広間に沈黙が流れる。
絶句するアクアとめぐみん、顔を背けるダクネス。
そして、険しい表情を浮かべるセナの瞳の中で、驚嘆を隠せずにアイリスが立ち尽くしていた。
なにこれ、セナさんは何を言ってるんだ?
アイリスが、罪人?
……え、なんで?
驚きよりも先に疑問で頭が埋め尽くされる。
「待ってください! イリスが罪人ってどういうことですか?」
「そうよ! カズマならあってもおかしくないけれど、イリスはそんな子じゃないわ」
めぐみんに続いてアクアも講義をする。
アクアの文言には思う所しかないが言いたい事は同じだ。
「大体、さっき言ってたオウゾクなんたらってどういう罪なんだよ。イリスが何したって言うんだ?」
「言葉のままだ」
答えたのはセナではなく、悲痛な表情を浮かべるダクネスだった。
「己を王族であると偽証した罪。誤認情報を与え市井を混乱させると共に、王族の名を汚した者へ下される罪だ」
「だったら猶更イリスに関係ないじゃねえか」
語るのなんだ以前に、アイリスは王族だ。
暴君を懲らしめる為というのなら分からなくもないが、清廉潔白なアイリスが訴えられる謂れは全くない。
だがセナは全く動じる様子も見せないで、メガネのブリッジを右手の人差し指でクイッと押し上げた。
「最近、アクセルの街に諸国漫遊をしているという四人組が、随所でごろつき達と揉め事を起こしているとの情報を得ています」
アイリスの肩がビクリと震える。
「主犯格は自身をゴロウコウの孫娘と名乗る少女。傍らにはスケさん、カクさん、ハチベエと呼ばれる三人組を率いているようです」
続けてめぐみんが額に汗を流してスーッと視線を逸らす。
「ごろつき達を伸した後、その者達は決まって懐に入れていてたペンダントを見せ付け、ゴロウコウをこの国の王族だと称しているそうです」
言われてみれば、そんな噂を耳にしていた気がする。
日本出身なら、印籠持った爺さんの話はみんな知ってるだろうし、俺の知らない連中が世直しの真似事でも始めたんだろうと思い、聞き流していたのだが。
まさか当事者がこんな身近な人だったとは。
片頭痛がする一方、俺の頭に嫌な予感が浮上する。
ゴロウコウの名前をよく聞くようになったのはここ一週間ぐらい。
つまり、アイリスがこの街に住み始めるようになったのと期日が一致する訳で。
これってやっぱり……。
「なにか弁明は?」
事務的に尋ねるセナにアイリスは唇を震わせて、
「わ、私は……」
何かを言う前に、アクアがセナとアイリスの間に割って入った。
「そんなの子供の遊びじゃない。他の人だって迷惑してないんでしょ? なんならこの街の平和を守っていたんだから、文句を付けられる筋合いはないわ」
「では、事実であると認めるんですね?」
「そ、そうよ」
鋭く切り込んでくるセナに思わずアクアがたじろぎながらも肯定する。
が、これは良くない。
隣でめぐみんもしまったとばかりに手を前に出したがもう遅かった。
確証を得たとばかりにセナが再度明言する。
「では、双方の見解が一致した所で、身柄を拘束させて頂きます」
案の定、セナの合図とともに、後ろに控えていた騎士が動き出した。
ショックからか、全く抵抗しないアイリスの両腕を、騎士達が両側から掴む。
マズいぞ、このままでは本当に連行されかねない。
「待ってくださいよセナさん、俺達はまだ納得していません。連行するにしてもちゃんと詳細を教えてからにしてください。ダクネスもなんか言えよ。こういうのはお前の領分だろ」
俺達の期待の眼が集まる中で、しかしダクネスはやはり視線を合わせようとせず、
「……すまない」
辛そうにそれだけ言った。
なんでだ、なんでこいつが動けないんだよ。
王家の懐刀という呼称は伊達ではない。
中世ヨーロッパのような貴族制が色濃く残るこの世界において、貴族は司法にさえ融通を利かせられる。
そんな貴族の中でも、王族に直接話を通す事の出来る数少ない立場にいるのがダスティネス家だ。
普段は自分の実家を笠に着た行動を敬遠するダクネスだが、今回はアイリスを守ることに繋がるはず。
一般冒険者に過ぎない俺の為にさえその名を行使したんだ、ここで躊躇する理由などあるはずなのだが。
