白野がギルガメッシュの手により子供となり、どたばた騒ぎとなったその日の夕方。
歌勝負に敗れ、傷心状態で引き籠っていたセイバーの自室のドアを白野が叩いた。
夕食が出来たので呼びに来たと言う白野をセイバーも流石に無視出来ず、自室より出て来た。
「むう、奏者には面目ない所を見せた」
姿を見せた途端に悔しげに言うセイバーを、白野はきょとんとした顔で見る。
どうも言っている事の意味が良く解らなかったようで、白野は夕食が用意されている居間へと
向かおとしていた足を止め、セイバーを見上げた。
「だが奏者よ、今に見ておれ、このような試練、真なる歌い手となる為に越えなくてはならぬ
壁の一つに過ぎぬ、必ずや余は歌☆を掴んでみせる」
ぐっと握りこぶしを作り、セイバーは天井を見上げて宣言する。
「また、傍迷惑な決意表明をしてくれやがりますね」
白野の付添をしていたらしいキャスターが姿を現し、呆れたように言った。
「げっ、キャスターお前も居たのか、奏者だけが呼びに来たのではなかったのか」
白野にしか目がいってなかったセイバーは、キャスターが居た事に驚いて思わず身構える。
「当たり前でしょ、ご主人様が自分で呼びに行きたいと言うから、その意思は尊重しますけど、
誰が猛獣の檻に一人で行かせますか」
昼間の歌勝負の事が尾を引いて、やたら警戒感を露わにしているセイバーの事は気にも留めず、キャスターは白野の頭を撫で、無事にお迎えが出来た事を褒める。
「猛獣とはなんだ、猛獣とは、余はそんな無節操では無い」
怒った様子を見せながらも、キャスターに褒められ顔を綻ばせている白野の事が気になるのか、
セイバーはチラチラと白野を横目で見ていた。
「まあそんな事よりも、セイバーさんが来ないと夕食が始められないんですから、とっとと来て
ください」
キャスターの物言いが少しばかり気に障るセイバーだが、ここでキャスターと言い合っていても
仕方が無いし、なにより白野を空腹状態のままにはしておけないと思い直し、素直に居間へと行くことにした。
セイバーが来た事で始まった夕食が終わった後、暫く話をしたり、桜が用意したおもちゃやゲームなどで遊んでいた白野が、くしくしと手で目をこすった。
「あら、ご主人様、もうおねむですか?」
コクンと白野が頷いた時、勝負のゴングは鳴った。
先ずはキャスターの先手、スススッと、白野の横に寄り添う。
「ご主人様、私と一緒に寝るのなら、この包容力のあるお胸でぎゅっとしてあげますよ」
ことさらバストアピールをするキャスター
(あ、あざとい)
キャスターには一歩後塵を取るその部分に手をやりながらも、セイバーはしかし負けてはおられぬと。
「ふっ、奏者よ余と一緒に眠るのであるなら、散る薔薇の花が目を愉しませ、安逸な眠りを約束
する芳醇な香り漂う寝床を用意しよう」
桜の元からくすねた、アロマテラピー効果抜群の精油の入った瓶を白野の前で揺らしながら言う。
キラキラ輝く瓶に興味を持った白野の目がそちらに行く。
(くっ、光り物とはやりますねセイバーさん)
どちらも退かぬ一進一退の攻防。
「「それで一緒に寝たいのはどっち?」」
白野の見えない所でお互いの背中を抓り合いながら、二人は白野に迫る。
「みんな一緒」
にぱっと笑う白野。
幼い事を生かした見事な返し技、二人はがっくりと肩を落とす、
これがもし元の状態であったなら。
「なに、余とこの淫乱狐の二人を一夜で相手にしようとは、流石奏者は豪胆よの、これには余も
まいったと言わざるを得ない。」
「きゃー、ご主人さま名だたる英雄相手に三人でなんて三人でなんて大胆ですわ」
などと言う二人に益々にじり寄られ
「「それで、メインはどっち?」」
などど、更に強く詰め寄られる事になるだろうが、
楽しそうに鼻歌を歌いながら、セイバーとキャスターの腕を引っ張る白野相手ではそんな事は
出来ない。
「ふむ、子はかすがいと言うが本当だな」
二人を軽くあしらった白野にアーチャーは感心する。
「なにしみじみと言ってるんですか、アーチャーさんは」
期待した最上の結果にならなかった事に少し不満顔のキャスターがアーチャーを軽く睨む。
「別に悪くはあるまい、君も望みどおりマスターに添い寝できるのだがら」
「まあ、そうなんですけどね、所でアーチャーさんは立候補しないんですか?」
