~ テイワ=ラグ島 ~
「さて、何処から話すべきなのかな」
そう広いとは言えない病室に、定員ぎりぎりの人数が詰めている光景。聞こえは悪いが、ここの他に関係者全員に情報共有出来る場所が、この医院には無いのだ。
ルフィ、まだ意識を取り戻さないナミ、ブルック、チョッパー、ロビン。そして、ウタ。
大きくはない建物である。下の騒動は聞こえていたらしく、部屋から出てきていて、ナミを運び上げる所にはたと出くわしたのだ。彼女も、ナミの事を心配していた。かつてエレジアにおいて、暴走した自分が最初に手を出した、ルフィの仲間であるから。
ジブには恩義がある、しかし下から聞こえてきた悲鳴を聞けば、共有したいと思うのは人の情をいうものだ。
故に、ウタもこの島に残っている"大事"を聞く事になった。
ジブは、ルフィが先ほど見た部屋の地図。そして資料をいくつか持って来て、患者へ説明する時用のボードへ貼り付ける。
「この島に、あの奇天烈な生命体が確認されたのは、8年前の事だ。
10年前、島に最初の入植者が住み、街の原型が作られて、軌道に乗った頃合いと言えば良いと思う」
「―― 10年前?」
「おかしい、と思うだろう?
私もそう思ってる。事実、最初の入植グループの中には私もいた。この島は、そこから前の歴史がまるでわかっていないのさ」
「いや、それはおかしくないか、センセ」
ルフィの指摘は至極尤もだ。全くの無人島にゼロから街を作ったのならまだわかるが、この島の地図としてジブが出した図面。北半分は大半が黒く塗りつぶされたようになっているが、端々に街のようなものが見える。
「そう、この島はおかしい。
住み始めて、農業は上手くいった。土地が豊かで作物の育成に向いた気候。
海での漁においても、数多くの海産物がとれる。住むには最適……。
だが、何かがおかしかった。それがハッキリしたのが8年前」
話せば長いが、という前置きから、要所だけ彼女は話した。
この"新世界"は、世界政府以上に『四皇』の影響力が強い。誰かしらの庇護下に入るか、隠れ潜んで生きていくか。国家が体裁をなしているのであれば世界政府に加入するという選択肢も生まれるが、ここは島の立地上そうもいかなかった。
「世界政府、まぁ強いて言えば海軍本部も当時グランドライン前半、"楽園"側にあったからね。ソコまでの道中は百獣海賊団やビッグマム海賊団の縄張りばかり。ここはそれらからあぶれた者、居着けなかった者達の寄り合いからスタートした」
ここの住人は、殆どが元海賊、海軍、四皇庇護下にいられなくなった一般人。ほぼすべて逃げてきた人達。つまるところ出だしは"難民キャンプ"に等しかったのだという。
「この島は確かに、10年前を区切った、それ以前にも人間が住んでいたのは間違い無い。
ただ、人が住んでいたであろう地域……地図で言えば北半分になるが、未だに調査をする事もままならない。その理由は、先ほど皆も知っての通りでね」
「あの生物が出てきたのね」
「その通り。時間をかけて、この島の集落もどんどん大きくなった。
いつの時期も、他の島から流れて来た者とかは必ず出て来るからね。
新世界を通る中で疲弊しきって、諦めた連中とか、縄張り争いに巻き込まれて流れて来た人も含めて。人口は増えていくし、私も頑張り過ぎて、"癒やしの島"なんて異名が出始めるわで」
人が増えれば、必然と街は拡大していく。
その中で、調査チームが組まれるようになり、北へ北へと拡大していった結果、住人達は見つけてしまったのだ。
「以前人が住んでいたであろう地域の入り口を見つけたまでは良かったんだ。
最初に踏み入った者達の大半が、やられたけどね」
そう言って、最初の資料をルフィ達に見せた。
「―― うぇっ」
ウタが、気味悪そうに顔をゆがめる。そしてルフィがすぐさまウタの眼を両の手でふさいだ。
さもありなん。
資料に添付されていた写真には、
腕が六本、脚が四本生えた異形の蜘蛛人間に成り果てた者。
口を除いた全ての機関が顔から抜け落ちて、手足が刃物のように硬質化した者。
肥大化した背中から、感覚器官のような丸い機関がひり出して、人間だった部分が縮小している異形へ変貌を遂げた者。
"頭部"が腐り落ちて、腹部から新たに禿鷲のような頭部が生えている者。
言葉を失うとは、こういう事を差すのだろう。
「そこで出くわしたのが、
"寄生"する生物には、宿主を殺すモノと、生かして共生するモノがいるが、彼奴等はおそらく後者にあたる」
そこまで聞いたチョッパーが口を開く。
「Dr.ジブ。寄生する生き物との共生型だと言うなら、こんな……宿主が死ぬようなリスクを冒させるのはおかしいぞ? 寄生する結果として死ぬようなタイプならともかく」
「卵を安全に孵すためという訳でも無く、という事だろう?」
「うん。ソイツにしか利がない片利共生であったにしても、宿主が死ぬ=自分が死ぬ事だ。生き物としてそんな生き方はあり得ない」
「そう、その通り。あり得ない生物だ。だから対処法も、最初は変異した者を"処理"する他無かった。こういう生き物によるものだと気づくのにも一年。熱が有効と気づくまでに相当な数の人が逝ったよ」
「そんな危険な島なら、何故……」
「出て行かないのか?」
ウタの問いに、ジブは頭をゆっくりと左右に振った。
「他に行く島があれば、そうしていた。だけど、四皇を振り切って安全な島へと言うには、人口が増えすぎた」
「シャンクスは、そんな事しねぇ」
「それは、知ってる。ついこの間、始めて会った時そう思った。
彼らの旗を掲げるのを求めても良いのではとすら、ね」
だが、既に"癒やしの島"という名と共にこの島の存在は認知が広がり始めていた。
そして、カイドウとビッグマム。赤髪の旗下に入ったとなれば、この二代巨頭を刺激しかねない。その危険を冒す事だけは、島の代表達にはできなかった。
「実際、百獣海賊団と、ビッグマム海賊団。どちらもこの島に来た事がある。
あれらは実に
ロビンの眉が、少しばかり動いた。今の物言いは何だ?
