~ テイワ=ラグ島 ~
「……これは穏やかじゃ無ぇな」
サンジは、騒々しくなり始めた街中を走り回る、ある一団を見てそうひとり零す。それは見るからに一般市民という風体では無かった。軍装を身に纏った一団である。あの不気味な噂が飛び交う島とは言え、自警団が無いのは可笑しな話だ。
タクティカルブーツという安全靴の一種と、ブラックのカーゴパンツをはき、右腿に装着したレッグホルスターにはピストルを携帯している。腰には予備の弾丸と火薬を詰めているであろうポーチを着け、グレーのトップス上に捲いたハーネスには、各々の得物を携帯しているのも見えた。
刺叉・突棒・袖絡。ワノ国でも見かけた逮捕用具だ。非殺傷性の捕具が中心という事は、おそらくピストルの弾も鎮圧用のゴム弾かもしれない。しかし、中にはナイフや刀剣を携帯している者もおり、暴漢鎮圧というには、この島の中では些か過剰とも見えた。
(それに、統率が下手な海軍の連中より高い。優れた隊長が率いていると見ていいな)
整った隊列。お互いがお互いの死角をカバー出来るよう常に周囲へ目を張り巡らしながら進む部隊の動きは、サンジでも思わず関心してしまう程。彼らは真っ直ぐ、街の奥、上部に位置している地点へ向かっているようだ。
ジブ先生の医院がある所よりもさらに向こう。明かりもまちまちな、人気の少ないエリアへ。
「まさかあのマリモ野郎、トラブル起こして無いだろうな」
彼らに、ついていってみる事にした。怪しまれぬよう距離をとって、見失わないように。建物の間を縫うように進む部隊を、視界から逃さない様に追うのは骨が折れるが、今はなりふり構ってもいられなかった。
向かっていく先は、使われていない噴水のある広場。視界の向こうには、古びた門がある。
「通報に間違いは無いか? 手違いでは済まされんぞ」
「近隣の住民から寄せられたものです。緑色の髪をした剣士と、黒髪の女が門の中に入っていったと」
「よし、ブラボーチームは散開して門を見張れ。アルファチームは俺と共に突入、侵入者を捕縛する。発見したら迂闊には近づくな。それに"感染"の徴候があった場合は迷わず"処理"しろ。様子に変わりが無い場合は拘束、検査する」
どうしてこう、予感というのは嫌なものに限って当たるのだろう。緑髪の剣士といったらもう1人しかいないじゃないか。あの古い門が開く事自体が、きっとこの街にとっては大問題なのだろう。
こうして自警団が、"中から何が出てくるのか"を警戒する程に。
感染という言葉も使っていた。ふと、船に戻って来た時にブルックが言っていた、医院での出来事を思い出す。ナミさんが見舞われたというクソ忌々しい寄生虫の話を。理性を操ってしまう程の恐ろしい存在を。
ゾロとロビン、彼らがそんな状態になる事を許すとは思えないが、念には念を入れなければならない。それに、ゾロの性格上、挑まれれば確実に応戦する。そういう男だ。
「……ぁ~、すまねぇ」
そうなる前に、ある程度明かした方が良いだろう。
両の手を耳と同じ高さまで上げながら、サンジは突入準備を始めた自警団の側に近寄っていった。体調と思しき人物が、振り向いてサンジを見やる。
激しい気迫が、サンジの肌の上をビリリと走る。内心下を捲いた。
「何者だ、市民では無いようだが」
(コイツ……"強い")
荒くれや海軍が双方立ち寄るという島を護る男。それも近くに(元とはなったが)四皇の縄張りがある位置にある島の守護を司る一団の長。それを思えば全くおかしくないプレッシャー。それを、ひと睨みで浴びせてくる。
一瞬、サンジの顔が強ばった。
年齢は、30代後半といった所だろうか。全身を覆っているのは、筋肉の鎧。鍛え上げられた上腕筋は丸太のよう、胸板はそれこそ甲板を思わせる分厚さを誇り、脚裁きはその風体にそぐわぬしなやかさ。一点たりとも無駄の無い身体であった。
