エンドレスネーク 作:ぽん
とりあえず、僕はさっきのことを掻い摘んで二人に説明した。
蛇が自分の尾を飲み込んで環になっていたこと。
五寸釘で何回も刺されていたこと。
人の手によって殺されていたこと。
「とまあ、そういうことがあったんだけどさ、二人とも、そういうことをされたりするような、心当たりとかってないか?」
「そういうことって、蛇の死骸を玄関の前に置かれたりってこと?」
「別にそれだけに限ったことじゃなくても、学校で悪戯されたりとか――もっと酷いことだと、いじめられたりとかさ」
「こう見えても私、クラスの委員長なんだよ? そんなことされるわけないじゃん!」
シャーペンを走らせながら、
お前が委員長をしていたとか、初耳なんだが? というか、こんなやつが委員長のクラスなんて、学級崩壊待ったなしじゃねーか!
「別にクラスの委員長だからって、悪戯されたり、いじめられたりされないとは限らないだろ? 誰も委員長をする人がいなくて、無理矢理押し付けられた可能性だってあるだろうし」
「別に私はそんなことされてねーよ!」
普通に立候補して選ばれただけだ、と
「お前なんかが、よく選ばれたな」
「まあ私って、クラスの人気者だからね! 委員長に選ばれた時かって、他の二人の立候補者に圧倒的な差をつけたんだよ! ね、ひーちゃん!」
自分で自分のことを人気者って言える人間が、アイドルとか俳優とか以外にも存在したんだな……。自己肯定感高過ぎだろ、こいつ。
「私、その時寝てたから知らない」
口の中のモンブランをごくりと飲み込み、
クラスの委員長を決める時に寝ていて、注意されないもんなんだな……。まあ、海月が委員長に選ばれるようなクラスだから、そんなものなんだろう、きっと。
「でもよ、
僕は逸れた話をもとに戻す。
「確かにそれはあるかもしれないけど、心当たりなんてないよ。ひーちゃんもないよね?」
「ん、私もない」
「なら例えばだけど、告白されたけど、断ったりしたとかはないか? お前たち、結構かわいいんだから、告白されることくらいあるだろ?」
「あ、それならあるよ。結構ある」
「私もある。断ったけど」
「結構あるって、
「私は言っても、ひーちゃんの半分くらいの回数しか告白されたことないよ」
「半分くらいって言われても、
「うーん……私は週一くらい?」
「え、まじで!?」
「まじで」
週一って、一年で五十回くらい告白されてるってことだよな……。まあ、夏休みとか、冬休みとかもあるから、実際の数はそれよりも少ないんだろうけど、それでも多すぎだろ。
「で、
「そうだよ、だって付き合うとかってめんどくさいじゃん!」
「私もお姉と同じ。そんな暇あるなら、家でゴロゴロしてたい」
理由がそこまで大したことではないどころか、ふざけてるようにしか思えないのが、この二人の悪いところだと僕は思う。せめて、タイプじゃないとか、今は勉強に集中したいからとか、そういうのにしとけよ。
「でもよ、お兄ちゃん。そんなこと別に、悪戯とか、いじめとかとは、全然関係ないじゃん」
「いやいや、
「何その経験ありそうな言い方。もしかして、お兄ちゃん告白したことあるの? それか好きな人でもいるの?」
「そんなのいねーよ」
「なら友達は?」
「それもいねーよ――って、おい!」
「お兄ちゃん、可哀想だね……」
「言ってることと、態度が矛盾してんだよ。それと一つ言っておくが、僕は別に友達がいないことに関して、なんとも思ってないからな。言いたきゃ勝手に言ってろ!」
友達なんて、いないほうがいい。
それに――他人に心を許せるほど、他人を信用できるほど、今の僕は弱くはない。
「つまんないのー」
少し残念そうな顔をすると、
結局、二人とも心当たりはなしか。まあ、別に二人を狙ってしたことかどうかも、僕の憶測であって、確定しているわけではない。だから、心当たりがなくて当然といえば、当然だ。もしかしたら、僕に対しての悪戯であり――悪意であるという可能性も、決して高くはないが絶対にないとは言い切れない。まあ、そうは言ったものの、僕も心当たりなんてのはこれっぽっちもないのだけれど。
「なあ、お兄ちゃん。もう話すことないならさっさと課題しろよ。どうせまだ、1ミリたりとも手つけてないだろ」
「これ食べ終わったら始めるから、ちょっとくらい待てよ」
「お兄、英語終わった。だから、ちょっと休憩」
「え、まじで!?」
「まじで。答え写すだけだし、これくらい楽勝」
「それにしても早すぎだろ!
