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今より遠い平安の頃、人に興味を持ったある神の意識の写し身が世に舞い降りた。
これが初めての事ではなく、場所は違えど、かつて幾度も人の世に降り立ち、興味の赴くままに
振る舞い、無邪気に人の癖に染まり、ただただ愉しみ国を混乱させた。
その末はいつも同じ、討たれては元の木阿弥、元へと還る。
記憶は失われ、何をしたかの記録は積み重ねられるが、残るのは燻る想いのみ。
自分が欲したものはこれだったのか?惹かれたものがこんなものだったのか?
享楽に身を浸している時は愉しいと思っていたが、いざ元へと戻れば、どこか満たされず虚しいという想いがある。
さればこそ幾度も人の世へと赴く。
そして数度、人の世を混乱させ、今再び現世に降りようとしたこの時、一つの決意をした。
此度は人に尽くそうと。
今までは興味の赴くままに振る舞っていた。
力を使って人を操り、滑稽な様を見せ続けるその姿に喜びもしたが、
それでは得られない、何かがあるのが分かった。
だからこそ此度は超常の力を使って愉しみのまま人を使役するのではなく、
人にただ仕えて富と栄華をもたらす。
その想いだけを抱いて、無垢なまま、一人の少女に転生した。
此度の生は北面の武士の拾い子で名は藻女(みずくめ)。
18の歳に宮中へ女官として入った。
その美貌、その博識は皆を惹きつける。
ついには時の権力者の眼に止まり、玉藻の前と名を授かって、助言と献身をもって仕えようと
するも、今までの業故か、主はその時より病を得てしまった。
何故だ?
何のせいだ?
宮中に渦巻く疑念と猜疑、それは新参の身である玉藻へと向かい。
追及の果てに、独りの陰陽師によって正体を暴かれ、玉藻は宮中を追われた。
失意を抱いて宮中を出れば、そこに絶望があった。
都を離れ、遠く落ち延びようとした道すがらには骸が打ち捨てられていた。
貧困に疫病、様々な苦役によって倒れた者達。
宮中にあればそれはどこか余所の世界の出来事だが、一歩、都から出れば、周りは全て
これだった。
たった一つの場所を富ませるために、その他からは過酷に取り立てる。
積み上げられた骸から臭気が立ち上がり、嘆きの声と念が満ちているのが世界の現実。
これは今までの業の報いだろう。
宮中という、世から切り離された繭の中から眺めるだけであれば忌避、あるいは揶揄するだけで
済んだが、今はこの身を浸して染める。
玉藻は逃げるようにして道を駆け去り、やがて辿り着いたのは那須野の地。
多数の眷属である狐が住まう薄が原。
時を経たある日の夜、月が昇り、白銀の光が照らす野にて、玉藻はその者らと出会った。
捨てられた者達なのであろうか。
一人は少年、痩せこけている。
一人は少女、死病に取りつかれて死にかけている。
少年は少女を抱きしめて玉藻を見ていた。
眷属の狐が玉藻に寄り添い、述べる。
少女は病を得て捨てられた、少女の兄である少年はそれを不服とし、共に家を出た。
だが少年一人が病を得た少女を抱えて生きていける筈も無く、この地で死に絶えようとしている。
余りにありふれた事、ただ見過ごせばそれで終いだと言う眷属の狐を余所に玉藻は少年と少女に
近づいた。
人ならぬ、耳と尻尾を出したままで。
少年は玉藻を見たままで逃げようとはしない。
少女はもはや目も見えていないのか、あらぬ方を虚ろな目で眺めていたが、手だけはしっかりと
少年の手を握っていた。
「ここは人の立ち入らぬ化生の住まう地、何故この地に至り、何故今また逃げない?」
玉藻の問いには答えず、少年は妹の身体をより強く抱きしめる。
「その妹が邪魔で逃げられぬのか?ならばうち捨てれば良い、お前が捨てずともそれは直ぐに
死ぬ、お前一人なら生き延びられるやもしれぬ」
そのままでいるのであれば、縊り殺してやろうとでも言うように玉藻は手を少年に伸ばす。
少年の唇がわななき、言葉を紡いだ。
「妹を助けてください」
玉藻の手が止まる。
「何故私に助けを求める?私はお前らを喰らう事はあっても助ける道理は無い、この人ならざる
身を見て、まだ世迷言を言うのか?」
などと玉藻は散々に脅すが、それでも少年は妹を離さず助けを乞い続けていた。
その様子は余りに頑なで愚かだ、自分が楽になるよりもなお大切な、掛け替えのない者の手を
決して離そうとしない。
やがて玉藻は溜息を一つつき、しばしそこで待てと言い置いて、身を翻した。
「助けるつもりですか?」
玉藻の意を察した眷属の狐が寄り添い、顔を見上げてくる。
追いすがる眷属の狐を無視し、玉藻は住処より霊薬を持ち出す。
「意味はありませぬ、この世には無意味に無数の死がばらまかれ続けられています。
あのような命の一つや二つ救った所で何ほどの事がありましょうか?」
非難めいて言う眷属の狐に、玉藻はかぶりを振る。
「確かに意味は無い、それでも私は知った、あの者らを見捨てる事は容易いし、誰もが見捨てる
だろう、だが私は今ここであの者らを知ってしまった、あのあまりに愚かな者らを、だから助ける、他の誰でも無く私が助ける、それを意味無き事と笑うならそれで良い、私も自分の奇行に笑いがこみ上げる」
自嘲する玉藻に眷属の狐はそれ以上何も言わなかった。
玉藻は少年と少女を助けた。
少女は霊薬によって命をとりとめ、少年もまた、玉藻や狐達が持って来た食料で生命を繋いだ。
行くあての無い二人はその地に留まり、ともに暮らすことになる。
玉藻はある時、元気になった彼に尋ねた。
何故あの時、私に助けを求めたのか?
