至急訂正し、再度投稿したものです
申し訳ありませんでした
~ テイワ=ラグ島・船着き場 ~
甲高い音が、サニー号の甲板に響いた。目で追う事も出来ない程の絶技にして、ブルックの必殺の一撃。【鎮魂曲・ラバンドゥロル】。名だたる剣豪をもってして始めて防げるであろう一閃。手応えが、確かにあった。
ブルックは、仕込み杖を納刀する。その瞬間、ジブの姿をした何かの首筋から血が噴き出した。初めは勢いよく、そしでドプッという音を立てながら溢れ出てくる血液に、白衣が血染めへ変じていった。それを音で実感したブルックは、何時でも抜く事が出来る体勢を崩さぬまま振り向いた。
記憶の中にいるアイツ。かつて生を共にした仲間達が、斃れていった元凶。身体の中にもう血は通っていないが、わき上がるこの憤激を収めるため、女性を斬った。それがたとえ恩人であったとしても。
よしんばこの第2の生を終える事があるのなら、間違い無く自分は地獄へ墜ちるだろう。それでも構わない。先に逝った仲間達の鎮魂がためと、腹を括った。
「おっ……!?」
「動脈を切りました。本当は、首を落とすつもりでしたが」
首元へ手を当てたソイツは、切り口に指を突っ込んで、抜き取った。
何と言う奴だ。ブルックはこの行動の意図がわからず、再び構える。意味なんて無いのかもしれない。ただ自分に起こった事を確かめるためだけのものなのか。首元に傷が出来た事に何ら驚きもせず、ソイツも振り返った。顔は穏やかな笑みを浮かべたまま。
「斬れちゃったねぇ」
「貴女、"
「う~ん、あったかな?」
どこまで巫山戯るつもりだ。今度こそ間違い無く首を落としてくれよう。責めて苦しまないようにと狙いを定め、もう一度一撃を繰り出そう。そう思った時の事である。ブルックの左足から急激に力が抜けた。
膝を突いてしまった。何が起こったんだ?
一閃出来る体勢は保った。しかし先ほどの技はすぐに放てなくなった事は確か。
「あの頃聴いていた通り、君の一閃は素晴らしいな。だけど俺も斬った」
そう言い、アイツは作り出した刀の刀身を眺める。刃文に揺らめく光が、一層強くなっているのがブルックにもわかった。身体のどこかが斬られたかと、アイツから目を離さないようにしつつ全身を確認する。どこも、斬られていない。
なのに力が抜けた。まるで
「ヨミヨミの能力、俺の見立てが確かなら、【魂】こそ力の根源。そうだろう?」
ブルックの脳内を、嫌な予感がよぎる。
この身体になってから会得した技によって、それこそ斬られる事には一定の耐性があるのだ。骨を直接となれば話は別だが、関節を斬られる事に関しては無効化と言って差し支えない対応が可能になっている。
身体を離して、再びくっつける。それを可能とするのが"ヨミヨミ"の力。蘇りし魂の力だ。それを、知っている? もしくは推察して対抗策を初手で使ってきたのか?
「貴女、もしや……」
「きっと、君が思っている事だよ」
アイツはその禍々しい光を有する刀身を振った。すると剣先から、血潮を飛ばすかのように淡い光が飛んでいく。それはブルックが特定の技を使用する時に放たれる光に酷似していた。
「"御魂"を"
「嫌な術を使いますねぇ」
息を整える。肺が無いのに呼吸とはおかしいかも知れないが、
左足の力をもう一度込める。再び立ち上がって、アイツに向き直った。ブルックの再起に感心したような顔をして、奴は刀を構える。
(
息を呑んだ。先ほどはすり抜け際の抜刀で、構えがよく見えなかった。
今度は向き直って、刀の筋道を見極めなければならない。アイツがとったのは、青岸の構えという"古流"の構え方。かつて王国戦士として訓練を積んだ時期に、聞いた事がある。攻防一体、円を描くようにいなして斬る流派があると。
ただ、わからない。歌唱を武器として、鍛冶をその場で行い、今度は剣術?
