エンドレスネーク   作:ぽん

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03

「モンブランを6つとティラミスとプリンとミルフィーユを2つずつ、それからガトーショコラを1つください」

 

 クリスマスパーティでもするのかと言わんばかりの量のケーキである。まあ僕に、クリスマスパーティに招待するような友達などいないのだが。だいたい、クリスマスパーティなんて、時期外れにも程がある。

 でも、パーティと言えばパーティなのかもしれない――テスト前日の課題パーティという悲しいパーティだ。

 招待している人数は二人。

 かわいい萌え袖とうるさい馬鹿の双子の姉妹である。

 しかし、これだけの量のケーキがあるのに、僕の分はガトーショコラ一つしかないと思うと泣けてくる。しかも、ケーキ代の五千円は僕が払うという……。

 課題のための必要経費だと思って我慢するしかないのだが、1つ五千円のガトーショコラは、月初めに貰える五千円のお小遣いで生活している高校生には高すぎる。バイトをすればいいと思う人もいるのだろうけど、校則で禁止されているので、僕にはどうすることもできないのだ。

 まあ、こっそりしてもバレないとは思うが、バレた時のことを考えるとしない方が賢明である。僕にはハイリスクハイリターンという、危ない橋を渡るつもりは無いのだ。それに貯金が全く無いというわけでもない。だから、無理をしてまでバイトをする必要は今の所ないのである。

 レシートと紙袋に入れてもらった、合計13個のケーキの入った2つの箱を受け取り、僕は店を出た。

 店の前の駐輪場に停めている自転車の前カゴにケーキが入った紙袋を入れる。少しだけカゴからはみ出しているが、段差を降りたりしない限り、カゴから飛び出すことはないはずだ。まあ、徒歩で来ればよかったのかもしれないが、自転車でも十分くらいかかる距離を徒歩で行く気にはなれなかった。

 鍵を開け――さて、また十分くらいかけて家に帰るとするか、と自転車に乗り、僕は神社前のケーキ屋を後にする。

 神社前のケーキ屋――道路沿いにあるケーキ屋で、道路を挟んですぐ目の前に神社があるので、そう呼ばれている。

 だが、その神社を神社と呼んでいいのかどうかは分からない。なぜなら、その神社には本殿も狛犬も名前すらも無いからである。あるのは―――神社と掘られた石碑と朽ち果てた鳥居だけだ。

 ―――神社。

 文字の部分がすり減って、何神社なのかは分からなくなっているが、神社の部分だけは辛うじて読むことができる。

 当然のように、地図にも載っていない――そこに神社があることすら、記されていない。

 今はもう、(くぐ)ることすらできない鳥居の先には参道はなく、山道しかない。山道と言っても、急斜面になっていて、人が歩けるような道にはなっていない。そんな急斜面には、人が来るのを拒むように、先が見えないほどの草木が生い茂っている。

 果たして、その神社には何が祀られているのか。

 名前は何なのか。

 どうして、地図に載っていないのか。

 そんなこと、僕には分からないし、興味もない。

 ただ、何か禍々しいような、神々しいような、そんな空気がその神社に流れているのは確かである。そうでなければ、興味もない僕が自転車を漕ぎながら、こんなことを考えたりするはずないのだから。

 そうしているうちに、僕は家に着いた。

 自転車を停め、鍵を閉めて、カゴからケーキの入った紙袋を取り出す。傾いたりはしていない。もちろん、飛び出したりもしていないので、恐らくは無事だろうと、僕は安堵する。ケーキが崩れて、もう一度買いに行かされるのはごめんだ。

 そのまま歩いていき、玄関の前で立ち止まる。そして、蛇を思い出す。

 蛇の死骸はここにはもう無い。急に消えたとか、そういう意味ではなく、単に僕が埋めたからというだけだ。環になるように頭と尾を固定していた五寸釘を抜いて、庭に埋めた――環の状態のまま。環の状態で固まってしまっていたので、そうするしかなかった。多分、死後硬直というやつだろう。

 果たして、あの蛇はなんだったのだろうか?

