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「ん? 何だ、ここ」
ルフィはいつの間にか、自分が薄暗い建物の中に立っている事に気がついた。先ほど医院の中に戻ったあたりから、妙な目眩にも似た眠気に襲われた事は良く覚えている。時間から考えても、明かりが全て消えてしまったとしても、ここまで暗いのはおかしい頃合いだ。
「おぉ~いっ!!」
大声を出してみる。しんと静まりかえった、廊下のような空間。
まっすぐ進んでみる。後ろを振り返って見るも、後ろは前方より遙かに暗い闇だった。引き返すと、かえって戻ってこられないだろう。なぜだか解らないが、ルフィの直感がそう言っている。こういう時は、このカンに従う事にしている。
「どっかの島で、こんな感じの建物あったっけ?」
新世界にいたる旅の中で、こんな形状の建物があったかどうかを思い出そうとする。きっと朝方だから夢でも見ているのだろうと思ったから。
記憶の中にある【劇場】に、ちょっと似ているような気がする。観劇・映像を見るための施設。ルフィは劇を鑑賞する趣味は無いのだが、立ち寄った島で中に入った事くらいならある。
「ん、あの部屋か」
少し進んで、光が漏れ出ている部屋に行き当たった。それはやや重めの扉である。中から音が漏れ出てくることが無いよう作られた、頑丈な扉。鍵はかかっていない。
部屋の中に入る。
やはり、ここは劇場だ。映像が映し出される大きなスクリーンがある、上映室。自分がなぜこんな所に迷い込んだのか解らない。医院から此処に直接繋がっていたのだろうか?
スクリーンをながれている映像を見て、ルフィは思わず声が出た。
「あれ、俺がいる。ウタ、ゾロ、ロビン、ナミ、チョッパー? なんでだ?」
一人称視点の映像だった。他ならぬ自分の横顔が見え、仲間達と、幼馴染みと、見知らぬ男性がいる。皆が皆膝を突いたり、腰から地べたに倒れていたりと様々だった。その状況からしても尋常では無いが、何よりおかしいと思ったのは自分が写っている事。
「おい……おい、……おい! 何なんだよコレ!」
「何やってんだぁ!!」
身が引き裂かれそうな感覚とは、このようなものを言う。映像作品にしてはたちが悪い。だがこれが【映像作品】ではないという確信がルフィにはあった。と、言うより
ゾロを殴りつけた右腕の
―― 俺は今仲間を、大切な人を傷つけた。自分の手で。
「やめろ! 止めろ! 止めろ!」
先ほど入って来た入り口のドアは開かない。どれだけ力を込めても、
映像の中の自分が、ロビンの能力で抑え付けられようとしている。ウタとナミが、涙を浮かべて自分に訴えかけている。ゾロが立ち上がって、どうにかして自分を止めようとしている。そしてそんな大事なみんなに、容赦なく腕を、脚を使おうとしている自分。
こんな悪夢があって良いものか。
「……ぁ……ぁぐ」
「――っ!!?」
その時、上映室に並んでいる座席、真ん中のあたりからくぐもった声が聞こえる。
一体何の声だろう。元凶であるならばもの申してぶっ飛ばす。そう考えて、急ぎその声が聞こえた場所へとルフィは急いだ。
しかし、
「ぐ……ゲボ……ぅぁ」
「え? ……センセ?」
手足と首を、鉄線で座席に無理矢理固定されている女性がいた。
固定されているのは手足や頭だけでは無い。目は閉じることが出来ないように、上下のまぶたがピンで止められ、口も閉じられないように金具でこじ開けられている。舌で窒息したりする事の無いよう、金具は舌も挟み込むように固定してあった。
白いワンピースは、既に吐瀉物や血、垂れ流しになっている涎で見るも無惨な状態になっている。涙と鼻水は乾いた跡と、新たに出てくるものも拭うことが出来ず、出るに任せている。
そしてその女性は、ジブだ。
ルフィはすぐにわかった。だが少し、年齢が違うという事にも気がつく。この縛り付けられている女性は、もっと若い。
「先生! 今外す!」
ルフィは、動いた。まずは顔だ、女の顔にして良い事ではない。ピンを外し金具を外す。幸い、こちらはあの扉のような摩訶不思議パワーで閉じられている訳では無さそうだ。簡単に外す事が出来た。
「ご、ごべな……ざい……ごめ……なぁ……い」
どれ程の時間、真面に動かすことも出来なかったのだろうか。金具を外した跡、たどたどしくも必死に、口から謝罪の言葉が出てくる。それが誰に対してのものなのか、ルフィには判断が出来なかった。
こういう状態であったなら、本来眼は乾燥してしまって機能に障害が出て然るべきであったが、この女性にこんな仕打ちをした者は
ずっと、ここでスクリーンを見せ続けていたのだ。何のために?