「あの2人が此処に来たの?」
「えぇ。2年前、四皇の一角だった白ヒゲが死んだとき、その勢力圏の奪い合いのどさくさで、本人達が直々にね。時期は違うから一人ずつだけど」
「あいつ等が来て、どうして、この島は無事なんだ、センセ」
ルフィも、驚きを隠せない様子であった。チョッパーも、ロビンも、ブルックも、である。ただウタだけは、シャンクス以外のワードにいまいちピンときていないようで、皆が焦りを見せ始めている事に驚いている。
「その二人は、島に上陸すらしなかったよ。
船の上から私達の方を見たと思ったら、踵を返したのさ」
※※※※※※※※※※
~ 赤髪海賊団乗艦『レッド・フォース号』 ~
「見つかったか、昔の海図」
「何とか。断捨離しなくてよかったぜ。
しっかし、十年以上前の海図だなんて何を調べてんだ、お頭」
航海士:ビルディング・スネイクが、やや変色した海図をシャンクスに手渡した。ここ最近、船の中はある意味で張り詰めっぱなしであり、彼自身も気が気ではない。近海では療養地として名高い"癒やしの島"へ、【みんなの娘】に等しい娘を預けてきた。
心細くしてないか、体調は復調してるのだろうか、病院食は不味く無いか、とか。"妙な噂"があるにせよ、不心得者がウタに近づかないか、とか。そんな奴がいたら船首にくくりつけて新世界の船旅に連れてってやろう、とか。
新参組を除いた古参全員。
ウタを知るもの達に
『何なんすか? この船には親バカしかいないんすか?』
と、新入りであるロックスターがドン引きする程度には。
加えて、幹部達は気づいていた。誰よりもウタの回復を祈っている筈のシャンクスが、別の意味での焦りをここ数日見せ始めている。
右腕たるベン・ベックマンも、船長の脇にずっと控えっぱなしで、なにやら船長室で話し込むこと数度。何かが、起こっている。それは船員達にも波及する。優秀なクルーであるが故、皆が皆、くみ取った上で空気を読み何も言わずにいる。
それが、ウタへの心配とか無難な形で発散されているだけなのだ。
「―― ウタを預けたあの島、どこか引っ掛かる所があってな」
「いい島だっただろ? 飯は美味い、女も綺麗で、肌を撫でる空気も最高だった」
「そこは俺もそう思ってたんだが、あの地形……どこか覚えがあってなぁ」
そう言って、シャンクスは自分の側頭部を軽く指で叩く。
「古い記憶だ。俺がこの海賊団を結成する前、もっと昔のものさ」
「海賊王の船にいた頃?」
「まぁ、そう言えばそうなるんだが、この記憶は……物心ついた瞬間には既にあったもの、という事になるのか」
「あぁ、お頭があまり話したくない範囲だってんなら、これ以上聞かねぇよ」
「すまねぇ、スネイク」
「……て事は、話せる範囲もあるって事だ」
そう言って、ずずいとスネイクはシャンクスに詰め寄る。隣に立っているベックマンも、いいだろと言わんばかりに眼で答える。シャンクスは、少し時間を溜めて、
「わかった。今持ってきて貰った海図と、今の海図を並べてみようか」
そうして、テーブルに2枚の海図が並ぶ。現代のものと、日付で言えば12年前のもの。色味の違いこそあれ、どちらも新世界の島々を書き記したものだった。
見比べてみる。大まかな島の位置は一致している。これをどうして船長が求めたのか。そう考えながらスネイクは順に、古い方と新しい方を見比べていって――
「あっ……!!?」
「気づいたか、スネイク」
ただ一点、おかしな事に気がついた。
古い方には無くて、新しい方にはある。どう考えてもおかしな書かれ方。
逆ならまだわかる。バスターコールなど前例はいくつかあるからだ。
だが、これはどうだ?
「あの"テイワ=ラグ島"は――
少なくとも12年前はあの場所に存在すらしていなかったんだ」