――朝だ。
朝になってしまった。
面会時間まであと30分ぐらいか。
さて、今日もまた真依のとこに……。
―
――
―――
うわああああああああああ! 行きづれえええええええええええ!
一旦別れて時間を置いて冷静に振り返ると、羞恥心にのた打ち回りそうになる。
帰りのタクシーの中で気にしてないとは言ったが、あんなビビりまくって醜態晒してたのに、難を逃れた途端に余裕ぶっこくとか滅茶苦茶ダセェじゃねえか。
殺された人間の記憶が悪さしてるんだと思ってたが、明らかにアタシ自身がビビってたよなあ。はー、情けねえ。
結局手を出してこなかったのは、アタシの怯え様に気を使って冗談という事にしたんだろうな。
喉元過ぎればとは言うが、熱さを忘れるどころか時間が経つほどに胃の中で大爆発を起こし続けてる気分だ。
過去に戻って無かったことに出来ねーかな。それか記憶を失くせないもんか。
何でタイムマシンも記憶を消す機械も開発出来てねーんだよ。
役に立たねえな人間ども。やっぱ人間ってクソだわ。
いっその事、この世から消えてしまいたいんだが。
あいつが目を覚ました時に、目を合わせようともしなかった理由が分かったわ……。
――いやいや、ビビッてねーし!
ちょっと面食らって気が動転しただけだし!
はぁ、誰に何の言い訳してんだかな。
あーあ、本当どうしたものか。どんな顔して会えばいいんだよ。
いや、待てよ? 別に義務でもないんだし、このまま会いに行かずにフェードアウトしてしまえばいいじゃん。
けど、それだとあいつは誰も会いに来ないまま、一人孤独に死んでいくかも知れないのか。
一瞬良いアイディアが浮かんだような気がしたが、すぐに下策中の下策だなと打ち消した。
一先ず気分を落ち着かせようと公園内をぶらつくが、昨日のホテルでのことを思い出す度に叫びそうになり、必死に抑えて岩や樹の幹に頭を打ち付けて紛らわせた。
傍から見りゃ頭のイカれたガキだろうな。
真依は今どんな心持ちでいるんだろう。
昨日の感じだと、アタシと同じく身悶えしてるんだろうか。
アタシだけこんな思いをするのは不公平だし、真依も同じく苦悶してて欲しいもんだが。
あーダメだ。気分転換しようとしたはずが余計に鬱々とした気分になってきた。
――そうだ。
むしろ昨日の事を当て擦りまくって、ノーダメアピールしてしまえばいいんじゃねえか?
ずっと手玉に取られているような気がしていたが、この起死回生の一手をビシッと決めて主導権を握るしかない。
今度こそ良いアイディアが出たし、善は急げだ。
道中でやはり昨日のことを思い出し、何度も悲鳴を上げそうになりながら真依の病室に向かった。
―――――
――返事が無い。
何度か病室の扉をノックしたが、うんともすんとも言わない。
真依の部屋から滲み出る靄からして、病室内にいるのは間違いないんだが。
アタシが痺れを切らすのを狙って、また何か変なことを企んでるんだろうか。
どうしたものかと部屋の前で思案していると、通りかかった看護師から声をかけられた。
なんでも早朝から苦痛を訴えて、強めの薬を打って眠っているそうだ。
夕方ぐらいまで目を覚まさないらしく、帰るならアタシが来たことは伝えておくと言われたが、用事なんてある訳も無いので室内で待つことにした。
室内は明かりが点いていないが、窓からの光だけで室内の様子は十分に分かる。
ベッドの隣の椅子に腰かけ、真依の顔を覗き込む。
目は閉じられ寝息の一つも立てず、息継ぎをするかのように時折大きめに息を吐きだす。
点滴は繋がれているが心電図の機械が無いあたり、危険な状態ではないということでいいんだろうか。
それとも既に手遅れで必要が無いってことなのか。
まさか、このまま死ぬのか……?
