~新世界・海上にて~
「事の発端は、一発の銃弾だった」
新世界の海を割って進む軍船の一室。その中でセンゴクが口を開いた。
その部屋にいるのは、センゴク、おつる、スモーカー、ヒナ、たしぎ。できる限り数を絞って、部隊の中でもえり抜きの人間を選んでの出港。きっと今頃、海軍本部ではまたサカズキ元帥の怒号が飛んでいるのだろう。
そんな緊張感の中で紡がれた言葉は、大目付となる前、現役の元帥だった頃の彼のようである。いや、それ以上に言葉の隅に悲壮感が籠もっていた。
「歴史の節目には、大概ターニングポイントのようなものがある。
皆が思い当たるとすれば、"
さる人物が死ぬ事で、国家や集団間の緊張の糸が切れて戦争の火ぶたが切られるという事は枚挙にいとまが無いが、少なくとも【ロックス】に関しては断言しよう」
そうして、センゴクは変色し、所々に皺が入り破れ賭けた古い手配書を取り出した。
【ロックス・D・ジーベック】と記された名前と、逆立った髪、四皇として海に君臨していた者達を、一時期従えていたという伝説の海賊。ただ、どこかに違和感があった。少なくとも、スモーカー達新しい世代には。
「……大目付殿、これは何の冗談だ?」
スモーカーの眉が、不機嫌そうにつり上がる。
センゴクが出した手配書の額は、【1億4890万ベリー】とある。低い額では無いが、新世界デビューしたてのルーキー程度。噂に聞くガープの英雄伝説に登場するロックスとは、かけ離れた印象。それこそ、白ヒゲ、ビッグマムとカイドウ、シキのようなくせ者達が従うような感じがまるでしない。
「冗談じゃないぞ?
これが
そして、もう一枚センゴクは手配書を取り出し、その違和感を感じざるを得ない手配書の横に並べた。波打つ髪に、この世の全てを鏖殺せんとばかりに光る眼光。古い紙越しでも心の臓を握りつぶすかのように漂ってくる圧迫感。そちらにも【ロックス・D・ジーベック】という名が記されていた。
唯一違う所があるとすれば――【39億4890万ベリー】という巨額。
そして、手配書の写真の顔が、霞がかったように暗く極めて見辛いものになっていた。
「こちらは顔が黒塗りみたいで映っていないようですが」
「その通り。手配書の写真撮影は
カメラのピントが合っていなかったとか、機材の不調は一切無かった」
「それより、この跳ね上がり方はおかしい。それに大目付殿、さっき言った最終額と、早速矛盾しはじめてるなぁコレは」
センゴクは、スモーカーの指摘に対して、黙して頷くことで返答する。
「自分でも変な気分だよ。だがこう説明する以外に正確な表現が無い。
無理矢理な言い方になるが、【ロックス】という単語で、古の海兵やガープの武勲を聞いてきたモノが連想する
「「「 ……はぁ? 」」」
「やっぱりな~。こういう反応になるよな~」
「当たり前だよ、センゴク。私も他に表する術が思い浮かばんが」
「ち、ちょっと待ってください!」
混乱を隠せないたしぎが、翁と媼に向かって、
「つまり……別人って事でしょうか?」
「「 それは正確じゃない 」」
「じゃあ、同一人物?」
「それも正確じゃあない。断じて言うが、ふざけてはいないからな?」
センゴクは、2枚の手配書を交互に指し示す。
「このロックスは、今見ればたいしたこと無い海賊にも見えるが、広い海域を手広く駆け回るすばしっこい奴だった。若い頃の私、おつるちゃん、そしてガープとも何度かやり合った。特に、ガープの奴とな。相当な奴だったよ、それは間違い無い。だが、とある時期を境に"やり口"が変わった」
センゴクの口から紡がれる"最初のロックス"は、聞いた限りではごく普通の海賊だった。