次に手足の鉄線だ。こっちは難儀しそうだなと思った。そう考えながら手をかけた時の事である。映像をスクリーンに映し出す部屋、映写室から声が聞こえてきた。
「いや全く。奇妙な事があるものだ、君がここに迷い込むなんてねぇ」
聞いた事がある声だった。いや、この局面で間違えようも無い声だ。
ルフィは、映写室の窓を見上げる。そこに見えた顔は、まさしく【ジブ先生】の顔だった。だがこちらもどこか違う顔だった。
自分がこれまでぶっ飛ばしてきた連中と似た、嫌いな顔をしていた。
それに、彼らと比肩しても遙かにどす黒く腹が立つ感じがする。近づきたいとも思わない程の嫌悪感。食欲が失せる吐き気が湧いてくるだろうという確信。嫌いな奴と嫌いな奴と嫌いな奴を、足して割らなければこんな感じ。
あれは、先生じゃない。
「お前、先生に何をした?」
「先生? あぁ~、そうだった。あそこにいる子達には喋ったけど、君にはまだだったね」
「君が【ジブ】と呼んでいた医者は"死んだ"よ。
自分の意思を持っていた仮面、と言えば良いかい?
そこに転がってる"連中"を混ぜて、"私"の記憶を一つまみ加えて作った即席料理だ」
「……は?」
「そういう顔をするなよ。すぐに見つかる訳にはいかなくてね。
仮面を矢面に立たせたつもりだった。それが思いの外長いこと上手くいっちゃったのは俺の想定外でもある」
ルフィは、コイツは許してはならないと思った。
「夜店で買ったチープな仮面を、後生大事にとっておく訳無いじゃないか」
"命"を何だと思ってるんだ。
死体を見た、縛られている女性がうめき始めた。滂沱と溢れ始めた者が、女性の悲しみをハッキリと表している。
「う~っ……ぅっあ」
「この人に何したんだ」
「それが君に何か関係あるのかな?」
「ここで、こんなに苦しんでる。それに先生と同じ顔だ。
あの人は恩人だった、ウタの。ナミの」
言い表せない怒りが、言葉を鈍らせる。先生の顔をした『吐き気がする方』は、ルフィのその顔を見てなんとも嬉しそうな顔をする。それすらムカつく。
「
「……?」
「そしてそれは俺も同じだ。
俺は招かれざる客であり、今はここの主人なのさ」
『吐き気がする方』は、ルフィを指さしながら言う。
「目的は至って単純だ。ソイツにはずっと観劇させていた。
目を閉じる事も許さず、舌をかみ切ることも許さず、耳目を塞ぐ事を禁じた」
いつの間にか、『吐き気がする方』が上映室の座席側、一番後ろの椅子に座っている事に気づく。ソイツは立ち上がって、ゆっくりと上映室の階段を降りてくる。その眼は、未だ手足を縛られている女性に注がれていた。
「―― っあ、あっあぁ」
女性が近づいてくるソイツに気づき、震え始めた。眼、手、足、全てに怯えが見える。
「君も少し、体感しただろう?
己の手足に走る感触を。俺は此奴を
ソイツが、自分の右頬を爪で切り裂いていく。
それと連動するかのように、女性の右頬にも傷が入っていく。
「そう、23年間。
女を絞め殺し、男の首をねじ切って、子供の頭蓋を割り、老人の骨をへし折る。
妊婦の腹を割って胎児を引きずり出した時の感触も」
女性が再び、嘔吐した。ソイツは悦に入る表情で続ける。
「食うときも
「― ウェっ」
「心が壊れないように、定期的にケアしながら、23年だ」
「―― お前っ!!」
十分だ。コイツは、ぶっ飛ばさなければならない。ジブが死んだ、そういう言葉を嘘だと言うのは簡単だったが、何故かこの空間にいるとその言葉が本当なんだという意識が湧いてくる。
ウタを助けてくれた医者、島の人達を護る事に誇りを持っていた医者。
それをコイツは仮面と言い切った。
そしてここに閉じ込めているという、同じ顔をした若い女性。それに加え続けているという仕打ち。魔物の所行といってもまだ足りない。
「 命を何だと思ってんだ!! 」
ソイツは、ルフィの言葉に対する返答を、真剣に考えているようだった。口元に手を当てて、天井をみやりながら。その態度からして、命を軽視、ないし無視する行為に他ならない。
「巫山戯てんのか」
「巫山戯てなんかいるものか、いたって真剣だ。
そう良いながら、ソイツは近づいてくる。
「慈しむべき大切な次世代だとも思っている。
敬うべき先達の事だとも思っている。
愛しき隣人だとも思っている。
護るべき家族への情もあるよ、本当だ。
――だが、強いて言うなら、『逢瀬の燃料』?
これから私の待ちわびた人が来るんだ。
彼との燃え上がる一時のためさ。
光景が無惨であればある程、彼の"俺"への思いはより強くなるんだ」
そう言って、ソイツは笑う。
「わかった、もういい」
これ以上の問答はした所で意味が無い。
ルフィは手足を硬化させて、ソイツに殴りかかった。