エンドレスネーク 作:ぽん
「モンブランを6つとティラミスとプリンとミルフィーユを2つずつ、それからガトーショコラを1つください」
クリスマスパーティでもするのかと言わんばかりの量のケーキである。まあ僕に、クリスマスパーティに招待するような友達などいないのだが。だいたい、クリスマスパーティなんて、時期外れにも程がある。
でも、パーティと言えばパーティなのかもしれない――テスト前日の課題パーティという悲しいパーティだ。
招待している人数は二人。
かわいい萌え袖とうるさい馬鹿の双子の姉妹である。
しかし、これだけの量のケーキがあるのに、僕の分はガトーショコラ一つしかないと思うと泣けてくる。しかも、ケーキ代の五千円は僕が払うという……。
課題のための必要経費だと思って我慢するしかないのだが、1つ五千円のガトーショコラは、月初めに貰える五千円のお小遣いで生活している高校生には高すぎる。バイトをすればいいと思う人もいるのだろうけど、校則で禁止されているので、僕にはどうすることもできないのだ。
まあ、こっそりしてもバレないとは思うが、バレた時のことを考えるとしない方が賢明である。僕にはハイリスクハイリターンという、危ない橋を渡るつもりは無いのだ。それに貯金が全く無いというわけでもない。だから、無理をしてまでバイトをする必要は今の所ないのである。
レシートと紙袋に入れてもらった、合計13個のケーキの入った2つの箱を受け取り、僕は店を出た。
店の前の駐輪場に停めている自転車の前カゴにケーキが入った紙袋を入れる。少しだけカゴからはみ出しているが、段差を降りたりしない限り、カゴから飛び出すことはないはずだ。まあ、徒歩で来ればよかったのかもしれないが、自転車でも十分くらいかかる距離を徒歩で行く気にはなれなかった。
鍵を開け――さて、また十分くらいかけて家に帰るとするか、と自転車に乗り、僕は神社前のケーキ屋を後にする。
神社前のケーキ屋――道路沿いにあるケーキ屋で、道路を挟んですぐ目の前に神社があるので、そう呼ばれている。
だが、その神社を神社と呼んでいいのかどうかは分からない。なぜなら、その神社には本殿も狛犬も名前すらも無いからである。あるのは―――神社と掘られた石碑と朽ち果てた鳥居だけだ。
―――神社。
文字の部分がすり減って、何神社なのかは分からなくなっているが、神社の部分だけは辛うじて読むことができる。
当然のように、地図にも載っていない――そこに神社があることすら、記されていない。
今はもう、
果たして、その神社には何が祀られているのか。
名前は何なのか。
どうして、地図に載っていないのか。
そんなこと、僕には分からないし、興味もない。
ただ、何か禍々しいような、神々しいような、そんな空気がその神社に流れているのは確かである。そうでなければ、興味もない僕が自転車を漕ぎながら、こんなことを考えたりするはずないのだから。
そうしているうちに、僕は家に着いた。
自転車を停め、鍵を閉めて、カゴからケーキの入った紙袋を取り出す。傾いたりはしていない。もちろん、飛び出したりもしていないので、恐らくは無事だろうと、僕は安堵する。ケーキが崩れて、もう一度買いに行かされるのはごめんだ。
そのまま歩いていき、玄関の前で立ち止まる。そして、蛇を思い出す。
蛇の死骸はここにはもう無い。急に消えたとか、そういう意味ではなく、単に僕が埋めたからというだけだ。環になるように頭と尾を固定していた五寸釘を抜いて、庭に埋めた――環の状態のまま。環の状態で固まってしまっていたので、そうするしかなかった。多分、死後硬直というやつだろう。
果たして、あの蛇はなんだったのだろうか?
