エンドレスネーク 作:ぽん
異世界に転生し、世界を脅かす魔王と呼ばれている大蛇を倒したところで、ちょうど目が覚めた。僕は夢から覚めた。
正確に言えば、目が覚めたのではなく、目を覚まさせられた。つまりは起こされたのだけれども、まあ、そんなことはどっちでもいいだろう。
そう思っていると――
「どっちでもよくねーよ!」
と、双子の妹の上の方である
当然、寝起きで頭が回っていない状態の僕が、
「痛ッ! 寝起き早々、何すんだよ、
「何すんだよ、じゃねーよ、お兄ちゃん! せっかく、私が起こしてやったのに、その態度はねーだろうがよ! それに
そう言われ――そう怒鳴られ、消しゴムが置いてあった場所の、すぐ隣に置いてある目覚まし時計を見ると、12時30分と表示されていた。
7月2日、日曜日の12時30分。
日曜日で学校が休みだとはいえ、確かにこれは寝過ぎである。昨日は11時には寝ていたから、僕は13時間以上も寝ていたことになるのか。なんかすげー勿体ないことをした気分だ。
「というか
「確かに私は5時には起きてたよ。完璧に目を覚まして、金曜ロードショーの録画と、情報番組でやってる干支占いを見てたよ。けどさ、お兄ちゃん。起こしてもらった分際で、よくそんな口の利き方ができるね。なんならいっその事、私が永遠に寝かせてあげてもいいんだよ?」
と、今度は机の上に置いてあるカッターナイフを手に取り、チャキチャキと刃を僕の方に向けて伸ばした。
どうして僕は机の上にカッターナイフなんかを置いてしまったのだろう……。というか、朝から物騒すぎんだろ、この妹は! 日菜海ちゃんはもっと大人しいのに、どうして
「分かった、謝る! だから
「
そう言いながら、今度は手に持っているカッターナイフを僕の顔に投げつけてきた。
なんの
「うおいっ!」
僕は
けれど、右頬に少し掠っていたらしく、ツーっと血が出てきた。それと同時に、大量の冷や汗も出てきた。
「
上半身を起こして僕は怒鳴る。
カッターナイフを投げつけられたら、どんなに優しい聖人みたいな人だって怒鳴るだろう。
「名前をちゃんと呼んでくれないお兄ちゃんの眼球なんて、この世界に要らない」
「朝から物騒なことを言うな!」
「そっちこそ、朝から
ということは、朝以外なら呼んでもいいということなのだろうか? そう思って聞いてみると、いいわけねーだろ! と、筆箱が僕の顔面に飛んできた。Amazonで買った何の変哲もない布製の筆箱だ。布製だから痛くない――なんてことはなく、普通に痛かった。シャーペンとか、ボールペンとか、色々入ってるから、そりゃそうだ。痛くないわけが無い。
「ところで
枕に突き刺さっていたカッターナイフを筆箱に仕舞いながら、僕は聞く。理由なんてものは特にない。話題を変えるためと言えば、そうなのかもしれないが、ただまあ、なんとなく聞いてみただけだ。
「ひーちゃん? ひーちゃんなら9時くらいに起きてきて、そのあとは――そのあとは知らない」
そう言うと、立っているのに疲れたのか、
「なんかものすごい失礼なことを言われた気がする……」
「やっぱりお前はエスパーなのか!? 心の中を読んだりできるのか!?」
起きてすぐのツッコミだって、僕の心の中を読んでたようにしか思えなかったし、
そもそも僕は異世界とか、魔法とか、呪いとか、超能力とか、そう言ったファンタジーみたいなものを信じていない。もし仮に、そんなものがあるのなら、とある科学の力とやらで超能力の一つや二つ、使えるようにしてほしいものだ。
「何言ってるの、お兄ちゃん? 常識的に考えて、私にそんなことできるわけないじゃん。私にできることは心の汚い人の心を読むことくらいだよ」
「それができたら普通にすごいとは思うけど、さりげなく僕の心が汚いみたいに言うな。僕の心は米と同じくら純白なんだぜ?」
「つまり、お兄ちゃんの心は米製ってことだね! ガラスのハートならぬ、お米のハートなんだね! これぞ和の心!」
「ちなみに、私のハートはガラスのハートだよ! だから、お兄ちゃんに
「嘘つけ! お前のハートがガラスなわけねーだろ! お前のハートはガラスじゃなくて、鋼鉄かなんかだ」
「嘘じゃないもん! ガラスのハートだもん! おにいちゃんにうそつきよばわりされたー、あーもういきていけないよー」
それはもう、これ以上ないくらいに棒読みだった。
「それならいっそ、死ねばいいんじゃないか? なんなら僕の知り合いの殺し屋にでも頼んでおくぜ?」