私が恐ろしくはなかったのか?
その問いに彼は、はにかみながら答えた。
「僕はあの時、貴女の事を知らなかった、だから恐れなかった。
そして貴女の事を知った今ではもう恐れる事は出来ない」
玉藻はまじまじと彼の顔を見、そして赤らめた顔を背けた。
涙で滲んだ瞳をみられまいと、玉藻は立ち上がる。
まさか自分自身をそのままに見て評価してくれる事が、これほど嬉しい事とは玉藻は思って
いなかった。
顧みれば宮中ではその美貌と見識を褒め称えられ、人を引き寄せた。
しかしその中ではたして何人が玉藻自身を見てくれていたであろうか?
そして自分自身も知られようとする努力はしなかった。
自分に宿っている特別なものを他人に魅せる事こそ、良しと思っていた。
だからこそ、自分が人間で無いとわかった時に恐怖と疑心と不安に苛まれ、
他人に化物と呼ばれ蔑まれる光景を想像して震え、誰にも相談できず、ひとりで怯えた。
誰にも知られようとしなかったが故に、纏っていたものが引き剥がされた時、
追われ、決別され、ひとりぽつんと佇むしかなかった。
人間では無い。
ただそれだけの理由で玉藻は居場所を奪われた。
何の害も与えず、富をもたらそうとしていたのにその事は分かってもらえず、分かってもらおうとせずにいた為の帰結。
ああ――、なんて私は愚かだったのでしょう・・・・。
知りたいと思うなら、知られなければならなかったのだ。
今までは表面だけをなぞるかのように、人の成りのみして来た。
だから、それが引き剥がされた時、だまされたと思われても仕方のない事だったのだ。
飾り立てた煌びやかさに目が惹かれ、自分は人をよく知ろうとはしていなかった。
都のみが世界ではなく、宮廷のみに雅はあるのでは無い。
天にあって地を照らす月を愉しみ、虫の音に舞いを舞う。
風に揺れる薄が原に心許す者達と居る。
風雅はここにある、営みはここにこそある。
玉藻は兄妹と暮らし、その後も幾人かの捨てられた子供を助けた。
そして遠く都に報告が入る。
曰く、かつて宮中を騒がした化け物が子供を攫っている。
曰く、かの化生が本性を露わにし、子供喰らい、力をつけて都に復讐にくる。
曰く、早急に最終的な解決を求む。
朝廷は討伐軍を編成する。
8万もの大軍が那須野の地を目指し、
道を野を村を進むその大軍を留めるものは何も無く、全てを焼き尽くす。
それを知った玉藻は、もうだますつもりはないと、立ち去れと言うのなら立ち去るからどうか
私の事は忘れて欲しいと訴えるも、誰も耳を貸さない。
玉藻は決意する。
もう迫る討伐軍を押し留める術は無い、自分がここに居れば必ずこの地に討伐軍は至る。
せめて人の子らだけは無事でいて欲しいと、縋る子らを諭して残し、自分一人で逃げ出す。
こちらへと来い、お前らの狙いは私だろう。
玉藻はことさら己の存在を誇示し、北へと落ちる。
同じ人ならば討伐軍も危害を加えはしまい、狙われるのは自分一人、そう思っての事だったが、
玉藻は忘れていた。
人は自分が人と認めた者しか人として扱わない事を。
宮中にあっては集められる富は当然のものであり、伴う苦衷は知らずにいれば良い事、死を厭い、雅を求める性にとって、死臭が蔓延する輪の外は見たくも無いものであり、そこに居る者を同じ
人間とは認めようとはしない。
那須野の地に上がった煙を見て、慌てて戻り。
躊躇いなく焼かれた骸らを見た玉藻の意識はそこで途絶える。
気が付けば八万の討伐軍も消え、そこに生きている者は誰も居なかった。
呆然と焼野原を見つめても、もはや笑いかけてくれる者が出て来る事は無い。
どれ程佇んでいたのか、やがて自失から立ち直った玉藻は慟哭する。
なんと狭量な生き物。
なんて身勝手な憎しみ。
なんて思いあがった独善。
この溢れる血の涙より八百万の軍勢を生み出して都へと攻め上り、
お前らの望みどおりに殺戮し尽くしてやろうか。
大化生に堕ちようとする玉藻に眷属の狐が寄り添い言う。
「それで本当に良いのですか? 貴女は知ったのでは無いのですか?
