老いた龍虎は新時代の夢をみるか   作:松ノ木ほまれ

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第17話

 

 

~ テイワ=ラグ島 ~

 

 

 ブルック達が()()()()姿()()()()()()を撃退したのと丁度同じ頃。

 夜明けが近づいて、明けの明星が見えて来る時間の事である。街の医院の屋上で、女医・ジブがじっと昇り来る光の方角を見ていた。早くに目が覚めてしまったルフィは、屋上から感じた気配を追って、同じように大きくなり始める光をその双眸に捉える。

 大きな後ろ姿だと思った。女性特有の丸みを帯びた肩からうっすらと差し込む光はまるで翼のようで、月の光と、星の光、そして登り来るより強い光とが入り交じって、まるで12枚の翼があるかのようだと思う。

 こういう風情というものには以外と敏感な彼は、思わず見入ってしまった。

 

「起きたのかい?」

「あぁ。ベッド貸してくれてありがとうな、センセ」

「よく眠れたようで何よりだ」

 

 ルフィはジブの隣へ歩いて行き、彼女と同じように、登り来る朝日の光が、水平線の彼方に見え始めている一時を味わう。

 

「君の所にいる医者君は優秀だね。

 若いが、とても良い師に恵まれたのかな」

「だろ~♪ ドラム王国って国で会った仲間だ

 "万能薬"になるのがチョッパーの夢でさ」

「万能……? どんな病気でも治せるように、と」

「おう!」

「それは、とても……素敵な夢だ」

 

 柔和な笑みを浮かべて、ジブはルフィの顔をまじまじと見る。それには何処か郷愁のような、寂しいかおりが混ざっていることにルフィは気がついた。彼女もルフィの顔をじっと見てしまっていたのが気恥ずかしくなったのか、顔をそらして再び明けの空を見る。

 

「どうかしたのか?」

「いや、ごめんね。君の顔を見ると何とも懐かしい気分になる。

 とても昔の、とても大切だった誰かに似ているような、そんな気がして」

 

 寂しそうな横顔だった。

 ふと先日、彼女の部屋に入った時の事を思い出す。あの地図や資料のインパクトでかすんでしまっていたが、部屋の机に写真立てがあった事に。古びた写真だ。もう少し若い頃のジブ先生が幸せそうな顔をしていて、その隣にがたいの良い男性が立っていた。雨風に晒されていたのか、顔の部分は既ににじんで見えなくなっていたが。

 

「あの写真立ての男……」

「見たんだね。そう、たぶんそうなんだろう」

「覚えていないのか、センセ」

「その通り。私には"10年前"から前の記憶が無いんだ。

 この島の最初の開拓団の1人なんだろうって事と、医者としての技能や知識。

 一般常識とか。そういう事は覚えているんだけど」

 

 人として最も重要な " 思 い 出 " の類いがごっそり抜け落ちているのだと、彼女は言った。ルフィは彼女にかける言葉が思いつかない。何とかければ良いのだろう。

 

「ぼんやりと、頭に残っているんだ。暖かい大きな手、この身を預けた大きな胸。

 赤ん坊を抱きしめたぬくもりと、小さな頭を撫でた幸せも。だけど……」

 

 頬を一筋の涙がおちていく。ルフィの顔をもう一度見て、その頬にジブは手を添えた。彼女の脳裏に浮かんでくる屈託の無い笑顔、泣いている少年の声。刻み込まれた、失ってはいけなかったものだと理解出来る。なのにそれが誰なのかわからない。

 

 <―― お母さん! いかないで! おいてかないで!>

 

 そう泣いている少年の顔。島にやって来た青年海賊の顔を見ていると、その大切な誰かとどうしても重なるのだと言う。

 

「何でなんだろう。顔も、名前も、出てこない。きっとその人とその子は私の……」

「センセ、何か食おう。こういう時はメシ! 肉とかさ!」

「君らは本当に優しいね。ウタちゃんも回復が大分進んでいるから、朝はちょっと多めにしよう。ルフィ君は肉がいいんだね?」

「おう!」

 

 この少年の笑顔を見ていると安心する。彼が来てからウタちゃんの心にも光が灯ったようであり、これも天の采配なのだろうかと彼女は思った。少女を救うためか、はたまた闇のようなもやがかかった自分の心も共にすくい上げるためなのか。

 

「先に下で待っていてくれ。ナミちゃんの容態と食事も、考えながら行くよ」

「わかった!」

 

 そう言って笑うルフィ。その顔は、深い思い出の中の()()()()()()()()()()()のよう。穴だらけの心が満たされていく。この一時はきっと10年間の頑張りへの、天からのご褒美なのだ。

 戻っていく彼の後ろ姿を、ジブは慈愛の目で見送りながら、小さく言った。

 

「ありがとう」

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

「うん、後遺症も無し。これならすぐ退院しても大丈夫だろう」

「ホントか!? よかったなナミ!」

「うん、心配かけちゃってごめん」

 

 病室のベッドの上で、チョッパーも立ち会ってナミの体調を診断したジブの言葉。それにルフィとウタも、胸をなで下ろした。チョッパーもそう見ていたから間違いは無い。

 

「あ~、でもどうしよう。船にお金取りにいかないと」

 

 ナミは、先ほどの食事風景を思い出しながらぼやく。彼女を知る者達からすれば、真っ先にお金の心配が出てくるという事が、ある意味で安心の証とも言える。

 ルフィは相当食べた。いつも通りといえばいつも通り。だが食材や調理をしたのはジブ先生だ。どんどん消えて行く肉の姿に、ナミはまた体調を悪くしそうだったと思いながら、消化に良いようにと出してくれたおかゆを食べた事。ウタも同様。チョッパーには甘めの味付け中心に。

