死神娘の苦悩   作:山葵炭酸水

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 朝になり真依の病室に向かう。もう完全に日課になってるな。

 あとどれだけの時間を真依と過ごすことが出来るだろうか、と頭に浮かんで病室の扉をノックしようとした手が止まった。

 長く持ってもあと三日程度しか残されていない筈だし、こうして悩んでいる時間も勿体無く思い扉をノックした。

 

「おはよぉ」

 

「おはよ、って何だその格好? またどっか出掛けるのか?」

 

「うん、今日は観たい映画があってね。一緒に観に行こ!」

 

 返事を受けて扉を開けると、先日水族館に行った時の服装でベッドに腰掛けていた。

 出来る限り要望は叶えてやりたく思うが、一昨日の惨状を思い出すと二の足を踏んでしまう。

 

「外に出て大丈夫なのか? だいたい映画ぐらいネットでも観れるだろ」

 

「んー、新作映画だから映画館じゃないと観られないし、今日は前みたいに無茶しないから大丈夫よ。それに、もうすぐ死んじゃうんだから悔いは残したくないしね!」

 

 眩い笑顔で語る真依の様子に胸が苦しくなる。

 自分がもうすぐ死ぬことを、何でそんなに明るく話せるんだよ。

 アタシはこんなに思い悩んでるのに人の気も知らねーで、と八つ当たりの様な見当外れな不満が湧き上がる。

 本来なら真逆だった筈なのにな。

 やっぱり本心では早く死にたいと思っているんだろうか、と嫌な考えが浮かび始めたので必死に頭から振り払った。

 

「はぁ……しゃーねーな。飲み薬はちゃんと持ったか? スマホも充電してるな? あと、体調が悪くなったらすぐ帰るぞ? いいな?」

 

「はぁい。ふふ、シアちゃん何だか保護者みたいね。それじゃ行こっか」

 

―――――

 

 病院からタクシーで20分程走り、ショッピングモールに到着した。

 ここの中にある映画館で目当ての映画をやってるらしい。

 真依と共に向かった映画館は、モール内にある割には結構大きく、三本の映画を上映しているようだ。

 ざっとパネルを見た感じだと、恋愛物とホラーとヒューマンドラマか。

 どれも興味が湧かない。

 真依のことだし恋愛物が観たいんだろう。こりゃ暫く退屈な時間を過ごさなけりゃならないな。

 うんざりした気分で、真依と並んで入場口をくぐった。

 

「あれ? こっちじゃねーのか?」

 

 通路を間違えたのか、ホラー映画の方に向かう真依を呼び止めた。

 

「ん? そっちのが観たかった? シアちゃん意外な趣味があったのね」

 

「そうじゃねえよ。アンタのことだから恋愛物を観るんだと思ったんだよ」

 

「シアちゃんとならそっちも良さそうだけど、また今度ね」

 

 また今度、か。

 次があるといいんだがな。

 別に恋愛映画なんざ観たくはないが。

 

 満更でもない様子の真依と対照的に、暗い気分になりながらホラー映画のシアター内に入った。

 タイトルは……アポカリプス・シャーク、ねえ。

 御大層な題名だが、人間が鮫に食われる古典的なやつかな。

 まあ他の二つに比べりゃこれが一番マシか。

 

 番号を確認しながら席を探し、辿り着いた先は……なんでカップルシートなんだよ。

 日曜だからか他の席にも客が多く、時折好奇の眼がこちらに向けられているのが分かる。

 多少の居心地の悪さを感じるが、真依の嬉しそうな顔を見ると何も言えなくなった。

 渋々ながら席に着いて暫し待ち、館内の明かりが消えて映画が始まった。

 

 冒頭で武装勢力に拉致された上院議員の娘の救出に特殊部隊を投入することが決定し、屈強な軍人が集められるシーンから、おどろおどろしいタイトルバックへと移った。

 海路で救出に向かう途中で鮫に襲われる流れかと思ったら、場面が転換して人質が囚われている山中の古城にあっさり到着していた。

 

 ここからどうやって鮫が出てくるんだ? 山の中だぞ?