「お兄ちゃんにそんな知り合いいないでしょ! というかそもそも、お兄ちゃんに友達なんていないでしょ!」
どうせ教室の隅で寂しくお弁当を食べてる陰キャでぼっちのコミュ障なんでしょ、と哀れみの目で僕を見ながら
「どうせとはなんだ、どうせとは。僕が陰キャでぼっちでコミュ障の引きこもりという証拠でもあるのか?」
「別に引きこもりとまでは言ってないよ。お兄ちゃん、なんかごめんね……」
妹に謝られてしまった。何だこの屈辱は……。
「確かに引きこもりというのを付け足してしまった僕にも非があるにはあるが、何も謝る必要はないだろ」
「どうして? もしかしてお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんに恥ずかしい思いをさせて申し訳ないという気持ちに嘘をつけって言うの?」
「違う! 僕が言いたいのはお前が謝ったことによって、僕が本当に陰キャでぼっちでコミュ障で引きこもりみたいになってしまうだろってことだよ! だいたい、お前は僕に対して申し訳ないと思ったことなんて人生で一度もないだろ!」
こいつはそんな妹だ。まあ、僕も
「一度くらいは――たぶん、あったと思うよ?」
「どうして疑問形なんだ?」
僕がそう訊くと、それはさておき、と
「さっきの話の続きなんだけどさ。お兄ちゃんは、本当は陽キャでリア充で社交的でアウトドア派だ、って言いたいの?」
「いや別にそこまでは言ってないけど……」
「ならどこまで?」
背もたれから少し身を乗り出して、得意げな顔をする
「どこまでって言われたら説明に困ると言うか、なんというか……」
実際、説明に困るとかそんなことは全く無い。ただ、僕が友達のいないぼっちだということを妹に言いたくないだけである。
「そっか……やっぱりお兄ちゃんは陰キャでぼっちでコミュ障の引きこもりなんだね。でも大丈夫だよ! 私がずっとお兄ちゃんのそばに居てあげるから!」
お前がずっとそばにいるとか、地獄以外のなんでもない。地獄よりも、よっぽど地獄だ。
「あーもう分かったよ! 僕はぼっちの陰キャだ。それは認める」
「んにゃ?」
「それは認める? それはってことはつまり、他の二つは違うって言いたいの? コミュ障でもなければ、引きこもりでもないって言いたいの?」
「ああそうさ。僕はコミュ障でもなければ、引きこもりでもない。至極真っ当な人間だ」
「お兄ちゃんが至極真っ当な人間なら、この世界に至極真っ当じゃない人間なんて一人もいないことになっちゃうよ?」
「お前は僕が世界で一番真っ当じゃない人間とでも言いたいのか? そういうことなんだな!」
僕はベッドの上に、たまたま――本当にたまたま転がっていた消しゴムを
「うぎゃあっ!?」
と、消しゴムが額に直撃した
これには米の心を持った僕も、ガッツポーズをせざるを得ない。
「何すんだよ、お兄ちゃん!」
「さっきの仕返しだ」
「私はお兄ちゃんに消しゴムをぶつけたけど、ここまでのことはやってない! お兄ちゃんの頭を床にぶつけてない!」
「記憶を
僕は既に出血が止まっている、右頬の傷を
「あ、そうだった! すっかり忘れてたよ。さっすが私のお兄ちゃん。記憶力がいいというか、天才というか、やっぱお兄ちゃんはそんじょそこらの有象無象とはひと味もふた味も違うね!」
しかし、馬鹿だから学校の成績が良くないのかと言われれば、そういう訳でもない。むしろ良いくらいだ。テストの点なんかは毎回、学年トップクラスだし、通知表も5段階評価で、5か4が付いているのしか僕は見たことがない。
「それは違うぞ
というかそもそも、そんじょそこらの有象無象って誰のことを言ってるんだ? もしかして、
「おい、お兄ちゃん! 今、私に向かって馬鹿って言いやがったな! 確かにお兄ちゃんは天才だけど、それはあくまでも有象無象と比べたらの話であって、お兄ちゃんと私を比べたら天と地の差――いや、ドラゴンとゴキブリくらいの差があるよ!」
「ドラゴンとゴキブリって――ファンタジーと現実を混ぜるんじゃねーよ! ややこしくなるだろ! あと言っておくが、その言い方だと、僕がドラゴンでお前がゴキブリになってるからな。お前のそういうところが、馬鹿だって言ってるんだよ」
「うるさいなぁ! 私はゴキブリでも、ドラゴンより強いゴキブリだからいいんだよ!」
「お前はテラフォーマーかよ!」
確かにそれなら、ファンタジーとファンタジーだけど、テラフォーマーズにドラゴンは登場しねーよ! あと、実の妹がめちゃくちゃ強いゴキブリだなんて嫌すぎる!
