老いた龍虎は新時代の夢をみるか   作:松ノ木ほまれ

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第5話

 

 

~ 新世界より ~

 

「よもや、()()()がそうだった、とはな。ただの流言であって欲しかった」

 

 左目の部分に三本線が入った海賊旗が、風にたなびいている。新世界の海を割りながら力強く進むその船の名前は、【レッド・フォース号】と言う。赤髪海賊団とは、と聞かれれば誰もが答える船の名だ。

 船室の一室で、船の主・赤髪のシャンクスが一枚の古い図に目を落としている。副官、ベン・ベックマンもそろって図面を眺め、それに書き込まれた文言と、図の意味を頭に入れながら、ため息をつく。

 

「やはり、マズかったんじゃないか?」

「ウタの事か? 俺も正直後悔し始めている。

 だが他に手が無かったじゃねぇか。あのままだったらウタは手遅れだったんだ」

「一縷の望みを賭けてとった手が【悪魔の手】かもしれない……じゃなぁ」

「まだ確定じゃぁ無いんだぜ、ベック」

 

 シャンクスが広げていたのは、島の地図である。それも、少し古めかしい。巨大な街が中心部に描かれ、まるで島がまるごと都市に作られているかのようだ。それこそ、大金持ちの別荘地帯と言われても違和感が無い。

 赤髪海賊団は、癒やしの島:テイワ=ラグ島に立ち寄ってから、所用で島を離れた。

 エレジアの一件があって、急ぎどこかで、"我らが音楽家"であるウタを療養できる島を探す必要があった。船医:ホンゴウがどれ程腕利きであったとしても、船の設備ではやれる事に限界があった。その上、ウタが口にした"ネズキノコ"の毒。

 

「それに、俺達は『奇跡』を見ちまった。

 だったら、少しでも望みに賭けたい。そうだろ?」

 

 解毒剤を、ウタは飲まなかった。あのビン一本しか無いという事は無かった。ただ、睡眠が取れなくなるという、生命としての禁忌に踏み込んだウタの身体は、急激に消耗していく。皆が皆、腹を括ってウタを見送ってやろうと思っていた。

 船へと運び込んで、ウタの身体から鼓動が消えて行こうとした時の事だ。

 

 呼吸が、回復した。まるで()()()()()()()()()()かのように。

 

 その後は海賊団の皆は必死だった。ホンゴウが解毒剤を急いで吸い呑みでウタに呑ませ、消化に良いペースト系の飯をラッキー・ルウが造り、皆で交替して部屋を暖め続けた。シャンクスはずっと、ウタの側を離れなかった。

 

「夢を見たんだ」

「ウタが助かった夜の、変な夢の話か?」

 

 シャンクスはあの夜、まだ安心出来ない中での一抹の安堵を享受しながら眠った。

 そして、摩訶不思議な夢を見た。女の夢である。それこそ、世間一般の男子が見る"ソッチ系"ではない。女の背後で、見たことも無い街が腐っていく光景。そんな中で、女が泣きながらこっちに何かを叫んでいる。そんな夢。

 

『―― ごめんなさい。ごめんなさい。許して』

 

 女は泣きながら、自分に謝っている。血なのか、油なのかも解らない赤黒い雨の中で。それが何の事なのかは、全く心当たりが無い。にもかかわらず、心をえぐられるような、そんな思いがわき上がってきたことは、夢である筈なのによく覚えている。

 

『こんな事したくなかった。私は――』

 

 一体何の話をしている。こっちは"娘"が逝きかけて大変な時だというのに。

 

()()()()()"()"を ――!!』

 

 夢の詳細は、ベック達船員にも統べては明かしていない。

 丁度付近に"癒やしの島"という島があるという事実、ウタの身体の様子からして船上での負担はこれ以上続くと危ないという焦燥。故にあの島へと上陸した。良い噂と悪い噂、天秤にかけたくなる程の不気味さ。

 ウタを療養させるには最適な環境なのに、最悪な環境にも思えてくる不自然さ。

 船員達の意見も割れた。嫌な予感がすると反対する者。これ以上船旅で身体に負荷をかけられないと言う者。両者の意見も聞いた上で、ここの医師に頼み込む事にした。

 最大の理由は、あの【ジブ】なる女性が、信ずるに能う医師と確信できた事。

 島の誰もが、彼女の事を語る時朗らかな顔をするのだ。子供達も、である。子供に信用される人間というのは、信用出来る人間か、極悪人のどちらかだ。そして二番目の理由は、まだベックにしか明かさなかった。

 

 夢の女にとても良く似ていたのである。

 

  そしてもう一つ。

 あの夢の女と、背後に映った腐っている街は、どこかで見た記憶があったから。それはシャンクスにとっては非常に古い記憶。まだベック達とも出会う前。ロジャー船長の元で見習いをしていた頃、その頃か、()()()()の……

 

「新時代には最も不要なモノの夢、か」

「……言いたくなきゃ、言わなくていいからな」

「あぁ。ありがとう、ベック」

 

 そして図面へと目を落としながら、シャンクスはこの船の行き先に早くつくよう祈る。行き先はテイワ=ラグ島。今まさに怪奇が押し寄せようとしている島だ。古き記憶の中にある岬の形が、あの島のものととても良く似ていた。

  あぁ、そうだ。

   合致する。

 それ事態がおかしい事。あってはならない事だ。加えて、()()()()()

 

(ウタが、鍵となるのか? その為に生をつなぎ止められた!?)