 

 外に立つ見張りを音も立てずに仕留め、通路を巡回している構成員を倒しながら進み、大きなホールに辿り着いた。

 ホールの中ではリーダーらしき男が儀式の様な事をしている。

 人質の若い女は中央の鮫のレリーフが刻まれた祭壇に寝かされている。この女がヒロイン枠かね。

 主人公含む隊員達が突入し、あっという間にリーダーを蜂の巣にして人質を救出した。

 主人公たちがホールから出ようとすると、血塗れのリーダーが祭壇に縋り付き呪文のような言葉を唱えると、地響きが起きて空間に裂け目が出来た。

 バリバリと音を立て空間の裂け目が広がり、ガラスの様に粉々に砕けながら巨大な白い鮫が飛び出して、虫の息のリーダーを食い殺した。

 

 ……は? 何だこれ?

 

 騒ぎを聞きつけた武装勢力の構成員達が駆け付け、ロケットランチャーを白い鮫に向かってぶっ放した。

 

 屋内でそんなもん使っていいのかよ。

 

 ロケット弾の直撃を受けた鮫はバラバラになり、頭や尾鰭が周囲に飛び散った。

 粉塵が収まると、今度は赤い鮫が飛び出して来て、構成員達を食い殺し始めた。

 次いで現れた黒い鮫がロケットランチャーを腹に抱え引き金を引くと、弾の込められていないロケットランチャーから鮫が発射されて主人公達に襲い掛かり、隊員の一人が無残に食い殺された。

 主人公達は隊長の指示でホールから撤退し、ホールの扉を閉める寸前に青白い鮫が現れるのが見えた。

 

「……なあ、何なんだこの映画? シナリオ滅茶苦茶じゃねえか?」

 

シー! 映画館の中じゃ静かにしないとダメよ?

 

「あっ、はい」

 

 余りにも荒唐無稽な内容に耐えられなくなり、隣の真依を肘で突いて声をかけたが、いつにない真剣な表情で窘められた。

 仕方なくスクリーンに目を向けて続きを観る。

 

 逃げ延びた主人公達が人質の救出に成功し、迎えのヘリを寄越すように連絡を取るが、世界中で異常事態が発生してそれどころではないという返事を受けて場面が転換した。

 次のシーンでは墓地から蘇った死者が鮫になり、生者に襲いかかっていた。

 食い殺される者もいれば、鮫に噛まれた者が鮫になり他の人間を襲い始めていた。

 更に場面が変わり、日光も遮られそうなほどに鮫が空を埋め尽くす様子を、ニュースリポーターが必死に伝えていた。

 そこに空から降ってきた鮫がリポーターを食い殺し、別の鮫がカメラに向かって大きな口を開けて襲いかかったところで画面がノイズに変わった。

 

 何で死人が鮫になって噛まれた奴も鮫になるんだよ、そこはゾンビでいいだろ。

 それに何で鮫が空を飛んでるんだよ。訳が分かんねえ。

 大体あの変な儀式で鮫が出てから1時間も経ってないのに、何で世界中でそんな異変が進行してるんだよ。

 この映画の脚本描いた奴は変なクスリでもやってたのか?

 これを楽しそうに観てる真依も他の客も、どういうセンスしてんだよ。

 

 頭を抱えていると、主人公達に視点が移り「あれは黙示録の四騎士だ」とか「奴らを野放しにすれば世界は滅びる」とか、隊員達が口々に話していた。

 

 はー、それでタイトルにアポカリプスとか付けてんのか。

 ふざけてんのか馬鹿野郎。

 あれのどこが騎士なんだよ、鮫だろうが。

 鮫に跨った騎士とかでも納得できねえのに、鮫が騎士ってどういう事だ。

 

 隊員達の話し合いの結果、隊長の指示で部隊を三つに分けて、手分けして鮫を退治することになった。

 

 何でそんな分かり易く死人が出る采配をするんだ。

 

 案の定、隊員が何人か食われながら一匹の鮫を仕留めて、隊長のチームにシーンが切り替わった。

 隊長以外の隊員が鮫の餌食になったが、隊長が手榴弾を鮫の口の中に放り込んで仕留めたところで主人公に視点が移った。

 主人公が人質の女を守りながら古城の中を移動していると、青白い鮫が現れて戦闘が始まった。

 他の隊員が食われ、主人公の銃器の弾薬が尽き、徒手で相手をするべく構えたところで鮫が人の形に変身した。

 

 何で人型になる必要があるんだよ。

 しかも特撮物の怪人の様な見た目じゃなく、肌を青白く塗りたくって鮫の被り物を被っただけの手抜き感全開の格好だ。

 あれ? 鮫の被り物を被って顔は見えないけど、これさっきの隊長じゃねえか?

