クソボケ指揮官を逆わからせするだけの話 作:マロニー
ああー
うあー
ロイヤル
「指揮官!新しいメールですよー!」
「む、ありがとう。
そこに置いておいてくれないか」
「はい!…根を詰めるのもいいですけど、そろそろお昼にしませんか?ジャベリン、弁当作って来たんです」
「もうそんな時間か。
…そうだな、無理をしても疲れるだけだしそうさせてもらおう。お茶は用意しよう」
「わかりました!
それじゃ、準備してきますね!」
書類を横に片付けながらぱたぱたと走る背中をぼうと眺める。
その様を何者かに見られれば、何か剣呑な事を思い付いているか、はてさて機嫌が悪いか、どちらかを想起するだろう。
この艦隊の多く、特に駆逐艦の多くは指揮官を見てそう思い、恐怖の念を抱いている。
だが、その中でもこのジャベリンはそうではない。彼の性格を判り、その上で眉間の皺はただのクセみたいなものだと割り切り、珍しく対等に普通に接してくれる駆逐艦だ。
それもその筈、付き合いが長い。
初期艦として、彼を支えてきたのだ。
指揮官は何故だかぼうと回想する。
出会ってからすぐのことは今でも思い出せるようだった。そう、あれは…
「指揮官?」
「…はっ!すまん、ぼーっとして…
そうだ、茶を用意してなかった!」
「大丈夫です、私がしておきましたから。
疲れてるみたいですし、食べた後少し休憩したらどうですか?」
爛漫に、元気に振る舞う姿に安らぐような、元気を分けてもらうような気持ちになる。
「ジャベリンは…『可愛い』な」
「きゃ〜♪
急に褒めても弁当くらいしか出ませんよ?」
そうだ、会って暫くの事。
彼女の行動を堅苦しく褒める指揮官に、彼女はこう言ったのだ。
『もう、女の子を褒めるならちゃんとカワイイ、って言ってくださいね!』と。
きっと冗談や酔狂のつもりだったそれは、今では二人の間で交わされる言葉になっている。
さっそく用意された机の上に二人で座る。
そっと紅茶を飲んで胃を温めて、静かに食事を口に。いつも彼女が作ってくれる弁当は、色とりどりで美味しい。
「ジャベリン、パン屑が付いている」
ふとそう指摘をすると、やだ恥ずかしいと焦って手を顔にかざす。その掌をそっと、また手に取った。
「…手に傷があるな。何かあったか?」
「え゛、いや、これは…」
妙に可愛らしくない声を上げ、驚いてから、バツが悪そうに、ジャベリンが話す。
「うう…いつもはこんなヘマしないんですけど、その、昨日は…少しだけ夜更かししちゃって」
「…そうか。何か理由があっての怪我では無くてよかった。だが無理をして己なんぞに作って来てくれなくても良いのに」
「も〜!無理なんてしてません!それに、おれなんか、とか言うのやめてください!ジャベリンにとって指揮官は大切な人なんですから!」
そう言うとさっきまでの表情とはうってかわって、む、と怒ったような顔をする。
そんなころころと変わる表情に、指揮官はふと心からある感情を思い浮かべた。その幼い顔立ちと爛漫な仕草と、優しさに。
掌を握ったままに、そっと呟く。
「君は、本当に可愛いな」
「へ」
「うん、本当に可愛い」
刹那、音が静かになって。
その後、ジャベリンは顔を真っ赤にして蹲ってしまう。
指揮官の最近の悩みの一つはこうだった。いつもの如く、彼女に可愛いと言うと、前のように嬉しそうに飛び回るでなく、ただ元気を無くし、静かにしてしまう時があるのだ。
何度も言われ飽き飽きしたのかと思ったこともある。ただ、普通に喜ぶ時もあるからまた、区別が付かない。
「……もう、指揮官はその…いいんですよ、あの時の言葉なんて忘れちゃって」
「む」
「あれですよ!あの…事あるごとに可愛いって褒めて、なんて言葉です!あれはただ、ちょっとした軽口で言ったことでしたし、それで距離が縮まったのは嬉しかったですけど」
「ああいや、勿論可愛くないとか言われたらショックですけど、それでもなんというか、その!そうやって何度も言われたら心が保たないというか、心の準備が…」
「ああ、そのことか!
それについては…ふふ。忘れてはいないが、それに従っているわけじゃないよ」
指揮官はからからと、眉に皺を寄せたまま笑う。その姿は第三者が見たら空恐ろしいものにも見えただろう。
「可愛い、と褒めてと君が言ったから君にそう言っているわけではない。ああいや、当時はそうだったかもしれないが…」
「……そうだな。初めて、その言葉を教えてくれたのは君だ。その導線をひいたのも、君だ。
でも己は、その感情と言葉を、己自身の意志で君に向けているよ。己は、君を本当に『可愛い』と思ってやまないんだ」
ぐ、と手を強く握る。そうして初めて、手を握ったままであったことに気が付き、失礼だったなと外そうとした。
瞬間。がしり、とその離そうとした手を思い切り、ガツリ。捕まれた。身体が揺れる。
「それ、そ、そそれって…
プ、ププ、プロポーズですか!?」
「………
………何?」
「ま、待ってください私まだ心の準備ができてなくて…髪もボサボサだし、格好も…っていうかパン屑までついたままだし」
「ま、待て。
何か凄い勘違いをしてないか?」
「きゃっ!だ、だめですよそんな急に!いやでもそんなにやぶさかじゃないというか、ジャベリンは指揮官ならそんなにいやでは…」
「ジャベリン、落ち着…!」
ぐい、と。
肩を引っ張り、そして足がもつれて。
指揮官はジャベリンを押し倒すように前のめりに倒れる。
危ない、と。ジャベリンはそれを逆に押し返すように下から力を込めた。
するとすっかり、すんなりとその体重を全て抱えることができてしまう。抱えるというよりは、むしろ押し返すような。
ぐっと、力比べのような形に。
そう、なった瞬間。
目の前の初期艦の目の色が。
ぎゅんと変わった気がした。
(…己、駆逐艦にもまるで歯が立たないのか!)
「……もう、ずるいですよ指揮官ったら…
ほんとうに『カワイイ』のは指揮官じゃないですか…」
「…ジャベリン?
ジャベ、どう…ちょっ…凄い力だ…
ジャベリン、ジャベリン!?ジャベ…」
…
……
……その日から、目端に涙の跡の残る指揮官が夜な夜な筋力トレーニングをする姿が確認されるようになる。その寝る間も惜しむようなそれを叱る周囲が増えたのは、また別の話。
また、その時に何が起きたかについては初期艦のジャベリン共々、語られることは無い。
ただ、二人だけの秘密だと。