~ テイワ=ラグ島・船着き場にて ~
「その話、本当じゃな?」
ジンベエは、この島に住んでいる魚人の1人、ヌタウナギの魚人と言葉を交わす。この島は何処かおかしい。一味の全員が、程度の差はあるものの、だんだんとその事実に気づき始める中、ジンベエのとった行動は"聞き込み"だった。
地味だが最も効果的な情報源の一つ。それこそ魚人は、陸の人間とはまた別の角度からこの島を見ている。それの再確認だ。彼が選んだのは、魚人達の中でも最も深い所まで潜ることが出来る、深海魚系の者達。
「本当だぜ、旦那。この島は、確か11年だか12年くらい前に突然現れたんだ」
「島が現れるというのは、変な話じゃの。海底火山の爆発は?」
「無かった。妙な話だろ?」
島が出来るというのは、大抵は海底火山の噴火によって隆起し陸地が出来る事による。
それに、海底火山と言ったジンベエ本人も、その線は既に頭の中で否定している。
ぐるりと、島を一周回って外側から観察してみた。北側は切り立った崖になっていたが、その向こうには廃墟と化した
ジンベエは疑念が解決しないもやもやとした気分のまま、サニー号に戻った。
「この島の連中も、
船に戻ってきたサンジ、ブルック、ウソップ、フランキー。そしてジンベエ。
皆で情報共有したが、おおむね同じ内容で落ち着いた。サンジの放ったその一言が全てを表していると言っても良い。
他の枯れ果てた島での農作業とは比べものにならない収穫量に、漁に出てシケや"例のモノ"に出くわさない限り食いっぱぐれない漁獲量。各地から逃れてきた人達によって料理も多種多様なものが提供される。
迷信が出所ではあるものの、一定のラインを越えない喧嘩程度しか起こらない。心に余裕ができはじめると、そもそも喧嘩をしようという気にはならないのだそう。
暮らしやすさという意味で言えば、ダントツだと答える住民は数多かった。
出て行こうにも、出て行く気にならず、行くにしたって何処へ行く?
理由はわからないが、ビッグマム海賊団と百獣海賊団はこの島に近寄らない。正確には、トップ層の連中は、だ。下っ端が立ち寄る事はあるそうだ。
「あの連中がどっちも此処に目を付けない、っていうのは異常だろ」
「禁止したんだと、カイドウとビッグマムが直々に」
「……嘘でしょう?」
敵対して、あくまで敵視点での彼らを知る身の上として、これ程までにこの島の異常性を表す事実があるだろうか?
さすがに下っ端はそれ以上聞かされてはいないだろうが、それだけでも十二分。この島には、あの2人が絶対に手を出したくないモノがあるか……
「ある意味、近海で最も安全な島、と言えば聞こえは良いんだがなぁ。
実際食材は極上とはいかないまでも、相当良い品が揃ってた」
「俺も、"緑星"とかの材料買いだし出たんだけど、満足いく買い物出来たぜ」
「いろんな船の音楽家だった方々と出会えて、話も弾みましたし」
「俺様ほどじゃねぇが、他の船も手入れがバッチリだったぜ。
そういうサービスしてる元船大工達がいてよぉ……」
「多種多様な者が集まるからか、魚人への抵抗感も殆ど感じんかった」
「「「「「 確かに、進んで出て行こうとは思わない島だ(ですねぇ) 」」」」」
何も無ければ、骨を埋めたいと思う者が出てもおかしくない島。だがそれがかえっておかしい点にしか思えないのだから、不思議なものだ。そしてサンジが一つ、気がつく。
先ほど、ブルックからロビンとチョッパーはナミに付き添って、ルフィと一緒に病院にいるという事は聞いた。だがここにいるはずの男が1人いない。
「そう言えば、マリモは?」
「ゾロの奴は、飲みに行くって言って……!? やっべぇ、アイツ1人にしちゃった!」
ウソップの言葉に、サンジやジンベエ達は顔が青くなる。
あのゾロを1人にした?
「「「「 ――えぇ~っ!!? 」」」」
「ごめ~ん! あの気持っち悪い魚の事思い出してたら見逃した~!」
「探しに行くぞ、アイツの事だから絶っ対に何か巻き込まれる」
「私はここに残ります、船番はだれかいませんと」
「港はワシが、各々今日行った地域を探す方向でどうじゃ」
「 親分の案、大賛成! 」
サンジ、ウソップ、フランキー、ジンベエが、方々へ散っていく。ブルックはそれを船の縁から見送った。
この時間になっても、街は人混みに溢れている。とても、良い街だ。心のそこからの笑顔がある。そこに一抹の不安が必ず混じっていたとしても、恐怖におののく毎日よりは万倍も良いのだろう。
しかし、一味の皆にとっては、この一抹の不安こそが一大事だった。
大切な仲間であるナミの身に異変が起きた。そして他ならぬ"ウタ"の存在。我らが船長にとって、かけがえのない人であろう事はあのエレジアの一件からして解る。天秤に揺れているであろうルフィの心中を思えば、一刻も早く島を去ろうとも言い難いこのもどかしさ。
「ままならぬものですねぇ……ヨホホ」
「まったくだなァ」
甲板の上で、声が聞こえた。真後ろだ。ブルックは仕込み杖に手をかける。
「こんな夜に珍客ですか。せめて人が多い時にして欲しいですねぇ。
私、音楽家なんですよこう見えて」
「一曲聴きに来た。そう言えばいいのか? ――"
ブルックは、振り向いた。何時でも抜く準備は出来ている。しかし意表も意表、意外なところから攻められた。心臓はもう無いのに、動悸が速くなったようだ。
「え?」
そして、固まった。一瞬、手にかけていた力を緩めてしまう。つい先刻見た顔がそこにあったからだ。何時の間に此処に来たというんだ?
