老いた龍虎は新時代の夢をみるか   作:松ノ木ほまれ

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第13話

 

 

~ テイワ=ラグ島 ~

 

 丘の上にある医院の1階。ナミの腕から摘出した"黒いモノ"を、シャーレ越しにチョッパーは観察していた。形状で言えば、条虫科の扁形動物である『テープワーム(サナダムシ)』に極めて良く似ている。

 

「やっぱりおかしい、本当に"生物"なのか? これ」

 

 顕微鏡で観察して、全体の形状を確認していくにつれて、観察しているこの物体は生物では無いのではないかという疑念にとりつかれ始める。こういう寄生生物の一種、かつ相手の体内に定着して栄養を摂取したり生殖を行う内部寄生虫は、運動器官・感覚器官・消化器官が退化していたりするものだ。動き回って宿主にひっついていたりしなくて良いのだから。

 代わりに生殖器官が発達していたりするものなのだが、コイツは"逆"だった。消化器官は無かった。体表摂取であるのならばこの点は異常では無い。感覚器官は、熱を嫌がったので存在している。普通の生き物のように。運動期間は、外側から自ら体内に侵入・退出する生態であるのか、存在する。

 

「精が出るね、チョッパー君」

「……Dr.ジブ? 寝なくて大丈夫なのか?」

 

 暖かいミルクの臭いが鼻腔をくすぐって、チョッパーは振り返った。この医院の主、ジブが隣にまでやって来て、色々と資料が広がったテーブルのあいた場所に、カップを置いて、

 

「私は大丈夫さ、慣れてるから。君こそ、根を詰め過ぎると思考が鈍るよ。ちょっとはリラックスした方が良い」

「あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」

 

 礼を言って、チョッパーはカップの中に注がれたミルクに口をつける。ちょっとぬるめにしてくれていて飲みやすい。ほんのりと混じるハチミツの香りは、少し焦っていた彼の思考をフラットにしていく。

 

「甘ぇ~♪」

「それは良かった」

 

 彼女は、顕微鏡越しにチョッパーが気づいたポイントを殴り書きしたメモに目をやった。

 

「条虫科にしては生態がおかしい事に、君も気づいたのか」

「……! うん。俺も色んな島行って、寄生虫とかも本は読んだつもりだったけど、こんなのは始めてだ。寄生虫って、殆どは最終宿主に食われるため、中間宿主に寄生するものの筈。でも先生のレポートを見た限りじゃぁ――」

「攻撃的な形状へ宿主を変異させる。これまでの事例は殆どそうさ。

 奇形化した魚などが挙がる例もあるが、事人間の場合はコレしかない」

「それに、もっとおかしな点が一つあったんだ」

「……いいね。せーの、で言おうか?」

 

「「 『生殖器官』が無い 」」

 

 両者の声が揃った。それに見解も合致している。チョッパーとジブ、双方の眼が輝いた。彼女はチョッパーに手を伸ばして、つい撫でてしまった。

 

「こんな短時間で気づくなんて凄いなぁ、君は」

「ほ、褒めたって何にもでないぞぉ♪ コノヤロ~♪」

 

 全く感情を隠せていない。そんな彼を微笑んで見ているジブは、続けた。

 

「まぁ、君の気づいた通り。コイツ等にはオスも無ければメスも無い。

 無性生殖という線は、それこそカビとかコケ、菌類などの胞子形成、一定条件下のミジンコやアブラムシの増殖が良い例があるし……考えもしたんだが。保管していたサンプルの中では増殖を行った例も皆無でねぇ」

 

 この8年間調査し続けて溜めてきた資料も、肝心の一線から前へ進めていない状態。というより進む先が解らないというのが正確かもしれない。

 

「そも生殖のための寄生を行う寄生生物の生態からはかけ離れている。

 説明が付かないというべきなのかな。ともかく、自分から増える事が無い」

「つまり、生き物として最初から破綻してる」

「その通りだよ。だから研究が上手く進まなくて頭痛の種なのさ」

「その事なんだけどさ、Dr。俺も間違ってたんだけど、コイツ等を『寄生虫』、というより()()()ってカテゴリーで最初から考えるから、拗れるんじゃないかって思うんだ」

 

 チョッパーのその言葉に、ジブはずずいと彼に身を寄せる。ふんわりとした女性の香りに彼は思わず頬が赤くなる。ナミやロビンとはまた別種の、抱擁されているような感じがするこの安心感。不思議な人だなぁと思いながら、

 

「シャーレに補完し始めて相当時間が経っている筈なのに、弱まるどころか、外に出ようと動きが活発になってる。消化器官のようにエネルギーを補充する術を持たない状態なのに。なら、そもそも最初から"生き物"じゃ無くて、"端末"と考えれば良い」

 

 チョッパーは、筆記具を借りても良いかとジブに伺いを立てて、数枚の紙を貰いその上に簡単な絵を描いていく。人と、そこから枝分かれして分派していく端末を。

 

「コレが悪魔の実の能力なら、どんな恐ろしいモノが元なのかわからないけど、つじつまは合うよ。母体である能力者が生きている限り、死ぬ事も無い"端子"と思えば」

「能力者の端子を寄生させて、宿主を操る、か。ロイコクロリディウムのようだが、それも元々が能力者の意思によるものなら、生態もナニも無い。8年の調査だったんだけどなぁ」

「……!? いやいや! 先生の残していたコレからふと思いついただけだぞ!