「私が添い寝したとてマスターは楽しくはあるまい、それよりも君達と一緒に寝たほうが良い
思い出になるだろうし、するように努力するだろ?」
「割と、良い人ですよねアーチャーさんて」
見透かすようなアーチャーの態度が癪に障るのか、拗ねたようにキャスターが言う。
「別に私は良い人ではないさ、面倒事を避けたがるモノグサな男なだけだよ、マスターが夜泣きでもされた日にはかなわない」
アーチャーは皮肉な笑みを顔に浮かべてそんな事を言うが、それを馬鹿正直に取るキャスターではない。
常に一歩引いてマスターを守るサーヴァントに、フンッと顔を背け。
「まあ、そういう事にしておきます、ではまた明日」
「ああ、マスターの事を頼む」
それは言わずもがなな事ですと、キャスターはセイバーと共に白野に手を引かれ寝室へと
向かった。
「セイバーさん、寝ましたか」
白野を中心に、川の字に配置された布団の一つで横になっているキャスターが、セイバーに声を
かける。
その横では白野が静かに寝息をたてて寝ていた。
奏者よ、余が子守唄を歌ってやろうと、懲りずにのたまうセイバーの頬をキャスターが抓ったり。狐に人間の方が恩返しをするという捏造話をキャスターが聞かせたりしている内に、眠ってしまったのだ。
寝ている白野を起こさぬように声を押さえ、セイバーが応じる。
「いや、起きている、なんだキャスターよ」
「ここは休戦とまいりませんか」
「ふむ、どういう風の吹き回しだ、貴様の事、童女となった奏者を独り占めしようとすると
思ったが」
「まあ、確かにぷりちーなご主人様にあんな事や、こんな事や、あらまあ、そんな事まで、なんてしたいとか思ったり思わなかったりしちゃいますけど」
表に出しちゃいけないピンクな妄想に興奮して、思わず大きな声を出してしまいそうになった自分に気付いて、おっと危ないと再び声のトーンを落としたキャスターは、でも、と続ける。
「もう、ご主人様に本気で怖がられるのは嫌ですし、それにご主人様は自分の子供時代を知らないんですよね、記録はあっても記憶は無い、データとしては知る事は出来る、けど感じる事は出来
ない」
神妙な口調で言うキャスターの言葉はセイバーもまた神妙な口調で。
「うむ、地上の奏者は勿論子供時代をちゃんと過ごしているので記憶はある、その内容はここに
居る奏者も知る事は出来るが、いくら自分と同一存在といってもそれは違うよな」
「ですね、まあ子供時代の出来事なんて、そんなに有難る程に良い事ばかりじゃないですけどね」
「うむ」
生前の自分の事を思い出してセイバーは複雑な顔をする。
「けど、それでも宝石のように輝く一瞬があると思うんですよ、親とかそういう者が相手でなくともです、私はそれを紛い物だとしてもご主人様に感じて貰いたい」
キャスターは、何故普段その表情を見せられないと周りが突っ込みたくなる程の慈愛の表情で、
白野の髪を優しく撫でる。
「ふむ、余も同感だな」
「だから今は、ご主人様の前でだけは争わないようにしたいんですけどね、どうですセイバー
さん」
「うむ、分かった、奏者の前でだけは争わぬ事にしよう」
二人とも白野の前という事をやけに強調して、諍いをせぬ事、少なくとも肉弾戦はしない事を約束した。
そんな二人のやり取りを知ったのか、それとも何か楽しい夢でも見たのか、
寝ていた白野は、にへーと笑った。
翌朝。
「む、昨夜は何かあったのかね」
そうアーチャーが聞いて来る程、セイバーとキャスターの二人は時に相手に譲る事さえしながら
白野を間に挟み、朝食を摂っていた。
「別に、奏者には子供時代の良い思い出を持ってもらおうと、キャスターと約しただけのことよ」
「ですねー、最後の踏ん張りの理由の一つになれるような良い思い出をって、健気な健気な良妻狐は考えただけですね」
味噌汁を啜り、漬物を齧る二人に、アーチャーは感心した顔をする。
隣の桜も意外そうに二人を見る。
「ほぉー、君達も理性というものがあったのだな」
アーチャーの感想に、二人の顔が引き攣るが、はぐはぐとご飯を食べている白野の手前、堪えた。
「いや、別に貶そうとかそんなつもりは無い、ただ普段がアレでアレだからな、今朝の朝食も
どっちが自分の膝にマスターを乗せ、あーんするかで揉めるとか、頭の悪い問題が起きると覚悟
