~ テイワ=ラグ島 ~
サウザンドサニー号の停泊する船着き場から少し離れた、丘の中腹にある住宅街。
そこは異変が起こった先の二隻や、それこそルフィ達が遭遇した変事と比較して、まったくもって平和な状況だった。ジンベエがあの不気味な魚を持ち帰ってきた事以外には。
日が沈み、星月が爛々と輝く夜空。それは人の心を落ち着かせもするし、深淵の闇の中へ引きずり込みもする諸刃の剣。からりとした気持ちの良い夜風が頬を撫でるのに、背筋をさらりと冷たく恐ろしい風が吹き付けても来る。
「何だ、この圧迫感は」
ゾロは月に向かって、そう問いかけた。
この島では海賊も海軍も、お互い反目こそすれ衝突は起こらない。不気味さ故の平穏、そんな状況下でおちおち熟睡も出来ようはずがない。酒でも飲みに行こうかと、街へとくりだし歩くこと1刻、ゾロは案の定道に迷っていた。
酒場にはいつ着くのだろうか、そんな事を考えながら住宅街に脚を踏み入れ、そんな中感じ始める、この肌を刺すような感触。殺気とは違う、より根源的で野性的なもの。街中であるにもかかわらず、まるで猛獣のひしめく密林の中に分け入ったかのようだ。
丘を登っていく。
開けた場所に出た。待ちの外れ、古びた門が立っている広場である。中央の噴水は水が枯れ、蔦が巻き付いており、手入れがされなくなって相当な時間が経っている事がわかる。
「何なんだ、この街は。酒場は何処にあるんだ?」
酒への未練はあるものの、ゾロの眼は古い門へと注がれる。
所々錆び付いているが、完全に使われなくなったという訳では無さそうだ。尤も、何年も未使用であろう雰囲気は変わらないが。何回か開けて、止めた。そのような状態である。開かずの間ならぬ、開かずの門という事か?
こんな仰々しい門が、なぜ巨大都市という訳でもない街にあるのか。
この先の道が、酒場に繋がっていたりするのだろうか。そう考えながら、ゾロは門を押し開けようかと逡巡する。噴水の周囲をぐるりと2周した頃、広場にもう一つ、人影が加わった。
「あら、この島でも迷子?」
「――何だお前か。別に、迷って無ぇ。酒を飲もうと思ってだな」
ロビンだ。街に出かけたきり戻らず、何処に行っていたというのだろう。
実際の所、人の事は言えないゾロであったが、当の本人はその事に気づかない。一味の一種の様式美である。その様子にロビンは少し安心した様子を見せたが、広場の門の方へ眼をやると、今度は表情を変えた。
錆び付いて老朽化した門の所へ、ロビンは歩いて行く。ゾロもその横についていき、門全体を観察する彼女の隣に立った。
「何か思い当たるモノか? この古くさい扉が」
「えぇ、心当たりが無いといったら嘘になる程度、だけど」
そう言ってロビンは、門の一部を撫でた。その箇所は遠景に削り取られており、何かしらの紋章が入っていたのではと推察出来る。えぐり取られている場所も老朽化が進んで崩れかかっていた。
「中に入ってみましょう? この疑念が確信では
「……お前の事だから、逆を言うと思ったんだが」
ゾロはそこで、ロビンの頬に汗が伝っている事に気がついた。驚くほか無い。コイツが、此処までの反応をするというのはどういう理由があるのだという好奇心すら湧いてくる。だが心の中で別の自分が"行くな"と静止する声が聞こえる。
「仲間に話してからでも遅くないんじゃないのか?」
「大人数で、という訳にもいかなさそうな事情があるのよ、ゾロ」
振り向いたロビンの目は、真剣そのものだった。困った事になったと彼は思う。こうなると、この女はうちの船長ばりの頑固さを発揮する。数秒考えて、ゾロは古びた扉に手をかけた。
「いざとなったらすぐにここへ戻る。それが条件だ」
「ありがとう」
「それと、戻ったときの酒代はお前持ちで」
押し開く。ギギィと大きな音を立てながら開いた扉から吹き付ける、冷たくも暖かくもない風。ぎらついた油のような臭いと、僅かながら混じる死の香り。顔が引き締まる。ロビンは、鞄の中から厚手の手袋を二組取り出して、片方をゾロに渡した。ゾロはそれを受け取って、腹巻きの部分に差し込む。
「何か触る事があったら、使って」
「貰ってはおく、だが刀を抜くのに差し障る。その時になったらな」
足を一歩踏み入れた先に広がっていたのは、廃墟だった。
音が消える街道。足を踏み入れて最初にうけた印象。コケや植物が生え始めている石畳。街道に立ち並んでいたであろう建物は大半が崩れ、残っているものにも蔦が絡み始めている。風化して独りでに壊れたというよりは、
「何かに襲われたような崩れ方だな」
ゾロの感想が全てを物語っていた。何か巨大なモノに襲撃され破壊された、というのが正しいものの見方だと確信出来る。方々で崩れた建物はどれも、横側から何かが叩き着けられた大穴や、上から押し潰されるような状態になっている。刀傷のような跡すらついている金属製の柱や、熱で溶かされた跡固まった鉄・銀・金。
「……
そしてロビンが方々に目をやって眼を細める。
転がっているのは、おびただしい数の白骨だった。海軍の制服を着たもの、海賊の装束としか思えない代物、そして ―― 一般市民らしき老若男女。
そのどれもが、門に向かって倒れ込むように折り重なっていた。
ロビンはそのうち一つ、中くらいの骨と、小さな骨一式を見かけて、その近くで膝を突いて様子を観察する。
