【旧】思想強めのカリスマ美少女になって、死後周囲を狂わせたい!   作:k-san

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2034年の手記

 

 執筆年月日:2034年9月10日

 執筆者:赤城茉莉

 

 

 

 このテキストはあたしとレイの出逢いから別れまでを記したものだ。

 2022年6月から12月までの、およそ半年の期間を切り取った物語。

 

 レイはその半年間で、あたしに知恵を与えた。

 視座を与えた。

 生き方を与えた。

 そして充分与え尽くしたところで、あたしからレイ自身を奪っていった。

 

『死んでも死ぬだけ』

 それがレイの哲学で、彼女はそれを実践してみせたのだ。

 あとに取り残された者は途方に暮れ、ぽっかりと空いた穴の大きさを確かめることしかできなかった。

 そしてその大きな穴をどうにもできないまま、それぞれがそれぞれの道を行くことになり――いまに至る。

 

 

 

 レイの語ることは散漫としていて、当時はよく理解できないことが多かった。しかし24歳となった現在のあたしは、そこにひとつの芯が通っていたことを知っている。

 メディア論。ニヒリズム。身体の拡張。関心経済への露骨な嫌悪。

 それらを通して彼女が訴えていたことは、要するに自分自身の人生を主体的に生きるということだった。

 個々人が生まれ持ったリソースを他者に奪われないこと。

 積極的生を生きることこそ、彼女の思想の基盤だったのに。

 そんな彼女は12年前の冬、自らの手でその短い生涯に終止符を打った。

 レイにはこの未来が見えていたのだろうか。月面に企業ロゴを投射する、このくそったれな未来が。だとしたら、レイが世を()いて自死を選択したことも納得できる。

 

 レイ。

 世界は、あなたが示唆したとおりのものになりました。

 街中に広告が溢れ、あたしたちの持つリソースは、常に他者に狙われている。もしもあなたが生きていたなら、きっとこの品のない世界をとことん軽蔑したでしょう。

 それでもあたしは、このくそったれな世界を、レイと共に生きたかった。あなたと一緒に戦いたかった。

 

 どうしてあたしを置いていったんですか?

 どうして、あたしも連れて行ってくれなかったんですか?

 

 

 …………。

 ああ、前置きが長くなってしまった。

 未練だらけの呪詛はこのへんにしよう。次の段からは、レイとの出逢いを記していくことにする。

 

 

 ・・・・

 

 

 レイとの出逢いは12歳の初夏にさかのぼる。

 

 そろそろ中学校生活にも馴染んできたという時期。

 周囲はすでにメンバー固定の仲良しグループを作り、おのおのの人間関係を築いていたころだったが、あたしにはおよそ友人と呼べる間柄の相手はいなかった。

 べつにクラスに溶け込めなかったとか第一印象で失敗したとか、そういうことではない。

 たんに一人があたしのデフォルトだったというだけだ。

 

 五月におこなわれた部活動説明会で、あたしの関心を引くようなものはひとつとしてなかった。よって当然のごとく、あたしは帰宅部となる。

 だいたい、球技に打ち込んで汗を流している中学生の自分なんて、想像もつかない。

 

 同学年の子たちには目もくれず、自宅と学校とをひたすら行き来するだけの毎日だった。そこに喜びもなければ苦痛もない。あたしはいたってフラットな状態。

 

 つまり当時のあたしはなにごとにも興味を持てない人間だったのだろう。

 

 でも、そうでなければレイと出逢うことはなかったと思う。

 

 

 

 レイと出逢ったのは学校から帰宅する途中だった。

 なにが面白くてそうしていたのか、そのときのあたしは携帯端末(スマートフォン)を片手に、たぶんSNSを眺めて歩いていた。いわゆる歩きスマホというやつだ。いまはもちろんそんなことしないが、まだレイの洗礼を受けていなかったころのあたしである。大目に見て欲しい。

 

 していると、不意に空いている左手をつかまれた。伸びた腕と肩が痛む。

 

 なんだ? いきなり。

 

 正直、このときのあたしが喧嘩腰だったことは否めない。

 だって、急に驚かされて面白いはずがないでしょう?

 内心で腹を立てながら振り返って、いきなり手首をつかんできた不届き者を確かめる。

 しかし次の瞬間、怒りなどどこかへ吹っ飛んでいった。

 

 相手はなんというか、絶世の美少女だったのだ。

 小さな顔に、整ったパーツ。そして色素の薄い髪の色。

 それから、ばっさばさのまつげが瞳に影を落としている。あと無表情。

 ハーフだろうか?

