~ テイワ=ラグ島 ~
―― これは何かの悪い夢だ
自分はまだ、能力を使ってもいないのに。躊躇無く使えるほど回復している訳でも無い。
ウタは、一撃で破壊された床を、半ば呆けた顔で見つめている。自然と流れ出て、頬をつたう暖かいもの。目の前で起こった出来事は、ウタの情緒に深い傷を付けるに十二分の威力を持っていた。
膝の先、床にめり込んでいる拳の主が立っている。つい先ほどの食事時まで、普通に言葉を交わしていた
「ル……フィ?」
声を絞り出すのがやっとだった。身体に力が入らない。今起こった事を信じたくない。考えられない。でも紛れもない事実だ、目の前で、彼の仲間が彼自身の拳で視界の彼方に消えて行った。壁を突き破って、だ。
ロビンさんも、チョッパーも、ウタと似て非なる感情を隠せずにルフィの事を見ていた。そして街の警備隊長さんも、相対する者が増えたことで顔が険しくなっている。
「どうして、ルフィ。一体どうしたの?」
聞こえていないのだろうか。ウタの問いにルフィは黙して答えず、先ほどまでジブ先生だった者、【ロックス】と名乗ったおぞましい何かとの間で立ちはだかっていた。
ソイツは、ただ微笑んでいる。
昨日まで医院で見ていた先生と同じ顔。そうでありながら全く違う、心の底から湧いてくる嫌悪感。背筋を虫が這うかの如き寒気がする。奴はゆっくりと、ルフィの傍らへ降りてくる。吐き気がする。胸の奥からわき上がってくるこの怒りに似ていながら、遙かに激しい感情は何だ。
「新鮮な
「先生、ルフィに一体、何をしたんですか」
「――
そう言って、ソイツはルフィの肩に手を回して、彼の頬を撫でる。頭を撫でる。お使いをすませた幼児を可愛がるように。
狡い、私だってそれはやってないのにと思いかけ、違うそうじゃないと雑念を振り払う。妙だ、雑念という以前により一層欲が前に出てくる。
「お医者さん、いえ、今はロックスと呼べば良いかしら。
"あの扉"の向こうにいる人達と同じ事を、うちの船長にしたの?」
「ふむ、
アレは"眷属のなり損ない"だ。
この子は違う、この子は
ソイツはルフィの頭を抱き寄せて、髪に頬ずりをする。
羨ましい。まてそうじゃない落ち着け、ウタ。またこの繰り返しだ、一体どうなっている? 別の意味で気が狂いそうになる。歯止めが上手く働いていないようだ。ロビンとチョッパーも、理性が勝っているが、各々に似たような感情が襲っているらしい。
怒りの歯止めが壊れている? それとも感情そのものの?
きっと、後者だ。ロビンが動いた。腕を胸の前で交差させ、能力を発動させる。身体の一部を他の場所に咲かせる力。それによってまず2人の引きはがしを図った。ロックスと名乗った女の、手を、肩を、首を押さえにかかる。自分の身体に生えてくる多くの手、それをソイツは面白いものを見るかのような眼でむかえる。
「ほぅ……、これは"蓮華"のような、ほぉ♪」
ソイツが意識を逸らした間に、チョッパーがウタに駆け寄った。腰を抜かしてしまった彼女を立たせ、ロビンと自分の側に引き寄せる。ここが待合室でよかったと思った。
口ぶりからして、信じがたい内容ではあるが、仮面として"ジブ"という人格を被っていた。裏に潜んで、ずっと待っていたのだ。何かを。それまで表に出ていた"ジブ"はそんな事もつゆ知らず、医者として生きていたのだろう。
これ程惨い話があるか?
完全に"記憶を失った心優しい女医"でしかなかったために、【赤髪のシャンクス】程の男がコイツの存在に気づく事が出来なかった。一体全体どういう仕組みになっているのだろう。
(コレは、女性の身体なの?
筋力が人間のものではない、この量じゃ抑えられないなんて)
「実に興味深い。身体の一部だけか? それとも全身いけるのか?」
そう言いながら、ロックスは関節も含めて固めていた筈の右腕を、易々と動かした。奴は自分の右腕を固めてようと踏ん張るロビンの腕を見やる。
「とても良い、きめ細やかな肌だなぁ、羨ましい」
そう言って、数ある内の一本、ロビンの手の甲へ口づけする。その瞬間、ロビンの全身に"悪寒"が走った。それもとびっきり上級のものだ。悪寒というのも、まだ可愛い表現だったかもしれない。倦怠感、寒気、全身にのしかかってくる重圧。こんな局面に、脳裏に滅びた故郷の風景が甦ってくる。そして幼少期から、ルフィ達と出会うまでの暗黒期のトラウマに至るまで。
「あっ……ぐ……ぇ」
振り払える筈なのに、力が入らない。咲かせた手足が消えて行く。
この身に襲いかかってくるのは、いわゆる超絶的な腕力だとか、自然系のパワーといった類いのモノでは無かった。『積もったストレス』・『甦ったトラウマ』による心の重さ。
この吐き気は何だ? 何故今こんな事を思い出す? この"苦悩"は何だ!?