僕の住んでいる町は田舎なので、蛇の死骸くらいあってもおかしくはないし、さして驚くことでもない。だが、あの蛇の死骸は異様で、奇妙だった。
間違いなく人の手によって殺さていた――悪意を持って殺されていた。
体には五寸釘で刺された跡が数十箇所にあった。そして最後に、その五寸釘で環の状態になるように頭と尾を固定されて――絶命。
多分、殺された場所はここではなく、別の場所だ。もし、ここで殺されていたのなら、高確率で五寸釘を刺した時に出た血が垂れているはずだ。だけど、血は一滴も垂れてはいなかった。ほんの一滴もである。誰かが別の場所で殺し、僕の家の玄関の前に持ってきた。そう考えるのが妥当である。だが、そんなことをするような人物に覚えはない。なにせ、僕には友達がいないのだ。だから、恨まれることなんて、まずありえない。となれば、必然的に妹たちに対してのなにかということになる。あいつらはああ見えても、学年の美少女枠に入っているので、こういったことをされても不思議ではない。
双子の美少女。
活発で真面目で少し天然な姉と大人しめでつい守りたくなってしまう小動物のような妹。女子から、嫉妬されることもあるだろうし、振った男子に逆恨みされることも、ないとは言いきれない。少なくとも、僕よりかは可能性があるだろう。
あいつらには、後で何か心当たりがないか聞くとして、そろそろ僕も家の中に入るとしよう。まだ真夏ではないけど、地味に日差しが暑いのだ。
と、そう思っていると目の前から、がちゃりという音がして、玄関が開いた。
「こんなところで突っ立って、一人でなにしてるの?」
「
「質問を質問で返すな!」
声を荒らげる
「この台詞、一度言ってみたかったんだ。そして、最後にどーんって爆発させるの。ちょっとお兄手出して、爆発させるから」
「爆発させるからって言われて出すやつなんて、この世に
「それはお兄のせいだよ?」
「なになに?」
あれ?
僕なんかしたっけ?
全く身に覚えがないんだが……。
「お兄が自転車を停めた音が聞こえたのに、全然家に帰ってこないから、見に来たの」
「それは僕のことを心配してくれたってことなのか?」
「違う。ケーキを早く食べたいから、見てきてってお姉に言われたから来ただけ」
「アイツめ……せめて自分で来いよ」
何当たり前のように、
「で、お兄は玄関の前で一人寂しく何してたの?」
「一人寂しくはかなり余計だと思うのだが……。お前、僕以外にそんなこと言ってないよな? 学年の美少女からそんなこと言われたら、一般男子中学生なら自殺しかねないぞ」
自殺は少し盛ったかもしれないけど、かなり落ち込むと思う。落ち込んで、1週間は登校拒否になるはずだ。
「お兄以外にそんなこと言わないよ? お兄は特別だから」
「そんな特別、嬉しくねぇ……」
嬉しくないどころか、悲しくなってくる。悲しくて、軽く1週間は登校拒否になってしまいそうな、そんな気分だ。
「落ち込んでるところ悪いけど、話戻すよ」
「僕もそのことについて説明したいのは山々なんだが、部屋に帰るまで待ってくれないか? 別に説明してもいいんだけど、どうせ後で
「確かに二度手間だね」
「てなわけで、さっさと部屋に戻ろーぜ!」
「ん、分かった。私、お皿とフォーク取ってくるから、お兄は先戻ってて」
そう言って、皿とフォークを取りに行った
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
ベッドの上で寝転がっていた
「お前、ちゃんと課題してたんだろーな?」
「なんだよお兄ちゃん、私のこと疑ってんのか? 信用してねーのか?」
「お前のことなんか1ミリたりとも信用してねーよ! なんなら僕はお前が信用されてると思ってたことに驚きだよ!」
どんな発想したら、自分が信用に値する人間だと思われていると思えるんだよ!
