老いた龍虎は新時代の夢をみるか   作:松ノ木ほまれ

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第1話

 

 

~ 新世界より ~

 

 

「島だ~~っ!!」

 

 グランドラインの後半戦。人々はそこを"新世界"と呼んでいる。

 停泊した船:サウザンドサニー号から降り立った青年が、快活で人懐っこい声を高く叫んだ。まだ20の年齢に達しているのか首をかしげる若い風貌。

 

 青年の名前は、モンキー・D・ルフィ。

 

 よく知らぬ者は、この青年こそ船の船長を務めていると聞けば驚くであろう。そして同時に、海賊であると聞いても、最初は信じないのでは無いだろうか。そう思わせる程の、一種の柔和さが風体より漂っている。

 そうでありながらも、鍛え上げられた肉体と、胸の傷。歴戦の戦士としての風格も有しているまこと不思議な青年であった。

 

「勝手に街中に行かないでよ、ルフィ!」

 

 橙色の髪を蓄えた女性が、甲板からルフィに叫ぶ。

 船の航海士:ナミ。次々と船から港へと降りていく船員達の中で、あきれ顔で若き船長の背中に視線を注いでいる。船長であるにもかかわらず、真っ先に船員達の眼から消えてトラブルに巻き込まれたりする。

 最も強く、芯の通った男であるのに最も子供っぽさを残していた。それがルフィという青年の良い所であり、悪い所。

 だからこうして必ず、誰かしらから声が飛ぶ。

 

「わかってる~!」

 

 振り返る事無く、ルフィは爛々と眼を輝かせながら、双眸に映る街への興味に駆られている。新たに降り立った島の、あの街には、あの丘の向こうには何があるのだろう。そんなワクワクを隠しきれていない。

 いや、彼の場合は隠すような性格では無い。

 そもそも隠していないのだ。

 

「……本当にわかってるのかしら、あいつ」

 

「この島なら、いつもの心配はいらないんじゃないかしら」

 

 そう、ナミの後ろから現れた、黒髪の女性が言う。考古学者:ニコ・ロビンである。

 二人の目線は、次々と港へと降りていく男性陣に向けられる。方や呆れ、方や楽しそうにという違いはあるものの。

 

「この島って、有名な島なの?」

「ある意味で、だけど。

 この『テイワ=ラグ島』は、"癒やしの島"と呼ばれているわ」

 

 ロビンは、町の方へ顔を向け、方々へ手をかざしながら続けた。

 

「私も話しに聞いた程度だけど。10年程前から、新世界で旅人や海賊・海軍問わずに旅の疲れを癒やしたり、治療を受けられる島の噂が海賊や海軍等、"海の男女"達の間で広まった」

「バケーション、という意味じゃ無いのね」

「そう、残念な事に。そして島の敷地・周辺では争いは厳禁というのが、当時から暗黙の了解で海軍・海賊双方に浸透しているの。ここまでの船旅で、他の荒っぽい人達が突っかかって来なかったでしょ?」

 

 ロビンのその言葉に、ナミも思い当たる所があった。

 この数日間、何も衝突が無く、平和な航海が出来た事への、妙な違和感が腑に落ちたというべきだろう。

 それこそ、海軍の船と他の海賊船とが戦闘を行っている光景はさして珍しいものでは無く、海軍以上に"四皇"の威名が通りやすいこの新世界においてもそれは変わらない筈なのだ。

 違和感とはそれだ。先日も、遠目に一件見かけたのだ。ドンパチを繰り広げていた海軍と海賊。一隻ずつであったが、すぐに"()()()()()()"。

 ダレもいなくなったかのようで、船長のルフィは「近づかない」と即座に決断してその場を離れたのである。つい昨日のことだ。忘れようも無い。

 

「だからかも。彼、いつもよりゆっくりじゃない?」

 

 ロビンは言う。ナミが視線を向けると、確かに我らが船長は船医:チョッパーや、狙撃手:ウソップ達と共に、騒ぎつつではあるが歩調を合わせて港を見回して進んでいる。

「ホントだ。何度言ってもすぐに露店へ突っ走って買い食いするようなタイミングなのに」

「私達も行きましょう?」

 

 そして女性陣も、甲板から降りていく。

 待っていたかのように、"お手をどうぞ"といつもの調子で場を和ませてくれる、コック:サンジと、それを横目にあくびをする剣士:ゾロ。

 先頭をすすむ船長追いかける、音楽家:ブルックと、操舵手:ジンベエ、船大工:フランキー。【麦わらの一味】として知られる彼らが、島へ降り立っていく光景。

 

 この広い世界の中で、無数に広がる冒険話の一つ。

 

 買い物をしたり、喧嘩したり、呑んで騒いで、見て回り、知って覚えて、海へ。

 

 そんな一時になる。少なくともこの瞬間だけは皆がそう思っていた。

 

 

 ※※※※※※※※※※

 

 

~ テイワ=ラグ島・市街地にて ~

 

 

「ルフィ? どうしたんだ?」

 

 船長であるルフィの異変に気づいたのは、ウソップであった。

 各々、大凡の集合時間を決めて、街の散策へ繰り出したのはほんの少し前の事。ロビンやブルック、チョッパーは何か新しい本や知見と出会えないかと、本屋や医院の並ぶ区画へ向かった。ゾロとフランキーは武器・工具の手入れにと工房が建ち並ぶ区へと消えて行き、ジンベエは港周辺で見かけた魚人達へ挨拶に。

 そして、ルフィとウソップ、サンジは食との出会いにここ、歓楽系の店や居住地が並ぶ場所に来たという訳だ。

 当初こそ、予想通りの行動をルフィはとっていた。

 露店に並ぶ食品を手にとって、人並み以上の人なつっこさからか方々から『これも食べな』と渡される肉や飲物を喰らい。ウソップは後ろを追いかけながら、お代を払ったり、自分も食べたりしつつ付いていく、いつもの光景。