していたのだが、これは意外だった」
それが貶してるって事なんだよっ、心の中でツッコムが、白野の頭をなでなでして心を落ち着かせるキャスター。
食べる手を止め、見上げてくる白野の口元にご飯粒が付いていた。
「あ」
それに気が付いた桜が声を漏らす。
拙いっ
同じくその事態に気が付いたアーチャーは身を固くした。
白野の口元に付いている極上の真珠を思わせるご飯粒。
もしセイバーとキャスター、どちらかがお宝ゲットだぜーっと、このご飯粒を取って、口の中へ
パクッなんてしたら、それだけで戦争が始まりかねない。
緊張が食卓に走ったが、セイバーもキャスターもグッと堪えた。
「奏者よ、口元に食べ残しがついているぞ、慌てずに食べるが良い」
窘めるのみで、白野が自分で食べ残しを取る事を受容する。
こ、これは本物だ。
セイバーの対応を見てアーチャーは確信した。桜も驚きで目を丸くする。
セイバーは白野に見えないよう、自分の背中の後ろで握り拳を作ってブルブル腕を震わせていた。
キャスターもまた、下手な手出しをしないように自分の手の甲を強力洗濯バサミで挟んでいる。
そんな見えない努力の甲斐もあって、最近類を見ない程穏やかな朝食のひと時が過ぎた。
朝食が終わると、セイバーは白野を連れ出した。
「さあ奏者よ、これで遊ぶがいい」
そう言って、セイバーが白野に渡したのは粘土。
粘土板の上に置かれた、煉瓦の形をした粘土を白野は興味深そうにぺたぺた触り、やがてコネコネ捏ね始めた。
「ふむ、その手さばき実に筋が良い、余も負けてはおられぬな、なに歌では少々、ちょっと、
ナノレベルで後れを取ったが、造形では遅れは取らぬ、余の芸術の才を魅せてくれよう」
ぺたぺた、とったんとったん、と、白野が粘土を捏ねたり粘土板に叩きつけている横で、
セイバーもガシガシと粘土細工を造る。
「セイバーさん、また変な物を造らないでくださいよ、言っときますけどアメーバーなんて造っても感心なんかしませんから」
セイバー一人だけで白野の相手をさせたくないキャスターも遊びに参加し、少しだけ分けて貰った粘土を饅頭でも作るみたいに捏ねまわしていた。
「誰がそのような物を造るか、余が今から造るのは奏者の胸像よ、歴代の皇帝の胸像に遥かに優る物を造るゆえ楽しみに待つが良い」
そして数十分後。
「出来たぞっ」
セイバーが制作物を差し出す。
「どう見てもモアイ像です、本当に有難うございました」
キャスターが容赦なく批評する、確かにセイバーのソレは誰が見てもモアイ像だった。
まあ人類と分かるだけマシだったが、断じて白野では無い。
「で、セイバーさん、まさかこれがご主人さま☆なんて、ほざくつもりはありませんよね?」
「くっ、頭痛が頭痛さえなければ、こんな事には」
流石にコレを白野と言い張る事が出来ず、セイバーは悔しげに顔を背ける。
その横では白野が象を造り上げ、キャスターに褒められてニコニコ顔だった。
「さ、先程は思わぬ不覚をとった、だが余の引き出しはまだまだある」
粘土遊びが愉快な結果に終わり、自尊心を傷付けられたセイバーは、今度は白野をお絵かきに
誘う。
24色のクレヨン箱と何枚もの紙を渡され、白野は早速お絵かきをし始めた。
「セイバーさん、恥の上塗りって言葉知ってます?」
黙れと、セイバーは絵筆の先をキャスターの方へ向ける。
「この身は至高の芸術家、我が華やかさ、その目を一度取り替えて良く見るがいい、キャスターよ、お前は余を称える事となるのだ」
「あー、まあ、何でも良いんですけど、それでセイバーさんは一体何を描く気なんです?」
「奏者だ、愛らしい今の奏者の姿を永遠に残す為、神々もかくや、否それ以上の輝きに満ちた姿を描く」
そう言うと、猛然とキャンパスに絵を描き始めるセイバー。
そして暫くして。
「出来たぞ、見よ、余の芸術性の発露たる、この絵を」
「・・・・まさか、このムンクの叫ぶ男に酷似してるこれが、ご主人さまだなんて、まさかまさか至高の芸術家(笑)なセイバーさんはのたまいませんよね?」
「憎い、余は自分の頭痛が憎い」
セイバーはがっくりと両手、両膝を床につける。
「だが、これはこれで一つの芸術であろう?」
顔を上げ、ぐっと握り拳を作るめげないセイバーにキャスターは溜息をついた。
