~ 数週間前・海軍本部にて ~
「ガープ中将!」
「何じゃい」
ガープの元に、一人の情報将校が駆け寄った。
この新世界にて、四皇の縄張りとみなされる地域へ派遣され、情報収集を担当していた筈。自分の持ち場を離れてまで、本部に戻ってきたのか、それとも直接上層部へ報告してきた所なのか。
「お前、たしか百獣海賊団の縄張りくんだりまで行っておったのではないか?」
「えぇ、その報告を、サカズキ元帥まで直接持ち帰った次第。
……その中で、一つ気になる一報が入ってきたもので」
「それで、わざわざ儂に、か。
前線を退いた老人に言わずとも、あの坊主共へ持っていけば――」
しかしガープの言葉に否と、その将校は首を僅かに横へ振って答える。
のっぴきならない内容であるらしい。それも、ガープに伝えなければならないと、判断したのか。
「―― そうか、なら
「ありがとうございます、中将」
そう言うと、【"癒やしの島"観光案内】と、ご丁寧なパンフレット
余程カンの良い奴に目を付けられたとしても、相手は"海軍の英雄"であるガープだ。詮索はされまいと踏んでの行動であろうが、
「中将はこういう回りくどいのはお嫌いでしょうが。すみません、職業病で」
「かまわん。お前がこういうのが得意なのはケツの青いガキの頃から知っとる」
せわしなく他の将兵が動き回る本部の中を、並んで進む。
ガープは、手渡された察しの表紙をめくり、書面と写真とが並ぶ資料に目を通し始めた。内容は永く鎖国状態であった【ワノ国】からは少々離れた位置にある、通称:癒やしの島。その調査報告であった。噂程度として広まっている、相互不可侵という信じがたい不文律がまかり通っている療養地。
ただそれだけのならば、ガープも興味を惹かれることは無かった。
"不明者多数"の文言さえ目にしなければ。
不気味な噂もセットになっている、いわくつきの島である事は、知っている。あの島の周囲や、島の中で"戦闘行為"を行った者は、例外なく怪奇現象に見舞われるのだ、と。
体調の崩し方が異様のものであるとか、突然身につけているものや周囲のものが壊れるとか、何の異常も見られなかった船の竜骨が折れる、とか。験を担ぎがちな船乗りにとってみれば、相当な抑止力になるのは想像に難くない。
不明と一口にいっても、この混沌とした時代において意味は多種多様だ。生死不明、行方不明がもっぱらな使い方だが。
「4桁以上? この10年でか!?」
「はい。故に私も含めて、多くのモノがつめておりますが、未だ原因はハッキリしません。
悪魔の実の能力者がいるにせよ、かような怪奇現象が続いていまだ平穏」
「その平穏さがかえって不穏、と。この不明というのは」
「【死因不明】です。中将」
そう言い、将校は資料に添付した写真のいくつかに指を差す。
惨いものだ。血ぬれの服と、まだ赤い液体と肉片がこびりついた骨と化した遺体の写真が多い。それも、船の甲板に横たわる者すべてにその災禍が降りかかったものも混じっていた。
ガープは、眉を顰めた。
何故、そのような異常事態が今まであがって来なかったのか。ガープは自分の知るこの将校が、とんでもない所へ派遣されていたと改めて実感し、顔を見やる。
黙って、将校は頷く。そして、重々しく口を開いた。
「この資料は私一人のものではありません。自分の前任と、前々任。
お二人のかき集めてきたものを一緒にとりまとめたものです」
「つまり、その二人もこの
何と痛ましい事か。任務に殉じたと言えば聞こえは良い。だがそれは、すくなくとも二つの家庭が壊れた事を意味する。この数字が、海軍だけのものでは無い事は知っている。悲しむ家族もいない人間も、無論含まれている事だろう。しかし、
干からびたように、骨と皮だけとなった青年の遺体。
妊婦の腹が食い破られたように開かれ、中の赤ん坊がヒラキにされている。
恐怖に歪ませた顔
中には、手足を固定され、身体を引きちぎられたであろう海賊の遺体もある。
果実のように腹が膨らんだ、1桁であろう少年少女達が
日付を見ても、年代がばらばらだ。2年前。5年前。1番古いのは、8年前。永い時をかけてかき集めてきたのだろう。あの島の不文律。争いは一切厳禁。一線を越えた者達に降りかかる災禍。表沙汰にならず、情報を集めるのにこれ程かかったのは、おそらく住人達も口に出せなかったに相違ない。
「一つ聞いても良いか……?」
「どうぞ」
「何故、儂に?」
こんな事態ならばなおのこと、何故もっと上。元帥:サカズキにでは無く自分に持ってきたのか、という疑念が湧いてくる。
この情報将校は、海軍に永く在籍する中で眼をかけた一人だった。かつて、昔の話をしながら酒盛りをした事もある。ただ、職域を脱した行動を取っている事の理由を理解しかねるのは事実。
「……"儂"でなければならぬものか?」
将校は、目配せしてやや脚を早めようとガープに促した。
「昔、中将に鍛えられていた頃の酒盛り。覚えておいででしょうか」
「よく覚えとるとも。配置転換で、儂の下から離れる頃じゃったか」
「その時、ご家族の事を話されていた事を、よく覚えていました」
そう言うと、最後のページを見て欲しいと、身振りで示した。
