【旧】思想強めのカリスマ美少女になって、死後周囲を狂わせたい! 作:k-san
帰りの挨拶が済んだらすぐに旧校舎へ向かうようにしている。旧校舎三階は南から北へ三年一組、三年二組、三年三組……の順で続いていくので、まずは三年三組の教室へダッシュで向かい、清水リリーの変装(レイの方が自然体なのだ、見た目は)を解いてから三年二組へ移り待機するのがいつものパターンである。
適当な個室トイレで変装を解いてから三年二組へ向かえばいいじゃないかという意見もあるだろうが、それは違う。
来たらすでにいる、というのが重要なのだ。レイとして移動するところを見られてはならない。たとえば、ホラー映画で幽霊が主人公のもとまでてくてくと歩いて向かうところを描写するか? という話だ。生活や人間的な営みの部分はできるだけ切り捨て、「ただそこに超然と在る」という一点のみを演出するのがミステリアスであることを成り立たせるための要件。ちょっと気を抜けばすぐ人間臭くなってしまう。
映画やアニメなどには、モンタージュという概念があるのでそういった演出も楽かもしれないが、現実でそれをおこなうのはけっこうな一苦労である。
というわけで俺は誰よりも早く旧校舎へ向かわねばならないのに、今日は帰りのホームルームが長かった。担任教師のクソどうでもいい話を聞きながら、つい貧乏ゆすりをしてしまう。
やっとのことで解放されたのは放課後の開始十分後。帰りのあいさつを終えて、教室を出る。もうすでに三年二組に誰かいるとしたら、着替えはいつもと違う場所でおこなわないといけない。
……などと考えていたら。
「うわっ」
「レイ、つかまえた」
恋慕の声だった。背後から抱き着かれたのだ。全身の重みを背中に受ける。12歳にしては大きく膨らんでいる胸が背中にあたり、ついついそのやわらかさを意識してしまう。
吐息が耳にかかってドキドキするが、いま聞き捨てならないことを言っていた。
――まさか、レイと言ったのか?
いや、確かにそう聞いた。
現在の俺は清水リリーモードなのだ。レイと結び付けられると、今後の計画に影響が出る。
俺はとっさに、
「ひ、人違いじゃないですか?」
と言った。
それも、ヘリウムガスを吸ったあとのような、鼻にかかったおかしな声で。
「え?」
これには恋慕もたじたじである。抱き着いた相手が人違いだったから恥ずかしいのか、あるいは初対面でいきなり冗談みたいなふざけた声で返答されて困惑しているのか。前者だといいな。
恋慕は俺を拘束していた腕を解いた。俺の肩に手を置いて、身体をくるっと反転させる。そうして向かい合った状態にすると、じっと顔を見つめてきた。
ひ、ひぃぃぃ……。
眼鏡とマスクを掛けているとはいえ、この至近距離で顔を見つめられるのは非常にまずい!
そこで俺は機転を利かせた。
半目で、鼻の穴を大きく開き、まるでバイオハザード3に登場するネメシスのような歯茎むき出しの表情を作ったのだ。まあ半分はマスクで覆い隠されているが、それでも顔全体の筋肉の強張りで険しい変顔をしていることは伝わるだろう。
これで俺≠レイの図式が恋慕のなかで成り立てばいいのだが……。
最悪なのは、ここまでやっても恋慕が俺をレイだと判断した場合だろう。
廊下で声をかけたら馬鹿みたいな声で応答し、顔を見たらぶっさいくな変顔を向けてきた……なんてのは男子小学生のノリなら問題ないだろうが、思想強めのカリスマ美少女には絶対あってはいけない不祥事である。
恋慕が俺に抱く幻想をぶち壊すことになりかねないし、「あいつこないだ廊下で見たらくっそブスだったんだけど!」と言いふらされれば、旧三年二組の教室での俺の立つ瀬がなくなってしまう。
次から彼女たちの前でどんな顔をすればいいのか……まあ、少なくともこんな変顔はしなくてもいいのだろうが。
恋慕が俺の顔を見つめて五秒ほど経つが、一向に反応がない。
頼むからなにか言ってくれ!
この時間が怖すぎる!
悪いほうでもいいから、さっさとジャッジをくだしてください!
変顔を継続したまま祈っていると、
「ごめん、人違いだった」
そう言って肩から手を離した。
良かったぁぁぁぁ……。
悪夢から覚めたときのように安堵する。本当にめちゃくちゃ怖かった。あやうく小便を漏らすところだった。
「レイはそんな変顔しないもんね」
するんだよな、それが。
とりあえず危機は脱した。俺は恋慕の気が変わらないうちに、「じゃあ、人違いだったんならこれで……」と相変わらずの声で言って去ろうとしたが――。
「待って」
恋慕に手首をつかまれ引き留められる。
あーもう、勘弁してくれ!
