【旧】思想強めのカリスマ美少女になって、死後周囲を狂わせたい! 作:k-san
本当に、本っ当に申し訳ありません!
そしていまだにお読みいただいてるようで、感謝の極みです。
完結まで本作の執筆をなにより優先していこうと思いますので、何卒お付き合いいただければと思います。
これはあとになって鈴から聞いた話だ。
中学校に入学してすぐ、鈴はいじめに遭った。
普段、レイには従順な姿を見せる鈴だが、もともとは口やかましい性格なのだ。そのうえ根っから真面目な性格で、不正に敏感なものだから、正直に言ってしまえば、疎まれるのもさもありなんという感じ。
最初にレイと遭遇したのは授業中のことだった。
ロングホームルームの時間。どのクラスにも、ひとりと言わず二、三人はいるようなお調子者が、些細なことで担任教師の逆鱗に触れたらしい。教師は延々と独り芝居を演じ、生徒たちは黙りこくってうつむく。険悪な空気が徐々に徐々に深まっていき――最終的に担任教師は教室を飛び出した。誰の人生にも一度や二度はあるくだらないイベントだ。
あたしにもその経験があるので、その後の教室がどうなったのかは当事者でなくともありありと浮かぶ。緊張から一転、弛緩した教室内の雰囲気。どこかの誰かが息を漏らしたように「ふ」と笑い、哄笑が伝播していく様。笑いまじりに憎しみを共有し合う、ぬるい談笑の輪。キーワードは「あいつなんなの」「意味分かんない」「まじやばい」の三つ。
だが――そんななかにあって、鈴は空気を読まなかった。
「久保田先生に謝りに行こう!」
鈴はそう言って、率先して教室を出ていった。もちろん誰ひとりとしてついてこなかったが、構わず職員室へ向かった。職員室は一階にある。階段を降りようとして、四階と三階とをつなぐ踊り場に人影があるのに気づいた。
それがレイだった。
真面目な鈴は、もちろん声をかけた。
「きみ、こんなところでなにをしているんだい?」
「授業中の廊下って、どうしてこんなにひんやりしているのかしら。ねえ、踊り場の窓から差し込む光って、とてもあたたかいと思わない?」
「うん? ボクにはよく分からないけれど、つまり日光浴をしているのかな? 健康的で良い趣味だとは思うが、いまは授業時間だよ。あまり感心しないな」
「怒っている人って、そういうことに気づけない。毎日この階段を上り下りする人のうち、いったい何人が窓外の光景を気にするんでしょうね」
「それは久保田先生のことを言っているのかい?」
「あるいは」口もとに微笑が浮かぶ。「あなた」
レイは鈴の頬に手を伸ばした。指先がなめらかにあごへ伝い、そっと離れた。
その指はまるで生きているとは思えないほど冷たかったという。
「正しさを振りかざす人間は、つねに怒っている。あなた、右手の人差し指と薬指はどちらが長い?」
「え? え――っと……」
「十年以上生きて、自分の右手のことも分からないのね。どっちが長かった?」
「人差し指だ。人差し指のほうがちょっと長い」
「そう。わたしは薬指のほうが長いの」
「すごくきれいな手だ」
実際レイの手はきれい。肌はうっとりするほどきめ細かくて白く、指は細長くてすらっとしている。まるでピアニストの手だ。レイはピアノを弾くのだろうか? 本当のところどうかは知らないが、間違いなく似合っているだろうな。
いつだったか、レイの真似をして『GOTH』という小説を読んだことがある。それに人の手首から先を切り取って持ち去る殺人鬼が登場したが、もし彼が実在していたなら、真っ先に狙われるのはレイだろうと思った。
「でも、指の長さがどうしたんだろう。なにか意味があるのかな」
「意味ってどんな味かしら」
「ああ、ようやく分かったよ。きみ、ボクのことをからかって面白がっているんだろう?」
「舌の部位によって感じる味覚が分かれているそうよ。甘味は舌先、塩味は舌の側面、酸味は側面の奥のほうで味わうんだって。意味はどこで感じるの?」
「意味が分からないなあ! ふざけるのはやめてくれないかな!」
「ナンセンスはお嫌い?」
「ああ、そんなものを聞いている暇はないからね!」
ちょっと想像つかないが、鈴はレイを突っぱねて階段を下りた。三階まで下り、ふと踊り場を見上げると、レイは忽然と姿を消していたという。
鈴はそのまま職員室へ行き、担任教師の機嫌を取ってから、彼と一緒に教室へ戻った。担任教師は職員室にいるあいだ練っていたであろう謎の感動物語を語り上げると、生徒に謝罪させたうえで、授業に戻った。
で、それが面白くなかった人たちがいたらしい。
その日の昼休み、鈴は四階の端のひと気のない女子トイレに連れ込まれた。
女子トイレの奥――窓際に追い込まれ、三人の女子に詰め寄られる。