ガープの胸中へ、えもしれぬ不安がわき上がってくる。油の染み込んだ巻きに、マッチを突き入れたかのように、燻された感情がどんどん上へ、上へと突き進む。押さえ込んでいた振るい記憶へと、燎原の火が広がっていく。
ガープの表情から、余裕が消えた。自然な仕草で、ラウンジのベンチへ腰をかけることはできたが、最後のページへとめくる指が重い。
だんだんと、その夜話した事を思い出す。
そう、息子の話をした。孫の話をした。不本意な結果ではあるが、どちらも可愛い我が血筋。それを打ち明けられる小僧ではあったから。
「特に、あの島で長く住んでいる住民の事を調べている中で、引っ掛かりまして。
あの夜、見せてくださったお写真に、その――」
ガープは、最後のページに添付されていた写真を、手に取った。
将校の歯切れが悪くなる。ガープの顔から、血の気が引いていたから。
―― 信じがたい。
その一念が顔に出ていた。
「船を出す。お前も付いてこい」
ただ一言。ガープは言い放った。
「"伝説"というのは、言い伝えでなきゃならん。
現実に起こったらもうそれは"現実"なんじゃ」
あのガープが、青ざめていた。
「何故、"伝説"のままでいてくれんかった……」
※※※※※※※※※※
~ テイワ=ラグ島・船着き場にて ~
「あれは一体何の騒ぎだ?」
麦わらの一味が剣士:ゾロは、港の一部が嫌に騒がしい事に気がついた。刀の手入れ道具を買いに、工房区へとフランキーと共に出向いた、その帰りのことである。
サニー号が見える停泊地とは、少し離れた所。人だかりが出来ていて、2隻の船が今まさに港の船着き場につけられようとしている。様子が違うとすれば、船の上に人の姿が見受けられないという事か。どう考えても常軌を逸している事態だ。曳船と、陸に経つ者達がロープを用いて、船の姿勢を必死に立て直していた。
「異様に静まりかえっているな、不気味ったらありゃしねぇ」
ゾロの隣に、フランキーが立って言う。両者とも、2隻の船がどちらも見覚えがある事に気づくのにそう時間はかからなかった。
「先日の2隻だな、ありゃあ」
「間違い無ぇ、船長が近づかねぇと決めた、あの気味悪ぃ奴だ」
目を合わせて、様子を窺ってみる事に決めた。二人は人だかりに近づいていって、この島の監視員らしき風体の男に声をかける。その男性は、顔を青ざめさせてはいたものの、慌てているという様子でも無かった。
「なぁ、一体何が起こったんだ?」
「剣士さんかい? この島は始めてか…、なら無理も無いか。
だれかから、この島の"ルール"は聞いた事があるか?」
「あぁ、仲間の一人がそういうのに詳しくてな、ちょっとだけ聞いた」
「なら、話が早い。この2隻は、早い話が"違反者"が出たんだろう。
毎年、季節毎に知らない奴等がこうして、不幸な目にあうのさ」
そう言って、監視員の男は頭を掻く。今度はどういった面倒毎がやって来るのか、というのが全身から滲み出ていた。
「不幸な目ぇ? 嫌に曖昧じゃねぇか」
「曖昧なのさ、機械仕掛けのあんちゃん。毎回、程度も違えば内容も違う。
ただ、不運としか言い様がない結果になる。……一緒に見に行くか?」
監視員に誘われ、ゾロとフランキーは、島の自警団らと共に、港へ着けられた海賊船の方へ上がっていく。海軍の船の方には、海軍の連中が調べに入るそうだ。不自然な均衡が保たれたこの島ならではの"
甲板へ一歩踏み入った瞬間、肌身に感じていたこの重たい空気の正体がわかった。
「誰も、いない?」
いや、正確には
「……おかしいだろ、なんで
男もの。女もの。それを問わず甲板の上には、数十人分の衣服だけが散っている。異様という他に無い。ゾロも、フランキーも口を開けたまま、状況を飲み込むのに少々の時間を要した。ゾロは思わず、腰に差した"三代鬼徹"に手をかけていた。そんな彼の様子を見ていた監視員が、血相を変えて語気を強め、
「剣士さん! それ以上はいけない!」
と、静止する。その形相は必死である。廻りを見回す。監視員・自警団の皆が、心配そうにゾロを見ていた。
―― これはまた、面倒な島に来たもんだ。
ゾロは内心そう零した。
確かに、ロビンは言っていた。武器を抜いた時点で、どうやらこの島の"暗黙"に触れるというしちめんどくさい言い伝え。所詮は迷信の類いだろうとタカをくくっているが、街の大人までもが怯えながら従っているこの様子。
「すまねぇ、こんな光景は始めてでな」
「あぁ、こちらこそ大声を出してしまって申し訳無かった」
監視員達は、冷や汗を拭いながら、地べたの衣服を拾い集め始める。
中の生存者がいるかどうかを、別のグループが始めていた。中には、これで何件目かとぼやく者もいる。周囲から聞こえてくる情報を、ゾロは聞き逃すまいと神経を張り詰めさせる。
そんな彼の方を、フランキーがかるく叩いた。
振り返って、フランキーの顔を見る。何時もの軽い調子が消えていた。その手には、乗組員が来ていたであろう上着がある。何かの液体で、濡れていた。
海水だろうか?
そう考えたゾロの眼に、何かがとまる。液体の中に、黄色い筋のような物体が混じっていた。怪訝な表情でソレを手に取ったゾロの顔が、歪んでいく。
「……コイツぁ」
「戻ったら、ナミに確認だな。
液体は、
黄色い何かは、人間の筋肉と靱帯の"残りカス"。
「ここの奴等、急に静かになったのはこういう訳か」
―― あぁ、全く……面倒な島に来ちまった