 俺だってゼロからスタートしたら絶対どこかで行き詰まってた」

「君は本当に良い子だね、ありがとう」

 

 ジブは喜んだ表情を見せた後に、一つまた引っ掛かった点が思い浮かんだようで、チョッパーの図面の下に、枝をいくつか書き加えた。

 

「そうなってくると、能力者が複数いる、という事になる。

 しかも8年間ずっと息を潜めてこの街で暮らしてかつバレていない。

 ゆゆしき事態だぞコレは……」

 

 『人間の手足を付け加える』  『金属への変質』

 『全身武器としての機能のみ残した人体改造』 『感覚器官増大』

 

 という項目を書き加えていく。チョッパーもそこに至って表情から血の気が引いた。確かに悪魔の実の能力と言えば一発で解決する話だが、ジブから聞いていた怪奇の数々や、この寄生体にとりつかれた結果を思えば、()()()()()()()()()のは明白である。

 つまり、『人を操る能力者』と、『人体改造する能力』を持つ奴等がこの街にいて、しかも数年間尻尾も掴ませずに暮らしているという事。

 ジブの顔つきが、医者のソレでは無く、街の古参の顔へと変わっていた。

 

「街に長く住んでいる者達にあたってみなきゃ。今夜は無理だが」

「俺も手伝うぞ、Dr」

「ありがとう。君やルフィ君達が手伝ってくれるなら心強い限りだ。

 外から来たばかりの者の方が変なところもすぐ眼につくだろうし」

 

 また、柔和な医者の顔に戻る。歪な平穏とはいえ、何事も無いのが一番であるのだが、その不安要素が街の中に潜む何者かのせいであるならば、暴き出して解決しなければならない。

 

「私は、明日から街のまとめ役達とあってくるよ。君もそろそろ寝なさい。

 2階の病室のベッドを使ってくれてかまわないから」

「ありがとう、Dr。それじゃあ」

 

 チョッパーはジブに挨拶して、部屋を後にし、階段を上っていく。ルフィが眠っているであろう病室へ入った。

 2人用の病室だった。片方のベッドではルフィが既に寝息を立てている。いつもなら大きく脚を広げて無防備に寝ていておかしくないのに、今日はいつでもすぐに起きた時動けるように、姿勢を崩していなかった。

 きっと、隣の部屋でナミと、プリンセス・ウタが寝ているからだ。何時でも守りに行けるように。

 心が穏やかになると共に、気持ちを引き締めた。またも上陸初日に激動の出来事へ遭遇する、それは冒険では恒例になりつつあったが、この島の問題と、解決の糸口はすぐに見つかった。皆にも共有しなければ。だが今は体力を温存する時だ。

 

 もう片方のベッドに潜って、眠ろうとした時の事である。

 

 ただその時、チョッパーは気づかなかった。

 

 隣のベッドで、ルフィが背中の首元に一瞬手を当てた事に。

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

~ テイワ=ラグ島・船着き場にて ~

 

 

 身も凍るような空気が、サニー号の甲板の上に漂っている。

 睨み合う男女。方や骸骨の風体で、方やラフな白衣を纏う女性。骸骨は仕込み杖に手をかけたまま動かず、女性はその仕込み杖を押さえ込む。張り詰めたその空間は、一般人が脚を踏み入れた瞬間に脚を竦ませる程の、殺気に満ちていた。

 殺気を放っていたのは、ブルックである。かたやジブの姿をした何者かは、少女のような笑みを張り付かせたままだ。

 

「お誘いが貴女でさえ無ければ、喜ばしかったのですが」

「つれないなぁ、コレでも容姿には自信があるんだぜ?