そんな二人の元へ白野が描き上がった絵を見せに来る。
「上手ですねぇ、ご主人様」
真ん中に笑っている白野、その両脇にマイクを持ったキャスターと手に持ったモアイを振り上げているセイバー。
楽しげな雰囲気が良く伝わってくる絵を見たキャスターは、白野の頭を撫でた。
褒められたのが嬉しくて笑顔になる白野の後ろで、セイバーが自分の描いた絵を掲げ。
「余の描いた絵もとにかく凄いぞ、奏者、見て驚くが良い」
折角描いたのだ、当初の予定とは少し違ったが見てくれと、白野に絵を渡そうとしたが。
「炎天」
キャスターの魔術によって絵が火に包まれ、叫び声をあげるセイバー。
「何をするキャスター!」
「あー、汚い花火でしたねご主人様、お目汚ししなくて良かったです」
怒るセイバーを無視し、キャスターは白野が描いた絵を手に持ち、これをどこに飾りましょうと
白野に話しかけていた。
大丈夫?
描いた絵は燃やされるは、話の輪から外されるわで、落ち込んでいたセイバーをしきりに気にしていた白野は、キャスターの話が一区切りつくと、とてとてと、セイバーに近づき顔を覗き込んだ。
「ああ、大丈夫だ奏者よ、今回は残念な結果に終わってしまったが、優れた美術品はその儚さも
価値の一つなのだ、次こそは奏者に感嘆の溜息をつかせて魅せよう」
「まだ懲りないんですか、セイバーさんは」
「必要が無いからなっ」
胸を張って言うセイバーを見て、白野は元気になって良かったと喜ぶ。
そんな白野をキャスターは、あまり調子に乗せてはいけませんよ、手が付けられなくなりますからねと、やんわりと窘めた。
暫くして遊び疲れたのか白野が眠気を訴えた。
それを耳聡く聞きつけたセイバーは、ならば余が添い寝をと振り返ると
既にキャスターが白野を膝枕していた。
(す、素早い)
どうにもこういうお世話系のスキルではセイバーはキャスターに後れをとる。
元々お世話される方のセイバーである、それは如何しようも無い事であった。
だからといって面白くないものは面白く無い。
さっきからどうにも良いとこ無しのセイバーが、むくれた顔で座布団の上に胡坐をかき、不満の声を上げる。
「むむむ」
「なにが、むむむですか」
正座した膝の上に抱きかかえた白野の頭を優しく撫でているキャスターが言う。
白野がもぞもぞと動き、自分の顔をキャスターの身体に擦り付ける。
「どうしたんですか、ご主人様」
近くにいる猛獣の唸り声に白野が目を覚ましたのかと思ったキャスターだが、そうでは無く
まだ白野は夢の中に居た。
まどろんでいた白野は
「ママ・・・・」
と、呟く。
ブハッ、
キャスターは思わず鼻喀血しそうになったが、すんでの所で踏みとどまった。
危うく、白野をブラッディに染め上げる事になった所をギリギリ耐えたのはやはり母と呼ばれた事で得た強さのおかげが。
そしてそんな様子を見て益々面白くない顔をするセイバー。
「ず、ずるいぞ、余とて奏者にママと呼ばれてみたい」
「何言ってるんですか、そんな名誉セイバーさんに与えられる訳ないでしょう
だいたい考えてもみなさいな、セイバーさんの何処にそんな要素があるんです?」
「なんだとキャスター、余を愚弄する気か」
「だって、歌は駄目、造形は悪魔合体、絵においても魔除け、いや寧ろ引き寄せるレベル、
どうにも情操教育に悪い事ばかりしているじゃないですか。」
「くっ、それ以上は許さぬぞ」
「しかもしかも、今はおねむのご主人様を大声出して起こそうとしている、これではどうしようもないです」
「くくぅ」
悔しげな様子を見せたセイバーだが、流石にここで騒ぐわけにはいかないと、後の事はキャスターに任せて部屋から出て行った。
キャスターと白野を見ていられなくなったセイバーは居間に在って、テーブルに両肘をつけ、
頭を抱えて悩んでいた。
「むむっ、これは拙いぞ、キャスターに差を付けられっぱなしだ」
歌勝負ですら負けてしまい、セイバーは焦っていた。
ここらで一発逆転しなければ益々差がついて、セイバー(越えられない壁)<キャスターになってしまうかもしれない。
なにか無いかと考えていると。
「何をしているのかね」
アーチャーから台所から出てきた。
「アーチャーか、む、何を手に持っているのだ?」
アーチャーが皿を持っているのに気が付いてセイバーが尋ねる。