 僕の住んでいる町は田舎なので、蛇の死骸くらいあってもおかしくはないし、さして驚くことでもない。だが、あの蛇の死骸は異様で、奇妙だった。

 間違いなく人の手によって殺さていた――悪意を持って殺されていた。

 体には五寸釘で刺された跡が数十箇所にあった。そして最後に、その五寸釘で環の状態になるように頭と尾を固定されて――絶命。

 多分、殺された場所はここではなく、別の場所だ。もし、ここで殺されていたのなら、高確率で五寸釘を刺した時に出た血が垂れているはずだ。だけど、血は一滴も垂れてはいなかった。ほんの一滴もである。誰かが別の場所で殺し、僕の家の玄関の前に持ってきた。そう考えるのが妥当である。だが、そんなことをするような人物に覚えはない。なにせ、僕には友達がいないのだ。だから、恨まれることなんて、まずありえない。となれば、必然的に妹たちに対してのなにかということになる。あいつらはああ見えても、学年の美少女枠に入っているので、こういったことをされても不思議ではない。

 双子の美少女。

 活発で真面目で少し天然な姉と大人しめでつい守りたくなってしまう小動物のような妹。女子から、嫉妬されることもあるだろうし、振った男子に逆恨みされることも、ないとは言いきれない。少なくとも、僕よりかは可能性があるだろう。

 あいつらには、後で何か心当たりがないか聞くとして、そろそろ僕も家の中に入るとしよう。まだ真夏ではないけど、地味に日差しが暑いのだ。

 と、そう思っていると目の前から、がちゃりという音がして、玄関が開いた。

 

「こんなところで突っ立って、一人でなにしてるの?」

日菜海(ひなみ)ちゃんこそ、なんでこんなところに来てるんだ? 部屋で課題してるんじゃなかったのか?」

「質問を質問で返すな!」

 

 声を荒らげる日菜海(ひなみ)ちゃん。

 

「この台詞、一度言ってみたかったんだ。そして、最後にどーんって爆発させるの。ちょっとお兄手出して、爆発させるから」

「爆発させるからって言われて出すやつなんて、この世に海月(みつき)くらいしかいねーよ! てかさ、日菜海(ひなみ)ちゃん。もう一度聞くけど、なんで日菜海(ひなみ)ちゃんがこんなところにいるんだ?」

「それはお兄のせいだよ?」

「なになに?」

 

 あれ?

 僕なんかしたっけ?

 全く身に覚えがないんだが……。

 

「お兄が自転車を停めた音が聞こえたのに、全然家に帰ってこないから、見に来たの」

「それは僕のことを心配してくれたってことなのか?」

「違う。ケーキを早く食べたいから、見てきてってお姉に言われたから来ただけ」

「アイツめ……せめて自分で来いよ」

 

 何当たり前のように、日菜海(ひなみ)ちゃんに来させてんだよ!

 

「で、お兄は玄関の前で一人寂しく何してたの?」

「一人寂しくはかなり余計だと思うのだが……。お前、僕以外にそんなこと言ってないよな? 学年の美少女からそんなこと言われたら、一般男子中学生なら自殺しかねないぞ」

 

 自殺は少し盛ったかもしれないけど、かなり落ち込むと思う。落ち込んで、1週間は登校拒否になるはずだ。

 

「お兄以外にそんなこと言わないよ? お兄は特別だから」

「そんな特別、嬉しくねぇ……」

 

 嬉しくないどころか、悲しくなってくる。悲しくて、軽く1週間は登校拒否になってしまいそうな、そんな気分だ。

 

「落ち込んでるところ悪いけど、話戻すよ」

 

 日菜海(ひなみ)ちゃんはそう言って、玄関の前で何してたの? と、さっきの質問を繰り返す。

 