「私がテラフォーマーだったら、なんだってんだよ!」
謎に強がる
「気持ち悪いから今すぐ僕の妹をやめろ! そして、さっさと火星に帰りやがれ!」
僕はベッドに転がっている枕を取って、
「わぶっ……!」
枕が顔に直撃した
「やりやがったな、お兄ちゃん! 今度こそぶっ殺す!」
そう言うと、
「お前が枕なんかで、僕をぶっ殺せるわけないだろ。諦めろ」
「いや、私は諦めない。お兄ちゃんをぶっ殺して、世界の平和を取り戻すのさ!」
「僕は世界を脅かす魔王かよ!」
夢に出てきた大蛇って実は僕だったのか。
「まあそういうわけで、お兄ちゃん。世界の平和のために死んでくれ!」
そんなかっこいいセリフを言うと、
「おい
そんな僕の声も虚しく、
しかし、その椅子は僕のいるベッドには届かず、床に叩きつけられた。危ねーし、うるせーよ。一軒家だからまだ良かったけど、これがマンションとかだったら、絶対下の階から苦情がきている。なんなら警察に通報されていてもおかしくないレベルだ。
というか床凹んでるじゃん。最悪だ。
まあでも、両親が旅行中だったのが不幸中の幸い――いや、でもこんなの見られたらすぐバレるよなあ……。
やっぱり最悪だ。
「し、仕方ねーな、今日のところはこれくらいで勘弁しといてやるよ……」
そう言うと
「サラッと逃げようとするな!」
僕はベッドから降り、部屋から出ようとする
「この床どうしてくれるんだよ! 修理代ちゃんと払ってくれるんだろうな?」
「…………」
こいつ、黙りやがった。
「無視すんじゃねーよ、
僕は服をさらに引っ張って、
「ぐへっ!」
ベッドに勢いよく叩きつけられた
あっぶねー。もう少し
「お兄ちゃん――」
と言って
「――
飛びつこうとした――つまりは失敗したのだ。
「ぐわぁぁぁっ!」
ジャンプした途端、
そして、この悲鳴。今日だけで何回目だよ。
「
鼻の骨が折れているのではないかと、少しだけ心配してみると、
大丈夫らしい。というわけで、僕は視線を生ける屍みたいになっている
「お兄、お姉、二人とも朝からうるさい……。イチャイチャするなら、他の部屋でして……」
天使みたいにかわいいけど、発言は少し辛辣だ。うるさかったのは事実だけども。
「イチャイチャなんてしてない。それにここは僕の部屋だ。だいたい、なんで
「えっと……10時くらいにお兄を起こしに来て、なんだが眠たくなってきて――だから、布団に入って寝ただけ」
「なるほど? それなら仕方ないな!」
かわいい妹が僕の布団で寝ていたくらいで怒る僕ではない。なんなら、ずっと一緒に寝てあげてもいいくらいだ。
「ねぇお兄。ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ、
「
「寝てるというか、誰かに寝かされたんだよ、
「ふーん、そうなんだ。でも大丈夫そうだし、まぁいっか」
そのまま
「ところでお兄、明日から期末テストって言ってなかった? 私たちと遊んでいたいのは分かるけど、課題はちゃんとしなよ……」
僕の方をじっと見つめてくる
やめてくれ! 僕を現実に引き戻さないでくれ!
それから数秒程、僕を見つめた
背中に違和感があって気持ち悪い、と言って、家の中では基本的に服を着ないという、極めて珍しいスタイルを貫いている
部屋に残されたのは僕とピクリとも動かない
7月2日、日曜日。
僕が通う、私立
そして、僕の課題進行度は脅威の0パーセント――どうやら、これは夢ではないらしい。