「これか、これはマスターの為にクッキーを焼いたのだ、まあこれは試作品なので、これが上手くいったら、マスターのおやつとして出すつもりなのだが」
ふむ、マッチョな外見に似合わず、マメな事よとセイバーは思ったが、ふと思いついた。
「料理か、良いかもしれぬ」
「なんのことだね?」
「いや、先程なキャスターめが事もあろうに奏者にママと呼ばれたのだ。さらに歌でも不覚を
とった、ここらで何か巻き返しをと考えていたのだが、奏者の胃袋を掴むのも良いと思ったのだ」
アーチャーはテーブルに皿を置いた後、一人納得しているセイバーを不信げに見る。
「君に出来るのかね?というか、そもそも君は料理を作った事はあるのかね?」
このセラフ内で共に暮らし始めてから今まで、アーチャーはセイバーが台所に立った所など見た事は無い。
「ん?無いぞ、あるわけなかろう」
「・・・・・何故自慢げなのかはこの際、問うのは止めよう、しかし初心者がいきなり他人の胃袋を掴む事など出来ないぞ」
どう考えても、情熱だけが先行した前衛的料理が出来るだけだろう。
「ふんっ、そんなもの余の溢れんばかりの才能を持ってすれば、容易き事よ」
根拠不明な自信:産廃レベルの料理が出来るフラグが一本立った。
「ふははははっ、この至高の芸術家たる余が作れば、きっと奏者の胃袋だけでなく、見た目も惹きつけるものが出来るであろうよ」
基本を知らないくせに、独自の工夫をしようとする:フラグが更に二本立った。
「・・・・味見はするのだろうな?」
アーチャーは、せめてもの予防線を張ろうするが、セイバーはとんでもないと、拒否する。
「余の料理の一片に至るまで全て奏者のもの、誰にもやらん」
お約束の味見無し:もはや地平の果てまでフラグが立つ。
駄目だ、失敗する未来しか見えない。
鍛錬によって培ったアーチャーのスキル心眼。
そんなもの使わなくとも明らか過ぎる結果にアーチャーは眩暈を覚える。
「許可・・・出来ない」
声を絞り出すように言うアーチャーに当然セイバーは反発する。
「なんだと、それはどういう事か」
「説明せねばならないのか?失敗が見たくないのに見えてるこの状況を、簡潔に言えば食材を無駄にする以前にマスターの命が危ない」
「む、アーチャーよ! まさか貴様は余が奏者を思い通りにする為に、料理に毒でも仕込むと、
そう言いたいのか、それはいくら何でも許さぬぞ!」
実際、自分の母親にそれをされているので、同じ疑いをかけられた事に割と本気で怒るセイバー。
「いや、毒は入れないだろう、毒が出来るだけで」
「うーん? それはつまり余が料理に失敗すると、そう言いたい訳か」
解ってくれれば幸いだ、と頷くアーチャーに、セイバーはそれは余りに浅はか過ぎる考えだと鼻で笑う。
「アーチャーよ、忘れてはおらぬか? 余には皇帝特権のスキルがあるのだ、余が出来ると言えばそれは出来る!」
ドヤん とセイバーは胸を張る。
有ったな、そんなワガママ過ぎる。じゃなくてスキル。
私にも出来るもん、小さい子供が言い出すそれを短期間とは言え本当に出来るようにしてしまう、とんでもない特性。
「ならば問題は何も無い、待っているが良い、今まで誰も一度も食したことの無い極上の料理を
食らわしてやろう」
セイバーは台所へと勢い込んで駆け込む。
しかしそうは言っても、文房具まで料理の材料にしたエリザベートの例もある。
似たようなタイプのセイバーがやらかさないかと心配なアーチャーは、監視する為に一緒に台所に立とうとするが。
「邪魔だ、気が散る」
癇癪を起したセイバーに蹴り出された。
そして暫し時間が立ち、セイバーの料理の完成を告げる声が聞こえてくる。
「出来た、出来たぞ、余の溢れんばかりの情熱を表現した赤料理が」
何処まで失敗フラグを立てれば、気が済むのだろうか、この皇帝さまは。
エリザベートと同じ赤過ぎる料理を作ったと嘯くセイバーに、アーチャーは頭を抱えた。
「くく、くくくく、アーチャーよ、お前は余が失敗作を作り上げた、そう思っていような、いや、今この時、この事を知った誰もがそう思うことだろう」
(む、なんだ、今までと雰囲気が違う、いやこれは!?宝具が解放された時の感覚。
まさかセイバー、君は招き蕩う灼熱厨房を展開したのか!?)