「僕もそのことについて説明したいのは山々なんだが、部屋に帰るまで待ってくれないか? 別に説明してもいいんだけど、どうせ後で海月(みつき)にも説明しないといけないからさ。それって二度手間じゃん?」

「確かに二度手間だね」

 

 日菜海(ひなみ)ちゃんはこくりと頷く。

 

「てなわけで、さっさと部屋に戻ろーぜ!」

「ん、分かった。私、お皿とフォーク取ってくるから、お兄は先戻ってて」

 

 そう言って、皿とフォークを取りに行った日菜海(ひなみ)ちゃんを見送ってから、僕は階段を上がり、部屋のドアをがちゃりと開けた。

 

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

 

 ベッドの上で寝転がっていた海月(みつき)は体を起こす。

 

「お前、ちゃんと課題してたんだろーな?」

「なんだよお兄ちゃん、私のこと疑ってんのか? 信用してねーのか?」

「お前のことなんか1ミリたりとも信用してねーよ! なんなら僕はお前が信用されてると思ってたことに驚きだよ!」

 

 どんな発想したら、自分が信用に値する人間だと思われていると思えるんだよ!

 

「えっ、お兄ちゃんそれ、本気で言ってるの? 私、結構ショックなんだけど……」

 

 そう呟くと海月(みつき)はベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「ショックを受けてるとこ悪いけど、課題はどうなんだ? まさか、全く手を付けてないとか言わないよな? もしそうだったら、お前にやるケーキはねぇからな?」

「私のケーキが無いとかありえないから。まじありえないから」

 

 海月(みつき)はもう一度、体を起こして続ける。

 

「課題しろとか偉そうに言うけどさ。そもそも、この課題ってお兄ちゃんのなんだよ? 分かってんの?」

「お前に言われなくてもそれくらい分かってるよ。ていうかさっきから話を逸らそうとしているみたいだけど、いい加減僕の質問に答えろよ。したのか? それともしてないのか?」

「し、してねーよ……」

 

 海月(みつき)は震えた声でそう言って、僕から目を逸らす。

 

「してねーのかよ! よくそれで、私のこと信用してねーのか? なんて台詞を言えたな。まじでケーキやんねーからな!」

「それなら私も課題、絶対やらねーからな! あと、ケーキは奪い取ってでも食べるから!」

「なんだと! できるもんならやってみやがれこの海月(くらげ)野郎が!」

海月(くらげ)って言うなー!」

 

 と、次の瞬間、僕の右手に持っているケーキの入った紙袋目掛けて海月(みつき)が突っ込んできた。本日二度目のベッドからの大ジャンプである。まじでスプリングが壊れるからやめてくれ。

 

「渡さねーよ!」

 

 僕はバックステップで突っ込んできた海月(みつき)をかわし、さらに右手を高く上げて海月(みつき)がケーキに届かないようにする。

 

「残念だったな海月(みつき)。これが身長差ってやつなんだよ」

「ひっ、卑怯だ! 最低! ケーキ寄越せぇー!」

「そんなに食べたいなら、今すぐ課題しろよ。そしたら考えてやってもいいぜ」

「ぐぬぬ……」

 

 悔しそうにケーキを見つめる海月(みつき)と、そんな海月(みつき)を見て勝ち誇ったような表情をしている奴がいた。

 まあでも僕も鬼じゃない。お兄ちゃんではあるが、鬼いちゃんではないのだ。だから、ここは優しい兄として、許してやってもいいのだが、こいつの場合はなあ……。許してケーキをあげたりなんてしたら絶対調子乗るからなあ……。

 と、そんなことを考えていたら、ケーキを高く上げている右手とは逆の手に激痛が走った。それはもう何かにガブッと噛まれたような――

 

「痛ってぇえええ! 何しやがんだてめぇ!」

 

 ケーキやらねーって言っただけで噛み付いてくるとか、そんな奴普通いないだろ!

 獣かよ!