 すべてがうまくできすぎていて、なんとなく生きている感じがしなかった。

 同じ中学校の制服を着ていたが、違う世界に住んでいそうだった。

 

「危ないよ」

 

 と彼女は言った。

 鼓膜ではなく脳を直接震わす声だった。あたしは頭を正常に保つのに努める必要があった。

 少女の示す先を見ると、そこは横断歩道。信号は赤。

 

「ああ……。ありがとう」

 

 言いながらあたしの心は落ち込んでいく。

 情けない……。

 携帯を見てて横断歩道に気づけなかったなんて。

 いかにも「イマドキの若者」という感じがして恥ずかしかった。とくに、この少女にはそういった目で見られたくないと、この時点ですでに思うようになっていた。存在自体が非日常的な彼女に、人間の卑近(ひきん)な面を晒したくなかった、という心理だろうか。

 

「そんなに面白いの?」

「え?」

 

 彼女はあたしのとなりに並んで、訊ねた。

 まるで携帯なんて触ったことがないという口ぶりだった。

 

「それ。歩いているときもずっと眺めて」

「ああ、これ? うーん、べつに面白くはないけど。持ってないの?」

「ええ、だって要らないもの」

 

 この回答には少し驚いた。親が買い与えてくれないのなら理解はできる。お互いまだ中学生だし、そういう子も珍しくはないだろう。

 でも本人がそれを必要としてなくて、はっきり不要だと断言するなんて、なんとなく想像ができなかったのだ。

 中学生はみんな携帯を欲しがるものじゃないの?

 

 少女はさらに口を開いた。

 

「家に帰ってもずっとそれを見ているの?」

「ううん。家に帰ったら……そりゃスマホを見る時間もあるけれど、まあだいたいは勉強に時間を()てるかな」

「そう。真面目なんだ」

「真面目と言うか……暇なんだよ」

 

 信号が青になった。

 あたしは歩き出す。少女も並んで歩く。

 

「暇、ね」

 

 意味深な間を持たせて、少女は続けた。

 

「モラトリアムという言葉を知っている?」

「猶予期間ってことでしょ? 社会に出るまでの、学生でいる時間」

「そう。よく学生時代はモラトリアムと言われる。……でも、これは間違いなの」

 

 へえ。誤用なのだろうか。

 感心していると、彼女の口から否定される。

 

「本当は、人生のすべてがモラトリアムなんだとわたしは思う」

 

 誤用の指摘ではなく、ただの持論だった。

 

「なんか、のんびりしてるんだね」

 

 所感を述べる。

 

「逆よ」

 

 と少女は笑った。

 

「学生時代がモラトリアムだと本気で信じているのなら、少なくとも卒業間近まではのんびりと構えていられるでしょうね。でも、人生は違う。だって、明日死ぬかもしれないでしょう?」

 

 後の項にも記すだろうが、それが彼女の基本的な考え方だった。人生は猶予期間である。しかし、人生はいつ終わるとも知れない。だから今日を生き急ぐ。そうした土台があればこそ、『死んでも死ぬだけ』という哲学にいたったのだろう。

 

 あたしは深く納得して相槌をうった。

 

「ああ、確かに」

「だから、人生がモラトリアムだと自覚している人間は、必然的に生き急ぐことになるの。ねえ、」

 

 少女は立ち止まった。あたしも数歩先で立ち止まって、彼女のほうを振り返る。

 

「わたしの名前はレイ。もしあなたが暇を持て余しているというのなら、明日の放課後、旧校舎三階にある旧三年二組の教室までやって来て」

 

 それがレイとの出逢いだった。

 レイはあたしを選んでくれたのだ。

 あたしの人生は、間違いなくここから始まった。

 

 

 ・・・・

 

 

 新手の部活勧誘かとも(いぶか)ったが、翌日の放課後、あたしは言われたとおりに旧三年二組の教室へと足を運んだ。

 旧校舎はいくつかの文化部が教室を利用しているとのことだが、現校舎に隣接する北側の入口ではなく、あえて南側へ遠回りして侵入することで、誰かと鉢合わせをするおそれはないと言う。

 人気のない階段を上り、三階へ。

 三階はどの部活動も教室を使っていないため、閑散としている。

 静まり返った廊下を北へまっすぐ進むと、すぐに三年二組の教室へたどり着いた。

 

