血が喉の奥から噴き出た。

 汚ねえな、と笑いながら包丁を引き抜き、今度は左胸に突き刺された。

 肺を潰されたせいか、息を吐くことも吸うことも出来ず、ただ吐血しか出来ない。

 更に包丁を押し込まれ、背中側の肋骨が断ち切られる音が、背骨を伝って体の内側から耳の奥に響いた。

 満足気に包丁を引き抜いて、アタシが地面に倒れ込むと同時に、ホストの体から黒い靄が立ち昇り始めた。

 

「いっ……てぇ、何だこりゃ。てめえ……何しやがった」

 

 復讐を果たして感無量といった表情のホストは、突如血に塗れた包丁を取り落とし、左手を押さえて苦悶の声を上げ、ブツリと何かが千切れる様な音と共に左手の小指の爪が地面に落ちた。

 

 ……何が起きたんだ?

 契約の証が剥がれ落ちたあたり、契約が完了したということか。

 それなら、こいつに反撃出来るのか。

 苦痛に震える体と不明瞭な頭に鞭打ち、ホストの足首を掴んで残りの力を振り絞ると、骨の折れる音と共に脚が180度曲がり、悲鳴を上げて地面に尻餅を突いた。

 へっ、ざまあ見やがれ。こいつが死ぬまでに10日かかるとしても、これで葵に手出しは出来ないだろ。

 せめてこいつの息の根を止めておきたかったが、もう体が動かねえや。

 

 全力を込めた反動か、凄まじい痛みが全身を駆け巡り、傷口と喉の奥から血が噴き出し、視界が激しく明滅して徐々に暗くなっていく。

 くそ、こいつのとの契約が終わっても傷が治らないあたり、結局アタシは死ぬんだな。

 これで葵が助かればいいんだが……せめてお別れぐらいは言いたかったな……。

 指先すら動かせないまま暗転していく視界の端で、ホストの指から落ちた赤い爪が蠢いて形を変えるのが見えたのを最後に、意識が完全に闇に呑まれた。

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