「悪い、立ち聞きするつもりは無かったんだが。
あんた方が言っている侵入者の特徴ってのが、ウチの身内に似ていたもんで」
「その風体、君は海賊か?」
「おっしゃる通り。緑髪の剣士って言っていたが、ソイツ、3本刀を差してなかったか?」
自警団の隊長は、報告していた若い兵へアイコンタクトをとった。
「どうだ?」
「―― は、はい! その通りです」
「間違い無い。ウチの戦闘員だ」
「成る程、そういう事か。
気づいてたのかよと、息を呑む。足音は殺したつもりだったのだが。
「抵抗するつもりはないさ。ただ仲間がふん縛られるのを、黙って見てる訳にもいかないのはわかってくれないか?」
「それは、侵入者と顔合わせさせて判断する。
この島に来たのであれば、ある程度は"事情"を聞いている筈だ」
サンジはやっと、門の近くまで近づけた。左右に兵が立ち、隊長はサンジの三歩先で彼と向かい合った。
「噂の根源は"此処"だ。この門の中へ入っていって、無事に戻った者の例が少ない」
「自慢じゃ無いが、俺の仲間は強いぞ」
「五体満足で、という意味なら結構な数がある。"無事"というのは、他の意味だ」
「……"寄生虫"か?」
「―― 知っているのか?」
隊長の目が、見開かれる。サンジは聞いた立場でしか無いが、既に遭遇済とは思っていなかったようだ。
「俺の仲間が昼間、1人。ジブ先生という、この先の医院の院長先生に助けて貰った」
「あぁ、先生がすでに診たなら、大丈夫だ」
後ろの兵士達からも、ほっと胸をなで下ろした者がいる。この問題は島に長らく染みついているものなのは確かなようだ。彼らの態度が物語っている。
その時の事であった。ガコンと金属が鳴る音が響き、門が開いていく。兵達の顔つきが変わった。特に隊長の顔は、こちらに向けられないとしても、強烈な圧を放っている。街の方には一切、話に聞くアレを踏み入らせない、持ち込ませないという意思がある。
「おいおい、このお出迎えはなんだ?」
「……こうなるわよね」
門の向こうから現れたのは、間違い無い、ゾロとロビンの2人だ。
サンジは心穏やかでは無かった。ほっとしたのも事実だが、よくよく考えれば、この自警団が警戒する通り、我らが航海士が見舞われたような状態にならないとは言い切れないのだから。
思った通り、ゾロは刀に手をかけている。サンジが一歩前に出て、隊長の肩を軽く2回叩く。一方のロビンも、サンジがいる事に気づきゾロを手で制す。
「やっぱりだ。ウチの仲間だ」
「ゾロ、待って。サンジ君がいる」
隊長は、剣士が刀にかけた手の力を僅かながら緩めるのを見逃さなかった。
害意無し。そうみて隊長は左手をあげて兵に合図を送る。皆、構えていた捕具を斜め下へ下げた。即座に動けるように、という点だけは抑えつつ。
「へぇ、よく纏まってるな」
「褒めてもらえて嬉しいが、入った場所は、この島にとっては禁足地だ。
"感染"してないか、調べさせてもらうがかまわないな?」
ゾロとロビンは、自分達を囲んでいる兵達を見渡す。今此処で抵抗して、脱する事自体は可能だろうが、騒ぎを起こすのはどう考えてもマズい。この場所からはそう遠く無い地点にある病院に、我らが船長と船医がおり、航海士が診療を受けている状態だ。そして、船長が恐らく今テコでも動かなさそうな要因も一緒にいる。
加えて、島の噂。サンジは隊長から聞いたとおりだし、2人はまさしく体験してきた所だ。この島に蔓延っている怪異。ナミが"なろう"としていたのはきっと、と。
それを思えば、ここで自警団の兵と衝突はしてはならない。
ゾロが、刀から手を離した。それをみてやっと、自警団側も捕具を下ろす。
「……わかった」
「手荒なまねはしないと約束する。ちょっとばかり熱い思いをしてもらうだけだ」
「"熱"を当てるのかしら?」
「―― あぁ、なる程。こちらの金髪の青年が言っていた事も本当か。