 何せ"拳骨"を堕とした面だからなぁ」

「何を、訳のわからない事を……!」

 

 今、頭に血を上らせるのは危険だ。それはブルック自身何よりも自覚している。だがそれと同時に、無理だ注文だと叫ぶかつての自分に苦悩していた。この胸の中からわき上がる激情は、今の仲間達と共有の出来ない古い代物である。

 魂が叫んでいる。コイツは敵だ。求めて止まなかった無念、恩讐の相手だ。

 やめろ。今騒ぎを起こして、まだ判然としていない島の不穏分子を招き寄せてしまう。死んだら骨だけ、残るモノは無いのだ。無い……筈なのに。この二つの、いかんともしがたい冷静な部分と、男として、人としての激しい心情が、苦しい。

 

 己を律せよ、調律してこその"麦わらの一味の音楽家"ではないか。

 

 ブルックは、仕込み杖から両の手をふっと話した。ジブはその行動に気を取られたのか、一瞬刀身を固定していた指の力を緩める。

 今だ。

 右足で、ジブの腹部を狙った。女性のお腹を蹴る事には若干の抵抗を感じるが、やむを得まい。当然左腕でガードされるが、かまわない。仕込み杖を折られる心配を除く方が何より優先だ。

 

「失礼いたします!」

「―― っ!? へぇ♪」

 

 蹴った勢いそのままに、仕込み杖をジブの指から回避させ、大きく飛び退く。その時、マスト脇のベンチに立てかけておいた『バイオリン』を忘れなかった。

 すかさず、仕込み杖をバイオリンの弦にかける。

 

(冷静に…冷静に…。周囲への被害を抑えつつ、コイツを無力化する)

 

「眠り歌……フラン!!」

 

 眠らせて、斬る。そうするのがベストだ、穏やかな音色でゆったりとした気分へおとす。ただ相手はかつてその力の一端を見ること叶わなかった相手。何をしてくる?

 音楽家ならではの戦い方、この剣から放たれる旋律に、どう出る。

 

「ふぅん、音でも戦う、か。()()()()()正解だったなぁ」

 

 そう言うと、ジブは息を大きく吸った。

 

歌唱(シング)歌唱(シング)……独唱曲(ソロ)。『 運 命 (ドゥーム)』!!」

「……ちぃっ!」

 

 ジブの口から放たれる重低音。ドゥーム・メタルの旋律が織りなす、滅びへの賛歌が音符となっていく。音波の壁が周囲へ形成されていく。ブルックの奏でた穏やかな眠りへの誘いも、音が被さり、ぶつかって、不協和音へ変わっていく。

 音による強固な防護壁。攻撃への転用は出来るのか?

 ブルックは眼を細め、ジブの動きを注視する。攻撃的な歌を歌えばきっと、今度は音符が飛んでくる。激しい旋律で打ち落とす事を意識してみる。

 

 しかしジブの姿をしたソイツは、左腕を胸の前で開き、発する言葉を変えていく。

 

鍛冶(フォージ)鍛冶(フォージ)精錬(リファイン)精錬(リファイン)

 真造。鍛造。ふけ、ふけ、たたら、たたら。かさね、かさね、かさねる事千度」

 

 何を、しようとしている!? 今度は音楽では無い!

 胸の前でオレンジ色に光るモノが浮かび上がっていく。それは、超高温で熱せられた鉄だった。言葉が続いて行くにつれて形が出来上がっていく。

 あれはまさしく、刀であった。今ここで、作っている。一体何が起こっているんだ?

 砂鉄を操った? 空気を操って、温度を上げて溶かし、形を整える。幾つもの力が交互に働いている。それとも刀を作る能力だろうか。

 

 だがそれでは先ほどの歌を防具とした能力の説明が付かない。

 

「―― 夜明曲・クー・ドロア!!」

 

 突きを、()()()()。止まるとは思っていない。だが様子を窺うのを優先した。刺突を飛ぶ刃として放つ業。それをもって彼女の出方を窺う。

 彼女に迫った斬撃は、周囲をいまだ漂っている音符が数個をもって防ぐ。厄介な奴だ。

 防護展開から、相手に合わせた戦法へ切り替えていくやり方。仲間がここにいれば、もっとコイツのやり口を引き出せたろうが、贅沢は言ってられ無さそうだ。

 

「…… 水 冷(クーリング) 研 磨 (ポーリッシュ)

 

 数千もの層にてかさねられた鉄の層。波打つ刃文、星明かりに煌めく反射光。

 彼女の手に、一振りの刀が握られている。ご丁寧に、柄から鍔まで出来上がっていた。理解が追いつかない。複数の能力を同時使用? そんな事が可能なのか?

 

「さて、ウォーミングアップは終わったか?」

「良い感じに仕上がってますよ? あ、筋肉も心臓も残ってませんけど」

「斬りづらい事言うなぁ」

「その通り、斬ってみるなら斬ってみてください。

 貴女のその……"猿真似"で出来るというのなら!!」

 

 ほんのりとした光の中で、凍り付いた空気の上を、寒風が吹きすさぶ。

 

 そして、サニー号の上を一際強い風が吹き……

 

   「鼻唄三丁――」

       「布都御魂(ふつのみたま)――」

 

 

   「――矢筈斬り!!」

       「――魔縁♪」

 

 

 一際強い光。剣戟の火花が散った。

 

 

 

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