人の愚かさを、そして人の愚かさには色々なものがある事を」
玉藻は零れ落ちようとする想いを留めるかのように、胸の前で手を握り締める。
追い立てる人間が居る。
共に居る人間が居る。
憎む者も居れば慕う者も居る。
いずれも人。
一方的な憎悪をぶつける者らだけが人では無い。
自分と一緒に過ごした者らも紛れも無い人なのだ。
恐怖に怯え、生に縋り
人に寄り添い、外れた者は排斥する。
なんて――弱弱しくも愛おしい、限りある命たち
涙を拭き、顔を上げ、遠く地平に目を向ければ、そこに人の群れの気配がする。
一度は壊滅させられた討伐軍が再び寄せようとしていた。
玉藻は眷属の狐に説得を試みる事を眷属の狐に告げる。
「無駄な事、万に一つも聞き入れる事はありますまい」
などど、いつものような苦言を呈する事もなく、眷属の狐は頷いて引き下がった。
玉藻が化生に堕ちるのではなく、あくまで人の身を保ったまま逝くことを決意した事を知った
からだ。
シャンと鈴の音が鳴り、玉藻は踊る。
逝った者達を送る踊りを踊る。
既にススキは無く、ここに集った者も居ない。
ただ灰が舞い上がる。
それは舞い散る花の様に
それは降り積もる雪の様に
玉藻が踊るたびに、
しんしんと灰が降る。
いかほど時を重ねようとも忘れはしない。
かの輝きを。
命は巡る。
どれほど姿や名が替わろうとも再び出会う。
例え永劫の時の果てであろうとも、また見つけられるように、
再び出会った者らに自分だということが分かるように、
踊り終わった玉藻は、打ち放たれる矢の雨の中へとその身を晒す。
私はここに、
あなたに尽くす、
かいなに抱かれ、かいなに抱く。
恐れないで、受け入れて下さい。
そのまま三日三晩訴え続けた後、最後はその胸に破魔の矢を受けることで終わった。
そして千年余りの時が流れる。
そこは人々が営みを繰り返した星ですらなく、人々がずっと見上げてきた月。
古よりの観測者が作り上げた電脳空間の片隅で今にも消えようとする者が居た。
それは余りに弱々しく、取るに足らない存在。
なのに限りある命の一滴も無駄には出来ないと精一杯に足掻いていた。
しかし結果は変わらず、誰にも気に留められずに消え去るだけというまさにその時、辺りに声が
響く。
「その魂、ちょおっーーーとまった! 暫く、暫くぅ!
何処の誰とかぜーんぜん存じませんが、その慟哭、その頑張り
他の神さまが聞き逃しても、私の耳にピンときました!
宇伽之御霊神もご照覧あれ! この人を冥府に落とすのはまだ早すぎ。
だってこのイケメン魂、きっと素敵な人ですから! ちょっと私に下さいな♪」
再び狐が舞い降りる。
とおいとおい昔、人に興味を持った神の意識が懲りもせずに、今また人と交わろうとしていた。
おまけ
ぷちストラ劇場 ある日の白野
今日地上に遊びに行った際にキャスターに髪を梳いてもらった。
気持ち良かったので、セイバーにもしてあげることにした。
埋まった。
お団子を解くと、あんなに凄いのかとくらくらする頭を手で押さえつつ、気を取り直して
今度はキャスターの髪を梳いてあげようとした。
確信犯的に尻尾でモフられ動けなくなった。
いくらもがいても抜け出せずにいると、BBが強制介入(でっけぇ斧)して来て、脱出できた。
その後みんなで帰った