早く俺を解放してほしい。
「な、なんデスか?」
「あなた、名前はなんて言うの?」
う……これはまた難しい質問だ。
いや、もちろん自分の名前くらいは簡単に口にできるが、それを素直に言ってもいいのだろうか?
逡巡したが、嘘が露見すると面倒だ。正直に答えることにする。
「清水リリーだけど……」
「リリーね……」
恋慕は咀嚼するように俺の名をつぶやいた。
「私は愛好恋慕」
あ、そういやうっかり恋慕って言ったりしてないかな。わざわざ自己紹介したってことは、言ってないよな?
「リリーにね、お願いがある」
「はあ……」
「いきなりで、びっくりするかもだけど……」
あんまりびっくりさせないでほしいが……。
まあ、聞こう。
「あのね、いま、私好きな人がいるんだ」
「うん」
「それでね、リリーって私の好きな人と似てるの」
「ああ、そうなんだ」
……って。
え、好きな人って、もしかしてレイのこと?
俺、そういう目で見られてたの?
……いや、『好き』と言ったっていろいろな種類があるしな。
彼女が言っているのは尊敬のほうの『好き』だろう。まさか恋愛的な――
「だから付き合って」
「ぶふっーー!?」
ないお茶を噴いてしまった。
え、「付き合って」つった? 付き合うって、交際のこと?
「ちょ、ちょっと待って。話が急すぎるんだけど」
「あれ、声変わった……?」
「んんっ……! なんで、お……わたしが愛好さんと付き合うって話になるの?」
あぶね、素の声が出てしまった。
「……うん。私が好きな人は、たぶん、人と付き合うとかそういうの興味ないと思うの。だから、私がその人と結ばれることは絶対になくて」
「それは……なんというか残念? だと思うけど」
「どうしようもない好意を抱えていたってつらいだけ……だからってそう簡単に好きな人のことは忘れられない。でも、リリーなら、なんかいいかなって」
「いいかなって……出会い頭にそんなのが分かるもんかな」
「ビビッときたの。レイと同じ感じ」
そんな曖昧な……。
とはいえ、困惑しつつも正直まんざらでもなかった。
だってこの子むっちゃ可愛いんだもの。真っ正面から顔を突き合わせると、本当によくできた顔立ちと感心する。とろんとした目は大きくて、くっきりとした二重まぶた。小ぶりな鼻。ピンクの唇はぷっくりしていて可愛らしいと同時に色っぽい。
めっちゃいいにおいするし……それに、12歳にしては胸が大きい。
そんな恋慕に上目遣いで「付き合お?」なんて言い寄られると、元男としては「よろこんで!」と二つ返事で了承するしかない。
しかし俺と恋慕がそういう関係になれば、いずれ俺=レイだと気づかれてしまうはずだ。たとえば恋慕と身体を重ねるときが来るとして、一糸まとわぬ姿を晒した俺は、もう完全にレイなのだ。
嘘はばれ、レイに対して……そして俺に対しての好意も泡のごとく消え失せてしまうだろう。
受けてはいけない。
この話は、きっちり断らなくてはいけない。
俺は湧き上がる欲望をなんとか抑えた。
「申し訳ないけど、そんなこと急に言われても困るだけだし……愛好さんの話は受けられない」
「そう……だよね……」
俯いて、悲痛な顔をする恋慕。同情してしまったのだろうか。俺はつい付け加えてしまう。
「だけど――友達にはなってもいい」
「え?」
「あー、勘違いしないで欲しいのは、べつに『友達から始めよう』って話じゃないということ。ただ、愛好さんが好きな人と一緒になれるように、友達としてならサポートできるかなって」
むろん、彼女の願いは叶わない。カリスマ美少女が信者のひとりと交際するなんて、のちのちのことを考えれば争いの火種になりかねないし、それ以上にイメージにそぐわない。恋慕だって、レイとの交際はありえないだろうと踏んでこの話を持ちかけてきたのだ。
だから俺の言っていることは残酷そのものだ。単純にたったいま恋慕の顔に浮かんだつらい表情を見たくなくて、その場しのぎの八方美人な提案をしたにすぎない。
だが、
「うん。ありがとう……」
と恋慕は精一杯の笑みで答えた。
それがあまりにも魅力的で、いじらしくて。
不覚にも心臓が跳ねてしまう。
そして罪悪感と、これ恋慕の告白を受けりゃ良かったかなーという後悔でいっぱいになる。
こうして、俺と恋慕の恋路を俺が恋慕の友人として応援する――なんて奇妙な関係がここに成立してしまった。