 

「いつまで噛み付いてんだよ、さっさと離しやがれぇー!」

「がうっ、がうっ!」

 

 がうっ、がうっ! って、話し方まで変わってんじゃねーかよ! 野生化しすぎだろ!

 ていうかまじで血出てきたんだけど!? どんな力で噛み付いてんだよ、こいつ!

 

「痛い痛い痛いって、まじで!」

 

 と、その時――がちゃりと部屋のドアが開いた。

 

「お兄、お姉、二人共何遊んでるの?」

「どこをどう見たら、これが遊んでるように見えるんだよ!」

「どこをどうって言われても……」

 

 目の前に左手を噛みつかれている人と、左手に噛み付いてる人がいる状況とは思えない程、落ち着いている日菜海(ひなみ)ちゃん。ちょっとマイペース過ぎやしませんか? そこが日菜海(ひなみ)ちゃんのかわいいとこでもあるんだけど、そのかわいさを発揮する場は間違いなく今ではない。

 

「そんなこと考えるのは後でいいから、いますぐ僕の左手に噛み付いているこいつをなんとかしてくれ!」

「ん、分かった。なんとかしてみる」

 

 気の抜けた返事と違い、やる気に満ちた顔をしている日菜海(ひなみ)ちゃん。とはいえ、日菜海(ひなみ)ちゃんがどうやって海月(みつき)を僕から離れさせようとしているのかは不明である。まあでも、多分なんとかしてくれるだろう。

 してくれるよな?

 日菜海(ひなみ)ちゃん、ちょっと抜けてるとこあるから、正直言って不安だ……。

 日菜海(ひなみ)ちゃんは持っていた皿とフォークを机に置くと、ベッドにある枕を手に取り、思いっきり海月(みつき)の頭をぶっ叩いた。

 

「んっ!?」

 

 海月(みつき)は驚きの声を漏らし、僕の左手を離した。多分、そこまで痛くはないんだろうけど、誰だって急に頭を枕で叩かれたら驚くよな、そりゃ。

 日菜海(ひなみ)ちゃんも枕で叩く以外、他になんかやり方なかったのか? 日菜海(ひなみ)ちゃんらしくはあるんだけど――なんかちょっとなあ……。

 

「お兄、一件落着」

「そ、そうだな……」

 

 叩かれた海月は放心状態になってるけどな……。

 

「お皿とフォーク持ってきたし、早くケーキ食べよ」

「へいへい……」

 

 日菜海(ひなみ)ちゃんのマイペースさに呆れながら、僕は紙袋から取り出したケーキの入った2つの箱を開ける。

 

「これ全部私の?」

 

 目をキラキラと輝かせながら、日菜海(ひなみ)ちゃんが尋ねてくる。

 

「そんなわけ無いだろ、一人で何個食べるつもりなんだよ」

「これくらいなら余裕」

「嘘つけ、日菜海(ひなみ)ちゃんいつも少食だろ」

「ケーキは別腹。常識だよ?」

 

 確かにそんな台詞を聞いたことあるけど、別に常識ではないだろ。だいたい、ケーキを一人で13個も食べるのは非常識だ。

 

「ガトーショコラは僕のだから残しといてくれよ。他のは――他のは食べてもいいけど、海月(みつき)に後で怒られても知らねーぞ」

「お姉、優しいからそんなことで怒らない」

「ならどうして僕はケーキを渡さないって言っただけで噛み付かれたんでしょうね……」

 

 歯型残ってるし、血出てるし。

 

「それはお兄がまた海月(くらげ)とか言ったからなんじゃないの?」

「な、なんのことですか……」

「お兄、声震えてる」

 

 日菜海(ひなみ)ちゃんはそう言うと、ケーキを乗せた皿とフォークを持って、ベッドに腰を下ろした。

 