それは余の余による余の為だけの自分空間を世界に建築させる大魔術。
そこまでするかと呻くアーチャーに、湯気の立つ料理を乗せた皿を持ち、セイバーは不敵に笑う。
「料理イベントでは失敗料理で愉快がお約束、だが甘い、甘いぞ、余がそんなお約束守ると思うか? 余を誰だと思っている? そんなあたり前の事をするわけが無い、
目立てぬからなっ」
「こ、これは、まさかっ」
アーチャーはセイバーの作った料理に驚愕する。
「見よ、この目にも鮮やかな、情熱の赤を
喰らえ、舌を溶ろかす、この料理を
今ここに、ネロ・クラウディウスが示そう」
激・辛・麻・婆・豆・腐
「・・・・・・」
アーチャーは無言で愛剣の干将莫邪を抜いて構えた。
「むっ、何故だ、何故剣を抜くアーチャーよ」
「それをマスターに食べさせるつもりなら、私を倒してからにしてもらおうか」
「だから何故だと聞いている」
「私こそ聞きたい、どうしてコレを作る気になった」
目の前にあるモノを料理と認めないアーチャーは、顎をしゃくって指し示す。
「決まっておろう、この前、余は奏者が激辛麻婆豆腐パックを自分の部屋に隠していたのを
たまたま見つけたのだ、隠すぐらいなのだ好物なのであろう、であればこそ余はこれを作ろうと
思った」
(マスター、私があれほど激辛麻婆には手を出すなと言っておいたのに、フッフッフ、これはもう後でたっぷりと言い聞かせてやらねばな)
黒い笑いを顔に浮かべるアーチャー。
「む、何か黒いがアーチャーよ、これは激辛と謳ってはいるが、そう酷い辛さでは無い、
余がそんな単純なミスをするわけがなかろう」
いや、その可能性が120%だからアーチャーはこんなに殺気だっているのだが、
どう考えてもオチです、本当にありがとうございました。
アーチャーは剣をセイバーに付きつける。
「だから、そう剣呑な雰囲気を放つでない、余がそんなに信用できぬのか?
余が奏者に酷い事をしたいと、本気でそう思っているのか?