「私、天才かも?」
「私も天才だけど?」
「うっせぇ、馬鹿。お前は黙って課題してろ」
僕は
「私は馬鹿じゃないもん……」
「痛そうなフリをするな」
「フリじゃねーよ! 普通に痛いよ!」
そうなのか。
「僕のガトーショコラ、ちょっとやるから機嫌直せよ」
僕は一口サイズの大きさに切ったガトーショコラをフォークに刺して、
「ガトーショコラ、んまっ! ありがと、お兄ちゃん!」
ケーキ一口で機嫌を直してくれるなんて、ほんとちょろい妹だ。ちょろすぎて、誰かに騙されたりしていないか、兄として少し心配になってくる。例えば、知らない人にお菓子あげるから家についておいで、と言われたら、喜んでついていくレベルでちょろい。
「あ、そうだお兄」
ベッドに倒れ込んだまま、
「なんだ、
「何勝手に私の分のケーキあげようとしてんだよ」
今なんか、何勝手に私のケーキあげようとしてんだよ、という
「違う、それは別にいらない。そうじゃなくて、一つ心当たり、思い出した」
「心当たりって、なんだよ?」
蛇の死骸を置いた人物のことだよな?
「
「うろぼろす? なんだよそれ? それが蛇の死骸を玄関の前に置いた人物――犯人の名前なのか?」
世の中には変わった名前の人がいるんだな。
「違う、お兄。心当たりっていうのは、犯人のことじゃなくて、蛇の死骸についてのこと。蛇の死骸が環にされてたんでしょ。自分の尾を飲み込んで。だったら、ウロボロスだよ」
「蛇の死骸について? 犯人のことじゃないのか? だったら、その、うろぼろすってなんだよ。僕はてっきり犯人の名前だと思ってたんだけど……」
まじで、
「お兄ちゃん、ウロボロスのこと知らないの? 蛇とか、竜とかが、自分の尾を飲み込んで環になってる絵とか、そういうの見たことない?」
「そんなの見たことも、聞いたこともねーぞ。というか、どうして二人はそんなこと知っているんだ?」
「「一般常識じゃないの?」」
二人は声を合わせて言う。
ウロボロスが何なのかを知らない僕でも、それが一般常識じゃないことくらいは分かるわ! そんないつ習うんだよ。
「で、結局ウロボロスっていうのはなんなんだ? そういうものがあるっていうのは分かったけど、それがどういうものかはさっぱりだぜ」
「ウロボロスってのは、永遠とか、無限とか、不老不死とか、そういうのを意味する古代の象徴の一つで、呪いとか、儀式とか、そういうもの」
「呪い、か」
僕は
呪い――つまり、明確な悪意だ。僕たち三人の誰かに対して、悪意を持ってした悪戯、もしくはそれ以上の意味があるなにか、なのかもしれない。
とはいえ、僕はそんな呪いや、
「呪いだか、祝いだか、なんだか知らないけど、別に気にするほどのことでもないだろ」
存在しない――想像上のものを気にする必要など、皆無である。
「お兄ちゃん、面白くないよ」
と、
「うっせぇ、それくらいお前に言われなくても分かってるわ!」
僕も言ってすぐ、言わなきゃよかったって思ったんだよ!
「お兄、おめでとう?」
「今、この状況で僕を祝うなよ。恥ずかしいわ」
というか、そのおめでとうは、何に対してのおめでとうなんだ? 僕がスベったことに対してじゃないよな?
「お兄、ハピバ」
「スベったことに対して、嫌味で言ったおめでとうを適当に誤魔化そうとするな。僕の誕生日は今日じゃないし、今月ですらねーよ! だいたい、今月誕生日なのはお前たちの方だろ」
「そうだっけ? お姉、誕生日いつ?」
僕の誕生日はともかく、自分たちの誕生日くらいは把握しとけよ。
「私の誕生日? 私の誕生日は今月の21だぜ。盛大に呪ってくれよ!」
「言ってることがめちゃくちゃになってるぞ」
盛大に呪ってくれよって、そんなこと言ってる奴は、その時点で呪う必要がないくらい、十分狂ってるだろ!
「お兄ちゃんがびっくりするくらい面白くない、小学生でも言わないような、しょうもないことを言うから、それに釣られちまったじゃねーかよ!」
「辛辣ッ! いや、確かにスベったし、面白くなかったし、しょうもなかったけど、そこまではっきり言われると、流石の僕も傷つくぞ……。あと、釣られたのは僕のせいじゃないからな」
お前が勝手に釣られただけなのに、僕に責任を押し付けるんじゃねぇ!
