~ 聖地・マリージョア ~
―― 天が紅に染まった
「こうも立て続けに、我々にとって憂うべき事が続くとはな」
5人の老人が、窓の外を見やり眉をひそめていた。世界政府の最高権力者、天竜人の頂点たる【五老星】だ。彼らは皆が皆、起こってはならぬ出来事が現実になったのだと、この真紅の空を見て気づく。
凶事というものは得てして事後になってからその深刻さに気づくものだが、彼らにとってはこの空もその一つだ。
「
「島ごと消え去ったのだ、そうとしか判断のしようが無かった」
今はもう、史上の出来事として知る者こそあれ、実際に覚えている者は圧倒的に少なくなった『ゴッドバレー事件』。当事者達ほど口を割らない、謎しかほぼ無い事件。とある海賊団が壊滅した事、そして"ガープ中将"の英雄伝説の始まり。この二つしか語られる事が無い。
そして何より、事件が起こった島が事件の終結を境に影も形も無くなった。
故に実際に何が起こっていたのかを知る術が残されていなかったのである。だが、この5人は当時の事をよく覚えている。この座にいた者、いなかった者と様々だが。
「だが忘れようも無い、この『紅い空』は38年前と同じだ」
「解せぬ。何故今の今まであの【悪魔の実】の情報が上がってこなかった?」
「あの事件を思えば、次の能力者が出てきてもおかしくはなかったのだが」
彼らが言葉にしたのは、とある悪魔の実の事である。
悪魔の実の能力は、同じ時に"ひとつ"しか存在できない。能力者が死んだ時に始めて、どこかの『実』に『悪魔』が宿り、『悪魔の実』への変貌を遂げるのだ。故に38年間、世界政府はとある悪魔の実を探し続けてきた。
だが、見つからなかった。
「【ゴムゴムの実】同様、世界政府の目を逃れ続けて来たとでも?」
「
きっと、38年間欺かれていたのではないかね【ストストの実】に」
悪魔の実には、意思が宿る。それこそ、自らを食べるに能う者を品定めしているかのように。政府にとって都合の悪い能力であったゴムゴムの実は、それこそ政府の眼を逃れるかのように、800年もの間逃げ回ってきた。彼らが今思い浮かべている実は、それとはやや事情が異なる。
「失われていたのでは無いとでも? ガープの報告が嘘偽りだったという事になるが」
「あの者はそこまで器用では無いよ。38年前の報告は間違いでは無かった。
我々も、彼奴も"気づけなかった"だけであろう。あの実はきっと、島ごと逃げたのだ。
皆が皆、納得する。さもありなん。あの実ならばあり得ると。そして、51年前から38年前までの13年間、世界を震撼させたあの名前を彼らも思い起こす。思い出したくも無い名前を。
「……ロックス。思い出すも忌々しい、あの悪夢の日々がまた来るか」
『世界の王』となる事を目論んだ。そう今の海兵で知り得る者達には伝わるよう情報は統制してきた。ガープ、つる、センゴク等、当事者達は進んで【彼奴】の事は語らない。それくらいの信頼は抱いている。いざとなれば、当事者毎闇に葬ることも辞さず。
それ程の存在だったのだ。
ロックス・D・ジーベック……いや、
「【あの実】は、悪魔の実の中でも極めて特異だった。故に油断していた。
この800年、奴が出現するまで、実の能力者となった者はすべからく、そのことごとくが"覚醒"を迎えるまでもなく『怪死』してきた」
「あの実は、食う者を選ばない。その代わり、自分に相応しくなければ能力者に『死』をもたらす魔の性質があった。そうだな?」
「その通り。800年以上、はるか前。伝承に記される"名前"が真であるならな」
世界政府との因縁が深い【ゴムゴムの実】のような脅威には、これまでなったことが無かった。ただ彼らの中でも伝えられてきた【あの実】のきまりごと。"覚醒"したならば直ちに能力者は探しだし抹殺する事。
手遅れになれば【世界の均衡】だの言っていられる話では無い、と。
「この空はすなわち、【奴】の復活を意味する。早くしなければ」
「サイファーポールから報告はまだあがってきていないのか」
「ルッチによれば、特定箇所のエージェントと通信が途絶したそうだ」
「実は既に、海軍本部から3隻、事後報告同然で船が出ている。
ガープ、つる、センゴクが、スモーカーとヒナという若手を連れて。
奇妙な事だが、進路はその地点と同じだそうな」
「「「「 もはや確定ではないか…… 」」」」
五老星は皆、肩を落としたり、頭を抱えたりする。あの連中がこぞって動くとなれば、その予兆が彼らの元に入ったと言う事だ。そしてそれはこちらに上がってくる間も無く、彼らを駆り立てる情報だった。
つまりはそういう事だ。サイファーポールとはまた別の、軍の情報。
それは彼らに確信を抱かせるに十分だったのだ。在りし日の思い出、存在していてはならないモノの来訪を。
「サカズキの怒り狂う顔が眼に浮かぶわ」
「彼奴を止めなければならん。奴の事だ、大将含め艦隊を追加で差し向ける」
「いらぬ【餌】を増やすだけだ。40年前、時の大将も喰われたのだぞ」
「して、その地点とは?」
「ワノ国。あの鎖国国家からさほど遠くは無い場所だ」
そこに至って、5人の老人の頭を、一つの予感がよぎる。嫌なものだが。
「"麦わら"が最近までいた場所か」
「直近の航路であれば、エレジアもまた近いか。これはナニかの導きか?」
ロックスの悪夢。魔の蔓延る天の紅。
それを打ち破るものが何か。
神話、おとぎ話では決まっている。
魔物を打ち倒すのは決まって神々と英雄なのだから。
ゴムゴムの実。
またの名を
「認めたくは無いが、これも運命というものだろう。
もし、"神の名"を持つ実の力がぶつかったならば、あるいは奴も……。
あの実も"別の名を持つ"意味では同じよ。こちらは文字通り【悪魔】の名であるが」
紅蓮の空、業炎の如き雲。赤い稲妻がほとばしる地獄の天。
古くより語られるいいつたえ。人々に幸福をもたらすモノがいるように、その対極も存在する。他者の幸福を奪い、自分自身のものとする事が出来る者がいる。老人達は、業火に焼かれる紅の天を見上げながら、その実の名前を思い浮かべる。
「ストストの実。
その真の名は
……はるか太古の時代に信じられていた、天に住まう魔王の名よ」