白野ちゃんの多難な日々   作:永平

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無銘の願い 岸波白野との出会い

私にとって記憶は失われるだけのものであった

であるにもかかわらず後悔の念だけは何時までもしぶとく心にへばりつくものらしい

私には忘れる事の出来ない 否 忘れるわけにはいかない記憶がある。

あれは難民キャンプ 一時的な教官として招かれた私はそこに紛れ込んだ一人の少女に

生きる術を教えて欲しいと 教え子に頼まれた。

その少女は平凡な少女だった。

容姿はわりあい整っていたが、人が思わず振り返るような美人という程でもない 

そう クラスで三番目くらいという感じ。

だが三番目というのは実に微妙な順位だ。

そのせいか少女の印象は薄い ついでに愛想も無い。

煌めくような才は感じさせず 存在自体がどことなく曖昧な少女。

私はついでの事と思い、気軽に引き受け、そして後悔した。

少女はやることなすことがどんくさく物覚えが悪く なのに時折突飛な行動をしては

面倒をかけさせられる 尻ぬぐいをした回数は数える気にもならない。

なのに 放っておくことが出来なかった。

彼女はどんな時でも諦める事はせず 投げ出す事はせず

へこたれるということがなかった。

だからなのだろう 私が居なくなればこの子はどうなってしまうのか 放ってはおけない

そう思わせる少女だったのだ

思えばこの少女を紹介した私の教え子である彼女は、良い言い方をすればリスクと

リターンのバランス感覚が鋭い、悪く言えば損得感情で動く性質であった。

偽悪的にボランティアなどまっぴらと公言して憚らないというのに、

この少女については損得抜きで本当に親身になっている。

 

不思議に思い どんな知り合いなのかと問うと

「戦友」

と、なんとも微妙な表情で答えた。

正直、意外な答えだった、その教え子は扱いづらい所もあったが能力はピカ一で

およそ無能な者を戦いに巻き込むことを良しとしない。

それは彼女なりの優しさだ

能力の無い者を戦いに巻き込めば、その者は必ず死ぬ。

そんな事になるくらいなら、自分がその者の分も戦う

そんな覚悟を持った人物だったからだ。

なのに 足手まといにしかなりそうにない少女が戦友とはどういうことだ?

