エンドレスネーク   作:ぽん

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「――いちゃん! おい、お兄ちゃん! いい加減起きろよ!」

 

 体を揺すられたのかと思いきや――次の瞬間、額の辺りに、つい最近、ほんの1日くらい前に感じた痛みが走った。

 

「痛ッ! 早朝から何すんだよ海月(くらげ)!」

「何すんだよじゃねーよ、お兄ちゃん! せっかく起こしてやったのに、その態度はねーだろうがよ! それに海月(くらげ)って呼ぶなって、いつも言ってんだろ! 私の名前は海月(くらげ)じゃなくて海月(みつき)だ! だいたい、早朝ってなんだよ、寝ぼけてんのか? もう昼だから、さっさと目覚ませよ!」

 

 こいつは一体何を言ってるんだ? もう昼? 目覚まし時計が、まだ鳴っていないのだから、そんなはずないだろ。僕は7時に鳴るようにセットしたから、少なくとも、まだ7時ではない。となれば、海月(みつき)が寝ぼけている――もしくは、早起きの海月(みつき)からすれば、7時の少し前は昼なのかの、どちらかである。

 

「寝ぼけてるのは海月(みつき)、お前の方だろ? ちゃんと目覚まし時計、見てみろよ」

 

 この二択は普通に考えて、こっちの方が正解だろう。さすがの海月(みつき)でも、7時の少し前を昼とは言わないはずだ。というか、僕の妹がそんな変人であって欲しくない。

 

「ちゃんと見てみろはこっちの台詞だよ、お兄ちゃん。どこからどう見ても、12時30分じゃねーかよ!」

 

 12時30分?

 ついにこいつは、時計すら読めなくなったのか?

 

「おいおい海月(みつき)、そんなわけがないだろ。仮にもしそうだとしたら、7時にセットしたアラームが鳴ってるはずなんだよ」

「そんわけないわけねーよ! どこからどう見ても、逆立ちしながら見ても、12時30分だよ! 私を疑ってるのなら、自分の目で確かめてみろよ!」

 

 海月(みつき)は、怒ったような、呆れたような、そんな表情を浮かべながら、僕の目の前に、目覚まし時計を突き出す。

 ――12時30分。

 目の前に突き出された目覚まし時計には、しっかりと、そう表示されている。

 

「…………なあ海月(みつき)――この目覚まし時計、壊れてたりしないよな?」

「しないよ」

 

 海月(みつき)は僕の最後の希望をあっさりと切り捨てる。

 

「マジで終わったわ……」

 

 僕のこれまでの人生で、終わった、と思うような経験は何度かあったが、今回のこれは、かなり本気で真面目に相当やばい。冗談抜きでだ。小学校の修学旅行で、着替えを全部忘れた時と同じくらい冷や汗が止まらないのがその証拠である。だけど、その割には落ち着いている。人間って、ここまで来たら、逆に平常心を保てるものなんだな。

 

「何落ち込んでるの、お兄ちゃん? そういう病気にでもかかったの?」

 

 落ち着いてはいるが、落ち込んでもいる。

 

「見りゃわかんだろ! そういう病気にかかってもないし、そういう病気もねーよ! というか、いっそ病気にかかりたいくらいだよ!」

 

 かなり重たい、学校に行かなくてもいいような――例えばそう、インフルエンザとか、そういった病気にかかりたい気分だ。

 

「見ても分からないから、聞いてるんだけど?」

「なんで分かんねーんだよ! 昨日一緒に課題したなら、分かるだろ!」

「課題?」

 

 海月(みつき)は不思議そうに首を傾げたかと思うと――突然、何かを思い出したかのように言う。

 

「あ、そういえばお兄ちゃん――課題と言えば、テストの課題終わったの? 確か、明日から期末テストとか言ってたよね?」

 

 ただの嫌味だった。

 嬉々として、死体蹴りをするんじゃねぇ。僕のライフはもう0どころか、マイナスを下回ってるぞ。

 

「なあ、海月(みつき)。それって嫌味で言ってるのか? それとも、記憶が死んでるのか?」

 

 どう考えても嫌味で言っている可能性の方が高いのだが、こいつの場合、素で忘れている可能性を否定できない。

 

「嫌味? 私、嫌味なんて言わないよ?」

 

 どうやら、嫌味ではなかったらしい。だが、それはそれで、海月(みつき)の記憶力がかなり心配になってくる。

 

「それに私、記憶力もいいもん! 今朝見た占いの結果だって、全部覚えてるよ! 1位は私とひーちゃんの未年で、好きなものを好きなだけ食べられる一日になるかも? って言ってたよ。ちなみに、ラッキーカラーは琥珀色だよ!」

「それは自分が1位だったから覚えてるだけだろ。あと、琥珀色という、マイナーな色をラッキーカラーにするような占いなんてあってたまるかよ!」

 

 琥珀色なんて、そんなんもうオレンジでいいだろ!