そんな考えが浮かぶと、息が詰まり胸の辺りが締め付けられるような感覚を覚えた。
いや、元々死期が目の前まで迫ってたんだ、今日死んだって何もおかしい事は無い。
こいつが死ねば今まで通りの事をして過ごすだけだ。
しょうもない連中をしばいて、こないだのヤクザのおっさんみたいな悪党をおちょくって遊んで、この街に飽きたら他の街に行って次の獲物を探す。
こいつと過ごした数日がイレギュラーだっただけで、それが元通りになるだけだ。
「……くだらね」
これまではそれしか無かった楽しみが、何故か何の面白みも無く無味乾燥なことのように思えた。
「昨日行った水族館、結構楽しかったよ。その後は散々な目に遭ったけどな、はは」
返事が無いのは分かっているのに、気分を紛らわせようと真依に話しかけてしまう。
普段の変な言動やセクハラじみた冗談に辟易していた筈なのに、いざ何も話さなくなると嫌な考えが頭の中を埋め尽くしていく。
所在なく窓の外や点滴のバッグに目を向けたりしていると、真依の額に脂汗がじっとり浮かんでいるのが見えた。
キャビネットの中からタオルを取り出し汗を拭き、部屋の奥の洗面台でタオルを濯いで再び汗を拭く。
それを何度か繰り返している内に点滴が終わり、看護師が片付けに現れた。
時計を見るともう午後3時を回っていた。
朝に聞いた通り、夕方までは目を覚まさないと念を押されたが、このまま放っておく気にもなれないから起きるまで待つと伝えた。
看護師は諦めたような笑顔で「よろしくね」と一言残して去って行った。
「よろしく、か……何でこんなことしてんだろうな?」
自嘲的に笑いながら真依に問いかける。当然返事は無い。
息を吐き出す頻度は変わらず、弱くなっている様子もないが、呼吸と呼吸の間の時間が重々しく感じる。
一度息を吐き出す度に真依が生きていることを確認できるが、次の呼吸までの間に不安に駆られてしまう。
なあ、もうすぐ晩飯の時間だぜ。そろそろ起きてもいい頃じゃないのか。
アタシの思いも虚しく真依は目を閉じたままだ。
暫くして夕食の時間帯になり、廊下から食器のぶつかる音や配膳用の台車がガタガタと揺れる音が聞こえてきた。
真依はまだ眠ったままなので、起きた後に食べられそうにないなら片付けに来ると言伝され、ベッドテーブルの上に夕食を置いて行かれた。
「早く起きないと、せっかくの飯が冷めちまうぞ」
分かっていた事だが、やはり返事は無い。
夕食が運ばれて10分ほどして真依は小さく呻き声を上げ、ゆっくりと目を開けた。
――良かった。
真依が目を覚ましたことに、心の底から安堵の感情が湧いた。
「大丈夫か? 気分はどうだ?」
「……誰……?」
「っ……ほら、アタシだよ、シアだよ」
真依は虚ろな目で、どうでも良さそうに天井を見つめたまま溜息を吐き、その様子に言葉が詰まった。
気分が悪そうに何度かゲップをし、少し間を置いてえずき始めた。
慌てて抱き上げ、部屋の奥のトイレまで連れて行く。
扉を開け床に降ろすと、苦しそうに便器の中に向かって嘔吐し始めた。何も食べていないせいか、胃液だけが吐き出されている。
暫く背中をさすっていると、便器に赤い滴が落ちるのが見えた。
「血ぃ吐いてんじゃねえか! ちょっと待ってろ!」
ナースコールのボタンを押し、看護師が来るのを焦燥感に駆られながら待つ。
看護師は数分で到着したが、その僅かな時間が酷く長く感じられた。
事情を説明すると真依の口を大きく開けさせ、ライトで喉の奥を照らし状態を確認した。
看護師が言うには"また"喉の奥が切れたらしい。
嘔吐を繰り返す内に、切れ易くなってしまったそうだ。
「後でお薬追加しときますね。着替えも持ってこないとね。汗でビショビショになってるでしょ?」
看護師はそう言い残して病室から出て行った。
はあ、吐血じゃなくて喉に切り傷が出来ただけか。大事無くてよかった。
とは言え、このままじゃ食事に差し障りそうだ。
真依の喉の辺りに手を当てて、傷が治せないか試してみる。
手を離すとアタシの掌に小さな切り傷が出来ており、数秒して消えた。
これは通用するみたいだ。傷に直接触れなくても治せるのが幸いした。
ホッと一息ついたが、真依はまだ気分が悪いらしく、胃の中身をすべて吐き出した後もえずいている。
吐くものが無くても喉には負担が掛かるようで、出血しては治してを何度か繰り返した。
落ち着いてきた頃に冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出し、うがいをさせてベッドまで抱えて戻った。
「取り敢えず汗拭いて着替えないとな。自分で着替えれるか?」
看護師が持って来てくれた替えの服を見ながら真依に尋ねるが、肯定とも否定とも取れない呻き声が返ってくるのみだ。
この様子じゃ自分で着替えるのは無理そうだが……どうするか。
まさか、アタシが脱がさないといけないのか?
