老いた龍虎は新時代の夢をみるか   作:松ノ木ほまれ

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第11話

 

 

 

~ テイワ=ラグ島 ~

 

 

 開かれた医院の窓の外、天空に広がる星々に照らされる幸せとは何なのか、ウタは考えている。命を、拾った。よくよく考えてみれば、それは天運と呼んで差し支えないほどの、低い確率を引いたという事になる。自分の能力は、体力を並以上に消費してしまうから。そのデメリットを帳消しにするためのキノコを口にした。

 それ即ち、肉体の方が活動を停止する事が確定するという、"死"を迎える事。

 未だに、死というもの自体にピンときてはいない。ただあの時怒ってくれたルフィや皆の反応を思えば、怒られて当然の事をしたのだなと今は理解出来るし、納得も出来る。

 

「――眠れないのか?」

 

 ベッドの脇に置いた椅子に腰掛けたルフィが、ずっと側にいてくれている。その声は、あの"夢の世界"で話していた時と同じように、強いのに弱い、固さと脆さが背中合わせの、すがるようなものがあった。

 

「ううん、違うの。今までこうして、空が綺麗だ~なんて、落ち着いてベッドで眠る事が殆ど無かったから。逆に新鮮なの」

「そうか、よかった」

 

 目元の力が緩んだ。さもあらん、ウタの"睡眠"は今ルフィにとってみれば心配事の頂点に位置する状態になっている。それは他ならぬウタは解ってしまう。故に心苦しくもあった。彼は夢を追いかけて海を渡り歩く海賊、その船長になった。自分が想像しているよりもより高く・遠く。

 今の自分は、間違い無くそれを阻害している。

 きっと彼の仲間達が船を出そうと口をそろえたとしても、ルフィの性格からして頑として聞かないだろう。

 

 ―― シャンクスが迎えに来るから、ルフィは出発しなよ

 

 この簡単な一言を自分が言えば解決するのではないか?

 それは島でルフィと再会した時から、ずっと考えている。ずっと考えているのに、こうして彼が自分の側にいるのを自覚してしまうと、言い出せなくなった。12年前の温もりを思い出す。

 フーシャ村の、最も自分が幸せだったあの時を。その後の12年間陥っていたどん底の分だけ、幸せの揺り戻しが来ているのだという心地よさ。

 

  ほんの一時の幸せくらい、手放したくないと思って良いだろう。

 

   いや、あんな事をしでかした自分にはおこがましい。

 

 心の中で、2人の自分がキャットファイトしている。この世で最も大切な2人の内1人が隣にいる。あのとき、ああだったならと何度も考えた相手。エレジアであの楽譜を拾って唄っていなければ、きっと自分は赤髪海賊団の音楽家のままフーシャ村に戻って、約束の続きをしていたかもしれない。

 

 もし、取り残されたエレジアから出る決意をしてゴードンとの2人旅・音楽行脚をしたらどうなっていただろう?

 

 電々虫から繋がった世界から、偏った情報だけじゃなくてもっと調べる術を学んでいたらどうなっていただろう?

 

 考えてもきりが無い。それまで昇っていた階段を見失い、踏み出す階段を選び損ねた。こうなる事はきっと天の定めたものなのだ。そうであるならば、こうして生き残った事もきっと、天のなす業。

 

(なら、ちょっとくらい、この甘い思いを味わっててもバチは当たらないよね?)

 

 ウタは側に寄り添ってくれているルフィの胸板に、そっと上半身を預ける。ルフィは黙って、左手を伸ばしてウタの肩を抱く。大きい手になった、と改めて思う。あの頃のルフィの手は、まだ小さかった。共にがけ登りしたり、対決していた頃のガキンチョ・ルフィでは無い。

 

(そっか、もうずっと大人なんだ、ルフィの奴)

 

 その大きな手から感じる暖かさも、記憶の中に残っているシャンクスのソレとはまた違うモノを感じる。頬にも段々と熱が籠もってくるのがわかる。きっと今自分は、彼の仲間達が見たら驚くような顔をしているのかもしれない。ルフィは鈍感故に気づかないだろうが。そう思えば思うほど、熱も強くなる。