 

「そんなことないから! 2位もちゃんと覚えてるから! 2位は寅年で、無くしていたものが見つかるかも? って言ってたよ! ちなみに2位のラッキーナンバーはルートの19だよ!」

「ラッキーナンバーがマニアックすぎて、ラッキーナンバー意外の内容が全く頭に入ってこねーよ!」

 

 この占い作った奴、ふざけすぎだろ! 特にラッキーなんとかの部分。

 

「そしてそして、3位は戌年、4位は丑年で――」

「――そんなことは別にどうでもいいんだよ!」

 

 僕は話を無理やり終わらせる。

 

「じゃあ何がとうでもよくないの? お兄ちゃんの人生に、どうでもよくないことがあるとは思えないけど」

「お前は僕の人生をな一体なんだと思ってるんだ!? 僕にだって、どうでもよくないことくらいあるよ!」

 

 そう――例えば、学校の単位とか。

 授業態度が良かったり、中間テストの結果が良かったりしていたら、期末テストの1日目をサボったくらいで、留年したりはしないのだろうけど、僕は両方とも良くない。むしろ、悪い方だと自覚している。つまり、何が言いたいのかというと、このままだと、留年してしまう可能性がかなり高いということだ。それだけはどうにかして避けたい。

 というわけで、僕はなんとしてでも、今日のテストを受けなきゃいけないわけだが、今から学校に行ったところで、テストは確実に終わってる。それどころか、既に下校が終わっていてもおかしくない時間だ。

 実質、詰みみたいな状況なのだが、諦めきれないというか、ただただ諦めの悪い僕は、何かの間違いを願いながら、もう一度、目時まし時計を確認する。

 だけど、やっぱりというか、当たり前なのだが、時刻は12時35分だった。起きてから、既に5分も経っている。逆立ちしながら見ても、片目を閉じながら見ても、時刻は変わず、7月2日、日曜日の12時35分――って、あれ? この目時まし時計、なんかおかしくないか……?

 

「おい、海月(みつき)……ほんとにこれ、どこも壊れてないんだよな?」

「だーかーらー、さっきから言ってるじゃん! どこも壊れてないって」

 

 海月(みつき)はあからさまに、めんどくさそうな態度で応える。

 

「だったら、なんで今日が日曜日なんだ? お前が1日前に時間を変えたりしたのか?」

 

 昨日、目覚まし時計をセットした時には、僕以外寝ていたから、目覚まし時計の日付けを変えられるのは、必然的に僕より先に起きていた、海月(みつき)だけとなる。

 

「お兄ちゃん何言ってるの? やっぱり寝ぼけてるの?」

 

 海月(みつき)は背もたれに正面からもたれ掛かるようにして、無い胸を背もたれに押し付けるようにして、椅子に座る。

 

「今日、日曜日だよ?」

「…………は?」

 

 海月(みつき)の口から出た、ありえない言葉に、僕は耳を疑う。

 

「…………何言ってんだよ、お前――日曜日は昨日だろ? 寝ぼけてるのはお前の方じゃないか?」

 

 昨日は確かに日曜日だった。

 昼過ぎに海月(みつき)に起こされ、ケーキを買いに行き、課題をして、寝ただけの、()()()()()()()日曜日だった。

 

「いーや、今日は日曜日だよ、お兄ちゃん! 今朝見たテレビでも、日曜日って言ってたし、そもそも日曜日なら、私もひーちゃんも今頃学校だもん!」

 

 確かにそうだ。今日が月曜日なら、今頃二人とも学校だ。日菜海ちゃんはまだしも、皆勤賞を目指しているとか言っていた海月(みつき)が行っていないわけがない。

 けど、それだと僕の記憶と食い違う。課題をしたのも、ケーキを食べたのも、現実であり、夢なんかじゃなかった。なにせ、消しゴムを投げつけられた時も、カッターナイフが掠った時も、筆箱を投げつけられた時も、ちゃんと痛みがあったのだ。だから、夢というのは絶対にありえない。

 

「なら海月(みつき)――お前、昨日何してた?」

「昨日?」

 

 思い出しているのか、少し間を空けてから、海月(みつき)は言う。

 

「昨日はひーちゃんと、ちょっと遠くにあるイオンモールに遊びに行ってたよ! ってお兄ちゃんもそれくらい知ってるでしょ?」

「ああ――知ってるよ……」

 

 それくらい、知っている。

 二人がショッピングモールに行ったのは昨日じゃなくて、一昨日――土曜日だということも、知っている。

 ということはつまり、何らかの理由で海月(みつき)から、昨日――日曜日の記憶が消えたということなのだろうか……?

 ――いや、違う。

 もし、そうだとしたら、目覚まし時計の日付が、昨日――日曜日になっている理由が分からない。それに、気にしていなかっただけで、目覚まし時計以外にも、おかしなことなんて、いくつもあったじゃないか。

 1つは、僕が今日、ベッドの上で目を覚ましたこと。いつもなら、特におかしなことでもないが、今日は違う。それは、僕が昨日、ベッドではなく、床で寝たからだ。クローゼットから、引っ張り出してきた敷布団を敷いて、床で寝たはずなのに、目が覚めた時には、既にベッドの上だった。寝ている間にベッドの上に移動していただけなら、絶対にありえないとまでは言えないが、昨日、確かに床に敷いたはずの敷布団が無くなっているのは、明らかにおかしい。

 不自然で、不思議で、不気味だ。

 朝起きた海月(みつき)が片付けた可能性も無くはないが、あいつが僕の部屋の敷布団をわざわざ片付けたりはしないだろう。

 そして、もう1つは、海月(みつき)が投げた椅子によって出来た、床の凹みが無くなっていたこと。これだけは、業者が来たりしなければ、絶対に無くなるはずがないものだ。それなのに、綺麗さっぱり、無くなっていた。

 他にも探せば、おかしなことはいくらでもあるだろう。

 例えば――昨日終わらせた課題。

 例えば――昨日ケーキを買うのに使ったお金。

 確認したわけじゃないが、課題は1ページも進んでいないだろうし、お金は1円も減っていないだろう。

 つまりは――そういうことだ。

 海月(みつき)の勘違いでも、記憶が消えたわけでもなく、僕だけが、昨日――日曜日を繰り返しているということなのだろう。

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