うええええ、マジかよ。看護師に頼むべきだったか。
替えの服を置いて出て行ったってことは、アタシがやると思ってたんだろうな。
くそお、やればいいんだろ。
「しゃーない、脱がすぞ?」
真依は呻き声すら上げず、じっと天井を眺めたままだ。
上着とズボンを脱がし、次いで肌着を脱がす。流石にパンツまでは脱がさなくていいよな?
そんな趣味も下心なんてものも欠片も無いのに、何でか妙に緊張してしまう。
露わになった胸をなるべく見ないようにしながら、身体を拭いていく。
また何か変なこと言い出さなけりゃいいんだがな。
そう思いながら体を拭いている間も、苦しそうな表情が和らぐ事は無く、普段の様な冗談は一切飛んでこない。
――こんなザマを見るぐらいなら、アホな冗談言われた方がずっとマシかもな。
体を拭き終わり肌着と服を着せて、ベッドに座り込んだままの真依を横たえさせた。
「……ねえ……まだ……?」
目線を天井に向けたまま、真依が唐突に口を開いた。
「まだって、何がだ? 晩飯なら届いてるよ。食えそうか?」
真依は何も答えず苦し気な荒い呼吸を続け、暫くの沈黙の後再び口を開いた。
「早く…………早く、楽にして……」
思いがけない一言が飛び出し、全身にゾワリと不快な寒気が走った。
凍り付いたまま真依の顔を見据えていると、はらはらと涙を流し始めた。
「もう、嫌だよ……」
そう言い残して目を閉じ、寝息を立て始めた。
楽にしてくれって、どういうことだ?
まさか殺してくれって意味じゃないよな?
何度も自殺を考えたとは聞いたが、今も死にたがってるのか?
思い返してみれば、やはり変なことばかりだ。
初めて会った日の、アタシが死神と名乗った時に見せた安心した様な表情。
あれは望み叶って、やっと苦しみから解放されるとでも思ったからだったのか。
余命が長く持って10日と伝えた時に見せた、残念そうな顔。
あれは10日しか残ってない事ではなく、10日"も"残っている事に落胆していたんじゃないか。
おかしな物言いもセクハラじみた冗談もホテルに連れ込む強行手段も、アタシを逆上させて自分を殺す様に仕向けていたのではないのか。
嫌な考えが頭を埋め尽くしていく。
――分からない。
元々何を考えているのか分からん奴だったが、ますます真依のことが分からなくなった。
普段の言動は全て演技で、今の言葉こそが本心だったんだろうか。
へたり込む様に椅子に座り、頭の中がグチャグチャのまま身動き出来ず時間が過ぎていく。
「ん……うぅ……」
暫くして呻き声を上げながら真依が目を覚ましたが、素直に喜べず声が出せない。
「誰かいるの……?」
「……アタシだよ」
「あ、シアちゃんか。ごめんね、まだ薬が抜けてないみたいで、頭がくらくらして周りがぼやけてよく見えないの。今何時ぐらい?」
眠る前の様子はどこへやら、焦点の合わない目で普段通りの笑顔をこちらに向ける。
声に元気が無いながらも明るく振る舞おうとするが、これも実は演技なのかもしれないと思うと余計に気分が沈む。
「もうすぐ8時だな」
「えっ、もうそんな時間? せっかく来てくれたのにごめんね。ご飯食べてないでしょ? まだコンビニ開いてるかな。急げば間に合うかも」
「飯なんて別にいいから、大人しくしときなって。体調良くないだろ」
「え、でも……」
「いいから!」
纏わりつく不安を拭いきれず声を荒げてしまい、真依がびくりと体を震わせた。
くそ、何やってんだかな。
「あ……悪い。脅かすつもりはなかったんだ。下手に動いて、また具合が悪くなったら不味いだろ」
「えー? 心配してくれたの?」
「ああ、すげー心配したよ。もう目覚めないんじゃないかって思った」
揶揄う様な笑みを浮かべた真依の質問に何も考えずに答えると、落ち着きなくそわそわし始めた。
「ど、どうしちゃったの? シアちゃんがそんな風に言うなんて、そんなに酷いことになってた?」
――うん? あれ? 何言ってんだ?