「あ、そういえばさ、日菜海(ひなみ)ちゃんは僕がケーキ買いに行ってる間、課題やってたのか?」

「ん? 英語の問題集なら結構進んだよ? ミルフィーユうまうま」

「やっぱり日菜海(ひなみ)ちゃんは海月(みつき)とは違うなー」

 

 まじであいつもちょっとは見習えよな。

 

「てかお兄、そろそろさっきの話聞かせてよ」

「さっきの話?」

「忘れたの? 部屋に戻ったら説明してくれるって言ってた」

「あー、その話か。なら先にそこにいる放心状態の海月(みつき)をどうにかしよーぜ」

「りょーかい」

 

 返事をした日菜海(ひなみ)ちゃんは皿を机に置いてから、ベッドにある枕に手を伸ばした。

 あれ、この状況なんか知ってるぞ――

 

「って、ストップ、ストップ!」

「ん?」

 

 こてんと首を傾げる日菜海(ひなみ)ちゃん。

 

「とりあえず、枕で叩けばいいって考え方やめな? いつかほんとに海月(みつき)に怒れるぞ」

「ならお皿で叩く?」

「それは下手すれば海月(みつき)が死に兼ねないから、絶対にやめて……」

 

 冗談で言ってるにしても怖いし、日菜海(ひなみ)ちゃんならガチでやり兼ねないというのがさらに怖い。

 

「ならどうするの?」

「普通に体を揺らしたりとかすればいいんじゃないか? 他にはケーキを顔に近づけてみるとか?」

「お兄、それ名案」

 

 ベッドから立ち上がった日菜海(ひなみ)ちゃんは慣れた手付きでケーキを皿に移動させ、そのまま皿を海月(みつき)の顔に近づける。

 

「私のケーキ!」

 

 目に消えていたハイライトが戻ると同時にケーキに齧付(かぶりつ)海月(みつき)

 どれだけ食い意地張ってんだよ。てか、せめてフォークくらい使えよ、行儀わりーな!

 

「モンブランうまうま! もっとちょうだい!」

「課題もしてねーのにあげるわけねーだろ! てかよ、その前に僕に言わないといけないことあるよな?」

「ごちそうさまでした?」

「違う! いや、間違ってもないんだけど、ちょっと違う! これだよ、これ! この左手!」

 

 海月(みつき)に歯型を見せるように左手を突きだす。

 

「うーん……ごちそうさまでした?」

「いや、確かに僕の左手食べてたけども――って、そうじゃねーよ! 急に人の手に噛み付いたんだよお前? 普通はまず謝るだろ! 謝罪するだろーがよ!」

「お兄ちゃんは私が普通という範囲に収まる人間だとでも思っていたの?」

 

 あ、こいつただの馬鹿だ。確かに普通じゃねーもんな。

 

「あ、こいつただの馬鹿だ」

「お兄、心の声漏れてる」

「誰が馬鹿だって?」

 

 机に置いてあるフォークを手に取る海月(みつき)。一体それで何を刺すつもりなんですかね……?

 

「ストップお姉。ティラミスあげるから落ち着いて……」

「わーい、ひーちゃんありがとー! さっすが私の妹だよ!」

 

 あ、やっぱこいつ馬鹿だ、と言いたい気持ちをぐっと堪え、僕はティラミスの入ったカップを日菜海(ひなみ)ちゃんから受け取り、ご満悦の海月(みつき)に目を向ける。

 

「なんだよ、お兄ちゃん……。噛み付いたこと、まだ怒ってんのか? あれはまあ……私も悪いと思ってるよ……。その……ごめん……」

「なんだよ急に。お前、そんなキャラじゃないだろ……」

 

 急なキャラ変やめてくれよ! こっちも戸惑うだろ。

 

「わ、私だって、悪いと思ったら()()()()謝ることだってあるから」

「ん? たまには? 今、お前はたまには、って言わなかったか?」

「……言ってない! 私は断じて言ってない!」

「そうなのか? まあそれなら、それでいいんだけど……」

 

 なんだ、僕の聞き間違いか。

 