 

 ルフィが突如立ち止まって、耳を澄まし始めたのは、そんな時である。

 

 もう少し昇っていくと、ロビン達が向かうと行っていた区画が見える場所。少々開けていて、小さな噴水に日の光が差し、虹が見えたタイミング。ルフィの表情から、いつものおどけて明るいものが、ほんの一瞬の間だけ消えた。

 少なくとも、ウソップの眼にはそう見えた。サンジも、ウソップ同様に船長の僅かな変化に感づいたようである。

 

「……何か"当たった"か?」

「―― 違う。悪ぃ、サンジ」

 

 そう言って振り返ったルフィの顔は、いつもの明るい顔だった。

 ウソップもサンジも、船長が嘘をつけない男である事を知っている。だから、その"違う"は、きっと嘘では無いのだ。それはわかる。だがその一言に、別の意味が入っているような気がした。しかし、そこから先に踏み入っては行けない予感がした。

 何か、人にとって神聖な領域にわけいるような、そんな感じ。いかに仲間とは言え、越えてはならないラインが今見えたような気がしたのである。

 その間隔に戸惑う二人を余所に、ルフィはズンズンと進んでいく。

 それは、まるで小さな何かに導かれているようでいて、より大きなナニかに引っ張られているようにも見受けられる。とてもでは無いが、一人にしておくわけにはいかない。ふたりの心魂が一致した。

 

「うちの船長、またトラブルに引っ掛かったように見えるな」

「同感。メチャクチャ穏やかな島なのに、アイツの挙動が今すっげー怖いわ」

 

 方々に目をやって、ウソップが漏らした感想は、麦わらの一味一同が揃って抱いたものである。

 これ程までに穏やかで平和な空気が漂っている島は、本当に久方ぶりだった。新世界という、これまで辿ってきたグランドラインの軌跡を凌駕する、激しい衝突・縄張り争いの数々。仲間が皆笑って、泣いて。後半戦に入ってから、激動しか無かったのではないかとも思う。

 

 その島々と比較してこの島の平穏と言ったらどうだ?

 

 船を降りた直後に、ロビンがかつてから聞いていたという、この島の"不文律"を知った。

 『戦闘一切厳禁』という、この大海賊時代で護られることが不思議なただ一文。それがこの島では皆が従っている。

 海賊も、海軍も、賞金稼ぎに一般市民も、だ。

 喧嘩程度であれば問題は無いらしいが、"抜いた"時点で()()に反した判定となるらしい。故に島から街へ繰り出してからというもの、トラブルというトラブルに見舞われなかった。喧噪が絶えない筈の酒場の前を通っても、各々の喋る声以外にこれといった騒ぎも聞こえてこなかった。

 

 安全に買い付けや一時の清涼ができるのならば、それに越した事は無い。

 

  ―― だが、"我らが船長"がそれを許さず・許されざるのは"天運"であるらしい

 

何かを辿るように、ルフィは走って、歩いて、止まる。

 

止まって、歩いて、走る。

 

時折、耳を澄ませて、視線を方々へ巡らせて……

 

 そしてサンジとウソップも、ルフィがこんな奇行に走る理由が解った。

 

「「 ……歌? 」」

 

 耳に入ってきたのは、女性の歌声だった。

 やや掠れていて、本来の声なのかそれとも療養中の人物のものだろう。いつの間にか三人は医院の建ち並んだ区画に入り込んでいる。医薬品の匂いと、消毒用のアルコール。それらの何とも言いがたいかおりに包まれる不思議な空間だ。

 居心地が良いかと言われれば、返答に困る。ただそれらをすべて思考の彼方へ追いやる衝撃が、その瞬間存在していた。

 

 聞いた事がある声だ。

 

 それも、つい最近の事である。

 

 付け加えるなら、麦わらの一味にとって忘れようも無い出来事であったから。あの童心の塊とも言うべき"我らが船長"が、本調子に戻るまで相当かかったのだ。物事を引きずるような性格で無い、あのルフィが。

 表面上は元気であったが、ずっとどこか、内心泣いているかのような印象があったのだ。

 まるで膝を抱いてすすり泣く少年のような。

 だから、二人は今ルフィを無理に止める、という発想に至れなかった。

 

 ルフィは、この島に広がる街の中で、最も高い位置にある医院の下で立ち止まる。

 

 壁に、『ᛞᛖᚢᛋ』という文字と、『ᛈᚺᚨᚱᚨᛟ』という不思議な文字が刻まれた看板が掲げられ、隣には町の政庁舎が建っている。その建物も恐らく個人病院であろう。そのうち2階の窓が開かれていて、その窓縁から、見覚えのある人物が外を見ていた。

 女性だ。紅白二色の髪を蓄えて、患者衣を纏うその女性の顔が向けられているのは、まさしく窓の下。立っているルフィへと視線が注がれていた。ルフィも窓を見上げて、その女性と目を合わせている。

 

 一時の沈黙。

 

 ほんの僅かな間、音が消えたような錯覚に陥る。少なくともサンジにはそう思えた。思わぬ邂逅というべきなのか、外と窓辺とを挟んで見つめ合う男女の間に、風の通り抜ける音も、人々の雑踏の音も、何も必要無いのだと。

 ウソップも立ち止まって、背中越しに見えるルフィの表情と、女性の顔とを見比べて、緊張した面持ちを解した。今声をかけるのは、無粋というものだろうから。

 

  「―― ウタ?」

 

「ル、フィ? どうして此処に……」

 

 

 

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