 隊長は右腕に刺青を入れてたが、こいつも右腕に全く同じ刺青があるぞ。

 もしかして予算の都合で一人二役なのか? それなら別の役者を使えよ!

 ほんと何なんだよこの映画。

 

 鮫は中国拳法の様な動きから、やや前傾姿勢になり両手を前に突き出し指を僅かに曲げ、奇妙な構えを取った。

 

 ……まさか顎と牙を模した鮫の構えとか言わないだろうな?

 

『……サメの構えか』

 

 主人公が緊迫した表情でポツリと漏らし、鮫の被り物の口角が僅かに上がった。

 

 マジで鮫の構えで合ってんのかよ。

 てか、中国拳法に鮫の構えとかあるのか? ……無いよな?

 耳から零れ落ちるんじゃないかってぐらいに、頭の中が疑問符で埋まっていくんだが。

 

 主人公と鮫は互いに間合いを窺いながら攻撃を仕掛ける隙を狙い、主人公の方が先に仕掛けた。

 鮫は主人公の拳を躱し蹴りで応戦し始め、執拗に蹴りを放っている。

 

 さっきの鮫の構え必要無かったじゃねえか。

 

 主人公が間合いを取ると鮫は再び鮫の構えを取るが、やっぱり蹴りしか放たない。

 

 だからその鮫の構え必要ねえだろ!

 

 互角の戦いが繰り広げられているかに見えたが、じわじわと主人公が押され始めた。

 主人公は鮫の蹴りを食らって盛大に吹き飛び扉をぶち破って、工具や農機具が置かれた倉庫らしき部屋に転がり込んだ。

 主人公を仕留めたと思ったのか、鮫は人質の女に向き直り食い殺すべく歩みを進めた。

 そこにエンジンの駆動音を響かせながら、チェーンソーを手に主人公が倉庫から飛び出した。

 

 館内の空気が明らかに変わり、真依も絶体絶命のピンチに駆けつけたヒーローを見る様な顔で、食い入るようにスクリーンを見ている。

 チェーンソーってホラーで悪役が使うやつじゃないのか。

 何で銃器で仕留められなかった奴相手に、チェーンソーなら勝てるみたいな雰囲気になってんだよ。

 真依や他の客とは違って、アタシだけが全く別の物が見えてるんじゃないかという気になってくる。

 

 主人公のチェーンソーと鮫の蹴りの攻防が続き、最終的に主人公が鮫の首を切り飛ばして決着がついた。

 場面が変わり、空を飛ぶ鮫がミイラの様に干からびてボロボロと崩れて消え去った。

 鮫に噛まれて鮫になった者も鮫の口から吐き出され、世界中の異変が終息した。

 主人公は隊長や生き残りの隊員と合流し再び迎えの要請を送り、到着したヘリに乗り込んで、昇る朝日に向かって飛んで行くところでスタッフロールが流れ始めた。

 

 やっとイカレた話が終わったか。

 鮫の腕の刺青に触れないあたり、あれはやっぱり伏線でも何でもなく本当にただの一人二役だったのか。

 いくら何でも配役が適当過ぎるだろ。

 

 館内に明かりが点き始め、他の客と同じくシアターの外に向かう。

 

「結構面白かったね」

 

 面白かったのか? あれが?

 にこやかに語りかける真依に懐疑の念が浮かぶ。

 

「あー……まあ、つまらなくはなかったけど、色々と言いたいことがあるんだが」

 

「おっ、じゃあカフェで感想を語り合う定番コースだね! お昼もそこで食べよっか」

 

 真依は心底嬉しそうだが、アタシは少々げんなりしてる。

 モール内のレストラン街に向かい、真依の選んだカフェに入り飲み物とランチプレートを注文した。

 

「そんなもん食って大丈夫なのか? 医者から食うもの細かく決められてるんだろ?」

 

「ちょっとぐらい平気だって。もうすぐ死んじゃうんだから我慢したくないしね!」

 

 明るい表情の真依に何も言えず、沈みそうになる気分を振り払うために話題を変える。

 

「んで、あの映画は何だったんだ。ホラーと思ったら、言ってることもやってることもコメディみたいだし、そのくせアクションは妙に力入ってる割にラスボスは被り物のふざけた見た目だし。どういうジャンルかもわかんねーし、どんな気分で見りゃいいんだよ」

 

「えっ? そりゃあジャンルはサメでしょ」

 

 アタシが何を言っているのか分からない様子で、真依は目をぱちくりとさせながら答える。

 揶揄ってる訳でもなく、本気のようだ。

 

「なんだよジャンルは鮫って。それはジャンルって言わないだろ……」

 

 届いた飲み物を飲みつつ、映画を観ている最中に浮かんだ突っ込みどころを並べていくが、真依からは「まあサメだし」とか「そりゃサメだもん」と答えになってない答えしか返ってこない。

 もしかして、あの内容に疑いを持つアタシの方がおかしいのか? と不安になる。

 それとも鮫って言えば、どんな内容でも許される免罪符にでもなるのか?