「……告訴されたのですか?」
ポツリと呟かれためぐみんの言葉に、セナの眉根がピクリと動く。
僅かな変化だったがめぐみんはそれを見逃さなかった。
確信を得たらしく、真っすぐにセナを見据え、
「いくら何でも強引過ぎるんですよ。王族の名を語ったとはいえ、所詮は成人前の子供がやらかした事。通常ならば軽いお説教ぐらいで済まされます。ましてや王国検察官が動くはずもありません。にも拘らず、あなた達は動かざるを得なかった」
これは一体誰だろう。
相手の言動から押し隠した内心を推察するなんて、まるでパーティーの頭脳担当である魔法使い職じゃないか。
「めぐみん、いきなりどうしちゃったの? そんな頭良さげな事言っちゃって、まるで魔法使い職よ」
「私は魔法使いなのですが⁉」
アクアも俺と同じ感想だったらしい。
めぐみんはなにやらショックを受けているが、日頃から短気で喧嘩っ早く、爆裂爆裂言っているのだから自然な反応だと思う。
ともあれ、めぐみんが辿り着いた結論はなんとなく理解した。
「つまり、今回の一件の裏では、王族が絡んでいるってことか」
「「っ!」」
今度こそ二人が息を飲み込む様子がハッキリと捉えられた。
セナはギリギリのところで表情を変えずにいるが、不器用なダクネスには難しかったようであからさまに動揺している。
俺の予測は大当たりだったようだ。
「で、なんでイリスにそんな強引に罪を吹っ掛ける必要があるんだ?」
改めて俺は二人に問いを投げかけた。
結局はこの疑問に帰ってきてしまう。
何度考えてみても、アイリスを強引に罪人へ仕立て上げなければ得られない物など、到底思い浮かばないのだ。
王族の跡目争いとかなら分からなくもない。
しかしそれは、アイリスの実兄が引継ぐことで既に決定していると、以前ダクネスが言っていた。
派閥争いも特に勃発していないらしい。
となれば本格的に真意が分からないのだが。
セナは黙ったまま俺達をじっと見つめていたが、やがてふーっと息を吐き出し。
「やはり、サトウさんは気付かれるんですね」
顔を上げたセナは困ったような、だけどどこか感心したように、張り詰めていた表情を少しだけ緩めた。
と、徐にセナが自分の懐に手を滑り込ませた。
取り出されたのは一封の真っ白な封筒。
表には赤色の封蝋印でしっかりと封がなされている。
そして、この封蝋印の紋章には見覚えがあった。
「王族よりサトウさん達に言伝を承っています」
平坦な口調で話すセナを前に、俺は内心身構える。
「もしイリス嬢の刑罰を白紙に戻したいのであれば、この封筒に記された依頼をイリス嬢と共に達成せよ、とのお達しだ」
このパターンか。
初めに絶対不可避の提案を持ち掛け、その後に妥協案を提案する。
交渉の場でよく使われる手口だ。
そして大体の場合、後に出す依頼も無理難題な内容なんだよな。
「因みに、先に内容を教えてもらってから受けるかどうか判断してもいいんですか?」
「出来ません。そのような場合は、捕縛が死刑に格上げされます。これは、封書を見た者全員に適用されます」
ですよね。
高貴な人物からの恩情を断る行為は、その者の顔に泥を塗るのと同義になるらしい。
石板事件の時もそうだったし、この辺りは諦めるしかないだろう。
「それで、この依頼を受理するということでよろしいですか?」
セナが改めて問いかけてくる。
一応、無理強いはしないでくれるようだ。
だがこんなもの、初めから答えは一つしかない。
差し出されていた封筒を俺は手に取った。
「よろしくないですけど、受ける以外に選択しないんでしょ。お前らもいいよな?」
「当たり前じゃない。他ならぬイリスの為よ、どんな無理難題だろうと受けて立つわ!」
ドンと胸を張るアクア。
めぐみんは力強く首を縦に振り、ダクネスも決まり悪そうにしながらも小さく頷く。
「待ってください! これは私の失態です、お兄様達まで巻き込む訳には……」
心配そうに声を上げるアイリスを手で制す。
「妹に冤罪が振っかけられてんのに、兄である俺が黙ってる訳ないだろ」
「ですがっ!」
不安を瞳に宿したままのアイリスに俺はニカッと笑いかけ、