「えっ、お兄ちゃんそれ、本気で言ってるの? 私、結構ショックなんだけど……」
そう呟くと
「ショックを受けてるとこ悪いけど、課題はどうなんだ? まさか、全く手を付けてないとか言わないよな? もしそうだったら、お前にやるケーキはねぇからな?」
「私のケーキが無いとかありえないから。まじありえないから」
「課題しろとか偉そうに言うけどさ。そもそも、この課題ってお兄ちゃんのなんだよ? 分かってんの?」
「お前に言われなくてもそれくらい分かってるよ。ていうかさっきから話を逸らそうとしているみたいだけど、いい加減僕の質問に答えろよ。したのか? それともしてないのか?」
「し、してねーよ……」
「してねーのかよ! よくそれで、私のこと信用してねーのか? なんて台詞を言えたな。まじでケーキやんねーからな!」
「それなら私も課題、絶対やらねーからな! あと、ケーキは奪い取ってでも食べるから!」
「なんだと! できるもんならやってみやがれこの
「
と、次の瞬間、僕の右手に持っているケーキの入った紙袋目掛けて
「渡さねーよ!」
僕はバックステップで突っ込んできた
「残念だったな
「ひっ、卑怯だ! 最低! ケーキ寄越せぇー!」
「そんなに食べたいなら、今すぐ課題しろよ。そしたら考えてやってもいいぜ」
「ぐぬぬ……」
悔しそうにケーキを見つめる
まあでも僕も鬼じゃない。お兄ちゃんではあるが、鬼いちゃんではないのだ。だから、ここは優しい兄として、許してやってもいいのだが、こいつの場合はなあ……。許してケーキをあげたりなんてしたら絶対調子乗るからなあ……。
と、そんなことを考えていたら、ケーキを高く上げている右手とは逆の手に激痛が走った。それはもう何かにガブッと噛まれたような――
「痛ってぇえええ! 何しやがんだてめぇ!」
ケーキやらねーって言っただけで噛み付いてくるとか、そんな奴普通いないだろ!
獣かよ!
「いつまで噛み付いてんだよ、さっさと離しやがれぇー!」
「がうっ、がうっ!」
がうっ、がうっ! って、話し方まで変わってんじゃねーかよ! 野生化しすぎだろ!
ていうかまじで血出てきたんだけど!? どんな力で噛み付いてんだよ、こいつ!
「痛い痛い痛いって、まじで!」
と、その時――がちゃりと部屋のドアが開いた。
「お兄、お姉、二人共何遊んでるの?」
「どこをどう見たら、これが遊んでるように見えるんだよ!」
「どこをどうって言われても……」
目の前に左手を噛みつかれている人と、左手に噛み付いてる人がいる状況とは思えない程、落ち着いている
「そんなこと考えるのは後でいいから、いますぐ僕の左手に噛み付いているこいつをなんとかしてくれ!」
「ん、分かった。なんとかしてみる」
気の抜けた返事と違い、やる気に満ちた顔をしている
してくれるよな?
「んっ!?」
「お兄、一件落着」
「そ、そうだな……」
叩かれた海月は放心状態になってるけどな……。
「お皿とフォーク持ってきたし、早くケーキ食べよ」
「へいへい……」
「これ全部私の?」
目をキラキラと輝かせながら、
「そんなわけ無いだろ、一人で何個食べるつもりなんだよ」
「これくらいなら余裕」
「嘘つけ、
「ケーキは別腹。常識だよ?」
確かにそんな台詞を聞いたことあるけど、別に常識ではないだろ。だいたい、ケーキを一人で13個も食べるのは非常識だ。
「ガトーショコラは僕のだから残しといてくれよ。他のは――他のは食べてもいいけど、
「お姉、優しいからそんなことで怒らない」
「ならどうして僕はケーキを渡さないって言っただけで噛み付かれたんでしょうね……」
歯型残ってるし、血出てるし。
「それはお兄がまた
「な、なんのことですか……」
「お兄、声震えてる」
「あ、そういえばさ、
「ん? 英語の問題集なら結構進んだよ? ミルフィーユうまうま」
「やっぱり
まじであいつもちょっとは見習えよな。
「てかお兄、そろそろさっきの話聞かせてよ」
「さっきの話?」
「忘れたの? 部屋に戻ったら説明してくれるって言ってた」
「あー、その話か。なら先にそこにいる放心状態の
「りょーかい」
返事をした
あれ、この状況なんか知ってるぞ――
「って、ストップ、ストップ!」
「ん?」
こてんと首を傾げる
「とりあえず、枕で叩けばいいって考え方やめな? いつかほんとに
「ならお皿で叩く?」
「それは下手すれば
冗談で言ってるにしても怖いし、
「ならどうするの?」
「普通に体を揺らしたりとかすればいいんじゃないか? 他にはケーキを顔に近づけてみるとか?」
「お兄、それ名案」
ベッドから立ち上がった
「私のケーキ!」
目に消えていたハイライトが戻ると同時にケーキに
どれだけ食い意地張ってんだよ。てか、せめてフォークくらい使えよ、行儀わりーな!