そして首を半分切って、相当な出血であるにもかかわらず、今だ生きて動いている事実。自然系の能力者であるならば、出血する事自体が可笑しな話。理解が追いつかない中で、次の一閃を放つべく脚に力を込める。もう一撃は出来そうだ。
「
地面を蹴った。前方へ、奴の方へ。
距離は遠くない。斜に構えた刀身で、奴の身体が見えにくくなる。
「バンドゥロル」
抜刀した。次こそ首の骨を、と考えたのが仇になった。ブルックは、相手がかつての仲間の仇と認識したからこそ、頭に血が上って判断に鈍りが出たのだ。
太刀筋が最初から首狙いであるならば、いなすのは容易な話ではないか。
彼の剣は、ゾロのような剛剣では無い。技量特化と言って差し支えないこの戦い方で、最も重要な冷静さにほんの僅かな曇りが出た事。
刃と刃がふれあった。
真っ直ぐ向かっていく切っ先を、アイツは両肘を上げて、刀の
「……フッ!」
奴の両腕が力んだ。
(―― ぬかった!!)
流れた刃が、細い光を描いて一文字を描く。周囲の空気が冷えていく。熱をも奪っていくこの刃であればこそわかる事がある。切り損なったと。雪のように冷やされた水分が、宙に白い絵を残しているのだ。
奴の頭上、奴の刃の上を。そして奴は今、まだ刀を構えている。自分の目の前、切り下げられる位置にいる。マズい。非常に、マズい。
肩から脇腹に至るまでの導線が無防備になっているのだから。
(せめて、鞘で! 折れてもかまわない、鞘で!)
鞘を握っている左腕を、前へと持ってくる。振り下ろされる切っ先が、ゆっくりに見えてくる。自分と迫る刃の間に、鞘を差し込む事が出来たのか、その時にはすでにブルックにも認識出来ない状況になっていた。
「ぐっ……あっ!」
視界が揺れる。鞘を掲げた腕が自分の顔と胸に押しつけられる感覚、そしてそのまま地べたへ叩き着けられたのだと、理解した。右半身を襲ってくる痛み。バキリと耳元で響く鈍い音。鞘がひび割れたのだ。
それは、ブルックの誇りにはいったものとも言えた。
鍛えてきた。特に居合いはブルックをブルックたらしめる大事な1個。
(私の居合いが、流された!? ここまでの腕前とは!)
そして同時に、攻防これ一体として剣と身体をさばく術を、思い出す。
「お、思い出しましたよ。【新影流】」
「知っているか。さすがぁ」
地べたに押し込まれる。危うい。それは自分自身がよくわかっている。
鍔迫り合いというわけにはいかない。自分の刀は仕込み杖、そもそも鍔がついていない。それに居合いと突き主体のブルックは、競り合う方の戦い方を得意としていない上、そも体勢が悪すぎる。
「"出来の悪い猿真似"なので、気づくのが遅れました。ヨホホ♪」
「猿に押し負けてる君が言ってもねぇ♪」
ブルックは脚を振り上げ、彼女の脚を内側からすくった。体勢を崩させ、力を分散するのだ。重心がズレ、押しつけんと上から加わる力が緩んだ。その隙を逃さず、ブルックは地を蹴って、刃の拘束から抜け出す。
「……やるぅ」
「やっと、顔から余裕が抜けましたね。その方が素敵ですよ」
「言ってくれるな、えせ紳士が」
幸運だ。そう思った。"猿真似"という言葉が何故自分の口から出たのか。
これがもしゾロや、彼が刃を交えた剣豪達であったなら。自分の身体は有無を言わさず両断されていた事だろう。
そして奴はソレを否定しなかった。えせ紳士というのはちょっとショックだが。
「貴女のような見た目だけは最高の人と過ごす一時も悪くはありませんが」
「居合いの他にも芸があるのか?」
それに、運はこれだけでは無い。
「いえ、私だけじゃ寂しいんじゃないかと思いまして」
「……?一体何を言って ―― ペビッュッ」
奴の横顔を、大きな水色の手からなる一撃が見舞われた。橙色の和服姿。大人数人分にもなろうかと思える巨体。そこから放たれた重たい一発。
それは奴の身体を吹っ飛ばし、そのまま衝撃で反対側の柵へとぶち当たった。そこへ飛んでいく一個の弾丸。炸裂した緑星の蔦が、柵ごと奴を縛り上げる。