 

「あれ? シアちゃんサメ映画は初めてだった? じゃあ帰ったらお薦めのサメ映画教えてあげるね。ちゃんと真面目でシリアスなのもあるよ」

 

 真依は目を輝かせているが、全力で遠慮した。

 あの手の映画の面白さが理解できるような、変なセンスは身に着けたくない。

 てか、やっぱりさっきの映画がふざけた内容だってのは、真依も同じ認識なんじゃねえか。

 

 呆れていると料理が届き、食べながらも真依はお薦め鮫映画のラインナップを語り続ける。

 

「もう鮫はいいっつうの。それより薬飲むの忘れるなよ?」

 

 強引に話を打ち切り、真依は不満そうに薬を飲みカフェを後にした。

 

「さて、映画も観たし帰るか?」

 

「えー、もう少し遊んで行こうよ。せっかく来たんだしさ。取り敢えず次はプリクラ撮りに行こう」

 

 また体調を崩さないか心配だし早めに引き上げたいが、真依はまだ遊び足りないらしい。

 仕方なくゲームセンターのある階に移動した。

 

「ねえ、クレープ食べようよ! JKならやっぱりクレープ食べないとね!」

 

 ゲームセンターのある区画に向かう途中、フードコートの近くを通った際に真依が立ち止まった。

 

「アタシはババアだし、アンタはまだ中学すら出てねーだろ。つうか、昼飯も結構食ってたのにクレープなんて食って大丈夫なのか? 腹壊すぞ」

 

 突っ込みも虚しく笑って誤魔化され、クレープ屋のカウンターに向かった。

 何が食べたいか聞かれたが、どれがいいのか分からないので真依に任せた。

 注文し終わり、近くのベンチに腰掛けて他愛の無い話をしながら焼き上がりを待つ。

 10分程度で出来上がりを知らされ、真依が受け取りに行った。

 周囲に目を向けると、家族連れや若いカップルや学生らしき年頃の集団なんかが行き交っている。

 どれもみな明るい表情で、人生を謳歌しているようだ。

 この中の誰一人として、自分の死が間近に迫った時のことなんざ考えないんだろうな。

 

 こいつらと違って、真依には残された時間が僅かしかないってのに。

 

「どしたの? 思いつめた様な顔しちゃって」

 

 周りの人間に対してふつふつと暗い感情を抱き始めていると、真依が両手にクレープを持って目の前に立っていた。

 

「ああ、悪い。考え事してた」

 

 真依が隣に腰掛け、クレープを受け取った。

 

「シアちゃんのはミックスベリーにしたよ。わたしはチョコバナナ」

 

 真依が美味そうに食べ始めたのを見て、こちらもクレープにかぶりつく。

 甘味と酸味が程よく混じって中々に美味い。

 

「ね、ちょっと交換しよ」

 

 返事をする間もなく持っていたクレープをするりと取られ、真依のクレープを渡された。

 

「えっ? おい、食いかけだぞ」

 

 抗議の声もどこ吹く風、アタシの食べかけクレープに真依はかぶりついた。

 何で平気な顔して食えるんだよ……。

 

「うん、こっちも美味しいね。シアちゃんも遠慮しないで食べていいよ」

 

「いや、遠慮っつーかなんつうか……」

 

「もしかして間接キスとか気にしちゃう感じ? ウブだねぇ~」

 

 気恥ずかしさから食えずにいると真依から揶揄うような声を掛けられ、渋々ながらクレープを一口食った。

 

 ――甘い。ひたすら甘い。

 チョコとバナナとクリームと三重に甘い物を積み重ねられて、口の中が甘味で埋め尽くされる。

 美味いことは美味いが、少々くどく感じる。

 

「んー、こっちも美味いけど、アタシはそっちのがいいかな」

 

