~ テイワ=ラグ島 ~
「アアあーッ!! ヤアあァ!! 離して!」
診療室の寝台に、ナミが寝かされている。寝台の下を通すように廻したロープが脚をくくり、両腕をロビンが"ハナハナの実"の能力をもってして押さえ、両肩が動かないように、チョッパーが人獣状態となって固定していた。
状況は逼迫している。ナミの右腕、特に手の先部分から上腕部にかけて、アザのような黒い線が浮き上がっていた。まるで、稲妻が走っているかのようである。
(血管の中を何かが通ったのか? 短時間でここまで進行するなんて)
チョッパーは、初めて見る症状であるが故、初動で対処出来なかった事を悔いていた。島独特の風土病のようなものなのだろうか。ナミの身体に起こっている異変を見逃すまいと、浮き上がった黒い線。アザというにはくっきりと浮き出てきており、場所からして恐らく血管と、皮下双方に出ている。
(ウィルスや細菌が原因なら、ナミにだけ症状が出るというのもおかしい。
島の人達も、皮膚接触や空気伝染を怖がってるような様子は無かった)
チョッパーは、ちらりと診療室のパッド上に置かれていた、スノードームのようなものを見やる。悪趣味な造形だった。無数の人間の腕部が渦を巻いてドームを支え、ドームの中には何かの目玉が浮いている。
何でこんなゲテモノを、ナミは大事そうに持っていたのだろう。
「すまない、始めよう」
そして、部屋にジブという、ここの院長が入ってくる。手には真っ赤に熱せられた鉄ごてがあり、彼女はナミを囲んでいたチョッパー、ルフィ、ロビン、ブルックを見渡した。
荒療治であるが故の、念押し。迷わず皆、首を縦に振った。
「ブルックさん、後ろの用具棚、上から二段目に、透明のシャーレがあるんだ。
それを持って、この……ナミちゃんの右手がむいている先に待機して欲しい」
「シャーレ、透明なコンパクトっぽいモノですね?」
「うん。ロビンさんは、ナミちゃんの右腕だけ、拘束を緩めて。
コイツは熱から逃げるように移動するんだ。だから、顔の方から順に熱を当てる」
「ナミが暴れて、顔に当たったら大変だものね」
「助かります。ルフィ君とチョッパー君は、ナミちゃんに声をかけ続けてあげて」
「「 おうっ! 」」
ブルックが、シャーレを取り出した。それを見たチョッパーは口にこそ出さなかったが、それが自分達医者が使っているものより、やや厚手に作られている事がすぐにわかった。ナミのこの症状は、島でも珍しい症例という訳では無いのだろう。きっと、コレ専用に作ってあるものの筈だ。
腕の先で待機、という指示をした。何かが、先から飛び出してくるという事。
そして、"コイツ"と、まるで呼称する対象がモノであるかのような表現。それらが意味する所は――
(
ルフィが、ナミに顔を寄せて、左側から声をかけた。
「ナミ、心配するな。俺達もついてる。耐えろよ」
「―― ッ!? 返しテ! アレは、私ッのォオ!?」
ルフィの言葉すら、聞こえていない様子である。ナミの視線はずっと、パッドの上に鎮座するスノードームに注がれている。形相は、仲間の誰もが見たことが無い程の怒りに歪み、口から泡が吹き出し始めていた。
「返セっ、カッカ ―― カエゼぇえッ」
こめかみにも血管が浮き出て、眼は血走り、いくつもの手でロビンが押さえている左手も、女性とは思えない力でふりほどこうともがいている。何度も何度も、寝台に左腕を叩きつけようとする。視線の先にある
そして終には、押さえつけようとするロビンの腕が
「なんて力……」
「ナミ! くそっ、俺達の事もわからないのかよ!」
「大丈夫、大丈夫だから、落ち着くんだ! お願いだ、ナミ!」
そして、意を決したジブが、ナミの身体から見て右側、顔の近くに熱せられた鉄ごてを近づけていく。その瞬間、異変はすぐに起こった。
「――ッ!!???! アアァアッ!? ギギッグッガ」
ナミの口のあぶくに、血が混じり始めた。ルフィ、ロビン、チョッパーは唇を噛む。ブルックには噛む唇は既にないが、あったらきっと同じ事をするだろう。
特にチョッパーにして見れば、これまでDr.くれはの元で学んできた医療知識や、それから身につけてきた知識の中のどれにも無い、全く新しい症状であったがために、対応出来ない。自分が悔しくて仕方が無かった。
そして、ナミの身体に変化が起こる。
真っ先に現れた場所は、首元だ。正確には、肩甲骨と僧帽筋の間に、である。人の肩にある、小さな三角州。そこから何か細長く赤黒いモノが、浮き出た。
直径にして数ミリ程度ではあるが、顔を近づけていたルフィと、上から俯瞰して見えるチョッパーには、それがハッキリと見えた。