もしそう思われているとは、余は少し、悲しい」
なに、ここでワン皇帝・・・・だと。
いまのこの局面で、いつも踏ん反り返っているワン娘が、ちょっと俯き加減の上目使いで想いを
述べるという、心臓をクリティカルな高等技を繰り出したセイバーに、アーチャーは気圧された。
ここで下手な返しをすれば、確実にKYの烙印を押される事になるだろう。
不利な状況で足掻く愚を避ける為アーチャーはここで一旦引き、態勢を整える事にする。
「分かった、君がそこまで言うのなら、私が試食しよう」
「むぅ」
セイバーが不満げに唸る。
「余は、余の初めてを奏者に捧げたい」
ぐはっ、なんという別の意味にも取れる言葉を吐くのだろうか、砂糖を吐きそうになり、
もはや敗北一歩手前までに追い詰められるアーチャー。
しかしここで退いては守るべき白野の身が危うくなる。
「こ、子供の内に余り刺激の強い物を与えるのは良くない、カレーに蜂蜜やリンゴを入れて味を
甘く整えるように、まさか激辛麻婆豆腐に砂糖を入れる訳にもいくまい?」
「むむぅ」
納得いかない様子を見せて、中々承服しないセイバーであったが、重ねてアーチャーが白野の為と言うと渋々頷いた。
「中々の味だな」
アーチャーはレンゲで激辛麻婆豆腐を掬い、口に運び、そんな感想を言う。
あの神父のせいで食べる事に心理的負担を感じるが、それを抜きにすれば、セイバーの料理は
美味しいと言える。
まあ、料理についてはセラフ内には詳細なレシピがある、それに忠実に従って作ればそうそう
外れは無い、皇帝特権のブーストが掛かっているのであるならばこの結果も納得できる。
(しかし、料理の初心者がここまでの味を出せるとは、デタラメなスキルだな)
そう思いつつもアーチャーは問題無しと判断した。
「うむ、ならば余は奏者の為にクッキーをつくるぞ」
ふむ、と、アーチャーは自分の作った試作品のクッキーを見る。
つまり料理では駄目だったが、お菓子の初めては食べて貰いたいというか。
いつもの唯我独尊ぶりとのギャップに、どうも調子の狂うアーチャーはそのままセイバーに
全部任せる事にした。
その後セイバーが戻った台所から、
「うっ、頭が」
そんな声が聞こえた気がしたが、今までのセイバーの怒涛の攻勢にダメージを受け、注意力が低下していたアーチャーはつい気にする事もなく流してしまい。
(ふむ、作ったのはチョコクッキーか)
さらには碌に確認もせずに、嬉々として作ったお菓子を持って行くセイバーを見逃すという
二重のミスを犯してしまった。
そして今日のその時がやって来た。
「ちょいとセイバーさん、なんてモノをご主人様に食べさせてくれやがりましたか!
このコールタール固めたような、半ば炭化した物体Xをクッキーと言い張りますか貴女は!」
キャスターが吠えた。
「ち、違う余は奏者の事を思って、頭痛が、突然の頭痛で皇帝特権が切れたのだ」
セイバーが慌てた。
「しゃぁぁぁぁらっぷ、セイバーさんみたいなキャラが料理でオチがつかないなんてそんな事
あるわけ無いでしょうがぁ!」
響き渡る悲痛な叫び。乙女達の血闘、死線を渡る手料理イベント。
翻弄されるは巻き込まれ型主人公の宿命。
後に、我過てりとアーチャーが天を仰ぐ事になる、白野卒倒事件が起きた。
幸い、駆け付けた桜の迅速な処置により
なんか、じゃりじゃりしてた
と、白野が感想を述べるに留まるレベルに被害は収まる。
頭にバッテン絆創膏をつけ、正座させられているセイバー。
尻尾が増えたキャスターがどうしてくれようかと指をゴキゴキ鳴らしていたが
なんかこれ良く分からないけど、お姉ちゃんが作ってくれたから。
そう言った白野が黒い何かであるソレを紙に包んで箱に保管するという行動をとったので、
キャスターもそれ以上の追及ができなくなり、セイバーへの処罰もうやむやとなった。
「はぁ」
やる事なす事上手くいかないセイバーは溜息をついて、テーブルにつっぷした。
そのまま顔をテーブルにつけたまま、顔を横に向けて、テーブルの上の物を見る。
そこにあるのは自分が作ってしまった物体X。
指でソレをころころ動かしながら
「どうにもままならぬ事よ、このままキャスターの方を気にかけるようになってしまうのか」
それは嫌だ、しかし余は・・・・
と、珍しく弱気になるセイバー
そんなセイバーの背中に何時の間にかやって来た白野がぴとっとひっつく
「む、むおっ」
すっかり周囲への警戒が散漫となって、背後をとられた事に気付いてなかったセイバーは、