 だが、暴食と言って良いルフィの食べっぷりを、ジブ先生は優しい顔のまま見ているだった。

 特にルフィの食べっぷりに、誰かを重ねているかのような郷愁の目を向けて。そこが少し引っ掛かった。しかし深く踏み入ってはならないような気がして、追及はしないことにする。

 それこそ、ココヤシ村での過去を詮索されるようなものでは無いかと思えばナミにはそれ以上の所を聴く気になれなかった。

 

「ゆっくりでいいよ。私も生活があるから貰わない訳にはいかないけど」

 

 診察代だけでいいと、ジブはナミに言う。ちょっと心苦しくもあった。何せ、病院の冷蔵庫の中身はきっと今空っぽだろうから。ただ、この好意には甘えよう。ここまでしてくれる理由というのが、まだピンとこないが。

 

「じゃあ私は、街の顔役達と会って来るよ。ナミちゃんには悪いけれど、君が見舞われた災難はこの島じゃ一大事の一つだから」

 

 そう言って、彼女が外出しようとした時の事である。多くの足音が聞こえてきた。

 

「―― まさか()()!? 勘弁してくれないかなぁ」

「ジブ先生! おりますか、先生!」

 

 野太い男性の声が聞こえる。ナミ達には聞いた事の無い声だった。だがジブは、少し顔色を変える。

 

「おや、向こうから来てくれたよ。この町の警備隊長みたいな人だ」

 

 ジブは1階へと降りていく。海賊である自分達が一緒にいればマズいと判断して、ルフィとチョッパーは階段上で下から聞こえる声を聴くため待機した。

 

「おや、クリス隊長。朝っぱらからどうしたんだい」

「……やはりいましたか」

「やはり? 剣呑な物言いだが、また()()()が」

「いえ、違います。昨晩、港で一悶着あったのですよ」

「何かあったんじゃないか。でも感染者は出ていないなら、私が出る幕は無いんじゃないかい」

「それがそうとも言えないのですよ。

 港に停泊していた海賊船、獅子の船首がついた船なんですが――」

 

 その単語が聞こえた瞬間、ルフィとチョッパーは硬直した。港の船でそのような特徴があるのはサニー号だ。

 

「搭乗員が襲われました。襲撃者の()()なんですが、貴女の服を着ていたと」

「……はい?」

 

 聞き捨てならない話だ。2人はそろりと、階段の踊り場あたりまで降りていく。玄関先に立っている男を見て、ルフィは目を見開いた。

 

「……昔のじいちゃんみてぇだ」

「それって、ガープさんの事か?」

「あぁ、アイツやる奴だ」

 

 黒髪の男だ。練り上げられた身体を見て、ルフィは思わず自分の祖父・ガープを思い出してしまう。ソイツはそれ程の迫力を持っていた。そしてその後ろに、ゾロとロビンが一緒にいることにルフィは気づく。

 その時点で、降りていっても大丈夫だと判断した。海賊だとわかった上で同行しているのであれば、こちらに害が降りかかる事は無いだろう。

 

「ゾロ、ロビン。お前等も一緒なのか?」

「この者達は?」

「言っただろ、ウチの船長も一緒だって」

 

 降りてきたルフィ達に反応した、クリスと呼ばれた男にそう補足したのはゾロだった。そう言われて得心したのか、クリスという男はルフィとジブに、

 

「なら話は早い。ルフィ君、君の船の船員が一名、昨夜襲撃された。さほど時間は経っていないが」

「……!?」

「ブルックだ、ルフィ。

 撃退……というか、ジンベエが駆けつけて気絶させたから無事だ。」

「よ、よかった」

「問題なのは、襲撃者が()()したか、溶けてしまってな」

 

 ゾロとクリスはそう言い、後ろに控えていた自警団員へ合図し、担いできた黒い袋を、医院の玄関に置く。アイコンタクトで『開けても?』と医院の主たるジブへ聞いたクリスは、彼女が頷くのを見て、ファスナーを開いた。

 

「……確かに、私の服と同じ装いだ」

「骸骨、になってるよなぁコレ」

 

 今ジブが来ている白衣や衣服と一緒のデザイン。それは第三者が見てもわかる。

 ジブの目が見開かれる。理解が追いつかない様子で、頬を汗がつたった。ルフィは首をかしげ、チョッパーはその惨い状態となっている遺体をみて愕然としている。

 

「あえて悪い言い方をしますが、先生には容疑がかかっています」

「まぁ、白衣の名札も、『私』のものだ。それは当然だろう」

待った。 先生は昨日からずっとここから出てないぞ」

 

 ルフィの語気が、荒くなった。先ほどまでの雰囲気から一転して、瞬間的に見せた殺気。ゾロ、ロビン、チョッパーは耳を疑った。しかしルフィの雰囲気はその瞬間だけ変わり、すぐに何時もの調子に戻った。一体何だったと言うのか。

 

「落ち着いてくれ、えぇと」

「モンキー・D・ルフィ。海賊だ」

「では、ルフィ船長。俺も実際彼女を疑いたくは無い。

 証言を集めて裏をとり、証明しない事には住民が納得しないんだ。わかるな?」

「……そりゃぁ、そうか」

 

 ルフィは少し下がって、病室の様子を見てくると言って上がっていく。

 

 チョッパー、ロビン、そしてゾロは、唖然として彼の後ろ姿を見ていた。

 

 

 

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