「「 大丈夫か!? ブルック! 」」
「ありがとうございます、ウソップさん、親分さん」
ジンベエである。心強い時に来てくれた。張り詰めて、燃え上がる激情で焼き尽くされる寸前だったブルックの理性が、冷えていくのが解る。冷静になれ、冷静になれ。これ以上続けていたらと考えるな。
仲間が来てくれたのだから。
脚から、力が抜ける。駆け寄ってきたウソップが、ブルックの身体を支えた。
「おい、一体何があったんだよ。ボロボロじゃねぇか」
「ボロボロ、ですか……」
「どうみてもそうだろ、ヒビだらけだぞ!」
一度力が抜けた左足を見る。一撃を受けた左腕も。どちらも骨の節々に亀裂が入っていた。砕かれるすんでの所であったらしい。
また、奴が未だ握ったままのあの刀。きっと、魂魄を斬られた。そのせいで左足が割れたのだろう。あれで首や胴体を切られていたら思ったら、今更怖気がしてくる。
「彼奴、何時の間に船上におった? 誰ともすれ違わんかったが」
「わかりません。いつの間にかいたんですよ」
「うぇ、暗くてよく見えないけど、身体ひしゃげてね?」
「ウソップは態々見に来なくて良いぞ、ブルックをここまでする奴じゃ、今ので死ぬとは思えん」
「そ、そうするが援護はするからな!」
そろりそろりと、ジンベエが奴に近づいていく。ウソップは何時でも弾を撃てるような位置を保っていた。そして、奴の服装を見たウソップはある事に気づく。
「えっ? 嘘だろ、ジブ先生の服……」
「知っとるのか!?」
「言ったじゃん。この島の女医で、プリンセス・ウタの主治医って」
ウソップの言葉にジンベエも戸惑った。それが確かなら、急変したナミの治療にあたった医者という事になる。今、ルフィとチョッパーも一緒にいる人物という事になる。
「わからん、そんな女性が何故こんな所に……」
「きっと、"ジブ先生"では無いのでしょう」
ブルックが、腰を下ろしてそう言った。立つのは正直難しくなった。あんな刀の攻撃なぞ、想定外である。
「私は街の医院で彼女本人と会っています。
とてもではありませんがあの女医さんと同一とは思えない。
ですが、今戦っていた
じわりと距離を詰めながら、ジンベエは頭部からつま先に至るまで注視する。それはもう、活動を停止している。自然系の能力者ならば、ここで既に形態を変えて抜け出ている筈だ。気を失ったのは間違いないだろう。
「50年前、私のかつての仲間達。ルンバー海賊団の事をコイツは喋りました。
間違えようがありません、あの最後の瞬間、襲ってきた奴らの頭領です」
「……ブルック。今は冗談を言うときでは無いぞ」
「冗談ならどれだけ良いか」
首筋に、ジンベエは指を当てる。脈はまだあった。内心、ほっと胸をなで下ろす。側頭部に、綺麗に拳が入った。命を絶ってはいまいかと思っていたから。全身の力を抜いて、ブルックに今一度歩み寄る。ウソップは首をかしげながら、ブルックに言う。
「いやおかしいだろ。50年前の、ブルックの仲間を襲った海賊だってんなら。
何歳だよ。70越えてる事になるぞ、先生はどう見たって30代だった」
「ウソップさん ――」
ジンベエとウソップが、ブルックの身体の様子を見始めた。
「いかん、ブルック、無理をするな。サンジがそろそろ戻る。
カルシウムをとらねば身が砕けるぞ」
「親分さん、奴の首を、斬りました。斬ったのに動いて、この様です。
アイツは、生きてますか? 死にましたか?」
「首を!? それはおかしい。脈はまだあったぞ、現にああして……」
その時の事である。
―― ドジュウ
という音が聞こえて、3人は蔦の絡まる場所を見た。
そこには、服と下着の残骸が絡まった骨が残っていた。刀も消えている。
「……何と」
「ひ、ひえぇ~っ!!」
「こんな形でパンツ見たくなかったです」
ただただ、肉の燃える臭いと蒸気だけが、骨の周囲を漂っていた。