 

 ちいさな弱々しい声で「ルフィ……」と言ったあの子の顔が、脳裏に焼き付いている。あぁそうだ、近くにはきっとルフィも来ている事だろう。ニアミス続きだが、それで良い。今回もし顔を合わせそうになったら、どうするべきであろうか。

 

()()()()に子供達を巻き込むのは、気が引けるのだが)

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

~ テイワ=ラグ島・商店街にて ~

 

 

「あぁ~、良い買い物したわ~♪」

 

 ナミが、後生大事な様子で小さな袋を胸に抱いて、小刻みにスキップを踏んでいた。ちょっと不思議な噂を聞いていたがために、不安なまま繰り出したショッピング。その不安も杞憂に終わりそうで、彼女は少し上機嫌だった。

 療養地、という言い方をロビンはしていたから。

 特にコレと言って眼を惹くモノは見つからないかもしれないとも思っていたし、辛気くさそうな第一印象を持ってしまっていたから、良い意味で裏切られたとも言える。様々な地域から人が入ってくる島である事は間違い無かったようで、工芸品の中でピンとくる品があったのだ。

 ミカンが中心に据えられた、スノードームの亜種である。

 そう値の張る物ではない。銀片が小さくフルーツの形に切られていて、それを雪にみたててミカンの中心を舞うデザインとなっており、"電流走る"とはまさにこのことだった。

 

<―― これ! くださいっ!>

 

 気づいた時には、レジに持っていっていた。

 とても珍しい事だと思う。航海士であると共に、金庫番であるという自負もあるだけにほんのちょっぴり自嘲もしている。各自自由に使って良いおこづかいの範疇とはいえ、衝動買いするのが久々と言うべきなのか。

 とは言え、こうして買い物が気兼ねなく出来るという事がどれだけ幸せかという事も改めて噛みしめる。新世界に入ってからこのかた激動の日々であったから、こうして肩の力を抜く事があっても良いではないか。

 

 それに、好きなモノがあしらわれた素敵なアイテムが手に入った。

 

 これだけで、この島に寄って良かったとすら思う。

 

 天から降り注ぐ日差しの中にかざしてみる。銀片に照らされ、様々な色合いで装飾されていくミカン。実に良い。自室の机に飾って楽しむことにしよう。そこでふと、気になった。作者はどんな人なのだろう、と。そう考えて、底面を見るべく、ひっくり返そうとした時の事だ。

 

「―― っ!? 痛っつ!」

 

 何か、鋭い痛みが右の一差し指に走った。

 左手でドームをつかみ、一差し指が腹を見やると、ぷくぅと小さな血の球が出来る。少し深めに刺さったようである。

 

「やだ、トゲが出てたの? 嫌になるったら」

 

 そう言って、傷をなめる。折角の良い買い物気分に水を差された。店に文句をいう訳にはいくまい。ちゃんと確認しなかった自分の過ちだ。戻ったらチョッパーに絆創膏を貰おう。そんな事を考えて、もう一度指へ目を向けた。

 

「えっ?」

 

 奇妙な事である。確かに自分の指に、何か鋭いモノが刺さった。

 間違い無い、先ほどの痛みは紛れもなく本物だった。血だって出ていた。指先であるからして、どんどん出てくるかもしれないなと思っていた。

 

「血が止まってる。なんで?」

 

 止まっているとは、正確な表現では無かった。傷が無かったのだ。まるで、最初からそんなものは存在しないかのように。

 思い込みだったのか?

 想像している以上に、疲れを引きずっていたのだろうか。

「う~む、何か変。これはとっとと……」

 面倒事が起こったりする前に、船に帰ろう。

 

「とっと、と……」

 

 脚を早める。いや、そんな必要が何処にある?

 ゆったりとした足取りに戻す。何を自分は慌てているんだろう。

 船に戻る? 何故?

 もう一度、きれいなドームを手に取る。とても、きれいなミカンとフルーツ達。どこかでコーヒーでも呑みながら、海を背景に眺めていてもバチは当たるまい。こんなに、吸い込まれそうな美しいできばえ。

 

「カフェオレを一杯、お願イ」

 

 喫茶店に立ち寄って、テラスの丸テーブルに座して注文し、卓上にこの素敵なモノを置く。まじまじと、目をこらす。楽しむ。楽しい。

 もう一度、自分の右手を見やる。掌から、上腕の間に、うっすらとした黒い線が入っているように見える。悪戯書きか?

 そう思ってハンカチを取り出して、もう一度右手を見た。

 何も無かった。

 

「お待たせ致しました、お客様」

「あ、あリがとウ。そこに置いテ頂戴」

 

 店員が、カフェオレを持ってきた。腕の線はもう無い。きっと自分は疲れていたんだ。溜まっていたものが少し吹き出してきただけ。リラックスして、羽を伸ばそう。そうすれば、少しは良くなるはずだ。

 一口、呑む。美味しい。

 そして、この麗しいドームを見る。

 堪能した後、もう一口。おいしい。

 口の中に広がる豆の香りと、吹きすさぶ爽やかで涼しい風。

 それらを味わいながら、もう一度この煌びやかなモノを見る。

 

「……綺麗ね、トても、綺麗」

 

 ナミは、愛おしそうにそのドームを撫でた。

 

 ドームの真ん中にあるのは、目玉だった。

 

 

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