なら話が早いな。
島の秩序は護らなければ、と隊長は付け加えた。ゾロもまた、この隊長の体つきや身のこなしからして、島の中でもきっと最上位の強さを持つ男だと理解したらしい。少しばかり、この男に興味を持ったようだ。見るからに剣士では無いので、その点を残念がっているようにも見えるが。
「手荒い歓迎になってしまった事は、私が代表して詫びよう。
この島は暮らしやすい島だから、外から立ち寄る者も多くいる。
だが、この
「それは、ついさっき身にしみて味わってきたわ」
「非道い味だったろう?」
身体の周囲を熱した棒が動き回る。ナミの件を見ていたロビンは、仕方なしに従っている。ゾロとサンジは、話に聞いていたとはいえ流石に抵抗感があり、最初は思わず反撃しそうになってしまった。ロビンが2人を押しとどめて、熱による"身体検査"が終わる。
自警団の警戒が、ようやく最低ラインまで下がった。
「ともかく、無事で良かった。向こうであのバケモノにやられるか。
よしんば戻って来ても『変異』してしまう者が圧倒的でな」
「いや、アレは確かに警戒して当たり前だ。あの妙ちくりんなブリキ人形は」
隊長が、自警団の面々に解散を命じ、その場にはサンジ達と隊長が残る。
「最も広い通りまで案内しよう」
隊長は手招きして、通りを歩き始めた。それに3人が続く。
それにしても不思議だ。そう思ったのは男共2名だった。鍛え上げられた身体もそうだが、その身のこなしや所作に至るまで、この平和な島の自警団と言うにはやや過剰と言うか、違和感を感じ無い方がおかしいとすら思っている。
「なぁ、アンタ、元海兵か海賊だったか?」
「どうしてそう思う、ソードマン」
「動きの癖が普通じゃねぇ。普通の動きの中にある隙が少なすぎる」
「勘が良いな。―― 確かに、俺は元海賊だ」
10年前、ボロボロになった船でたどり着いた。今の島の住人というくくりであるが、最初の入植者のメンバーの1人だったと隊長は言う。意外だ。どちらかと言えば海兵の方がしっくり来るような気がするのに。
「意外か」
「まぁな。海賊って聞いて信用されねぇんじゃねえかってくらいには」
「ハハ、確かに。これでもけっこうヤンチャだったんだが。歳はとりたくないな」
羽織っていなくても、背中に正義の文字が浮かんでそうな風体でよく言うものだ。
無理矢理海賊時代のこの男を想像しようとしても、少し難しい。ただ、こうなる切っ掛けとなる出来事はあるのかもしれない。それに、あの場にいた誰よりも、門の向こう側のモノへの憎しみが強い様子も見られた。何があったのか、というのは想像するのは簡単だが……
「ねぇ、貴方があの向こう側の生き物に向けてる"怒り"はどこから?」
「どうして、そんな事を聞く」
「私達の簡易検査の時も、その前も。貴方があの門に向ける目は尋常じゃ無かったわ」
背中に、返事が浮かび上がったような気がした。ほんの僅かの間立ち上る、熱気。怒りのボルテージ。恩讐の念と言えば良いのだろうか。
「可愛がってた部下が、8年前から帰ってこない。これで十分か?」
「……ごめんなさい」
「かまわない。この島に長くいる者は、大抵味わってる」
それでも出て行ける状況にもならないのは、辛いと隊長は零した。立ち去るとして何処へ行く? カイドウの所か? ビッグマムの所か?
天秤にかけて、この島で暮らす事を選ぶ者は数多い。そんな彼らを見捨てて去るような正確でない事を軽く呪いもしたそうだ。
表通りが見えてきた。夜に入って、人通りは少なくなりつつある。それでもまだ明かりは多く灯り、まっすぐ船着き場まで降りて行けそうだ。
「じゃあ、俺は此処で失礼する」
踵を返そうとした隊長に、サンジは訪ねた。
「アンタ、名前は?」
隊長は彼の顔を見やった後、少しの間逡巡し、口を開く。
「クリストファーだ」