老いた龍虎は新時代の夢をみるか   作:松ノ木ほまれ

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第18話

 

 

~ 新世界・海上にて ~

 

 

船長(キャプテン)、あれを! 11時の方向です」

「――っ! 中将をお呼びしろ、一大事だ!」

 

 艦橋で、見張り(ワッチ)に当たっていた一等航海士(チョッサー)が何かを見つけた。水平線の彼方へ向けていた望遠鏡の中に見えた異常。それは直ちに、共に起きていた船長へと伝えられ、指揮官たるガープにも伝えられる事となった。

 鼻提灯がついたままだったガープであったが、一等航海士の放った一言で、完全に眠りから醒めることになる。

 

「中将、海が()()()()()()()()()()()()

「……なんじゃと?」

 

 ガープの顔が一瞬で引き締まった。口が真一文字に結ばれて、双眼鏡を貸すようにと傍らの兵に催促し、手にした双眼鏡で一等航海士の指し示す方向を見やる。

 言っていた通り、まだ距離はあるが海の表面が赤くなっている事がわかった。

 海の色が変わるというのは、プランクトンの増殖などによる"赤潮"等が挙げられるが、しばらく観察した結果そうでは無いという判断を船員(クルー)が下した。それを踏まえると、ようやく『目標に近づいた』事が確信出来る。

 

 ―― プカリ

 

 赤い海の表面に、何かが浮かび上がった。

 

「このまま前進。赤い海の方へ進むんじゃ、ついでに今浮かんできたブツを拾っとけ」

 

 直ちに、ガープは進行方向はこのままであると定めた。船長はそれに従って、航海士と機関士達に命じ、旗下の将校達は部隊の兵士達へ気を引き締めるよう改めて通達する。荒事はもうすぐであると。

 浮かび上がった物を、柄をつなぎ合わせたタモで拾い上げる。

 

「うげぇっ!」

「何事だ!」

 

 その兵士は、引き上げたタモの中に入っていたモノを見て、思わず後ずさってしまった。タモを手放すような事はしなかったが、動転してしまっている事は端から見てすぐに解る。上官の叱責に対して、

 

「し、しかし三等兵曹……コレを……」

 

 おそるおそるタモを引き寄せ。甲板の上に置いて広げる。中のモノは既に死んでいたか微動だにする事も無かったが、広げられたソレはその場にいた者達の度肝を抜くには十二分な威力があった。

 

「な、何なんだコレ?」

 「うぇっ、気持ち悪っ」

「魚、か? それともタコか? まて、シャコ貝?」

 

 歪な生物の死体である。ベースは、おそらくオオクチハマダイと思われる。赤い体色にややスマートかつ大きい身体。その胸ビレや背びれの一部から、タコの足が生えている。そして前頭部が異様な変形をしていた。上あごから上の部分は頭では無くシャコ貝のような、二枚開きの物体へと硬質化しており、その中には目がぎっしりと詰まっていた。

 そう、ぎっしりと。

 まるでいくらの軍貫のようだと思ったが、その粒がすべて目玉であれば目も当てられない。その全てが、方々を見ているかのようだった。

 

 唯一、表情も顔色も変えなかったのはガープである。

 

 つかつかと、タモを使った若い海兵の傍らへ歩み寄り。

 

「よう海に落とさんかった。偉いぞ」

 

 そう言って若者の肩に手を置いて、褒める。そしてその異形の死骸を掴み挙げ、全体を眺めやる。その眼にはどこか懐かしいモノを見る感情が混じり、そしてまた嫌な予感が当たったという悲観も込められていた。

 

「中将、この異形は一体」

「ロックスの()()じゃ。奴め、悪趣味さは毛ほども変わっとらん」

 

 ガープの傍らに、情報将校が近づく。短い金色の髪を持つ彼は、

 

「つまりコレは例の実の力ですか?」

「うむ。じゃが魚のパターンは初か。40余年前であれば、奴は()()()()()()()

「おぞましい話です」

「これがまぁ~、昔から若い兵に効くんじゃ、哀しいことに」

 ガープは若い兵を立たせてやって、若い衆には、

「キモを冷やしたろうが、気後れするな!

 奴はカイドウやビッグマムのように表舞台に立っておらん、ブランクは必ず出ている筈じゃ!」

 

 そうして激励する。英雄:ガープの恐ろしい所は、彼が言うのならと若い兵に至るまで信じている事。伝え聞く英雄伝説の一端に触れた事実という後押しもあっての事だろうが。情報将校は、火が付いている若い衆を見て、

 

「ちょっと彼らが羨ましいですよ。実際、私も昔ならあの中に混ざってたでしょうし」

「今彼でも遅くないんじゃないか? それに今のこの面子だとお前も頼りなんじゃ」

 

 情報将校の背中を、ばしばしと力強く叩くガープ。ひりひりとする背中をさする将校の顔は、まんざらでもなさそうだ。職務柄仏頂面であったり、冷徹な物言いをしなければならない事が多いからか、自然と若い兵士だった頃の顔が出来なくなっている。

 

「射撃の腕は衰えておらんじゃろ。それに体術も鍛えてる。わからんと思うか」

「ハハ、中将には叶いませんね」

 

 この人の下にいる時は、昔のように無茶をしても良いかもしれない。これから入る事になる死地の事を考えながら、襟元を少し崩した。ガープが船首の方へと歩いて行く。

 