「前からずう~っと思ってたけどさあ、あんたほんと空気読めないよね」「ほんとそれ。久保田出てったからせっかく自由時間なのにさー、呼び戻すかなー普通」「けっきょくほとんど久保田の説教になっちゃったしさ~」「あんた教師の味方なの? うちらの味方なの?」「さっきのことどう思ってんの? なあ!」
「わ、ちょっ、お、おち、落ち着いて……。そんなにいっぺんに言われても……」
「お前が落ち着けよ。震えてんじゃん」
そこでくすくす笑いが起こり、嘲笑はたちまち伝染する。
鈴は顔を真っ赤にしてうつむいた。
だから、その瞬間に起こったことをすぐには理解できなかった。
「ちょっと、あんた――」
という声が聞こえたかと思ったら、とつぜん肩に力が加わって、鈴は個室のなかに押し飛ばされた。便器に足を引っ掻けるが、個室内は狭く、すぐに壁に背中が付くため、転ぶことはなかった。ドアを閉められ、個室内に閉じ込められる。最初は三人組のしわざかと思ったが、違った。
ドアの向こう側で、サァァと粉末状のものがこぼれ落ちる音が聞こえる。
「なにすんだよ、お前!」「痛っ」「痛あ! 痛いって!」「目がああ!」「ちょっとお! なんなの!?」
なにやら阿鼻叫喚の絵図ができあがっているようだ。鈴はドアの向こうの目に見えない惨状を想像し、戦々恐々とした。
すると地獄のような叫び声が続くなか、おもむろにドアが開かれた――。
そこに立っていたのは、もちろんレイだった。
手に持っていたのは、ラベルのはがされたペットボトル。それはトイレの備品で、ふだんは清掃用の粉石けんが入っているが、容器は空だった。
そして、レイの足元には目を押えてうずくまっている三人の女子が。
レイはかけていたゴーグルを外すと、怯えている鈴の目を覗き込んで語りかけた。
「石けんの起源を知ってる?」
「せ、石けん……?」
レイはにこりともせず頷いた。
そしてうずくまる女子をひとりずつ個室トイレのなかへ押しやると、外側からドアに身体を持たれかけさせた。
個室から「おい、開けろよ!」「ふざけんなよ!」と怒鳴り声が響き、ドアが叩かれる。レイは気にせず話を続けた。
「かつて、人々が神に生け贄として獣を捧げていた時代のことよ。獣を焼いたときに滴り落ちた脂肪が、薪の灰と混ざり合って土に染み込み、偶然、石けんが誕生した。
油脂にアルカリ剤を混ぜたら石けんになる。この場合、木の灰がアルカリ剤としての役割を果たし、獣脂と混ざったことで石けんになったのね。
こんな歴史、あなたは知らないよね? あなたにとって石けんとは、『汚れを落とすもの』という機能を持った物体でしかない。そこにあるヒストリーや化学的な構造情報は剥奪され、普段使いの意味だけが残る。好きだものね、意味」
そこまで言って、レイはうずくまる三人に視線を落とした。
「でも、わたしにとって石けんとは、こうした歴史や、化学や、冗長性をすべて包括したものなの。だからこそ、意識的に『汚れを落とすもの』という意味を剥奪して、石けんを使うこともできる。
言ったでしょ? 石けんとは、油脂にアルカリ剤を混ぜたものって。アルカリは目に触れると炎症を起こす。早く水で洗わないと、失明しちゃうよ」
個室のなかから甲高い悲鳴が上がった。「開けて」と縋るような声がしばらく続いたかと思うと、今度は便器の水が流れた音が響き、次いでじゃばじゃばと何かを洗浄する音が鈴の耳に聞こえた。
その段階で、レイはいたずらめいた微笑を浮かべ、人差し指を口元にあてると、鈴を導きつつそっと女子トイレから出た。
鈴は、レイに「助けられた」という感覚を抱く前に、目の前で繰り広げられたスマートな暴力に圧倒されてしまったようで、感謝の言葉よりもまず「なんであんな酷いことをするんだ!」という言葉が出た。
「し、失明だって! きみは……もしそうなったとき責任を取れるのか!?」
「顔を洗うとき石けんが目に入って染みた経験はあるでしょ? 失明した?」
「え! もしかして、さっきのはでたらめってことかい?」
「まったくのでたらめではないのだけど」
「どっちだよ!」
「どっち――ねえ」
レイはくすくすと笑う。
「白黒はっきりした世界がお好みなのかしら? でも、世界はあなたが望むような二元論で回収されたりしないわ」
「……どういうことだい?」
「不条理を受け入れなさい」
それまでにない強い口調でぴしゃりと言い放つレイ。
鈴は、さらに「どういうことだい?」を重ねようとして、やめた。
その言葉にこそ、いまの自分にとって必要ななにかがあると直感的に思ったらしい。
レイのセリフを脳内で反芻して、自分なりに咀嚼して、でも分からなくて顔を上げたとき、そこにレイの姿はなかった。
