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世界有数の医療大国として知られていたサクラ王国(旧名:ドラム王国)。
現在は新たな王・ドルトンの元に復興へ励んでいる冬の島。5000mを越える標高の山の頂上に、1人の妖怪…もとい女性が住んでいる。
名は、Dr.くれは。
麦わらの一味が船医・チョッパーの師匠にして、現サクラ王国の医師のドンでもある。そんな彼女は今、窓の外を吹き付ける雪を見やりながら、昔のとある出来事を思い出していた。56年程前の事になろうか。一組の男女が自分の所を訪ねてきた思い出。
『"心の医者"を、ご存じ無いだろうか?』
若い海兵と、これまた若い女医の卵。海兵は、女を診てくれる医者を探しているのだとくれはに説明した。外科・内科が専門で、管轄外であるが故に自分では限界だったのだとか。医療大国・ドラム王国ならばと連れてきたのだという。
籍を入れる前で、これから婚姻という時にわかったと、海兵は言っていた。女は海兵にひっきりなしに謝罪の言葉を述べていた。確かにつらかろう。
心の病は難病である。怪我や通常の病気のように"完治"したかどうかも眼に見えない。
表出する事が滅多に無かったために、大人になるまで周囲の人は愚か本人すら気づかなかったという事実。
特に"精神"に抱える疾患は、そこが恐ろしい。
目に見えないがために気づかれない。気づかない。よしんば発覚しても理解されない事もある。
―― 怠け者がかかる病気
つまり『仮病』と見なされる事すらある、そういう意味でも油断ならない代物なのだ。
だが哀しいかな、Dr.くれはとて専門分野というものがある。"精神科"というジャンルは、人を治す医師として興味の惹かれる分野である事は間違い無い。だが哀しいかな、未だ開拓されきっていない、草分けも住んでいない分野なのだ。
『悪いね。この島にも"精神科医"はまだ無いんだ。心の病は、未だ高い壁なのさ。
……だがある程度の助言はできるよ。話を聞かせな』
海兵が言うにはこうだ。交際から、プロポーズに至り、2人の新居も決まった。幸せの絶頂にあった頃、彼女の異変に彼が気がついたのだ。
変な出来事は度々あったそうだ。家の中のモノが、何かの拍子に壊れていたりする。いつの間にか、彼女の身体に怪我が出来ていたり。日常生活の中にある違和感だったものが、悪い形で異常性として発覚したのだと。
『ふとした拍子。本当に一瞬でした。彼女が、普段とまるで別人としか思えない、凶暴な目つきを見せる事があります。その次には、いつもの彼女に戻っているのですが』
『私には、彼の言っている事の"覚え"が無いんです。いつの間にか、編んでいたぬいぐるみがぐちゃぐちゃになってたり、畑が荒らされてたりするんですが』
しかしその時、手には怪我が出来ていたり、土で汚れている自分の手。彼と出会って、幸せを感じ始めた直後から頻発するようになったのだと彼女は泣きながら言った。
『私、怖くて。これじゃちゃんと奥さんも出来ない。お母さんも立派にやってやれないんじゃないかって。自分じゃ解らなくなってきて……』
『ジェーニャ……』
困った事になった。くれはとしても、良心が傷む話である。しかし、思い当たらない訳では無かった。病名が確立していた訳では無く、治療法とかも糸口がみつかっていない症例の中に、似たようなものがあった記憶がある。
『ちょっと待ってな、似たような話は聞いた事がある。同業ならわかるだろうが、【心】ってのは未開域に等しい分野だ。完全な解決という訳にはいかないよ。それでもある程度のヒントにはなるだろう。それでも良いかい?』
『『 ぜ、是非 』』
そこでくれはが2人に持ってきた症例の内容。
数十年の時を経て、開拓も始まりつつある分野の中で、未だ難しい症状の一つとして数えられるソレは、くれはの思い出の中に陰りを残している。
現代のサクラ王国の空のように、雪の晴れない曇り。
「高いストレス状態に置かれた事による心の分離。
文字通り『人が変わる』病の治療は、まだまだ時間が必要だねぇ」
※※※※※※※※※※
~ 新世界・海上にて ~
「とある"悪魔の実"の話をしようかの」
波に揺られる船の上、満点の星空の下で、ガープは苦い顔をしながらそう言った。
傍らに控える情報将校は、黙して聞いている。聞く義務がある、という思いが一つ。そしてまだ、純然たる興味が一つ。これまで、ガープが昔話をするという事は、海軍の殆どのモノが出くわしたことの無い光景だ。