「大丈夫だって。俺達は今までにも無理難題を何度もクリアしてきてるんだ。だから安心して任せろ!」
アイリスの不安が吹き飛ばせるよう堂々と宣言した。
なんて、表面上は取り繕ってみたが内心は気が気じゃなかった。
事実関係はどうであれ、アイリスがこんな目に遭わされているのは間違いなく俺が短冊に書いた願いが原因だ。
後からしっぺ返しが来るとは心積もりしていたつもりだったが、まさかこんな形で反ってくるなんて。
俺に振り掛かってくる分には良かった。いや、よくはないけど。
あと、被害の対象がアクア達なら、まあいいかなと開き直ることもできた。
だけど、アイリスだけは巻き込みたくない。
王女だからとか関係なく、この子だけは絶対に危ない目に遭わせたくないのだ。
それだけは俺の意地にかけて、絶対に阻止しなければ。
「おかしいわ。普段はヘタレなカズマさんが、いくらイリスの為とは言えこんな前向きに問題解決をしようだなんて」
「きっと裏でまた何かやらかしたんですよ。で、その後ろめたさを隠すために、恩着せがましくも自主的に助けようとしているに違いありません」
後ろからアクア達が胡散臭そうな視線を送ってくるのをヒシヒシと感じる。
本当に、なんでこういう時だけこいつらは察しがいいのだろうか。
今後はもっと慎重に発言しなければならないな。
「確かに依頼書は渡しました。それでは私達はこれで」
「あれ、俺達が内容確認するのを見届けなくていいんですか?」
屋敷を退出しようとするセナの背中を呼び止める。
「ええ、言伝は封書を渡すまでですし。なにより、私達も内容を知らされていませんから、もしこの場に留まろうものなら、審査の対象に含まれてしまいますので」
検察官にも知らされていないとは、本当にどんな依頼なのだろうか。
うすら寒いものを感じている俺にセナは軽く頭を下げると、騎士達を連れて今度こそ広間を出て行った。
玄関のドアが閉められているのを確認した途端、
「……はあー、一時はどうなるかと思った」
張り詰めていた緊張が一気に解け、体から力が抜けた。
「一度にいろんなことが起こり過ぎよ」
「全くです。私のひらめきが無ければどうなっていたことか」
アクア達も同様で、その場にへたり込んだり椅子に腰かけたりと各々で脱力していた。
「ごめんなさい、私のせいで皆様にご迷惑を」
倦怠感が占める中、アイリスは申し訳なさそうにシュンと項垂れていた。
今回の件を随分と気に病んでいる様だ。
「気にすんなって、イリスは悪くないんだからさ。こいつらが普段から持ち込んでくる厄介事に比べたら、こんなの迷惑の内にも入らないよ」
「……」
いつもより気持ち明るめに言ったつもりだったが、アイリスの罪悪感は払拭されなかったようで、変わらず俯いたままだ。
困った。こんな状態の妹にかけてやれる言葉なんて俺は知らない。
どうしてやるのが正解なんだろう。
困り果てた俺はアクア達の方へ視線を動かした。
だがそれはアクア達も同様の様で、ただ困ったような顔を返すだけだった。
「……すまない」
と、ダクネスが唐突に頭を下げて来た。
「私がもっとうまく説得させられていたら、このような事態は防げたかもしれないのに。力不足で本当に申し訳ない」
「そんな! ララティーナは私の為に十分動いてくれました。ですから、そんなに自分を卑下しないで」
そう言えば、コイツはセナとの会話中もほとんど混ざって来なかったな。
話し上手という訳ではないが、身内の危機に際しここまで口を挟まないのはちょっと不自然だ。
「なあ、お前なんで王城に呼ばれたんだ? セナさんと一緒に戻ってきた辺りこれに関してなんだろうけど」
言いながら、手に持った封書をぴらぴら振ってみせる。
いきなりのセナの登場で聞きそびれていたが、これも気になっていたのだ。
「ああ、私も検察官殿と同席していた。そして、もしお前達が自力で王族の関与に気付かなければ、問答無用で刑を執行するように言明されていたんだ」
「マジか」
あのやりとりの裏にそんな高度な頭脳戦があったのか。
ていうか、あっちだって俺達に断られるのは困るんじゃないのか?