「10代半ばの女の子と、1桁の少年ね」
声のトーンが、下がった。痛々しい光景だ。
海賊稼業である以上、人の死というものはこれまでも見てきた。特にロビンはそういう世界で生きてきた人間である。このくらいで動揺するような神経ではとっくになくなっているが、それでも堪える。
二人はこの人骨の山の中に、惨い犠牲者達がほぼ大半を占めている事に気づく。
女の骨と子供の骨を護るように上に被さった男性の骨。家族だったのだろうか。
海賊の骨と海軍の骨が、手を取るように斃れている。戦いの手を止めて、共に生き延びる事を選んだのだろうか。
数十人の子供の骨が、やや大きめの建物の中で見つかった。学校だったのだろうか。
ここには間違い無く、人の営みがあった。
そして二人が最後に見つけた骨。それは二人の予想を超えた代物であった。ゾロの眼が見開かれ、ロビンの双眸が驚愕の色に染まる。
豪奢な衣装は、それまでの市民達とは一線を画する身分の象徴。手に持っていたであろう手綱が伸びる先に繋がった人骨。周囲を取り巻いた、黒服の残骸達。
見紛う筈も無い。
シャボンティ諸島で見たことがある、あの胸くそ悪い連中が着ていたものと寸分違わぬモノ。二人はゆっくりと、ソレに近づいていく。まじまじと見て、確信が持てると共に、この島の異常さを改めて身にしみる事になった。
「これは……」
「
「コイツ1人だけじゃねぇ、見ろ」
ゾロはそう言って、その場から少し先。これまた豪華絢爛な意向が見える残骸の方へと指を差す。ロビンはそちらに視線をやって、固まった。
そこはきっと、天竜人用に設えた宿だったのだろう。十数人では効かない天竜人の骨。護衛の骨。ホテルボーイだったであろうモノ。
それらが全て、見るも無惨は姿となって転がっている。
ロビンは、足下の遺体に繋がっていた奴隷の骨、その首についていた首輪をめくる。
「『フィガーランド』……きっとこの天竜人の"家"の事でしょうね」
「こんな数の天竜人が集まってるのは、元行楽地とかだったのか?」
「そうとしか思えないけれど、おかしいわ。革命軍やかつていた裏社会の中で聞いた事があるのは、シャボンティ諸島みたいなマリージョアに近い地域が殆ど。後一つ心あたりがある名前は……あり得ない」
「あり得ない、ってのは何か訳ありか」
「今はもう存在しないからよ、数十年前に島毎消えて無くなったの」
瓦礫に向かって、歩いて行く。ロビンの顔から血の気が引いている。
間違いであってくれと願う、普段の好奇心の塊みたいな考古学者からは真逆の顔。ゾロはそんな様子を慮ってか、少し彼女との距離を詰める。それは、あの瓦礫の向こうに一つ、気配を感じたからというのもあった。
「止まれ、ロビン」
「――っ!」
ロビンも、気がついたらしい。
瓦礫の向こうからのそりと、大きな影が姿を現す。それは人間というには、形状があまりにも違い、バケモノというには、やや知性を感じられる存在であった。襤褸を纏い、千切れた鉄パイプを杖のようにして身体を支えた、二手二足の生命体。
いや、生命体と呼んで良いのか怪しい。金属のような物質に変質した細長い手足からは、三本程度の鋭い指が伸びていて、機械仕掛けの人形のようにも見えた。背虫みたくねじ曲がった首は人の2,3倍程度の長さに伸びていて、その先に着いている頭は、フラミンゴのように長い嘴を持った鳥の形状へ変質している。
『悪魔の実』というより、悪魔そのもののような見た目だと思った。
「こ、こ、こ……こんな所、で。ま、ま、また生きた人間に、あ、あ、会えた」
どもった、しかしハッキリとした声音で人の声が嘴の間から紡がれた。
ゾロは、柄に手をかける。その様子を見た
「ま、ま、待って、くれ。は、は、話をし、しよう」
害意は無いようだった。二人はお互いを見つめ、頷く。
「わかった、聞こう。少しでも変な真似をしたら、斬る」
「と、と、当然だ。ぼ、ぼ、僕のこ、こ、この形を見、れ、れば」
落ち込んだ様子を見せる鳥人間。警戒を解かぬまま、おそるおそる鳥人間の後に付いていく。ソイツはたどたどしい足つきで、難を逃れた建物の前にある、壊れた噴水の縁に腰をかけた。ゾロは柄に手をかけたまま、ロビンはいつでも能力を使用できるように身構えたままソイツに向き合う。
「う、嬉しか、か、かったんだ。こ、ここには、は、8年閉じ込められている」
「8年?」
ロビンは、思い当たる所があった。島の女医、ジブが見せてくれた写真。この地域でやられた者達の末路。その生き残りという事か。
「貴方、最初の入植者ね?」
「そ、そ、ソレをど、どこで?」
「女医さんに聞いたのよ。ジブと言う人なのだけど」
「じ、じ、ジブ先生か」
鳥人間は、頭を少しばかり横に振る。
「彼女は言っていた。彼女たち最初の入植者が街を広げて、ここへたどり着いたけれど、調査グループは殆ど"寄生生物"にやられたと。貴方はその生き残りね?」
「そ、そ、そんなところ、だ。
た、だ、ただ一つだ、だけ訂正しな、きゃ」
鋭い指を一本立てて、鳥人間は続けた。
「ぼ、ぼ、僕は海賊だ、だった。ボロボロになって、こ、この島に辿り、つ、ついた。
し、正真正銘、ぼ、僕らが最初のじ、住人。けど、だ、だけど……
じ、じ、ジブ先生は
ぼ、僕らと同じ、よ、ように大けがしてた。き、記憶が無くなってたんだ」