「ほいほい、それじゃもっかい交換ね」

 

 いや待て、こっちも真依が食ったんじゃねえか。

 再びクレープを交換して、一瞬しまったと思う。

 くそ、こうなりゃもうヤケだ。

 

「ほっぺにクリーム付いてるよ、拭いたげるから動かないで。目に入るといけないから目は瞑っててね」

 

 一心不乱に食い終わると、真依から指摘された。

 服の袖で拭おうとしたが真依に止められ、鞄から取り出したハンカチを顔に近付けてきた。

 仕方なく目を閉じると、生暖かい湿った感触が頬を走って体が一瞬跳ねた。

 

「ひゃんっ」

 

 ――なんだ今のは!?

 つか、我ながらなんつー気色悪い声を出してんだ。

 

「えへぇ、御馳走様」

 

 目を開けて真依に向き直ると、満足そうに舌なめずりをしている。

 何をされたか理解し、怒りとも驚きともつかない感覚が湧き上がる。

 なんだか顔が熱くなってきた。耳まで赤くなってそうだ。

 

「なっ、何しやがんだこの馬鹿! 変な声が出ちまったじゃねえか! だいたい人の目があんだろうがよ!」

 

「あはは、照れちゃって可愛いなあ。それに、すっごく可愛らしい声だったよ? もう一回聞きたいなあ」

 

 照れとかじゃねえよと、拳骨の一発でも食らわしてやりたくなる。

 こいつは本当に碌なこと考えねえな。

 

 ――けど、これも本当は演技で無理に明るく振る舞っているのかもしれない。

 またも不安が湧き上がり、怒りも消え失せた。

 ダメだな、すぐネガティブになっちまう。

 アタシの生まれを考えりゃ仕方のない事かもしれんが。

 

「あーくそ! プリクラ撮るんだろ! さっさと行くぞ!」

 

 真依と連れ立って今度こそゲームセンターに向かった。

 

 中高生ぐらいのガキどもに混じって、ナンパ狙いなのかチャラそうな男が何人かいる。

 品定めするように周囲を見回すのを不快に思いながら、プリクラの機械に向かう。

 ブースに入り真依が一連の操作をするのを眺め、写真を撮って出来上がりを待つ。

 

「何だこりゃ? 加工しすぎじゃねえか?」

 

「そお? 良い感じに可愛く盛れたと思うんだけど」

 

 出来上がった写真を見ると、妙に目がでかくて顎も変に細いし睫毛も長くて完全に別人だ。

 これが可愛いとは到底思えないんだが。

 

「まあ、本物の方が何倍も可愛いけどね」

 

 恥ずかしげも無く、よくそんなことが言えるな。

 またもや呆れていると、真依は額にじわりと汗を浮かべて息が少し荒くなっていた。

 

「おい、どうした? 具合悪いのか?」

 

「うん、ちょっと食べすぎちゃったみたい。お腹痛くなってきちゃったからトイレ行ってくるね。シアちゃんも一緒に行く?」

 

「行かねえよ。そこで待ってるから行ってきな」

 

 自販機を置かれた休憩コーナーを指差して、真依を見送った。

 まったく、言わんこっちゃねえ。

 休憩コーナーのベンチに腰掛け、ボンヤリと辺りを眺めながら真依の帰りを待っていると、茶髪と金髪のチャラそうな二人組の男が目に入った。

 茶髪がこちらを指しながら相方に何やら話しているが、金髪は気が乗らないように首を振って、どこかへ姿を消した。

 

 まさかアタシをナンパしようなんて物好きじゃないだろうが。

 ともあれ、真依が戻ったらさっさとここを離れた方が良さそうだ。

 

「お待たせぇ」

 

「おかえり、って顔色悪いぞ。病院に戻った方がいいんじゃないか?」

 

 チャラ男を警戒しながら待っていると、真依が青い顔で戻ってきた。

 声も心なしか掠れている。

 

「もしかして吐いたのか? 動くなよ」

 

 何ともないから大丈夫だと言う真依を座らせて喉元に手を当て、そちらに意識を向けると掌に小さい傷が出来てすぐに消えた。

 

「ごめんね、痛い思いさせちゃって」

 

「何ともないから気にしなくていいって言ったろ。それより、何であんな無茶な食い方したんだよ」

 

「いやあ、こういうのに憧れてたから……。もうすぐ死んじゃうし、悔いは残したくないしね」

 