「この程度の事情も察せられないような者には、依頼を受ける資格もないとお考えのようだ」
俺の考えを先回りしてダクネスが追加の説明を入れてくる。
酷い話だ。
裏事情に気付けなかっただけで即執行とか、傲慢にも程がある。
告訴して来た王族とやらに会ったらぶん殴ってやりたい。
「カズマ、王族に憤りを感じるのは分かるが、今は依頼内容の確認を優先しよう。私もまだ詳細は知らされていないんだ」
「……それもそうだな」
いくら愚痴ろうと相手方がここにはいないのだ。
どうにもならないのなら、ひたすら前進するしか方法はない。
だけど、王族が控訴を取り下げるレベルの依頼だ。
それ相応の難易度が来るのは火を見るよりも明らか。
……開けたくねえな。
「カズマ、躊躇うのも分かりますが諦めてください」
なかなか封を切ろうとしない俺にめぐみんが苦笑を浮かべながらも催促してくる。
ごもっともな正論に俺も腹を括り、封の端を一気に斬り裂いた。
中に入っていたのは三等分に折られた二枚の紙。
ひとまず一枚目に目を通してみる。
『極秘任務 星霊の実を採取せよ。星霊の実の詳細について別紙を参照したり。期日は七月末日まで』
なんとも簡素な指示書だ。
これだけではどれだけ難しい依頼なのかさっぱり分からない。
続けてもう一枚の方をテーブルに広げる。
こちらが実の情報を記した別紙なのだろう。
紅い実の絵と採取場所などの詳細が記載されている。
「ざっと見た感じ、普通の採取クエストな気がするんだが、これって難易度高いのか? どうしたお前ら、そんな微妙な顔して?」
後ろから机を囲む他のメンツの顔が困惑に染まっているのに気付く。
もしかして俺が知らないだけで、とんでもないクエストだったのだろうか。
「お兄様はこの場所をご存じないですか?」
実の採取場所が記載された箇所をアイリスが指で指し示す。
そこにはラングヴァイス山脈と記載されている。
「ご存じないな。もしかしてここって滅茶苦茶危険なのか?」
「危険、かもしれないですし、そうでないのかもしれない、と言いますか」
随分と煮え切らない言い方だ。
本人自身も良く理解できていないような、そんな雰囲気をアイリスから感じる。
「カズマ、その場の実態についてはあまり知られていないんだ」
上手く言葉に出来ないでいたアイリスに代わり、ダクネスが後を引き継いだ。
「古来より、ラングヴァイス山脈は禁足域に指定されているんだ。その理由は一般的に公表されていない。周知されている数少ない情報は、古代の人々が何かしらの儀式の場所として崇めていた事。そして、山脈は隣国との国境付近にある事。それぐらいなんだ」
なんだその謎だらけの場所は。
ほとんどどころが何も分かっていないじゃないか。
「いくら何でも情報が少なすぎるだろ。古来がいつを指してるのかは知らないが、禁足域とは言え入る奴はいたんだろうし、もっとなんかあるんじゃないのか?」
俺の知ってる中でも、紅魔族やアクシズ教徒など、好奇心旺盛で法律なんか度外視で自分の興味を優先する連中は沢山いる。
そういう輩が今まで一人もいなかったと考えるのは無理がある気がする。
「勿論、噂程度のものは沢山あります。ですが、どれもあやふやで一貫性に欠くんです」
「例えば?」
「気が付いたら元来た道に戻されていたとか、一度入ったら出られないとか。他にも、怪鳥の鳴声を聞いた、地獄の門が開かれた、天使が舞い降りた、などなど。挙げ始めたらキリがありません」
指折り教えてくれるめぐみんだったが、寧ろなんでそんなにポンポン噂話を出してこられるのか気になる。
「結局、難易度に関しては未知数というのが一番合ってるってことか。どうしたもんかな」
それなりの厄介事が来るとは覚悟していたが、こうも不確定の要素が多いとは。
何が出てくるのかが分かっていれば、例え相手がドラゴンだろうと対応はできる。
しかし、前情報がないこのクエストはそれが出来ない。
何も分かっていな状態で挑むだなんてバカもいいところだ。
普段だったらこんな依頼、絶対に引き受けないのだが、誠に遺憾ながら今回はそう言う訳にもいかない。
くそ、本当に面倒な案件を押し付けやがって。
「あの、これは私が巻き込んだ依頼ですし、難しいようでしたら私が一人で受けますので」