 この病室は、数人分のベッドがある、ルフィの向こう側で、ナミが寝息を立てていた。内心、彼女にも謝ろうかなと考えながら、

 

「しばらくこうしてて良い?」

「俺が眠くなるまでは良いぞ」

「それってどのくらい?」

「……ウタが寝るまで」

 

 心がぽかぽかして来る。あんな事をしでかした私が、こんな良い思いをして良いのだろうか。そんな不安も、大きく、分厚くなった"フーシャ村のガキ"の胸板から聞こえる鼓動が薄めてくれる。

 自分と彼の顔を照らしてくれる星々の光も、本当に綺麗だ。

 

「……月が綺麗ね」

 

 自然と口元から言葉が出てくる。12年前失って、ずっと求めていたもの。エレジアでシャンクスと再会して、こうしてこの島でルフィときちんと面と向かって遭うことが出来た。やっと、希求してやまなかった心の穴が二つ、埋まった。

 この後、未遂とはいえ、犯した罪への罰はきっとくだるだろう。けれど……

 

「何言ってんだ、月はずっと昔から綺麗じゃねぇか」

 

 それまでの間、浸らせてください。

 きっと彼は純粋な気持ちで、素直にそう言っている。それはわかる、こういう所は12年前から全く変わっていないんだから。それでもと言う"自分"の気持ちとも呼ばれるゆりかごに揺られていたい。そう思うのは許されませんか?

 夜空の下で、日の光に包まれるような安堵感を噛みしめながら、自分の我が儘ぶりにほんのちょっぴり辟易とした時、視界の隅に何かが映った。

 

「ん? なんだコレ?」

 

 それはルフィも気がついたようだった。窓枠の一部に、まるで本の背表紙程度の大きさの跡が付いていた。こうしてまじまじと窓側と見る事がなければそうそう気づかない程度の仕掛けである。

 押してみた。

 すると、留め金が外れる仕掛けであったようで、板が倒れる。中から出てきたのは、本と言うにはやや薄めの冊子。

 

「日誌か? 何でこんな所に隠してんだ」

「見ちゃったらダメじゃない? ジブ先生のだよ、多分」

「そうだよなぁ……って、あれ。『これを見つけた君へ』って何だ」

 

 ルフィが、奇妙な事を言った。ウタも思わず姿勢を正して、その日誌らしきモノの表紙に視いる。ちょっぴり胸板が名残惜しいとも思いつつ。確かに彼の言う通り、『これを見つけた君へ』と書かれていた。それは最近のものでは無い事もわかる。結構な年数が経っている程度の痛みかただ。

 

「――ごめんなさい」

 

 そう言って、ルフィは日誌の表紙を一枚めくった。もし普通の日記だったなら、元の場所に戻すなり、素直に本人へ渡して謝ろう。そうわりきったのである。

 

『この日記を見つけた君へ。

 これを君が今読んでいるという事は、きっと君はその建物で治療を受けているか、それとも無人となった建物へ侵入した泥棒さんか何かだろう。急ぎ結論から伝えようと思う。今すぐこの建物から立ち去る事。それが出来ない状態なら、出来る限り早くでもかまわない』

 

「「 ……どういう事(だ)? 」」

 

『○月×日。こうして日記を書き記す事にした。私は、()()()()()()()()()()()()()()()に、これを書くしか術が無い。数ヶ月、数日、下手をすれば数年間隔が飛んでしまうから、長々と書く事が出来ない事は許して欲しい。私の自由時間はそう多く残されていないんだ』

 

 最初は悪い冗談かと思った。趣味としては悪趣味だなという感想で終わる。そうで無いのなら、不穏極まりない切り出しではないか。

 

『×月○日。恐れていた事がまた起こった。彼らの事をアイツは上手く騙して、門の向こうへ追い立てた。何が"調査"なものか。アレはただ蓄えているだけだ、どうにかして止めなければ。それがどうにかなれば、どうにかしなければ』