 明るい顔の真依に、一瞬言葉が詰まった。

 

「……なあ、その"もうすぐ死ぬから"っての止めろよ……」

 

「えー? でも、わたしがもうすぐ死ぬってシアちゃんが教えてく……」

 

「当て付けかよ!」

 

 真依の言葉を遮って、つい怒鳴り声を上げてしまった。

 真依はびくりと体を震わせ、困惑した眼差しを向けてくる。

 

 真依がヤケになってるのか当て付けなのか、アタシには判別がつかない。

 本当に心から、ただ残された時間を精一杯楽しもうとしてるだけなのかもしれない。

 それらを思案すればするほど、病気を治してやれない自分の不甲斐無さに苛立ちが募る。

 そんな苛立ちを真依にぶつけてしまった、自分自身にも腹が立つ。

 

 ――ああ、クソ。何やってんだろうな。

 

「あ……悪い、怒鳴っちまって。その、なんつうか、アンタと一緒に遊ぶのは何だかんだ楽しいからさ。アンタが死ぬ時のことは考えたくないんだ。アンタはアタシの、こ……」

 

 ――恋人だから。と口から出そうになり、慌てて口を噤んだ。

 

「こっ、……この街に来て、初めて出来た……友達だからさ」

 

「友達、か……。まだ友達止まりかあ」

 

 狼狽えながら取り繕って言い直すと、真依は眉を八の字にして残念そうに呟いた。

 真依の悲しげな表情を見て、後悔の念が胸を埋め尽くす。

 

 何やってんだよ馬鹿が、恋人だからって言ってやりゃいいじゃねえか。

 変なプライドが邪魔をして、真依の望む言葉をかけることすら躊躇う自分の器の小ささを激しく悔いた。

 

「……ごめん」

 

「あはは、冗談よ。友達ってことは、少しずつだけど前進してるってことだし! わたしこそごめんね、嫌な気分にさせちゃって。だからそんな泣きそうな顔しないでよ。あっ、でもその悲しそうな表情も結構ソソるけどねぇ」

 

 しんみりした雰囲気から一転して、普段の明るい顔でいつものセクハラじみた冗談が飛んできた。

 真依なりの気遣いなんだろうが、却って惨めな気分になる。

 

「さ! いつまでも暗い顔してないで、他にも見て周ろうよ」

 

「いや、薬も吐いちまったんだし病院に戻らないと拙いだろ。予備の薬とか持って来てないだろ?」

 

「薬はさっき飲んだ分しかなかったけど、喉を治してもらった時にお腹が痛いのも治ったし、もう少しぐらいは大丈夫だと思うよ」

 

 いや、そんな訳ないだろ。

 悔しいけど腹痛とかは治せない筈だ。

 

「なになに? 喧嘩? 仲良くしないと駄目だよぉ~?」

 

 真依と押し問答をしていると、背後からふざけた口調の声がかかった。

 振り向くと、さっきの二人組のチャラ男どもがいた。

 

「うっせえな、取り込み中だ。さっさと消えな」

 

 こんな奴らの相手してる暇なんざ無い。

 チャラ男どもは不快にニヤケたまま顔を合わせて肩をすくめ、尚も食い下がってきた。

 

「つれないなぁ。けど君、凄い可愛いよねぇ。髪も真っ白で綺麗だし外国人? 日本語上手だねぇ」

 

「お前ほんっとロリ系好きよなー」

 

 こんな奴に褒められても不愉快なだけだが、茶髪はアタシにしつこく付き纏う。

 金髪は茶髪を揶揄するように笑いながらが真依の隣に腰掛けた。

 金髪は真依をターゲットにしてると理解し、瞬間的に怒りが湧き上がる。

 

「……いいか、痛い目に遭いたくないならアタシが怒る前に消えろ。そいつに指一本でも触れたら、ただじゃ済まねえぞ」

 

 今すぐにでも叩きのめしてやりたいが、殴るのは最後の手段と真依と約束しているので、怒りを必死に抑えながらチャラ男どもを諭す。

 

「おほー、怖いなあ。君からも落ち着くよう言ってよ。俺らはただ仲良く遊びたいだけだからさあ」

 

 金髪がケラケラと笑いながら真依の肩に腕を回し抱き寄せると、真依の表情が強張り恐怖の色が生じたのが見て取れた。

 その瞬間、頭の中で何かが弾けた。

 

「テメエ! アタシのオンナに気安く触んじゃねえ!」

 

「「「えっ」」」

 

 チャラ男だけでなく真依も素っ頓狂な声を上げ、三人の視線がアタシに注がれた。

 

 ――あれ? 何だ? 何言ってんだアタシは?