頭を悩ませる俺にアイリスが心配そうに顔を覗き込んできた。
いかん、こんな弱気な姿を妹に見せるとはとんだ失態だ。
アイリスの方が不安で一杯のはずなんだ、ここで兄貴である俺が引っ張ってやらないでどうする。
「大丈夫、ちょっとこれからの計画を考えてただけだ。とにかく準備をはじめねえとな。期日が今月末って事は猶予はあと二週間ちょいって所か。ラングヴァイス山脈まではどれぐらいかかるんだ?」
「あの辺は麓にひとつ小さな村があるだけでテレポートではいけないからな、馬車を借りても片道五日はかかるだろう」
てことは探索に三日はかかるとして最短でも十三日か。
明日にでも出発しないと間に合わないな。
かと言って、いくら何でもこのまま挑むのは無謀が過ぎるし。
……仕方ない、あいつに頼むか。
「よしお前ら、出発は四日後の朝一番にする。それまでに準備を整えておいてくれ」
「そんなにゆっくりで良いのですか?」
「ああ、皆にも準備があるだろうし。なによりちょっと時間のかかる仕事があるからさ」
不思議そうに尋ねるアイリスにそう返し、俺は足早に屋敷を後にした。
辺り一面はすっかり霧に包まれ視界が晴れない。
谷合から響いてくる川の流れ。
荷馬車の屋根を伝って滴った水により、床は少しづつ侵食されている。
山道に入って既に半日近く経っただろうか。
道の幅も狭く足場も悪いだろうに、それでも馬達は歩みを止めず、黙々と前へ前へと進んでいた。
「ねえ、ゆんゆん。そんなに肩肘張ってたら到着前に疲れちゃうよ」
「うー、すいません。皆さんと冒険をするだなんて一生に一度あるかないかという貴重な体験を前に、緊張してしまって」
「アクセルを出てから今日で四日目ですよ。いい加減慣れてもらわなければ、見ているこちらも疲れてくるのですが」
呆れためぐみんの瞳の中に、銀髪と黒髪の少女が映し出される。
クリスとゆんゆんだ。
目的地であるラングヴァイス山脈では、正直何が起こるか分からない。
そんな状態なので、二人が同行を承諾してくれたのは本当にありがたかった。
クリスは洞窟やダンジョンなどで頼りになるし、果実を見つける際、宝感知スキルはさぞかし役に立ってくれるはずだ。
道中のモンスターも、本物の紅魔族であるゆんゆんがいてくれるだけで安心感が違う。
更にはテレポートで帰還できるというオプション付き。
これからの行程が一気に楽になった。
ダメ元でも頼んでみるものだ。
今なら相手が魔王軍幹部だろうと渡り合えるのではないだろうか。
「お兄様、また読み返されているのですね」
紙面を読んでいる俺の横からアイリスが覗き込んでくる。
「数少ない情報だからな。それに、他にやることもないし」
読み返していたのは、ラングヴァイス山脈や星霊の実に関する調査書。
作成してくれたのはメリッサだ。
旅の準備で忙しかったので情報収集が真面に出来ないのは目に見えていた。
そこで俺達の代わりとして、メリッサに依頼しておいたのだ。
ただし、内情は一切深入りせず調査以外の協力もしないという条件付き。
初めは同行してもらえないか頼むつもりだったのだが、不穏な空気を感じ取ったのか、それ以上は引き受けてくれなかった。
今回みたいなクエストはアイツの専門分野だろうから断られたのは口惜しいが、あのドS女が手を貸してくれただけマシな方だろう。
「にしても、こんなもんよく見つけて来たよな」
言いながら、手に持った調査書へ目を落とす。
彼女曰く、耳にする情報のほとんどは噂の域を出ない眉唾物ばかりだったらしい。
だけど、そこは流石に歴戦のトレジャーハンター。
王都にある大図書館の奥で目ぼしい文献を発見したらしいのだ。
『――ナサの恵み。ヴァイスコフ山頂付近に分布する樹林帯に生息。その鮮血色な色合いが血を彷彿とさせることから、古来より神々や悪魔への供物として用いられている。別称、星霊の実』
ヴァイスコフというのは、ラングヴァイス山脈の最高峰の名前だそうで、王族からの資料とも一致している。
ただ、そちらには実の繁殖場所など記載されていなかった。
この文献が無ければ、もれなく山脈中を探索するなどという途方もない作業をしなければいけなかっただろう。
