千束が走り去り、訓練場には沈黙の時間が流れる。
「HAHAHA。先輩あいつら逃げやがりましたよ。とんだ負け犬根性ですね~」
1人空気を読まない奴がいたが・・・。
フキは溜息を吐くと、サクラに向き合う。
「お前ちょっとは静かにしろ」
「だって先輩~。電波塔の英雄様が尻尾まいて逃げるなんて~」
「別に逃げた訳じゃねぇよ」
フキは再び千束が走り去った方を見る。
するとサクラは意外そうにフキの首に手を回す。
「え?先輩はアイツの肩を持つんすか?意外っすね」
「そういう訳じゃねぇよ。ただヤル気が有るっていうのが分かるだけだ」
「って・・・お前は馴れ馴れしくするな!」
サクラは慌てて手を自分の後ろに回す。
「すいません~先輩。ついうっかり」
「お前はまったく・・・で?お前は何の用だ?」
「・・・お前?」
サクラは背後に人の気配を感じる。振り返るといつの間にか菜月が居た。
慌ててフキの後ろへと逃げる。
菜月はサクラに目もくれず、フキに話しかける。
「リ~ダ~。模擬戦やりましょうよ~」
「あん?1人でやるのか?勝てる訳ねぇだろ」
サクラは震えた声でフキに話しかける。
「なに言ってんすか先輩!アイツは・・・」
「お前は黙ってろ」
フキ自身、自分がこんな声を出せることに驚いた。
サクラは黙り込む事しかできなかった。
「なに言ってんすかリ~ダ~。もちろん3対2に決まってますよねぇ」
菜月は当たり前かのように笑う。
フキは一瞬黙りこむがすぐに表情を変え口元に笑みを浮かべる。
「本当に3対2になると思ってるのか?」
「もしかしてわたしに怖気づきました?」
「お前じゃねぇよ」
「もしかしてたきなですか?リーダーは何を見てたんですか?相棒だったのに」
菜月は鼻で笑う。
フキはサクラを引っ張り訓練場から出ていく。
捨てセリフを吐きながら。
「お前ごとき1人増えただけでなにも変わんねぇよ!」
菜月はフキに続いて訓練場を出て行く。
しかし何か用事が有るのか戻って来る
楠木に近づくとと足を止める。
「私が勝ったらたきなを戻してもらいます」
菜月は楠木に吐き捨てるように言葉を投げる。
楠木は突然のことに唖然する。
菜月は満足したのか、楠木を無視して再び訓練場から出ていく
何も喋らずただ立ち止まるだけの楠木。
助手が楠木の様子を伺う。
「司令?どうかされましたか?」
楠木は何も答えない。
もう一度助手は声を掛ける。するとようやく反応があった。
「あぁ・・・すまない。ぼーっとしてしまった」
表情が悪い。助手は楠木の調子が悪いと思った。
「大丈夫ですか?休まれたほうがいいのでは?」
「そうだな・・・。模擬戦が終わったらさせてもらう」
楠木と助手はキルハウスブースに向かい歩きだす。
なにか気になる事が有るのか、助手は楠木に疑問を投げかける。
「でもよろしかったのですか?」
「なんの事だ?」
「菜月の話です。願いを聞くつもりですか?」
「あぁ・・・そうか。まぁ勝ったら考えてやってもいいな!」
「ルールを守るならな」
楠木は考える表情をした後、一瞬笑顔を浮かべ普段の表情に戻る。
表情がコロコロ変わる楠木は恐ろしい。
助手はそう思った。
▽
水の流れる音が聞こえる。
私は吸い寄せらせるように音の方へと向かう。
噴水があった。誰が見てもただの噴水。
だがリコリスにとってこの噴水は憧れの存在だった。
私はついこの前までこの噴水の近くにいられた。
しかし今は違う。
この噴水を遠く感じてしまう自分が嫌いだ。
もういっそ噴水に入ってしまえば楽になるのに。
私はそんな気持ちを抱きながら噴水を眺めていた。
「ここだと思った」
後ろから人の声が聞こえる。
きれいな声。
なぜか初めて会ったときと同じ感想が思いだった。
私は後ろを振り返る。やはりそこに居たのは千束だった。
「リコリスはみんな好きだもんね。噴水」
千束が語りかけてくれている。
私の口は勝手に動き出す。
「・・・この寮で暮らすことはDAに拾われた私達みんなの憧れ」
「この制服に袖を通した時も・・・」
「うれしかったよね」
私は不思議思った。千束はみずから此処を出ていったはずなのに。
「そんな意外そうな顔しないで。あたしだってそうだよ」