「おい、レオン。お前も身体をほぐしておけ。

 この赤い海の上じゃあ、もう奴には補足されてると思って良いんじゃからな」

「……泣けるぜ」

 

 そんな重要な事は早く言って欲しいものである。

 

 ガープに聞こえないように、レオンと呼ばれた将校はそう零した。

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

~ テイワ=ラグ島 ~

 

 

 ―― 海が赤く染まった

 

 その一報が島中を駆け巡るまで、そう時間はかからなかった。島の港に、続々と魚人達が避難してきたのである。その誰しもが、怯えきっていた。港近くに設置されている倉庫を避難所として、魚人達が詰めている。街の人々は少しずつ物資を出し合って、彼らに食事を出したり、毛布などを貸し出したりとてんてこ舞いになっていた。

 サニー号に残っていたブルック、ジンベエ、、ウソップ、サンジ、フランキー等は、甲板の上から海面を見やりながら、皆が皆この島の異常性がどんどん増して行く事への警戒心が、振り切ってしまう。

 今にも海面から死霊の類いでも飛び出してくるのでは無いか。そう疑うほどの静けさがこの赤い海にはあった。

 

「こりゃあ、赤潮では無い」

「何か、"生きている"感じがしませんね。私もそうなんですけど」

「ブルック、今はそのジョーク、笑えないから控えてくれ」

「ヨホ……すみません」

 

 海面には、時たま浮かんでくるものがある。死骸だ。

 それこそ、先日ジンベエがゾロ達に見せた、目玉だらけになっている異様な魚等。それと似たような異形が出てくる。島の住民達は、タモでそれらをすくい上げ、次々と港で熾した巨大なたき火の中にくべていく。

 その度に、グギュルと異音が響いた。ウソップは既に気分が悪くなって、船室で休むと言って中に入ってしまった。当然であろう、船の周囲から聞こえるのはもはや異様としか言いようのない音ばかりなのだから。

 

「これじゃあ、ルフィ達が戻る前に俺達の精神が参っちまうな」

「全くだ。早い所おさらばしたいとこなんだが」

「……みなさん」

 

 ふいにブルックが、トーンダウンした。実際に襲撃を受けた者が言うと、何事か起こったのかと思ってしまう。フランキーが額の汗を拭った。いかに屈強な男児と言ったって、このえもしれぬ雰囲気が平気な者はそういない。

 

「何だよ、ブルック。また妙な物が浮かんだか?」

「それならまだ良いんですが……」

 

 そう言って、ざわつき始めた港の方向を指さした。

 そこでは、魚人のみならず住民達が血相を変えて円陣のように集まっている。一つの小さな影を取り巻くように。視線はその小さな影へと注がれていた。

 黒い髪の少年だった。歳の頃は4つかそこらであろうか。

 サニー号の上からではよく見えない。その少年は麻の水干(すいかん)(子供服)を着ており、両の手で丸い何かを持っていた。それこそ、周囲の人間達が視線を注いでいるものである。

 

「ありゃぁ、一体……」

 

 不気味なことこの上ない。サンジがそう零した時の事であった。

 真っ先に残っているメンバーの中で、ジンベエが真っ先に気がついた。天を見上げて、

 

「皆、上を見てみろ」

「――っ!!? な、なんだこりゃぁ!?」

 

 ウソップが思わず叫ぶ。ブルック、フランキー、そしてサンジは言葉を失った。

 

 

 空までも、海のように真紅に染まっていたのだから。

 

 

 異常だ。あまりに。これから何が起こる? 何かが襲ってくるのか?

 

 港に集まって、共にこの異常事態を見ている住民達の心境もきっと似たようなものなのだろう。あの少年を取り巻いている連中の顔を見て、おそらく少年は突然、何の前触れも無く現れたと見て良い。

 少年はその丸いものを抱きかかえるようにして、海を眺めながら微笑んでいる。

 そして、その小さな口を開いて、言葉を発し始めた。

 

 秋の季節に響き渡る鈴虫のような、澄んだ声色であった。

 

「すおうの空は見わたす限り、たゆたうかわべに(たま)の散るらむ」

 

血染めの空の中を、雲が渦を巻き始める。少年は抱えていたモノへと視線を向けて、それに口づけをする。

 

「水の泡に似たりけり。見わたす限り紅日ににおう、血潮の花よ」

 

 海の方へと少年が歩いてくる。その顔が、ハッキリと見えてくる。

 

「焦がれけり、焦がれけり。待ち人来たれり。三障四魔を祓わんと」

 

 サンジ達の顔が強ばった。似ている。

 

  似ている。あいつに。今ここにいないアイツに。

 

   だが、目つきが少し違う。だがとてもよく似ている。

 

    ウォーターセブンで出会った、アイツの祖父にもよく似ている。

 

     その中間な印象を持つ少年だった。

 

「ルフィ、か? いやどうみても4つかその程度のガキにしか」

「いやでも、そっくりだ。目つきは少し鋭いけど、輪郭とか」

 

 唖然としたまま、少年を見ていた。

 

 少年の手に持っているモノが、ハッキリと見える。

 

 それは女の首だった。

 

 

やっと来た。来た。来た。来た。来た。来た。

 

 

 少年の首が、横へ90度ひん曲がる。

  三日月のような笑みを浮かべ、目を見開いた。

そして少年は、パシャリという水音とともに、水干と首を残して……

 

 血になって消えてしまった。

 

 

 

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