「まあ、僕も海月(くらげ)って言って悪かったよ。でも、それと()()は違うからな?」

 

 僕は数学の問題集を見せつけるように、海月(みつき)の前に突き出す。

 

「ケーキ食べたんだから、その分の課題はきっちりやってくれるんだろうな?」

「私もしてるんだし、お姉もするよね?」

「も、もちろんするに決まってんだろ……。そんな、トイレに逃げてサボったりしようなんて、ちっとも全然全く一ミリも考えてないから!」

「ふーん、そうなんだ。お姉、最低」

 

 日菜海(ひなみ)ちゃんは軽蔑するような、虫を見るような――そんな目で海月(みつき)を見つめる。

 

「私をそんな目で見るな……!」

「なら課題する? するよね?」

「はいぃ……。します、しますから……」

 

 海月(みつき)は弱々しい声で返事をする。

 

「だってお兄、よかったね」

「良かったのは確かだけど、あんまり海月(みつき)をいじめてやるなよ」

「別にいじめてない。ケーキ食べた分の課題をするように言っただけ」

「そうかもしれないけど、あいつ今にも泣きそうになってるぞ」

 

 目をうるうるさせながら、頬を膨らませている海月(みつき)の方を見る。

 

「もー、ひーちゃん真面目過ぎ! こんなの適当でいいんだよ、適当で」

「お姉が真面目じゃないだけ。私は普通。それより、お姉のその顔――」

「私の顔が何だよ、ひーちゃん。言ってみろよ」

 

 何かを言い渋る日菜海(ひなみ)ちゃん。

 余計なこと言って、海月(みつき)を怒らせたりしないよな? めんどくさいから、やめてくれよ、まじで……。

 

「お姉のその顔のかわいすぎる……」

「なんだよ急に――恥ずかしいじゃねーか……」

 

 赤らめた顔を床に落ちていた枕で隠す海月(みつき)

 なんだよ急には僕の台詞だ。びっくりするくらい、どうでもいいことじゃねーかよ! まじでなんの時間だったんだよ、これ!

 

「その話は一旦置いといてさ、そろそろ課題始めないか? ケーキを食べながらでもいいからさ」

 

 こうして二人と雑談するのも楽しくないわけでもないのだが、今の僕にそんなことをしている暇はない。正直言って、かなり焦っている。冗談抜きで。

 

「ん、分かった。でもその前に、さっきの話聞かせてよ。お姉もいるんだし」

「さっきの話ってなんだよ?」

 

 海月(みつき)はベッドにさっきまで顔を隠すのに使っていた枕を置きながら言う。

 

「さっきの話っていうのは、お兄が玄関の前で一人寂しく何かしてた話だよ」

「何かって何?」

「それを今から説明するから、お前は課題しながら黙って聞いてろってことだよ」

「つまり私は黙々とケーキを食べとけばいいってことだね!」

「もうそれでいいからお前は一生黙っててくれ……」

 

 海月(みつき)は黙って頷くと、椅子に座ってミルフィーユを食べ始めた。

 はぁ……こいつの相手を真面目にすると疲れる……。

 

「お兄、くたびれた顔してるけど、大丈夫?」

「大丈夫、海月(みつき)と話して疲れただけだから……」

「ふーん、それなら早く話して。聞くから――私、聞くから」

「分かったから、ちょっと落ち着け、日菜海(ひなみ)ちゃん」

 

 顔をぐいっと、近づけてくる日菜海(ひなみ)ちゃんの頭を撫でて、落ち着かせる。頭を撫でられた日菜海(ひなみ)ちゃんは目を瞑り、幸せそうな顔をしている。

 僕たちがそんなことをしている一方で、海月(みつき)はプリンを()()()()で食べていた。

 ほんと、愉快な妹たちだ。

 そんな愉快な妹たちに、そろそろ話すとするか――玄関の前にいた、自分の尾を飲み込んで環になった一匹の蛇の死骸の話を。

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