顔に出てしまっていたみたいだ。
私は千束をよく観察する。
その表情は嘘を言っているように見えなかった。
「なら千束にも分かるでしょ?ここが目標だった・・・それを私は奪われた!」
「どうしてこんな・・・」
「たきなを必要としている人が町にはたくさんいるよ。ここじゃなくたって・・・」
千束はそのきれいな声で私を励まそうとしてくれる。
しかし今の私には棘があるようにしか聞こえなかった。
「あなたはDAに必要とされてるからいいですよね!」
「私には!私の居場所は・・・もうここにはない・・・」
不思議・・・なぜこの人達と居ると余計な事を口走ってしまうのだろう。
私は慌てて自分を隠す。
「ごめんなさい」
「たきな・・・」
「分かってます。全部自分のせい、それなのに菜月まで巻き込んで・・・」
全然隠せなかった。次々と思いがあふれ出てきた。
「ねぇ?菜月はあの時何をしたの?」
「エリカを助けてくれたんです。私がしたことは商人を殺して菜月の足を引っ張っただけ」
あの時・・・。あの時なぜ私は殺してしまったんだろう。
殺していなければ菜月までこんな思いをすることはなかったのに。
千束が優しく笑う。
まるで何かが分かったかのように見えた。
「あのとき2人は仲間を救いたかった。形はどうあれ2人の思いは同じ」
「それは命令じゃない。たきな達が決めたことでしょ?」
「それが一番大事」
千束の声が私の中に響き渡る。
なぜだろう声は変わらないのに。
「それに・・・2人の処遇はそれとは関係ないよ」
「あの日通信障害あったってホント?」
「ええ。数分ですが。技術的トラブルだと」
「ハッキングだよ」
「ラジアータが?」
私は千束が何を言っているのか最初分からなかった。
しかし・・・
「DAの機密性を担ってる最強AIだよ?全てのインフラの優先権をもっているのに」
「通信障害なんてありえない」
そう。今考えれば通信障害なんてありえないことだった。
「それで取引時間が!?」
「でもそんなことは報告できないから“リコリスの暴走”ってことで2人を・・・」
千束は私が考えはじめた事を言葉にしてくれている。
私はいても立ってもいかなかった。
「たきな!?どこ行くの?」
「理不尽です!司令に話して・・・」
「シラ切られるだけだってば!」
「じゃあどうしたら・・・」
私は何処に進めばいいか分からなくなった。
そんな私を千束は優しく包んでくれる。
「たきな。今は次に進むとき。失うことで得られるものもあるって」
「たきながあの時行動しなかったら。菜月も死んでいたかもしれない」
「あたしたちは出会えなかったよ。そうでしょ?」
「なにあれ~?」「青春?」「ウケるんですけど~」
後ろで水を差すような声が聞こえる。
だけど千束は気にしていないようだ。
私を急に抱きかかえたのだから。
「私は君と会えてうれしい!」
「ちょ・・・ちょっと」
「うれしい!うれしい!」
千束と一緒に回る。
新しい自分が作られるように感じた。
だけど作られることはない。
今の自分に心残りが有るから。
「誰かの期待に応えるために悲しくなるなんて」
「つまんないって。居場所はある。お店のみんなとの時間を試してみない?」
「それでもここがよければ戻ってきたいい」
「遅くない。まだ途中だよ。チャンスは必ず来る」
「そのときしたいことを選べばいい」
千束は背中を押してくれる。
私正直に心残りをどうしたらいいか千束に聞く。
「でも・・・私は菜月にどうお詫びしたらいいか・・・」
千束にっこりと笑う。
「謝らなくて大丈夫!私と同じで菜月もやりたいこと“最優先”だよ?」
「それにさぁ・・・」
突然管内アナウンスが流れ、千束の言葉をかき消す。・
「1400(ヒトヨンマルマル)より状況演習を開始。リコリス各員は当該時間までに」
「キルハウスブースに集合してください」
千束はアナウンスを聞くと再び笑う。
「ほら!私と同じで菜月もあいつらをブチのめしたいみたい!」
「此処に未練はないみたいよ。菜月の目標は何処なんだろうね?」
千束は走って行く。
私は噴水の淵に座り込む。
新たな自分を理解するのには
時間が必要だった。