チョッパーが、崩れかけたロビンを支える。両腕に女性を抱える格好になってしまった。まさに無防備の状態だ。
「先生、一体何をしたんだ!」
警備隊長・クリスは、久方ぶりに悪魔の実の能力者と邂逅したからか初動が遅れたが、一歩踏み出した。相手が能力者と言うならば迷うことは無いと判断したようだ。彼の腕が黒色に硬化していく。彼は、武装色を纏うことが出来るのか。大きな砲弾が放たれたかのようだった。
いたってシンプルな『正拳突き』。真っ直ぐ、彼女めがけて突きだした。その間に割って入ったのは、ルフィだ。
―― バシィッ
金属と金属、肉と肉がぶつかり合うような轟音が響いた。空気の振動が周囲へ伝播して、建物1階の硝子が割れ、内側から外へ吹き飛んでいく。チョッパー達の肌にも伝う衝撃は凄まじかった。
クリスの拳を、ルフィが受け止めている。表情に、怒りが混じり始めていた。それは一体何の怒りだ? 彼の肌が赤くなっていき、白い蒸気が立ち上っていくのが解る。
「これは、何だ!?」
「―― ダメだ、ルフィ! 聞こえないのかよっ!」
チョッパーが叫んでも、聞こえていないようだった。その蒸気が何を意味しているのかわかるから。一方、クリスも何か恐ろしい一撃が来る事を予期していたらしい、顔と腹、正中線を防げる位置に既に腕を構えていた。
「……"JET
目で追うことも難しい早さ、かつ非常に重い一撃。来るとわかる予兆があってよかったとクリスは思った。腹部の方だとカンが言う。故に鳩尾のあたりで交差させた腕で、その攻撃を受けた。無論硬化した上で。
部屋の壁付近まで、一撃で押し込まれた。瞬間的にこうも引き上げられるとは、凄まじい男だとも思う。これ程の男が、彼の仲間の反応を見るに"操られている"らしいという事はわかる。
「凄いな、君らの船長は」
腕を前に着きだした格好から、二の矢が来るとすれば反対側の腕からか、脚。そして
想像した通り、ルフィの次の一撃は、早すぎて既に攻撃態勢に入っているが"脚"だと解った。ならば受けるまでだ。
「……JET
「―― ふんっ!」
それに彼らの言うように"操られている"のであれば、本意の攻撃では無い。心の底から殺意で攻撃してきたのなら、恐らく自分は既に意識を刈り取られている。それはわかった。
ジブ先生と今日まで自分達が呼んでいた女、先ほど『ロックス』と名乗っていたが、奴が彼に何かをして操っている。その対象をどの程度操れるのかはわからないが、一定以上の本気を出させる事は出来ないのかもしれない。
(―― それでもコレか、凄いな!)
身を硬化させて防ぐも、なお伝わってくる痛み。凄まじい男だ。
素面に戻せたら是非とも語り合いたい。そう思えてくるくらいには。打ち付けてきた脚を脇に抱え込む。戻っていく脚にしがみついたまま、彼との距離を詰めた。姿勢を保つため、両手で反撃というわけにはいくまい。
クリスは、額を硬化させて、思いっきり、頭突きを喰らわせた。
「「 おおぉ、オオアアーッ!! 」」
この伸びる性質。まるでゴムのようだと思えば、打撃が通じるのかは祈るしか無い。だが、新世界で能力者を相手取る為に鍛え上げたのはこちらも同じだ。通じてくれと願いながら、彼の制圧を図った。
ゴムの伸縮を止められず、巨体そのものを受けたルフィ。彼ごとクリスは、医院の壁を突き破り、外へと躍り出た。
「……クリス隊長が脳まで筋肉で出来ている事を忘れていたなぁ」
外の喧噪が激しくなる。それはそうだろう、精悍な身体の青年と、屈強な筋肉が突如、壁を突き破って来れば悲鳴の一つや二つ起こる。自警団の面々も戻ってくるだろうし、住人達もすでに起き始めている時間。
大穴の空いた壁を見やり、ロックスはやれやれと頬をかく。そしてまた、ウタ、ロビン、チョッパーに視線を戻す。
その時、ウタは気づいた。ロックスと名乗った、ジブ先生だった者。
瞳が、二つあるように見えた。
"双子の卵"という訳では無い。二重に重なって別々の瞳があるような感じ。まるで中に何人もいるかのようだと。先ほど、表に立たせていたと言っていた。
もし、心が幾つもあるのなら、その説明も納得出来る。"ジブ"という、自分にとっては恩人に等しい女医が、使い捨ての仮面だったのだとしたら。そんな惨い話があって良い筈が無い。
コイツは許されない。
「さて、軽めの"
ロックスは、ロビンを真っ直ぐ見つめている。チョッパーの顔色が変わった。彼は医者だ、仲間が毒を喰らったのだと思ったのだ。だがウタはロックスの表情をみて、嵌められてると判断した。ロビンのあの顔は、いわゆる毒物の性質で体調を崩した訳では無い。嫌と言う程解る。