「モンブランうまうま! もっとちょうだい!」
「課題もしてねーのにあげるわけねーだろ! てかよ、その前に僕に言わないといけないことあるよな?」
「ごちそうさまでした?」
「違う! いや、間違ってもないんだけど、ちょっと違う! これだよ、これ! この左手!」
「うーん……ごちそうさまでした?」
「いや、確かに僕の左手食べてたけども――って、そうじゃねーよ! 急に人の手に噛み付いたんだよお前? 普通はまず謝るだろ! 謝罪するだろーがよ!」
「お兄ちゃんは私が普通という範囲に収まる人間だとでも思っていたの?」
あ、こいつただの馬鹿だ。確かに普通じゃねーもんな。
「あ、こいつただの馬鹿だ」
「お兄、心の声漏れてる」
「誰が馬鹿だって?」
机に置いてあるフォークを手に取る
「ストップお姉。ティラミスあげるから落ち着いて……」
「わーい、ひーちゃんありがとー! さっすが私の妹だよ!」
あ、やっぱこいつ馬鹿だ、と言いたい気持ちをぐっと堪え、僕はティラミスの入ったカップを
「なんだよ、お兄ちゃん……。噛み付いたこと、まだ怒ってんのか? あれはまあ……私も悪いと思ってるよ……。その……ごめん……」
「なんだよ急に。お前、そんなキャラじゃないだろ……」
急なキャラ変やめてくれよ! こっちも戸惑うだろ。
「わ、私だって、悪いと思ったら
「ん? たまには? 今、お前はたまには、って言わなかったか?」
「……言ってない! 私は断じて言ってない!」
「そうなのか? まあそれなら、それでいいんだけど……」
なんだ、僕の聞き間違いか。
「まあ、僕も
僕は数学の問題集を見せつけるように、
「ケーキ食べたんだから、その分の課題はきっちりやってくれるんだろうな?」
「私もしてるんだし、お姉もするよね?」
「も、もちろんするに決まってんだろ……。そんな、トイレに逃げてサボったりしようなんて、ちっとも全然全く一ミリも考えてないから!」
「ふーん、そうなんだ。お姉、最低」
「私をそんな目で見るな……!」
「なら課題する? するよね?」
「はいぃ……。します、しますから……」
「だってお兄、よかったね」
「良かったのは確かだけど、あんまり
「別にいじめてない。ケーキ食べた分の課題をするように言っただけ」
「そうかもしれないけど、あいつ今にも泣きそうになってるぞ」
目をうるうるさせながら、頬を膨らませている
「もー、ひーちゃん真面目過ぎ! こんなの適当でいいんだよ、適当で」
「お姉が真面目じゃないだけ。私は普通。それより、お姉のその顔――」
「私の顔が何だよ、ひーちゃん。言ってみろよ」
何かを言い渋る
余計なこと言って、
「お姉のその顔のかわいすぎる……」
「なんだよ急に――恥ずかしいじゃねーか……」
赤らめた顔を床に落ちていた枕で隠す
なんだよ急には僕の台詞だ。びっくりするくらい、どうでもいいことじゃねーかよ! まじでなんの時間だったんだよ、これ!
「その話は一旦置いといてさ、そろそろ課題始めないか? ケーキを食べながらでもいいからさ」
こうして二人と雑談するのも楽しくないわけでもないのだが、今の僕にそんなことをしている暇はない。正直言って、かなり焦っている。冗談抜きで。
「ん、分かった。でもその前に、さっきの話聞かせてよ。お姉もいるんだし」
「さっきの話ってなんだよ?」
「さっきの話っていうのは、お兄が玄関の前で一人寂しく何かしてた話だよ」
「何かって何?」
「それを今から説明するから、お前は課題しながら黙って聞いてろってことだよ」
「つまり私は黙々とケーキを食べとけばいいってことだね!」
「もうそれでいいからお前は一生黙っててくれ……」
はぁ……こいつの相手を真面目にすると疲れる……。
「お兄、くたびれた顔してるけど、大丈夫?」
「大丈夫、
「ふーん、それなら早く話して。聞くから――私、聞くから」
「分かったから、ちょっと落ち着け、
顔をぐいっと、近づけてくる
僕たちがそんなことをしている一方で、
ほんと、愉快な妹たちだ。
そんな愉快な妹たちに、そろそろ話すとするか――玄関の前にいた、自分の尾を飲み込んで環になった一匹の蛇の死骸の話を。