もうちょっと楽な場所にあってくれても良かったのではと思わなくもないが。
「すごいですね」
「ほんとにな。依頼しといてなんだけど、あの短期間で何万冊もある本の中からこんな一文を見つけてくるとか、未だに信じられねえよ」
率直な感想を述べた俺だったが、アイリスはそうではなくてと手を横に振り、
「勿論、この情報を見つけてくださった方も凄いのですが。その様な方とお知り合いになっているお兄様がすごいなと思いまして」
感心したように目をキラキラとさせていた。
その純粋な眼差しが妙に胸へと突き刺さる。
「すごいも何も俺自身は何もやってないぞ。そいつと面識持てたのはただの偶然だし、俺個人の能力とは全く関係がないというか」
自分で言ってて情けないが、本当に俺自身としては何もしていない。
妹の一大事だし、ここは格好良く全てを俺一人の力だけで解決出来たら、どれだけよかっただろう。
でも残念ながら、そんな力がないのは俺自身が一番よく分かっている。
なので他の人に頼る以外に方法がないだけであって、アイリスに尊敬の眼差しを向けてもらえるようなことはなにもしていない。
「だからこそですよ」
しかしアイリスは俺の言い分を一刀両断にし、
「ステータスは平均なのに、お兄様は持ち前の機転と運だけで、様々な難局に立ち向かってこられたのです。今回だって、私の為にこんなにも色々尽してくださって。だから、お兄様は凄い方なんです!」
興奮からかテレからか、ほんのりと頬を紅潮させて、それでも真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてくれるアイリス。
そんな熱い視線に俺が耐えられるはずなく、思わず視線を逸らしてしまった。
しっかりしろ俺。
年下の女の子から称賛を貰ったぐらいで何を照れてんだよ。
こういうのは大人の余裕で軽く賛辞を受け入れてやるところだろうが。
だけど、日頃こんなにも純粋に褒めてもらえる機会が巡って来ないからか、どうしてもむず痒いものが残ってしまう。
頭はのぼせ上り、次に何を言ってやるべきなのか全く思い付かない始末だ。
「あっ、雲が晴れて来たわよ」
変な気分になり始めたその時、嬉しそうなアクアの声で一気に現実に引き戻される。
「お、おお、ホントだな! 雨も上がってるし幸先良いな!」
「どうしたんですカズマ、無駄にテンションが高くて気持ち悪いのですが」
「う、うっさいわ!」
こうでもしないと居たたまれないんだよ。
席の列が違うとはいえ、そんなに大きな馬車ではい。
後方にいる俺達の会話が聞こえていないはずないのだが、知ってか知らずか冷ややかな視線を送ってくるだけだ。
「いくら可愛い妹に褒められて気分が舞上がっているとは言え、もう少し気を引き締めてくださいよ」
いや、バッチリ聞かれていたっぽい。
周りを見てみれば、クリスは苦笑を浮かべているし、ゆんゆんは何を思ったのか顔を真っ赤にしてワタワタとしていた。
アイリスも今更になって自分の発言に気が付いたのか、恥ずかしそうに身を縮みている。
俺のせいではないはずなのだが、これからはもうちょっと時と場を考えよう。
秘かにそう決心した。
「カズマ見てみて!」
再び響くアクアの声。
視線をやれば、それはあった。
嶮しい峰々に隠れるようにひっそりと息を潜めていた壮麗な山麓。
左手は緩やかな傾斜なのに対して、右手はごつごつとした岩場で蔽い尽くされ、地滑りを起こしている箇所も結構ある。
周囲が堅牢な山肌だっただけに、優雅な曲線を描くその山は明らかに異彩を放っていた。
なるほど、古代の人が奉りたくなる気持ちもなんとなく分かる。
「あれがヴァイスコフ山か。すごく美しい山だね」
「私、今日の事は絶対に忘れません!」
車窓から顔を出して感嘆の声を上げるクリスとゆんゆん。
アイリスに至っては感動のあまりか、わあーっと目を輝かせじっと眺めるだけだった。
「村人の話だと、もうすぐ禁足域の入口に到着する。そろそろ準備を始めてもいいんじゃないか」
皆の反応に朗らかな笑みを湛えたダクネスが、自身も興奮を抑えてつつ喚起してくる。
「よしっ、おまえら。入口に着いたら早速行動開始だ。期限まで時間がないからそのつもりで頼むぞ」
俺の言葉に全員が力強く頷き返した。