私のそんな疑問を彼女は敏感に察したのだろう。

「見くびっていると、いつの間にか逆転されてるわよ」

彼女はいたずらっぽく、そしてどこか寂しげに言った。

そしていつの間にか 本当にいつの間にか少女は私のパートナーに居座っていた。

理解しがたい不可解さだった。

なんとなく、まるでそうである事が始めから決まっていたかのように

少女と私は行動を共にするようになっていたのだ。

「お幸せに」

教え子の多分に冷やかしを込めた一言は、万の言葉で抗議しても足りない程であったが

それでも私は少女と行動を共にする事を拒否はしなかった。

その後、私は人並みの幸せらしきものを感じるようになった。

在りし日の災害で一人生き残り、世のため人の為に生きねばならないと心に誓い 

常に追われるような毎日の中でついぞ感じることのなかった安らぎを 

少女と共に居る事で時に感じる事があった。

それは悪くない日々であった。

そして心の余裕が出来たからなのか、私の行動に対する賛同者も現れるようになった。

友人も出来た。

その友人のマネージメントの元、私は自分の使命感に没頭していった。

協力してくれる友人が居た

理解してくれる恋人が居た

充実していた日々だった

だが、そんな日々にも終わりの時が来る。

まるでそれまでの身勝手な正義の体現の矛盾が吹き出すように

あの事件は起きた。

旅客機の中、危険なウィルスが蔓延した。

一分単位で乗客が死んでいく中

それでも乗客達は死力を尽くして空港を目指した。

無論、簡単に出来たわけではない、最初は罵り合っていた、暴力沙汰も起きた

しかしそれでも最後は手を取り合い

誰か一人でも助かるならと助け合った。

私はその状況を旅客機に乗り合わせた少女の携帯から漏れる声で知った。

尊い行為だ

特別な者がではない。

どこにでも居る普通な人たちが懸命に行った特別な行為

だが彼等が地上に降りればウィルスの感染は本格化する

乗客五百人の命と地上の都市三十万の命

どちらも罪のない人々だ

違いはただ多いか少ないかだけ

むしろ旅客機の中の人々こそ最大の被害者だ

地獄の中で なお生き残ろうと励まし合い助け合った

その最後まで人間としての誇りを捨てなかった人々を私は少女ごと撃った

地上に降りれば、空港に不時着できれば、誰かが生きて帰れる・・・

あの少女も

「私も頑張ったんだよ」と もう一度笑いかけてくれたかもしれない

だが私はそんな小さな願いごと藻屑にした。

あれが決定的な出来事だった。

恐らく、いや間違いなく私をマネージメントしていた友人は、私に疑念を抱いた。

もし仮にあの時、私が少数の命を優先したとしても

友人は私を見限りはしなかっただろう。

むしろ親しい者を救うという人間らしい行動をした私とより強固な絆が

生まれたかもしれない。

だが私は撃った 機械的に何かの装置のように

友人はあの時恐れたのだ、己にとって最も親しい者ですら、この男は平然と切り捨てる

この男はなんだ?

悪か?

いや悪ならもっと利己的に行動する

善か?

罪なき者達を平然と切り捨てる行為が善であろう筈がない

ではなんだ?理解不能なモノ、善も悪も超えた

より恐ろしいなにものかではないか?

私を恐れた友人の手により私は捕られ、司法の手により処刑された。

当然の末路だ。

名前無き無銘として使役される事になるのも致し方無い。

私は自らそう行動したのだから

だが未練は残ったらしい

あの少女の笑顔をもう一度見たい。

なんと身勝手極まりない願いであろうか

自分から切り捨てておきながらそんな願いを抱くとは。

自己嫌悪をもよおす願い、だからこそ今もその願いを忘れずにいるのだろう。

だからこそ 今 こんな愚かな事をしようとしてるのだろう

目の前に居るのは名も知らぬ少女。

それは聖杯などという餌につられて集まった愚か者達の一人

それは自分が特別な者だと 特別に扱われる者だと思っている鼻持ちならない者達の一人

だが 少女が発するのは、才能満ちあふれた者の高尚で高慢なお題目ではない

 

生きたいと諦めたくないと

 

ぶざまで見苦しく しかし見捨てることの出来ない赤子の泣き声を上げている

それは酷く心に響く訴え。

しかし、道理から言えば少女を助ける理由は無い。

だが見捨てる理由も無い

彼女を助けた所で何かがどうにかなるわけでは無い、見たところなんの才能もなさそうな凡人だ、例え聖杯戦争に参加したところで一回戦か二回戦で敗退するだろう

今死ぬか、それともこの先死ぬかの違いでしか無い。

だがそうだとしても彼女を助け、馬鹿を見るのは自分一人ですむ

この少女の声に応え、マスターと仰ぐことになっても酷い目を見るのは自分だけだ

なら、心のままに動こう。

私の記憶は失われるもの

私は名を奪われた者

無銘

だが己を失おうとも、いまだ心の中に眠る願い。

理由もなく説明もなく摘み取られる平凡な命

その力になる。

生前 叶えることの出来なかった願いのままに少女、岸波白野のサーヴァントとなった。

それがどのような結果になるとも知らず

それがどれほど幸せな事であったかも知らずに。

「酷い話だ 間違っても呼ばれる事なぞないように祈っていたが

抑止の輪はどんな時代でも働き者ということか、いいだろう、

せいぜい無駄な足掻きをするとしよう、

俺のような役立たずを呼んだ大馬鹿者はどこに居る?」

 


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