「イッギ…… ギャアッ!!」
「ナミ!」
「畜生、何だ!? 何なんだコレ!」
「後で話すから、抑えてて!」
蛇のようにのたうつそれは、鉄ごての熱に驚いたのか、再びナミの首元へ引っ込んで、今度は皮膚の下を移動し始めているのがわかった。首元に細長く浮き出たソレは、ゆっくりと、確実に皮下を伝って、ナミの手の先へ向かっていく。
ジブは、鉄ごてをもってゆっくりと、大捕物とばかりに細いソレを追い詰める。
「ごめんね、もうすぐ終わるからね。
コイツは入って来た場所から出ていくから。こうする他無いんだ。
痛いのは出て行けば終わるから……」
苦渋をにじませながら、ジブはしきりにナミに言葉をかける。
「ナミ、もう少しの辛抱だぞ」
「あとちょっと、あとちょっとだから……」
並みの顔をのぞき込む形になっているルフィ、チョッパーとは別に、ロビンはこの段階になってようやく、ナミの左腕がスノードームへの執着を止めた事に気がつく。能力でチョッパーの首元に"眼"付きの手を生やして状況は見ていたが、やはり首元から逃げていって言っている何かの作用によるモノだったのだ。
そして、数分という時間をかけて、その細長い何かがナミの手の先へ到達した。
ナミの右人差し指、その先端部分、腹にあたる場所が膨張していく。
「ブルックさん、構えて!」
出てくるモノを捕まえて、という意図を、ブルックはくみ取った。
「―― ッギッア!」
ナミの尋常ならざる声が合図かのよう。
指の腹から、幅数ミリ、長さ三センチほどの細長い何かが飛び出した。それをすかさず、ブルックはシャーレに受け止め、蓋を被せる。そしてルフィ達は、ジブを見た。彼女は、それに答えるように大きく頷く。
「「「「 終わった…… 」」」」
どっと力が抜ける。万事とはいかないが、問題は一山越えた、という所になる。
「良かった。本当によかった」
生身の者達は、額にかいた汗を拭く。ルフィは、何かが出て行った事で意識を失ったナミの頬を撫でる。チョッパーは早速、指の傷を手当し始めたジブに、手伝って良いか聞いていた。ジブは承諾して、後ほど二階に一緒にナミを連れて行く事の助力を求める。
そしてブルックとロビンは、シャーレに閉じ込めてもなお活動を続けている何かを見やっていた。
「しっかし、一体何なんでしょうね、コレは」
「寄生虫か何かかしら?」
「そうなると、こっちにも触るのは止した方が止さそうですね」
こうなった時、扱いに困るのはパッドの上に未だ残っている悪趣味な造形物。
それを聞いていたのか、厚手の手袋を着けたジブが、迷わずそれを手袋ごしに握って、待合室へと戻っていく。行き先は、暖炉だ。
暖炉の脇には、先ほどの鉄ごての他にも道具が用意されていた。
蓋付きの鉄鍋である。彼女はそれに不気味なスノードームを放り込むと、蓋を閉め、ロックをかけ、そたまま暖炉の中へ。まっすぐ火の上へ鍋をかざす。
<―― キイイィイイイィイッ >
空気をひっかくような、甲高い悲鳴のような音が聞こえる。チョッパーがナミを診るために残り、ルフィ達はジブの後を追って待合室に戻った。そこには、街の者達も何名か残っている。
先ほどの彼らの様子からも、今回ナミがみまわれたコレは島を悩ませている現象の正体なのかもしれない。きっと、このジブという医師が対処できる人物の1人。彼らは街の皆に結果を伝播するために残ったのだ。
「センセ、ナミの身体から出てきたアレは、一体何なんだ?」
「これが終わったら、君らにも話すよ。数日しか滞在しない海賊や、短い期間の療養目的の人達には、怖がらせてしまうから、ハッキリとは伝えてこなかった。けれど君らは当事者になってしまったからね」
やがて、悲鳴のような音が聞こえなくなり、ジブは暖炉から鍋を取り出す。
彼女が蓋を開ける。すると、中にあったスノードームは少々の焦げを残して殆どが無くなっていた。その様子をみて残っていた街の住人達も、安心したようで医院を後にする。
不気味な疑問は、増えた。入れたのはスノードーム。硝子製品の筈だ。
なのに何故、暖炉の火にかざした程度で消えて無くなるのだろう。
「……ルフィ君、ナミちゃんを寝かせたら、病室に。
説明に十分な資料は後で持っていくから、待っていてくれ」
「わかった」
「ウタちゃんには、ちょっと待っててと言ってから行くから」
「「「 ……えっ!? 」」」
「「 ……ん? 」」
そこで、ジブとルフィは、肝心な事を失念していた事を思い出す。
「あ、悪ぃ。言うタイミング無くってよ」
「さらっと言うなよ! プリンセス・ウタが此処に!?」
今来たルフィの仲間達には、ウタの事を言っていなかった。