自分で放った言葉を反芻して、顔が熱くなってくるのを感じた。
どうにか誤魔化さねえと。
「いや、そんなことはどうでもいいんだ。一回目を覚ました時の事、覚えてないのか?」
全く覚えていない様子の真依に、うわ言の事は伏せて何があったかを説明した。
「だから喉が痛くないんだ。ごめんね、痛い思いさせちゃって。……って、ちょっと待って!」
アタシは全然痛くないから気にするなと言おうとしたが、真依が何かに気付いたかの様に遮られた。
「服脱がせたって、もしかしてえっちなイタズラとか――」
「するわけねえだろ馬鹿!」
「えぇーー、何で折角のチャンスを逃しちゃうかなぁ。まあ、どうせならわたしもちゃんと起きてる時の方がいいけどさぁ」
話のすり替えは上手くいったが、こいつは本当に……。
心配して損したと一瞬思うが、これもやはり芝居なんだろうかと頭に過ぎり打ち消された。
「……なあ、真依。アンタ無理してないか?」
「えっ? 別に無理なんてしてないよ? 昨日はしゃぎ過ぎたせいか、ちょっと体調崩しただけだよ。よくあることだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
うわ言のことをストレートに聞くことも出来ず、鎌をかけたが見事に外したようだ。
もう少し上手い言い回しが出来りゃいいんだが、弁の立たない自分が情けない。
「……そうか、それならいいんだけど。ところで晩飯どうする? 食えそうにないなら片付けてもらうか?」
食い下がっても変に気を使わせそうだし、話を変えよう。
「ううん、食べるよ。栄養摂って少しでも元気ださないとね」
「じゃあ談話室の電子レンジで温めてくるわ。面会時間過ぎちまったけど、少しぐらいは大目に見てくれるよな?」
「そこら辺は結構緩いから平気だよ。消灯時間まで居ても大丈夫だよ」
なら長居しても問題ないな。
冷めきった夕食のトレーを持って談話室に向かった。
談話室には大部屋の者だろうか、入院患者とその家族らしき者が話し込んでいた。
時間を気にせずに話しているあたり、確かに面会時間を過ぎても追い出される事はないようだ。
一安心して電子レンジで軽く夕食を温め、真依の病室に戻る。
「お待ちどうさん」
ベッドテーブルの上に夕食を置くと、真依は礼を述べて震える手で箸を持とうとして取り落としてしまった。
何度か持ち直そうとするが、その度に手から滑り落ちていく。
まだ薬の影響が残ってるんだろうか。
「ほれ、貸してみな。食わせてやるよ」
箸を引っ手繰り、料理を小さく切り分けて真依の顔の前まで運ぶ。
最初は遠慮していたが、手がまともに動かせないことを突っ込むと、観念して頬を赤らめながら口を開けた。
動物の餌やりをしているようで何だか笑えてくるが、真依は恥ずかしそうな不服そうな複雑な表情だ。
「何むくれてんだよ」
「んー……。わたしがシアちゃんに食べさせてあげて、恥ずかしがる顔を見れたら、すっごく楽しいだろうなって思ってたのに……。先を越されちゃったんだもん。そりゃあ悔しいよ!」
「ほんっと碌な事を考えねーな、アンタは」
呆れながら食べさせ続けるが、これも演技なのだろうかと疑念が湧き上がり気分は晴れない。
「シアちゃん上手にお箸使えるようになったね」
「誰かさんのお陰でな」
「ふふん、感謝してよね」
「調子に乗るなっつーの」
真依が口を閉じるタイミングで箸を引っ込めると、何が起こったのか分からないのか目をぱちくりとさせ、楽しそうに笑いながら怒り出した。
釣られてアタシも笑ってしまう。
全て食べ終わると食器を下げてもらい、食後の薬を飲ませた。
点滴の量を増やしてある程度カバーしていたそうで、飲み薬はいつもより量が若干少なかった。
薬を飲み終わる頃には消灯時間が迫っていた。
「そんじゃ、そろそろお暇するかね」
「何なら泊ってくれてもいいよ? 看護師さんに言えば、小さいけどベッドも貸してくれるよ」
「流石にこんな時間から用意させる訳にゃいかんだろ。アンタも落ち着いて寝れないだろうし」
椅子から立ち上がり部屋を出ようとしたところで、真依に呼び止められた。
