【完結】お菓子作りが得意なトレーナーと、無慈悲するマヤノトップガン 作:出遅れ系トレーナー
『大雨かつ不良バ場での開催となってしまいました年末最後を彩るグランプリ、有馬記念。今年も優駿たちが揃うはずでした!』
「えっと…始まる前からお話がすでにオチてるんですけど、このままで行くんでしょうか?」
「しーっ!ダメですよフラワーさん!そういうこと言っちゃ!」
「でも出走ウマ娘がマヤノさん以外全員ほとんど無名なウマ娘なの、狂気でしかないですよ」
「いやはやすみませんね~。ネイチャさんもケガには勝てないってことですのん」
年末最後のグランプリである有馬記念。出走するウマ娘は人気投票によって選出され、そこから出走を望んだ上位16名がこのレースに出走できるのだ。しかし、今年の有馬記念は少し様子が違っていた。ナイスネイチャが足に微小な違和感を感じ、安全を取って出走回避をしたのを皮切りに、秋のシニア3冠戦線で活躍していたスペシャルウィーク、メジロマックイーン、トウカイテイオーを含めた有名ウマ娘が、何故か続々と回避してしまったのだ。おかげで人気投票10位以内に入っていたウマ娘がマヤノ以外誰も居ないという大惨事。ゲートも8枠で、なんとか開催だけはできるといった程度である。ちなみに回避したナイスネイチャは今日は私たちの横でレースの観戦だ。せっかくだから最高の場所で見物しに来たとのこと。
「実況の方も困るんじゃないでしょうか。これ絶対2500mも間が持たないです。だって8人ですよ?最高の栄誉を得られる有馬記念が…」
「確かにどんなに酷くともスピカの方々は誰かしら出てくるとデジたんも思ってましたけど、誰も出てきませんでしたね。何があったんですかね」
「さあ…?」
「(さあ…?じゃないよ!アンタが原因だよ!しかも回避理由が昼飯の食べ過ぎで、腹が出すぎてまともに走れないからなんて…絶対に外には言えないよ!学園も全力でひた隠しにしてたし、もしリークでもされたら一生の恥だよまったく)」
「…あっ。レース始まるみたいです」
『各ウマ娘ゲートイン完了……スタートしました!5番、順調に飛ばしていきます。続いて2番、3番があとに続く。2バ身離れて1番、その後ろ8番。1番人気のマヤノトップガン、少し後方に位置取ったか』
「うげえ…。それはやっちゃまずいんじゃないの…。今日のレースはネイチャさん出走してないんだよ…?」
「どうしたんです?そんな声出して」
「いや~、あっはっは。アタシにはもう結果が見えちゃったのさ。そんなわけで、アタシは学園に入れなくなる前に先に帰らせてもらうことにするよ。マヤノのトレーナーさん、マヤノに優勝おめでとうって伝えておいておいてね。ではまた後日、学園で」
マヤノが中団後方に位置取りしたのを見てナイスネイチャが顔をしかめ、そして手をヒラヒラ振りながら帰っていった。まだスタートしてほとんど時間経ってないし、そもそもスタンド前にすら来てないのに。
『1周目のホームストレッチです。スタンドの大歓声に包まれながらウマ娘たちが走り抜ける!順位を確認していきましょう!先頭は相変わらず5番…おっと!ここでマヤノトップガンが上がって行く!……いや違います!マヤノトップガン以外のウマ娘全員が……歩いています!!!これはどういうことだ!スタミナ切れか!?今年の大阪杯の焼き直しとでもいうのか!?マヤノトップガンが後続を完全に突き放して独走している!!!今日の主役はマヤノトップガン!後ろには誰も居ない!!!あのエクリプスのようなことが現実に今起きています!!!』
「ああ…確かにこれ見たことあるわ」
「掛からせてスタミナ削ってリタイアさせるやつですね。大阪杯で見ました」
「だからナイスネイチャはさっさと帰ったのか。これはえげつないぞ」
「ヘロヘロのウマ娘ちゃんが目の前に…じゅるり。ごちそうさまです!」
「えぇ…」
マヤノが向こう正面を独走している遥か後ろ、ここスタンド前で7人のウマ娘がヘロヘロになって歩いている。これ本当にG1レースなんだろうか。そうこうしているうちにマヤノが第4コーナーを回って帰ってきた。
『強い、強すぎる!マヤノトップガンが最終コーナーを回って直線へ入る!中山の直線は短いぞ!しかし後ろの子たちは間に合わない!むしろ目の前にいる!マヤノトップガン、1周差でゴールイン!!!圧勝!!!』
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「ナイスネイチャが言っていたのはこういうことだったのか…」
「えっと…どうするんです?このままでは学園に入れませんけど」
「そうだなあ…」
マヤノが有馬記念を1周差圧勝で制した。これでマヤノは春シニア3冠、秋シニア3冠、天皇賞春秋連覇、春秋グランプリ、さらにシニア級王道中長距離路線G1グランドスラムを達成したことになる。そして、その取材のために報道陣が学園に集結してしまった。マヤノが疲労のため、その場での記者会見を拒んで後日に回すことを伝えたため、我先にと押し掛けてきたのだ。それにしても酷いな。見た限り月刊トゥインクルだけは居ないようではあるが、その他の報道陣が勢ぞろいでカメラを構え、学園への道を塞いでいる。路肩に車を停めて遠くから様子を見てはいるが、これは入れそうにないな…。
「ぶーぶー!マヤ、今日はもう疲れたの!だから早く帰ってお風呂入って、寝る前にできるだけいっぱいトレーナーちゃん分を吸収したいのに!これじゃあ帰れない~~~っ!!!」
「ひょええええ…!ま、マヤノさん落ち着いて!ここで暴れてもダメですってば!」
「(寝る前にトレーナーさんとマヤノさんが一緒に居られる状況はトレセン学園では有り得ないんですけど、言ったほうがいいんでしょうか…?)」
「んもー!!!」
そしてそんな状態だからか、マヤノの怒りが有頂天になった!
「「トレーナーさん!」」
「はいっ!?」
と同時に慌てて車から降りたフラワーとデジタルによって、私は運転席から引きずり降ろされ、後部座席に座っていたマヤノに向かって放り投げられた。
「ぐえっ!」
「あっ、トレーナーちゃんだ!!!えへへ~~~。………もう離さないし誰にも渡さない」
投げつけられた私をナイスキャッチして確保したマヤノは、私に頭を押し付けて落ち着き始めた。頭をなでてやると、腕を回して大人しくなった。耳が左右にふんわり倒れているし、機嫌は多少治ったようだ。
「ふぅ…ひとまずこれで安心ですね」
「でも今日はこのまま帰れそうにありませんし、どうしましょう。諦めてこのまま車中泊することにします?あたし、スーパーで何か食べられるものを買ってきますので」
「そうですね…。それしかなさそうです。では私はトレセン学園の方に連絡しておきます。デジタルさんはご飯の方をよろしくお願いしますね」
「任されました!」
フラワーとデジタルは連携して学園や食べ物に対応するらしく、2人して私を放置して行ってしまった。
「えへへ~。トレーナーちゃ~ん」
…どうやら今夜の私はマヤノの抱き枕確定のようだ。でもまあ…マヤノが幸せそうなのでこれでいいか。
不良バ場の長距離で発動条件を無視してスタミナデバフを発動すればモブはバテる。マックEーン杯とか昔流行りましたね。アレは春天でしたけど。