それこそ、彼直属の部下であるとか、気心知れる間柄と見なした相手くらいの者。自分もそこにカウントされていると思えば嬉しくもある。尤も、ガープの今の表情を思えば、それは顔に出してはならないものだとは理解していた。
「悪魔の実、ですか。それは"写真の方"の」
「そうじゃ。これから入るのは
おい、貴様等も聞いておけよ、死ぬぞ~冗談抜きに」
ガープの言葉に、部下達も背筋を張った。振り回される事が多い部下達であるが、彼の言葉には基本的に嘘偽りが混じる事が無い。まぁ、"今の無し!"と爆弾を放り投げる人でもあるのだが。
「まずはそうじゃなぁ、【ストストの実】という
どっかと甲板にあぐらをかいて、ガープは話し始めた。
「
「やけに、具体的ですね」
部下のその言葉にガープは何も返さなかった。
「要は奪って、溜めて、与える能力。そう思えば良い。どこで止める事も自在。じゃが銃弾や刀傷のような怪我は残る。首を切れば死ぬ。本来はそれくらいの能力だった」
「中将、つまりその能力は【覚醒】したのですか?」
「うむ。能力者は確か、一定の条件で能力が強化され、周囲に影響を及ぼすと言う。白ヒゲの奴がそうじゃったか」
情報将校と、ガープの部下達も、円をつくるようにして座った。全員、耳を傾けて、一言たりとも聞き逃すまいとしている。
「覚醒したその実の能力の前に、もう一つの実も教えておこう。
【マゼマゼの実】という。こっちが『ロックス・D・ジーベック』の能力じゃ」
部下達の眼が見開かれた。ずずいと上半身を前に出す者も出始める。この船に乗って、その名を聞いた事が無い者はいない。このガープという生ける伝説の"英雄譚"。その原点にして頂点。かの海賊王すら絡んでくる一節の登場人物。
殆どが霞の中に消えている幻の大海賊の名前だ。驚かぬ方が無理というものである。
「こちらもシンプルでなぁ。"混ぜる"能力じゃった。
右手と左手で持ったものをこうして……」
そう言って、両の手を胸の前でぶつけた。確かに、シンプルだ。
「剣と銃を混ぜて、剣先から銃弾が飛び出してくる
爆薬と金塊を混ぜて、
「それは確かに、厄介ですが……今の海にのさばる連中を思うと、そう驚く程では無いような」
「良い所に気がつくのう」
ガープは言った。最初期、ガープが知ったばかりのロックスは、確かに強く賢い海賊だったが、今の世で知る人ぞ知る怪物とは全くかけ離れた、普通の能力者(海賊)だったと。
「で、わざわざ二つの実の事を簡単に語った理由じゃが、それもシンプルなもんでの。
皆が聞いた『ワシの昔話』に出てくる『ロックス』は、この二つの能力を同時に持っているのじゃ」
皆の脳裏に、2年前の頂上戦争の光景が甦る。今の四皇が一角、黒ヒゲ。あの男が何かしらの手段を用いて、白ヒゲの遺体から能力を奪い取った。あの信じがたい馬鹿げた現象が。
「あの、黒ヒゲめと同じようなものだったのですか?」
「いや、違う。奴は何らかの力で白ヒゲから奪ったが――」
ガープは、辛そうに目元を歪ませつつ、続ける。
「『ロックス』の能力は違う。
ストストの実の能力が【覚醒】し、マゼマゼの実の能力者を
天を見上げるガープの独白。部下達や情報将校は、自分達が聞いて良い話なのか逡巡した。老いた男の苦い過去。知られたくない思い出を話さなければならない苦悩が伝わってきて、英雄の心中いかばかりかと考えると、こちらも辛くなってくる。
「実の【覚醒】が、それこそ"最悪"のタイミングで発動したんじゃなぁ、今思えば。
ただ一定の現象等を溜めて放出するだけだった能力が変質し……
【喰らったモノを何であろうがかまわず溜めて自分のものにする】性質となった。
それが、なんであれ、な。悪魔の実の能力だろうが、記憶だろうが、人格だろうが。相手の
ガープはそう言って、指を一本立てる。そしてゆっくり、二本目を立てた。
「そしてそこに、物体を混ぜ合わせる能力であったはずの能力を
【喰らった相手、それがなんであれその"能力・性質"を取り込んで自分のモノとする】
【自分のモノとなった"能力・性質"を混ぜ合わせて発動させる事が出来る】
【何でアレとは――相手の"命"そのものである】
「命をストックするというのは、文字通りの意味よ。
頭を打ち抜こうが、首を切ろうが、全身を焼き尽くそうが、凍りづけにして砕こうが、奴の中にストックされた命がその都度1個消えるだけ。