しかも音から気配まで、その声が聞こえてくるまで一切感じなかった。いつからここにいたんだ?
「おや貴女でしたか、ジブ先生」
「……? あぁ、
島の女医、ジブがそこにいた。船の甲板、海側の方から
「ルフィ君の仲間に挨拶を、と思ったんだが。何かあったのかな?」
「こちらの事情でして。そこはいかに恩人たる貴女でも」
「うん、いいね。
ブルックは、思わず後方へ飛び退いて、彼女から距離を取った。そうだ、この女はさっき何と言った?
「ルンバー海賊団。懐かしい響きですが、何故貴女がその事を」
「――? おかしい、か。まぁそうか、そうだよなァ。
ごめんね、文字通り人相変わっちゃってるから、思い出すのに時間かかっちゃって」
そう口にした瞬間、ブルックの目の前に彼女の顔があった。
条件反射であったが、ブルックは仕込み杖から数㎝程度刀身を抜く。そしてそれがすぐに動かなくなった事にも、驚愕する。
3㎝程度鞘から抜いた刀身を、彼女は右の人差し指と中指で挟んで止めていたのだ。ほんのりと、ラベンダーのいい香りがただよってくる。女性ながらの、男を安心させる香り。しかし医院で出会った時のような安心感あふれる姿はそこに無かった。
どす黒く、底冷えするナニか。
「つれないなぁ、少しお話をしようじゃないか。『泣く子も笑う』んだろう?」
「ですから、何故貴女が知っているんですか、と聞いたのですが」
平静を保て。この人ならざる狂気的な感覚を、自分はよく覚えている。思い出したく無かった。50年間の孤独と、ルフィ達に出会ってから満たされてきた人生の中で、思い出す事は無くなっていた筈なのに。
ジブは、敵意と警戒を隠さなくなったブルックを意に介さず、まじまじと骨を化した彼の身体を観察する。
いや、待てよ。
ブルックの心中にふと、一個疑問が残る。どの角度から見ても、艶やかな黒髪を蓄えた美女。島の女医・ジブの姿である。それは間違えようも無い。だが、決定的に違う。纏う雰囲気も、なにもかも。
医院で出会った女医は、慈愛に満ちていた。ナミの緊急手当にあたって、上手くいった事を喜んでいたあの顔。慈しみに満ちた表情。あれは紛れもなく本物だった。演技であれば必ず、どこかに"らしさ"が出るものだ。あれは騙してなんかいなかった。
心の底からナミを心配して、摘出してくれた。その後知ったウタへの献身的治療。自分達以上に"そういう相手"を本能的に察知して態度に表すルフィが、懐いていた。
決定打は、さっきの言葉。『そうだった』と、確かに言った。
「貴女は、ジブ先生ではありませんね?」
「勘の良さは鈍るどころか冴えてる、か」
いやぁまいったまいった。そう言いながらジブの姿をしたナニかは、頬をかく。仕込み杖から刀を抜こうにも、刀身が動かない。何て力。たった2本の指で抑えられている。
無闇に動こうものなら、きっとジブの姿をした何者かは刀を折る。きっとそうする。
「確かに、不思議だろうね。ヨミヨミの実、だったっけ?
その力で生きながらえたんだろうが、あの当時を知る者はそういない」
「貴女はどう見ても20代でしょう」
「知る筈が無い? それは馬鹿げた決めつけだよ、ブルック
どんどん、口調まで変わってくる。ジブの髪の毛が、波打ち始める。一部は逆立ったかのように後ろへ靡き始めていた。一体ナニが起こっているんだ?
< ……寄越せ!! >
古い記憶が甦る。忌まわしい記憶だ。"恐怖"を顔に張り付けた海賊達が、かつての"ルンバー海賊団"が乗艦に乗り込んでくる光景。何故今、コレを思い出したのか。それに気づいてはいた。気づきたく無かった。
自分達の時代はまだ妙に強い新米海賊団の名前だった『ロジャー海賊団』。
彼らの名前が後世に轟くにいたる前、天下に轟いていた悪名を、ブルックは覚えている。あれは完全に不運だった。ソイツは特定のメンバーを傘下とするような『海賊団』ではなかった。
たった数年で、それまで"外道"と知られた連中を軒並みかすませたド外道。
その時々で着いてきた奴を使う。ぶつかる。消費する。
補充して、使って、減ったらまたどこかで補充する。船員はそんな程度の扱い。だが、ひたすらに強い。でたらめに強い。通ったところの殆どが殺されるという異常な凶暴性。あの頃、そいつの噂を聞いて不快感を隠せなかった事は、今でもハッキリと覚えている。
「あぁ、思い出しましたよ。クソみたいな思い出……肛門はもうありませんが」
本人が乗り込んでくる前に、逃げた。逃げおおせた訳では無かった。
既にみんなが傷だらけになり、致命傷を負わなかった者がいない。そんな戦闘だった、そしてそのまま三角地帯へ突っ込んでいったのだから。
あぁ、そうだ。ハッキリと、思い出した。
面白半分かもわからない標的の定め方。まるで『破壊』そのものが目的であるかのような、支離滅裂な虐殺。鏖殺。抹殺。悲鳴を協奏曲に血のワインをたしなみ、子供の脚を焼いて喰らう残虐性。しかもそれらに嘘偽り無し。
同業者からですら、出会ったら逃げろだの、正真正銘の怪物と忌み嫌われた者。
そしてあの日、ルンバー海賊団を標的に定めた存在。
旗下の海賊達すら、恐怖に突き動かされて襲ってきたあの日。
子供の頭蓋骨を杯にして、唯一笑っていた人間。
「生きていたんですね……貴女!」
「それはこっちの台詞だよ。さぁ、お話しようぜ」