しかし後日、教室の戸締りを終えて鍵を職員室へ返しに行く途中、レイに会う。主に移動教室の集うB棟の、一階と二階とをつなぐ階段の踊り場に、レイはいた。
「きみは――あのときの」
レイは窓の外を眺めていたが、鈴に声をかけられると彼女のほうを向いた。
「レイよ」
「レイ……レイか」
「あなたの名前はなんていうの?」
「ああ、失礼、名乗ってなかったね――ボクは鈴。鈴代鈴だよ」
「ふうん、職員室に用事?」
B棟の一階には職員室がある。この人気のない階段を下りる生徒は、ほとんど職員室に用があるので、これは大した推理ではない。
「ああ、鍵を返しに」
「日直なのね」
「いや、そういうわけじゃないんだが――」
言い淀む鈴。レイは、そんな鈴をまっすぐに見つめる。
「その――戸締りはいつもボクの仕事なんだ」
「面倒ごとを押し付けられているのね」
「まあ、そういうことになるかな」
「好きにするといいわ」
そう言ってレイは興味を失ったように窓の外へ視線を戻した。
つられて鈴も視線を外へ移すが、ただ空が広がっているだけでなんの面白みもない。
「あの……」
鈴は意を決した。
「本当はボクだってこんなこと好きでやってるわけじゃないんだ」
ひとつ零すと、二、三と言葉があふれ出る。止まらなくなる。
「でもさ、ボクがちゃんとしなきゃ誰が代わりに仕事をしてくれるんだろう? 久保田先生が授業を中断して職員室に行ったときもそうだ。ボクが率先して呼び戻しにいかなかったら、けっきょくそのことを説教するために久保田先生は放課後のホームルームを潰したはずだ。
ボクが頑張らないせいでクラスが成立しなくなったらどうしようって思うと、我慢したほうがいいって気持ちになる。みんな、こんな気持ちになることはないのかな?
レイは、どうしてそんなに自由なんだい?」
一世一代の告白だった。
心の奥底に秘めていた想いの吐露だった。
しかし、レイはあっさりと
「さあ、そういう遺伝子なのかしら」
慰めでも期待していたのだろうか。
レイの返事に拍子抜けする鈴。
「い、遺伝子かあ――。そう言われてしまうと、なにも言い返せないなあ。そうか、ボクは一生このままってことか……」
「さあ、分からないわ」
「え?」
「だって、十二歳で変化することが遺伝子に刻まれているかもしれないでしょう? 遺伝子による決定論なんて本当だろうが嘘だろうがどっちでもいいのよ。なるようにしかならないわ。
手っ取り早く変わりたいなら――そうね、いまその手に持っている教室の鍵を窓の外に思いっきり投げてみればいい」
「で、でも――そんなことしたら」
「クラスが成立しなくなったからって、なんだっていうの? そんなふうに簡単にシステムは壊れたりしないし、仮に学級崩壊したとしても死ぬわけじゃない。だいたい死んだってそこで終わって真っ暗ぽんってだけでしょう? なにも怖いことはないのよ」
「だけ、って――」
そんな簡単に言われても、と心のなかで呟く鈴。
「ねえ、この世のいろんなモノ・コトから意味をひとつひとつはぎ取っていったら、全部どうでもよくなっちゃうよ? 一緒にどうでもよくなろう?」
これはあとから気づいたらしいのだが。
窓の外を見ていたはずのレイは、いつの間にか鈴の背後から肩を抱きすくめるように密着すると、耳元に口を寄せて、そう囁いたらしい。
その状態が鈴にとってはあまりにも自然で、何年も前からそうしていたような気さえして、だから蛇に全身絡みつかれているように密着していることをまったく意識できなかった。
鈴は右手に握りしめた教室の鍵を強く意識した。
いつの間にか窓は空いていた。
持っているものを
そして鍵を握りしめたままゆっくり右手を下した。
「……やっぱり、ボクにはできないよ」
「いいのよ。いきなり白から黒に変われなんて、わたしは言わない。どんなものにもグラデーションがある。段階を踏んで、なりたい自分に変わればいい」
「ボクもきみみたいになれるかな?」
「わたしみたいになる必要はないけれど、鈴がそう望むなら、好きにしたらいい」
「じゃあ、好きにするよ。もっとレイのことが知りたい。きみの近くで、きみを学ばせてほしい」
「そう」
レイは鈴から教室の鍵を奪うと、窓の外に投げた。
「あっ!」
「わたしはこれから旧校舎に行くけど、あなたはどうする? 鍵を拾いに行く?」
鈴がどちらを選択したかは言うまでもないだろう。
だいぶ前に描いたリリーのイメージです。
【挿絵表示】
与太話ですが、弟に本作バレました。
たまたま読者だったようで、前話のリアルネタ(シミズ制服笑)で私と分かってしまったようです。
LINEで「カリスマJK」と送られたときはびっくりしました。あと、「エタってもエタるだけ」とからかわれました。