 

『△月◇日。患者のカルテが溜まっていく。アイツは曲がりなりにもこなしてしているのか? それとも全うできる"モノ"をこしらえたのか? ありがとうという言葉が心に突き刺さってくる。これをもし読んでくれている君、君がきっとありがとうと言葉をアイツにかけているのなら、気をつけなさい』

 

 先ほどまでの安らぎを返して欲しい、そう思ってしまった。

 ルフィとウタは、食い入るように日記に書かれる文言に視線を走らせる。コレは、一体なんなんだ? 日記を書いているのか、それとも読むであろう者への警告なのか。どちらも書きたいのだろうが、不自由である事は後半になればなる程わかっていった。

 

『◆月◎日。あの頃に戻りたい。あの輝かしい日に。貴方に出会ったあの日に』

 

 日付が相当飛んだ。1年開いている。

 

『◎月 日。まずい 私でいられる時間 減った』

 

 どんどん、短くなっていく。

 

『 月 日。逃げて逃げて逃げて逃げてにげ』

 

『 月 日。たすけ あなた』

 

 日記はここで終わっている。ふとルフィは、裏表紙に何か書かれている事に気がついて。日記を閉じてめくってみる。

 

「ジェーニャ。この日記の持ち主かな」

「……これは戻しておこう」

 

 冷静に、ルフィは日記を元々入っていた箇所に戻し、蓋を閉じた。観察してみると、良く出来た細工である。蓋をカチリと閉めたとき、ベッドの上で、かつ身を起こした高さである事、そして一定の角度からでなければここに隠し蓋がある事に気づかない仕組みになっている。

 そうまでして、日記を護りたかった?

 

 

       誰から?

 

 

「おや、まだ起きていたのかい?」

 

 病室の扉の所から声がする。ルフィとウタは声の主へと振り返った。ジブ先生である。

 両手に、ほんのりと湯気がたつカップを持っていた。鼻腔をくすぐるこのにおいは、ホットミルクだとすぐにルフィにはわかった。それもハチミツ入りだ。

 

「身体に障ってしまうよ、身体を温めて、2人とも寝なさい。

 それとも、今暖めあっていたのかな?」

「か、からかわないでください! そういうんじゃ無いです!」

 

 クスクスと笑うジブの顔を、じっと見る。何も隠すところが無い、心優しき女医。ルフィは出会った当初から、敵意・害意など一切感じないこの女性に対して置く信頼が、未だ変わらない事にかえって驚く。あの日記の意味が、いまいちわからない。

 不気味なのは間違い無い。ただそれはきっとこの女医の事は指していないのだ。

 何故そう思ってしまうのか説明が付かない。それは祖父・ガープや、フーシャ村の村長やマキノさんに感じるソレととても似通った感情を、彼女にも抱いてしまったからだ。

 

 初対面なのに、だ。

 

「ごめんごめん。ルフィ君も、隣の病室を使ってくれていいよ。

 ウチは余程の事が起きなければ閑古鳥だからね」

「俺は、こいつらの側に……」

「今は女の子の寝室だよ、少年?

 君にそのつもりが無くたって、年頃の女の子に慮るのが男の子の仕事です」

「……はぁい」

 

 変な気分だ。ルフィはあの日誌を読んで抱いた疑念も、この妙な安心感で和らいでしまう事に、若干の警戒を抱きながら、カップを受け取った。

 やっぱり、何も感じない。これまで戦ってきた多くの敵達、悪い奴。皆が皆、何か感じるものがあった。向けてくる敵意だとか、そういうやつの事だが……

 

 このジブ先生にはそういうのが感じられない。

 

 向けられてくるのは純然な好意だ。安心する。

 

 だがそれが何故なのかが思い当たらない。この人は家族でも何でも無いのに。

 

「2人ともお休みなさい」

 

「「 おやすみなさい 」」

 

 まぁ良いか、とルフィはホットミルクを飲み干した。

 

 

 

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