現在から十六年前のこと。当時、ミキ八歳。
彼の出身である村はとても小さい村であり、農業と採集と狩りによって日々生活していた。一年中穏やかな気候であり雪が積もる場所ではなかったためそんな生活でも十分に日々を生きることができていた。
この村では六歳くらいから仕事の手伝いを始めることになる。生まれながらにして多めの魔力を持つミキはその才能を生かして八歳ながらにして大人たちに交じり狩りをするグループに所属していた。
その日はちょうどミキは狩りに出ていた。あまり頻繁に狩りをしてしまうと周囲の生態系が崩壊して動物たちがいなくなってしまうことを知っていた大人たちは狩りを一週間に一回と決めていたのだ。
戦うことが楽しかったミキは大人たちの誰よりも早く狩りへと出発した。父親から貰った鉄の剣と木の盾を両手に装備して。
「せいっ!よし、これで三匹」
今日の狩猟相手はイノシシのような形の動物。イノシシと同じく最高速は子供では逃げ切れないものの曲がることができない。なので木の陰に隠れながら攻撃すれば一方的に倒すことができる。
また、ミキも力をつけてはいるもののそれでも八歳なので三匹の肉が持ち歩く限界なのだ。狩ったイノシシはその場で裁いて可食部だけを持って帰る。
その日は中々イノシシが見つからなかったせいでいつもよりも深く森の奥まで来てしまったようだ。しかし精神が強かったミキは不安になることもなくいつもより急いで村へと帰った。
異変に気が付いたのはその帰り道の途中である。
「誰もいない…?」
大人の誰よりも早く森に来たミキではあるが、狩りにかかった時間を考えると既に何人も大人たちが森の方へと来ていてもおかしくはない。しかし帰り道の途中では誰一人として遭遇することはなかった。
「あれは…!?」
村の方面、上空。村から上がるはずもない量の煙が上がっていた。
ミキは焦燥に駆られて持っていたイノシシの肉を捨てて森の中を走った。二年の歳月で培った森の中の疾走術は遺憾なく発揮され、ものの数分で村まで帰ってくることができた。
しかし、ミキが走り出した時点で既に、全ては終わっていたのだった。
「なんだ…これ…」
目の前に広がる燃えている村に茫然とする。朝、ミキのことを送り出してくれた門番はその武器が折れた状態で事切れていた。
ミキは警戒しながら村の中を進む。誰がやったのかは定かではないが、門番や大人たちを殺した者はもう移動してしまったのかいないようだった。
自分の家へと急ぐ。この状況では無事ではいられないだろうという無意識の確信をもって。
「…」
屋根は燃えているものの壁はボロボロになっているだけで燃えてはいなかった我が家の扉を開く。そこには母を庇う形で槍が刺さっている父と、その甲斐も空しく父諸共貫かれている母の姿があった。息は、もうない。
「ワカバとエダは…それにミノルは…」
ミキには一人の妹と一人の弟、そして義理の妹が一人いたのだった。家の中に三人の姿はない。
警戒しながら周囲を捜索したものの、三人の姿を見つけることはできなかった。誰かに連れ去られたのか、それともミキが判断つかないまでボロボロにされたのか。
何にせよ、ミキはその日、家族を全員失ったのだった。
「ぎぎ」
「魔物!」
誰か生きている人はいないかと捜索しながら村を歩いているとゴブリンが建物の影から現れた。その手には血に濡れた剣を持っている。そしてその剣は…
「それは父さんのものだ!」
持っていた鉄の剣でゴブリンに切り込む。狩猟用に送られた剣ではあるが、れっきとした真剣なので魔物を殺すこともできる。魔物相手の実戦など初めてではあったが、ゴブリンの手にある父の剣を見て我慢ができなかったようだ。
父の剣を自慢するかのように持ち上げていたゴブリンの腕を斬り飛ばす。そのまま身体をゴブリンにぶつけてタックルを敢行し、ゴブリンを吹き飛ばした。しかし腕を斬られて死ぬほどゴブリンは脆くはない。
「はあ!」
子供ながらの全力の剣戟でゴブリンの体を裂いた。
ゴブリンが一体しかいなかったことが幸いか。もし二匹以上いたならば斬ったあとの油断でやられてしまっていただろう。
ゴブリンから奪い返した父の剣を手に取る。
「…もうここにはいられない」
村を歩き回ったが生存者はゼロ。狩りの実力があると言えども一人でこの森の中を生きていくには年齢も経験も浅すぎる。
その結論を出したミキは村から、最寄りの街があるという方向へと歩き出した。街までの距離も、道のりも、ましたや街の名前も知らないが、今のミキにはそこしか頼れる場所はなかった。
「旅をして、この村を襲ったやつを特定しないといけない…」
狩りの鉄剣、父の形見の剣、そして木の盾。初期装備にしては随分と心許ない装備で、少年は歩き出した。
「って感じで村を出たってわけだな」
俺は最近入ったメイドに向けてそう説明した。新人メイドは大体最初は俺の出生を気にするので説明するのは恒例みたいになっている。今まで何度説明してきたのだろうか。
「マスター、最初から心強すぎません?」
「確か八歳ですよね…?」
「まあ精神力に関しては自信があったな」
六歳の頃から動物を狩るなど正気ではないだろう。ここは日本ではないので幼くとも働くというのは結構あるのだが、六歳で手伝う仕事は大体能力とか採集とかの安全な仕事だ。今考えると戦いたいと俺が言ったとはいえそれに許可を出した大人たちは中々クレイジーだ。
「昔話は終わり!ほら、仕事に戻りな」
「ありがとうございましたマスター」
「失礼します」
つい先日メイドに加わった犬の獣人である姉妹が持ち場に帰っていった。
「マスター、言ってくだされば私たちから説明しますのに」
「こういうのは自分で言うから臨場感があるんだろ。実体験に勝る参考資料はないぞってな」
スラが提言をしてくるが、それを断る。こういう昔話は自分で話すとずっと決めているのだ。それに俺、暇なこと多いし。
あ、そういえば昔話を記録して今日の小説にしておけばよかったな…あれ、記録されてる?ゼロか?いつの間に…いや、でも手間が省けたから良しとしよう。
「そうだスラ。狐の巫女さんが人員不足を嘆いてたから手が空いてるやつを送ってやれ」
「了解しました」
今日の小説は埋まったのでもう俺は仕事モードだ。それじゃ皆また会おう。