 

 頭の中が怒りに支配される一方、それを冷静に眺めている部分が頭の中に同時に存在している奇妙な感覚に陥った。

 身体が勝手に動くような、変な浮遊感を覚えながら茶髪を突き飛ばし金髪に距離を詰め、鳩尾に蹴りを入れる。

 首を掴んで持ち上げ投げ捨てると、カーリングのストーンの様に床を滑ってゲームの筐体にぶつかって止まった。

 

「おい! 何すん……」

 

「うるっせえ! デートの邪魔すんじゃねえ!」

 

 アタシの肩を掴んだ茶髪の頬を殴り飛ばし、胸倉を掴んで引きながら両足を払い、うつ伏せに倒れ込ませた。

 すかさず背中を踏み付けて肺を圧迫してやると、盛大に咳き込み始めた。

 くそ、やっぱり声をかけられた時にぶん殴って追い払ってりゃよかった。

 

「大丈夫か真依! 変なとこ触られたりしなかったか!?」

 

「えっ、あ、うっ、うん。大丈夫……」

 

 若干怯えた雰囲気で声もトーンダウンしているが、無事を確認してホッと胸を撫で下ろした。

 

「よし、そんじゃ病院に戻るぞ。立てるか?」

 

 喧嘩を目の当たりにした周囲の客が、じきに警備員や警察を呼ぶかもしれない。

 聴取なんて受けてる間に、真依が手遅れになったら堪ったもんじゃない。

 

 アタシの剣幕に腰を抜かしたのか、ベンチから立ち上がれずにいる真依を抱き上げ、駆け足でゲームセンターを後にした。

 

 エレベーター乗り場に着いたが、こんな時に限って他の階で停止してやがる。

 待つ時間も惜しく、近くの階段に向かった。

 

「舌噛むから喋るなよ」

 

 アタシの首に腕を回してしがみ付く真依に、一言注意して階段を駆け降りる。

 一段ずつ降りるのがまどろっこしく、階段の半ば辺りで飛び降りると骨の折れる音がして、足が変な方向に曲がった。

 真依の顔から一気に血の気が引き制止されたが、折れた足の骨はすぐに治り再び階段を駆け降りた。

 モールの外に出てタクシー乗り場に着き、真依を下に降ろした。

 乗客待ちのタクシーは全て出払っているらしく、少し待たねばならないようだ。

 

「もう、無茶しないでよ」

 

「悪い悪い、ちょっと揺れ過ぎたか。焦ってたからさ」

 

「そうじゃなくて! 大怪我するようなことしないでよ! 骨が折れる音が聞こえた時は生きた心地がしなかったよ……。すぐ治るから平気って言うんでしょうけど、わたしは嫌なんだからね!」

 

「ああ、そっちか。んまあ、次からは気を付けるよ」

 

「それに、暴力は駄目って言ったじゃない」

 

「つっても、あいつら口で言ったところで聞かねえし仕方ないだろ。ちゃんと死なないように手加減したし、自分で自分を褒めたいぐらいだけどな」

 

 つい反論したが、次のタクシーが来るまでに呆れ顔の真依から説教を食らう羽目になってしまった。

 

「でもまあ、お姫様抱っこなんて初めてしてもらったし、シアちゃんもわたしのことを恋人と思ってくれてるみたいだし、そこは嬉しいかな」

 

 真依は微笑みながら満足げに頷いた。

 チャラ男どもを殴り倒した時に口走ったことを思い出し、ドキリと心臓が跳ねた。

 

「いや、あれは言葉の綾っつうか、頭に血が昇ったせいって言うか……」

 

 しどろもどろになりながら言い訳をするが、涼しい顔で軽く流されてしまった。

 そうこうしている内にタクシーが到着し、運転手に行き先を告げて病院に向かった。

 車内で言い訳を続けようかと思ったが、上機嫌な真依を見るとその気も失せてしまった。

 

 病院に着いてから看護師に事情を説明すると、主治医に話が行ったらしく、真依は検査のために別室に向かった。

 アタシは真依の病室でじりじりとしながら、真依の帰りを待った。

 病院に着いたのは午後3時ぐらいだったが、5時を過ぎても真依はまだ戻ってこない。

 更に待ち続け、6時を過ぎたあたりでようやく戻ってきた。

 