アレは、思い出したくも無い"思い出"を掘り返してしまった時の顔だ。
チョッパーがちらりとロビンへ視線をくれたのを確認したロックスが、より強い笑みを浮かべた。おかしいのか、おもしろいのか、それ程他者が狼狽えるのが。
「無駄だよ、チョッパー君」
「何がっ!?」
「……君は
ロックスの左腕表層に、高出力のパワーに耐えうるよう何かが形成されていく。皮膚が直接変わっていくのでは無く、鎧の一部が身体の表面に出来上がっていくと評した方が正しい。その場で作っているかのように。
それに伴って、左肩から先の腕部も青白く発光していくのがわかった。エネルギー体になっていくかのようだった。出来上がっていく鎧、腕甲の形状は、ワノ国で見た事があるデザインを、より一層禍々しく鋭利にしたようだだった。黒漆の光と、血液の如き赤い彩り、青白く光る肌の上に被さるそれはまさしく"魔"のそれ。
退避しなければ、マズいものが来る。
そう思った時、既に脚が動かなくなっていた。足下を見る。気を取られた隙を突かれた。地面を突き破って来ていた『蔓』が、チョッパー、ウタ、ロビンの脚に絡みつき始めている。
「畜生、こうなったら……」
「
「……っ! 汚いぞ!」
「君らがそれを言うのか、"海賊"の立場で」
あぁ、そうだ。気づかれている。こういう時、病人を放るような真似が出来ないという事を。
この島に蔓延していた奇病、その大本を解明しようとしていた女医の顔を見ているチョッパーは、正直に言えば未だなおこのロックスと改めて名乗った【ジブ】の心を思えばこその義憤で胸が引き裂かれそうになる。
コイツは、裏から見ていたのだ。
10年、この島にやって来る人々の為にと頑張っていた人。
その頑張りも何もかも、『他者を偽るために嘘をついていた』なら万倍マシだった。それは本物だったのだと言った。"ジブ"は存在していたのだ、10年間。それら全て、何も知らずにただひたすら必死になっている道化として見ていたのか、コイツは。
「まぁいいか。さっさと済ませよう、"彼"が来るまでに舞台は整えておきたいんだ」
そう言って、変質していない右腕をかざす。掌から、何かが湧いてきた。
――
「 じゃ~ん♪ 」
「……っ!!!? おまえ、お前! お前ぇっ!!」
何処までコケにしたら気が済むんだ。自分をでは無い。
これが本人の嘘偽りなら、『あの時の言葉は嘘か』と言える。その方が遙かに楽だ。
「笑ってたんだな!? ジブ先生をずっと!! 許さないからなっ!!」
「仮面のためにソコまで怒れるのが不思議だよ。"私"にとっては」
一人称が『私』に変わっている。戻っていると言うべきなのか、おちょくっているのか、それとも放出する"パワー"が増していく毎に変わっていっているのだろうか、どんな【悪魔の実】なのかはわからないが、能力者が実自身の意思に引っ張られている。
そんな気がし始める。もしそうならどれ程までおぞましい実なのだ。
それより今はこの蔦をちぎらなければ。でもその場合両腕で支えている2人を放る事になる。
「12年待った。どうやら少し
その時、ロビンが再び動いた。完全に持ち直した、という訳では無いらしい。吐き気をこらえながら、能力を発動させていた。数十本に束ねられた手が壁から生えて、ロックスをはじき飛ばし、柱に押しつけた。
「思っていたより保つんだねぇ。
君から全部ではないにせよ"幸福"を奪ったんだが、驚いた。高ストレス下でよくやる」
「あいにく、"どん底"には慣れっこなの。
久しぶりすぎて驚いたけど」
再び奴の身体から腕を生やして、柱に
マズい。そう思った。
外から瓦礫が少し、室内に舞い込んできた。それと同時に、緑色の影が通り過ぎる。
「そのまま抑えてろ!」
ゾロだ。ロビンは合点とばかりに能力で腕を操作して、刀に巻き込まれぬよう調整する。
抜いた刀で、地べたの虫たちを余さず斬ったゾロはそのまま、ロックスに接近した。
「おっと」
「―― 一刀流」
ロックスが笑みを崩すことは無かった。
「【飛竜火炎】っ!!」
柱、その奥の壁面毎、真一文字に横へ薙いだ。
ロックスの首は、笑ったまま宙を舞い、ごろりと床に転がった。
現在のロックスの
●クシャトリラ・ライズハート(遊戯王)
●魔王信長・第3再臨(Fate/GrandOrder) ←※追記しました
両者を足して2で割った感じでご想像いただければ幸いです
語彙力無いって辛い(・ω・`)