妙な声を漏らした。
白野はセイバーの背中を登り始める
「な、なんだ一体って、奏者か」
登りきれずに、ぷらーんとぶら下がっているのが、白野だと分かり、出来る限り優しく
引き剥がし、両手で抱えテーブルの上に座らせる。
「何をしているのだ?」
白野の目線に位置を合わせてセイバーが尋ねると
肩車
白野は両腕を上げて言う。
「うむ、肩車か容易い事よ」
セイバーは白野を肩車して立ち上がった、
高い、高い
普段の視線より高い視線となり、遠くまで見通せるようになって喜ぶ白野。
「楽しいか、奏者よ」
ぺちぺち、白野はセイバーの頭を叩きながら楽しいと答えた。その答えに満足するセイバー。
セイバーはその後、白野を肩車したまま色々な所に連れまわした。
幸い鴨居に白野の頭を激突させるというドジをする事もなく、白野は上機嫌のままだった。
やがて、小休止する為に居間に戻って来た時、テーブルの上に用意されていたおやつを白野を
膝に乗せ、共に食す。
そんな事をしている間セイバーは、つらつらと考える。
キャスターは白野にママなどと呼ばれた、ならば自分もそう呼ばれてみたい、だがいかんせん
その方面ではキャスターに劣る。
なにせ自分はと、セイバーは自嘲する。
セイバーにとって実の母親は権力闘争の相手でしかなかった、排除すべき対象でしかなく、
母の温もりなどついぞ知らぬままに終わった、なのに上手く母親役など演じられる筈もない、
少なくとも白野が望んでいる形では。
寂しく思っていたセイバーは、ふとある事に気が付く。
母親役が出来ぬならその対になる者になれば良いのではないかと。
とある英国紳士も、逆に考えるんだ、父親になっちゃえば良いんだ
と、言っていた気がする。
それに男装もしてるしなっ
誰一人男装とは思わない自分の服装も自信となり、セイバーは白野のパパになる事を決意する。
「ふむ、奏者よ」
セイバーは白野の頭にポンッと手を置く。
「余の事をパパと呼んでみる気はないか?」
白野はセイバーを見上げる。
「ま、まあ無理にとは言わぬ、奏者にも好みというものがあるからな、しかし、もしそう思って
くれれば、余は嬉しい」
白野は両手で持っていたお菓子に目を落とし、暫く口の中でもごもご言っていたが、
やがてセイバーを見上げ。
パパ
そう言って、ニパッと笑った。
一瞬、白野の笑顔に見惚れたセイバーはそっぽを向く。
が、すぐに白野の方へと顔を戻して笑った。
「うむ、全て任せるがいい、今から余は奏者のパパだ、力の限り甘えるが良い」
上手くいってなかったとはいえ、色々構ってくれたからか、それとも単純に両親が欲しかったからかは良く分からないが、白野はセイバーにそういう認識を持ったようだった。
「ほら、奏者飛ぶが良い」
セイバーは白野を抱き上げ、空中に向かって軽く放る。
一瞬の浮遊感が楽しいのか、歓声を上げる白野。
「一体、何をしてるのかね?」
頭に三角巾をつけ、ハタキを手に持ち掃除をしていたらしいアーチャーが顔を出す。
「なにやら先程からバタバタと騒がしいが」
空中浮遊の遊びの後、白野を背もたれの付いた椅子に座らせ、その椅子を前後に動かして、
乗馬ごっこをしていたセイバーがアーチャーを見た。
「見て分からぬか、奏者と戯れている、な、奏者よ」
うん、パパ
セイバーと白野のやり取りに、アーチャーは首を傾げた。
「パパとは何のことだ?」
「うむ、余は奏者のパパとなったのだ」
得意げな顔をして言うセイバーを、アーチャーは何を言ってるんだこいつはと、怪訝な顔で見る。
今度は何を仕出かそうとしているのかと、訝るアーチャーを白野は見上げ、やがてセイバーを
見た。
何かを訴えるような白野の視線に事情を察したセイバーは白野を肩車する。
フフン、何時もは見降ろされているアーチャーを、今は見降ろしている白野は得意げな顔をして
胸を反らした。
「勝ったな、奏者よ」
セイバーは親指を立て、白野もビクトリーと、親指を立てた。
なんか平和な二人。
そんな二人を見ていると、アーチャーも色々な疑問がどうでも良くなってきた。
一番のノッポになった事に得意げになっている白野にアーチャーは、
「ふっ、やれやれマスターにすっかり追い抜かれてしまったな。」
降参だと軽く両手を上げる。
フフフーン、と、白野は益々得意げな顔をした。
そしてその日もスーパーゴージャス・パクスローマナ・二人の愛の巣マイルーム邸は、
妙なほのぼの空間に包まれて過ぎていく。