襲い、奪い、方々で散財し、使い切ったらまた襲う。海の無法者、街々の安全を脅かす者、海軍の取り締まるべき敵。
そんな"ごくふつうの海賊"だったロックスが
「とある日、奴の船の船員が、奴を除いて全滅した。
普通であればそこでお縄にかかるものだが、奴は逃げ仰せ、それを境に"残虐の化身"となったんだ。皆殺しは当たり前。行く先々の人間を殺し、動物を殺し、街々を焼き、非道いときは島を一つ滅ぼした。やがて、その単純な"強さ"に付いていく者達も出始める」
そう言って、センゴクは2枚の手配書の、安い方から高い方へ指でなぞりながら言う。
「そうして、普通の海賊【ロックス】は、かの大海賊【ロックス】へ変貌した」
「――
おつるがそう補足する。それが全ての答え。
「私は遠回りな表現はしないよ、センゴク。
皆、混乱している事だろうが、ロックスというのは一人を指すが、二人が正解。
さっき言った"一発の銃弾"こそが、ロックスを生み出した弾丸だよ」
そう言うおつるの声音は何時もの通りであったが、眼の奥には悲観の色があった。それを見るセンゴクも、何処か辛そうな面持ちをしている。大敵の事を想いだしている様子からはかけ離れた態度ともいえて、若い衆の抱く違和感は募るばかりだ。
「あ~、つまり51年前に、ロックスという海賊が別の代物になって、それが今に語られるロックスだと? 待った、訳がわからん」
「言いたい事は何となくわかるんですが、受け入れがたいと言いますか」
「それに、お二人が何故、語るときに哀しそうな眼をなさるのか。見えてこなくて」
たしぎの発言に、気が重いとばかりにセンゴクは天井を見やる。それを横目に見ていたおつるは、腹を括ったかのように、大きく息をためた。
「今更黙ってどうする、こうなった以上、話さなきゃいけなかった事だろ」
「そうは言うが、やはりいざとなるとなぁ」
センゴクは、古い写真を一枚、手配書の横に置く。3人がその写真をのぞき込むと、皆が皆首をかしげた。
「結婚式、ですか?」
「57年前の写真だ。おつるちゃんに至ってはまだ19の頃だったよな」
「それは今関係無いだろう、ほら、その写真の真ん中だ」
真ん中に、ウェディングドレスを纏った、黒髪の美女が座り、その傍らに不格好なタキシードを来た男が、顔を赤らめて立っている姿。新郎新婦、これからの門出を祝う席の中にいるセンゴクとおつる。
「これは、ガープ中将?」
スモーカーの問いに二人は首を縦に振った。
「ガープの一目惚れだ。任務の途中立ち寄った島で出会った、医者の卵。
押しに押して、付き合って、交際を経ての人並みの幸せ」
苦い感情も交えつつおつるは続ける。
「二人の間には息子が生まれて、幸せな家庭っていうものがアイツにも出来たと、喜んでいた矢先の事だ。息子の……ドラゴンが4才になろうかという時」
「その時ガープと浅からぬ因縁が出来ていた海賊が、ガープの身辺をどうやったのか調べ上げ、母子が住んでいた島を襲撃したんだ」
「ガープと、私とおつるちゃんも、その場にいた。非番だったから、息抜きにと家族旅行の案内を二人で買って出ていた」
「襲ってきた海賊の狙いはただ一点。
私等"非番の海兵"を討ち取る事じゃ無く、ただただ外道な嫌がらせ」
「ガープの家族を目の前で殺す事、それが海賊――ロックスの狙いだった。
たった一発の銃弾というのは、その時放たれたものなのだ」
島に降りたって、ガープ達家族を見つけた男。
ロックスが銃を向けて一発の弾丸を放った。それが全ての始まり。
「奴の手に持っていたピストルから出た弾は真っ直ぐ、彼女……
アクロヴァ・D・ジェーニャの頭に当たった。
それが"地獄"の釜が蓋を開く合図となるとはなぁ」