「おかえり、どうだった?」

 

「先生からちょっと怒られちゃった。晩御飯も抜きだって」

 

 真依は頭を搔きながら、申し訳なさそうに笑った。

 予想に反して随分と軽い感じで話しているし、そこまで深刻ではなかったのか。

 ただのアタシの一人相撲だったんだろうか。

 拍子抜けしていると看護師が病室に入って来て、点滴の準備を始めた。

 点滴の量の多さから見て、やはり軽症ではないようだ。

 真依の暴食をもっとしっかり止めるべきだったと自責の念が湧く。

 

「わたしは動けないから、シアちゃんの晩御飯は自分で注文して来て貰っていい? またコンビニのお握りだけとかは駄目よ?」

 

「飯はいらない、一人で食ってもつまんねえし。なにより、その……アンタの側を離れたくないし」

 

「えっ、うーん、そっかぁ。それなら仕方ないなぁ、あはは」

 

 真依は一瞬キョトンとした顔をして、もじもじしながら照れ笑いを浮かべた。

 ……チョロいな。アタシも人のことは言えないが。

 

「あーあ、シアちゃんと一緒に買い物行きたかったなあ。服とか買いたかったのに」

 

「馬鹿言うなよ。ついさっき医者から怒られたばっかだろ? あれ以上長居してたら、今頃どうなってたやら」

 

「でも、シアちゃんいつもその格好でしょ? 地味な黒い服より、もっと可愛いのが似合うと思うんだよね。はー、本当に残念」

 

 ベッドに横たわったまま愚痴る真依を嗜めるが、不満は収まらないようだ。

 大きく溜息を吐き、引っ張り出したタブレットをいじり始めた。

 

「ほら、こういうのとか似合うと思わない?」

 

 タブレットに表示されているのは、ドぎついピンク色だとかヒラヒラのフリルが付いた服ばかりだ。

 

「悪趣味だな、おい。アタシにゃこんなの似合わねえし、今着てるような地味なやつの方が好みなんだよ」

 

 きっぱりと拒否すると、真依は他の候補を検索し始めた。

 しかし、提示するのはゴスロリとかメイド服とか、明らかに変な趣味の物ばかりだ。

 しまいにはバニーガールとかボンデージの画像なんかを出してきた。

 

「どんどん変な方向に行ってんぞ。アタシにエロコスプレでもさせたいのかよ」

 

「ありゃ、バレちゃった? うまく乗せられると良かったんだけど、そう上手くは行かないね」

 

 悪びれる様子も無く、あっけらかんと笑う真依の額を軽く小突いた。

 そんな下らない会話を続けている内に消灯時間が迫ってきた。

 

「なあ、看護師に話を通せば泊ってもいいんだよな? 今日はこのままここに居てもいいか? 何か心配だから離れたくないし」

 

「えっ、うん、勿論! じゃあベッド持って来て貰おうか」

 

「いや、このまま椅子に座ってるからいい。眠くならないから寝る必要は無いし」

 

「でも椅子に座ったままじゃ辛くない?」

 

「全然平気。何より寝てるとな、前に話した集落の連中に殺された奴らが延々と浮かんでくるんだよ。そうなると寝起きが最悪なんだわ。無性にイライラして誰彼構わず殺したい気分になっちまうんだ」

 

 そこまで話して、真依は渋々といった様子で諦めた。

 暫し待ち、消灯時間を告げに来た看護師に泊っていく旨を告げた。

 

「そんじゃ、電気消すぞ」

 

 部屋の電気を消して、廊下から僅かに差し込む光を頼りに椅子に辿り着く。

 

「ありがと。おやすみ」

 

「おやすみ。ゆっくり寝ろよ」

 

 程なくして廊下の明かりも消され、静寂と暗闇に包まれた。

 真依の方に目線を向けるが、暗い部屋の中では表情はよく分からない。

 

「ねえ、シアちゃん」

 

「どした? まさか具合悪くなったか?」

 

 真依から不意に声がかかり、心が不安で満たされた。

 

「ふふ、呼んでみただけ」

 

「んだよ、もう……。体に障るから早く寝なよ」

 

 脱力して椅子にもたれていると、暫くして寝息が聞こえてきた。

 このまま朝まで安眠出来ることを祈りながら、暗闇の中の真依を見つめ続けた。

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