 レイはすでに教室で待っていた。中央の椅子に座り、なにかの本を読んでいた。

 あたしはいまでも鮮明に思い出せる。古びた校舎に彼女の姿がよく映えていたことを。

 

「来てくれたんだ」

 

 あたしに気づくと、レイは本を閉じてこちらに微笑んだ。

 その微笑みが一枚の画みたいで、それがあたしひとりに向けられたことにまんざらでもない気分になる。

 

 あたしは中央へ向かって歩きながら、レイに訊ねる。

 

「なにを読んでいたの?」

「本よ」

「いや、それは分かるんだけど……」

 

 こういうボケをかましてくるのか。少し意外に思っていたら、レイは言った。

 

「メディアはメッセージである」

「え?」

「なにを読んでいたのか、訊いたわね。たとえばこの本に印字されているのが――そうね、『ごんぎつね』の物語だったとしましょう。この本はいったいなにを伝えているんだと思う?」

「えっと……『ごんぎつね』だと思うけど」

「ほかには? それだけ?」

「ほかには……『ごんぎつね』だから……《いたずらは良くない》とか、いや……《善意は表でおこなうべき》という教訓……かな?」

「茉莉、あなたはこの本が『ごんぎつね』であるということに囚われすぎているわ。もちろん、この本の中身が『ごんぎつね』であったなら、そこに込められたメッセージは『ごんぎつね』の物語それ自体も含まれる。でもね、この本が伝えていることはそれだけじゃない。《これは本である》ということもすでにメッセージなのよ」

「……?」

「この本は、これそのものが《本である》ということも伝えているのよ。あなたはそのメッセージを見落としているわ」

 

 分かるような、分からないような。

 いや、そう考えている時点で分かってはいないのだろう。

 だけど、不思議とモヤモヤした心地はなかった。

 レイの言葉を自然と受け入れていく。

 彼女の語り口には何事もスムースに受け入れさせる力があるのだ。

 

 あたしは段々とこの不可思議な少女に興味を持ち始めていた。

 いままで出逢ったことのないタイプだったのだ。実際にはこの先も出逢うことがなかったが。

 

「さて。以上を踏まえて、いましがたあなたが訊きたかったことをもう一度わたしに訊ねてみて」

 

 訊きたかったこと……。

 ああ、「なにを読んでいたのか」だったか。

 …………いや。

 

 あたしは少し考えて言った。

 

「その本、なんてタイトル?」

「『本』よ」

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 なんだかんだで赤城茉莉を引き込むことに成功した。

 さらに、人気のない旧校舎の一室で、分かるような分からないような意味深な会話をおこなうことにも成功した。

 通学路で会話していたときには手応えがつかめず、旧校舎に来てくれないんじゃないか……と不安に思っていたが、杞憂だった。

 わざわざこんなところまで足を運んでくれたってことは、脈ありってことだよな!? 俺に声をかけられて、まんざらでもなかったってことだよな!?

 

 先程繰り広げた会話を脳裏で反芻し、恍惚とする。

 

「茉莉、あなたはこの本が『ごんぎつね』であるということに囚われすぎているわ。もちろん、この本の中身が『ごんぎつね』であったなら、そこに込められたメッセージは『ごんぎつね』の物語それ自体も含まれる。でもね、この本が伝えていることはそれだけじゃない。《これは本である》ということもすでにメッセージなのよ」

 

 ぶっちゃけこれなんか自分でもなにを言っているのかよく分からなかったが、そこはまあ、雰囲気で乗り切った。茉莉もそのへんをあまり追及してこなかったので助かった。

 こういうこと語ってみたい、というような準備は前もってあったのに、いざ実際に喋ってみると全部飛んじゃうね。

 

 家に帰った俺は、勝利の咆哮を上げた。

 

「っしゃああ!」

「リリー、どうしたの?」

「ママぁ、わたしすごいんだよ。カリスマになるんだよ」

「ええー?」

 

 非常に良い調子である。

 このままメンバーを増やして、さらに思想を講義して、めいめいの尊敬を集めていけば……。

 立派なカリスマ美少女の誕生だ。

 

 そして頃合いを見て……去る。

 

 残された彼女たちはいったいどんな反応をするだろうか。

 ふふ、ふふふふ。

 やばい、楽しみすぎて動悸がしてきた。

 

 どうやって目の前で死ぬのか、いまから計画を立てなくちゃな!

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