「いや、お兄ちゃんのせいだ。何を言われても、私は自分の非を一切認めないからな!」
「開き直りやがった!」
しかも、得意げである。
開き直った
「さっきまでの話に戻るけど、お前たちも犯人らしき人物とかには、一応気をつけとけよ。ちょっとした悪戯なら、別に放置してもいいんだろうけど、本当に呪ってこようとしてる奴だったら、また何かしてくるかもしれないしさ」
こいつらと話していて、話が逸れなかった試しがないよな、ほんと。
「気をつけるけどよ、犯人らしき人物って曖昧すぎない?」
「それは仕方ないだろ、僕も犯人を見たわけじゃないんだしさ」
もし、僕が犯人を見ていたのだとすれば、お前たちに心当たりがないかどうかなんて聞いていない。
「それは確かに仕方ねーな」
「あっ、もしかしたら、犯人は人じゃないかもしれないよ!」
「急に大声を出すな」
「で、犯人が人じゃないかもしれないって、どういうことだよ」
僕は
「私の直感? 予想? なんだけど、実は犯人が動物だったりしないかなって。ほら、タヌキとか、キツネとか、ネコとか、オコジョとか、そういうのこの辺いるじゃん?」
やっぱり、馬鹿な答えだった。
「タヌキとキツネはともかく、オコジョはこの辺にいねーよ! あと、動物が蛇に五寸釘なんて刺すか!」
「だったら人間だって動物じゃねーか」
「揚げ足を取るな」
「取られるようなことを言う、お兄ちゃんが悪いんだよ!」
前言撤回。
「もう、僕が悪いでいいから、今すぐその口を閉じてくれ……」
こういうのはこっちが大人な対応をしないとな。きりがない。
「嫌だね! 口閉じたらケーキ食べれないもん!」
「そういう意味じゃねーよ! 僕は黙れって言ってんだよ! 黙ってケーキをもぐもぐしながら、大人しく課題してろ!」
「課題? 課題なら、もう終わったけど……」
「それにしてもお前って、あれだな――」
「なんだよ、あれって。私に何か文句でもあんのか?」
「いや、字綺麗だなって」
「な、なんだよ急に――そういうのやめろよ、恥ずかしいからよ……」
不満そうな顔が一変し、一気に赤く染まる。
ちょっと褒めただけで、恥ずかしがりすぎだろ。褒めたこっちも恥ずかしくなってくるから、やめてくれ。
「お兄――」
いつの間にかベッドに座って、課題を再開していた
「犯人はこの中にいる!」
「急にどうした!? やっぱり、さっきベッドから落ちた時に頭、打ったりしたのか!? 今すぐ救急車呼ぶから、ちょっと待ってろよ!」
「頭、打ってない――大丈夫。なんとなく言ってみただけだから。私、この台詞も一度、言ってみたかった」
私、見た目は子供だけど、頭脳は大人だから、と続ける。
「いろいろと混ざってるぞ、
「そうだっけ? なら、ジッチャンはいつもひとつ! かな?」
「全然違う! なんだよ、ジッチャンはいつもひとつって、そんなのあたりまえだろ! ジッチャンがふたつになったら、それはもうホラーだよ! それが一番大事件だよ!」
ふたつって、ジッチャン分裂してるじゃん。ジッチャン、プラナリアかよ。
「私のジッチャンは4人いる」
「僕たちの家系はそんな複雑じゃない。というか、
「うん、
「おじいちゃんの名前は
僕の知り合いにそんな名前の人、いないんだが……。
「神社前のケーキ屋の店長の名前だよ?」
「どうでもよすぎる情報! てか、お前、なんでそんなこと知ってるんだよ!」
「左胸のところに付いてる名札に書いてあった。私、一度見た人の顔と名前、忘れたことないから」
「何気にすごくないか、それ。僕なんて、家族の名前くらいしか覚えてないぞ」
「それはお兄が人と関わらないからでしょ。家族の名前くらいしか覚えてないって、さすがにそれは良くないと思う」
「いやいや、他にも担任と委員長の名前は覚えてるって! あとは――」
誰か、誰かいたはず……! 頼むから思い出してくれ、僕の脳……!
「お兄、もういい。そこまで頑張らないといけない時点で、覚えてないのと同じだから。でも確か、昔は――」
「ん? 何か言ったか?」
よく聞こえなかったけど、
「ううん、なんでもない」
「それじゃあ僕も、そろそろ課題を始めるとするか」
僕は独り言のように呟きながら、床に置いた生物の問題集を開く。あいつらが机を使っているせいで、僕が問題集を開くスペースが机の上にないのだ。それに、スペースがあったとしても、椅子を
僕はシャーペンを走らせ、答えを写す。明日のテストで点が取れなくても、課題さえ提出しておけば、留年することはないだろう。いや、一桁とかだったらまずいかもしれないけど、そんな点はさすがの僕でも取らないはず――取らないよな?
あれ、なんか自信なくなってきた……。確か、中間テストで一番低かったのが英語の22点で、その時は一応、答えを見ずに自分で課題をしたけど、今回の英語の課題は
やばいよなこれ。やばいよなあ。
はぁ、テストなんてなければいいのに。明日が来なければいいのに。