「えっと、昨日はごめんね。舞い上がってハイになってて、無茶なことやっちゃって。今度こそ本当に嫌われちゃったかもって思ってたから……。今日も来てくれたの本当に、本当に嬉しかった」
「別に気にしてないって昨日言ったろ? アンタも気にしなくていいよ。じゃ、また明日な」
あれだけビビってたのに、また見栄を張ってしまった。
ただの強がりだってバレてるだろうし、今の会話も演技かもしれないが、もしも本心でそれで真依が少しでも元気が出るなら……まあいいか。
昨日のことで上手く誘導して主導権をこっちが握るつもりだったが、すっかり目論見が外れちまったな。
「ありがと。……おやすみ、また明日ね」
「ああ、おやすみ」
―――――
陽が昇り始め、面会時間が近くなってきた。
はやる気持ちを抑えつつ、真依の病室に向かう。
真依の部屋から廊下に漏れだす靄を見て、まだ生きていることに安堵し、同時にやはり死は免れないことを痛感する。
今も悪党は苦しみ抜いて死ぬべきだと思っているし、他の人間も死のうが生きようがどうでもいいと思っていたが、真依にだけは死んで欲しくないと思い始めている。
どうすることも出来ないのにな。
何で命に係わらない、しょうもない傷しか治せないんだろうか。
詮無い事を考えながら真依の部屋の扉をノックする。
また昨日の様に返事が無いのではと一抹の不安を抱くが、すぐにいつもの声が聞こえてホッと胸を撫で下ろす。
「うーす」
「おはよぉ。今日は早いね、まだ面会時間の10分前だよ? もしかして、早くわたしに会いたくて待ち切れなかった?」
「あー、うん。まあ、そんなとこ」
真依の揶揄う様な笑い交じりの質問に、つい反射的に答える。
「えっ……。どうしちゃったの? そんな素直に言われたら反応に困っちゃうよ……」
あれ? 昨日からどうしちまったんだ。
自分でも何でこんなことを言ってるのか分からない。
何より自分が変なことを言っていると、指摘されないと気付けないところも変だ。
「あっ、いや、そうじゃなくて。えっと、そうだ。また昨日みたいに寝込んでないか気になっただけで……」
ほんと何言ってんだ、同じことじゃねーか。
しどろもどろになりながら言い訳を繰り返すが、どれも墓穴にしかなっていない。
「そんなに照れなくてもいいじゃない。どんな理由でも、わたしはシアちゃんが来てくれて嬉しいよ」
顔を赤くしてもじもじしてた真依が、笑顔で口を開いた。
ちょくちょく見せる揶揄う様な笑い方ではなく、穏やかで優しく語りかける様な笑顔だ。
妙に儚げに映るそれに、何故か一瞬胸がドキリと鳴った。
おかしい、そっちの趣味は無い筈なんだが……。
かと言って殺された人間の記憶があるせいか、男の方がいいかと言われると……もっと有り得ねえ。
契約のせいで意識が塗り替えられていってるのもあるんだろうが、段々と自分で自分のことが分からなくなってくる。
「どしたの? 難しい顔して。今日も点滴終わるまで結構時間あるし、のんびりしよう。何か見たい動画とかなーい?」
「何でもいいよ。アンタのオススメのやつがあればそれで」
真依の選んだのは、これまでも何度か見たアウトドア系の物だった。
キャンプの様子や、この食い物の溢れた御時世に何を好き好んでか、態々虫や野生の動物を獲って食うと言うやつだ。
真依が言うには、体が弱くて自分では絶対に出来ないことだからこそ、見るのが楽しいらしい。
上品な趣味ではないが、これも高嶺の花と言うやつなのかね。
こうしてだらだらと真依と駄弁っていると、不思議と心が落ち着く。
しかし、真依と初めて会った日からもう5日ぐらいか。
あの時に余命が10日残っていたとしても、もう折り返し地点を過ぎたところだ。
真依と共に過ごせるのは後何日残っているのだろうか、と言う焦燥感を強く感じる。
死んで欲しくない……。死なせたくないな……。
ほんの数日、一緒に遊んで食う必要の無い飯を奢られた程度の関係なのに、自分の中で真依の存在が次第に大きくなっていっている。
ほんっと我ながらチョロいもんだ。
自嘲と焦り、真依と話している時の和やかな気分と、助けることが出来ない自分への無力感。
それら全てが入り混じった、言いようのない感情に胸を締め付けられながら、一日があっという間に過ぎていった。