【書籍版二巻発売中】迷宮狂走曲~RPG要素があるエロゲのRPG部分にドはまりしてエロそっちのけでハクスラするタイプの転生者~   作:宮迫宗一郎

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27.「【狂人】一味」とのエンカウントは生命の危機

《裏》

 

「クソが、手間取らせやがって!」

 

【狂人】がモンスターどもを袋叩きにし始めた頃、そこから少し離れた場所では、とある青年が激しく舌打ちしながら走っていた。パーティメンバーを整った容姿の女性冒険者だけで固めたその青年は、アーロンがかつて「リーダー」と呼んでいた人物である。

 

青年が地面を踏みしめる度に、派手な装飾品がジャラジャラと品のない音を立てるが、それがモンスターどもを呼び寄せる様子はない。そのあたりの対策がしっかり取れているのは、腐っても上位冒険者といったところか。

 

「あ゛ぁ゛!? ンだよ、あのクソ野郎どもは!?」

 

やがて、青年は目的のものを発見した。苦労して半殺しにしたにもかかわらず、隙を突かれて逃げられてしまったレアモンスターどもである。

 

そして、その周囲には他の冒険者パーティらしき複数の人影が見える。そいつらに自身の獲物を横取りされたのだと悟った青年は、瞬時に頭を沸騰させ、()()に気づいた様子で慌てて制止してくるパーティメンバーを無視し、人影のもとへと駆け寄った。

 

「おいテメェら! この俺の獲物を横取りするとはいい度胸だ……な……?」

 

だが、威勢のいい青年の声は尻すぼみになる。レアモンスターばかりに注意を向けていたため、声を掛けてからようやく相手のパーティに黒髪の男がいることに気づいたのだ。

 

「ああ、すみません。このモンスターどもと最初に戦ってらしたのは貴方がたでしたか。横取りするつもりはなかったのですが……」

 

“あひいいいいい! (あの世へ)逝くううううう! 逝っちゃううううう!”

 

「うっ……!?(ゲェーーーッ!? 【黒き狂人】ンンンンンン!?)」

 

青年が見たのは、まるで()()()()()だとでも言わんばかりの淡々とした様子でモンスターどもを拷問にかける、ブッチぎりでイカれた男の姿であった。青年の真っ赤だった顔が、一気に真っ青に変わる。

 

男が手に持っているのは一見すると【蘇生薬】のビンだが、その中身がブチ撒けられる度にモンスターどもが狂った獣のように叫んでのたうち回っていることから、「ぜってぇ中身は別物にすり替わってんだろ」と青年はますます顔を青くした。*1

 

「い、いやぁ、ハハッ……わざとじゃないなら仕方ねぇさ……次からは気をつけろよ……?」

 

「もしかして、貴方がたもこのモンスターどもが落とすアイテムを狙っておられたんですか?」

 

「ま、まあ、それはそうだけど……トドメ刺したのはお前なんだから気にすんなって……うん……」

 

しかも青年の怒鳴り声に対する男の返答はどこまでも理知的であり、それがかえって男の狂気を際立たせていた。この男が「モンスターを甚振って楽しんでいるところを青年に邪魔されて逆ギレしてくる」的な分かりやすいゲス野郎ムーヴをかましてくれたのならどんなによかったか。異常な状況の中で普通の振る舞いをする人間など、青年の理解の範疇を余裕で超えている。

 

なお、男にとっては「作業のように」ではなく「文字通り作業」である。

 

ルカという身近な例があるため、一部のモンスターには意思があるのだろうということは理解しているものの、だからといってこの【狂人】はモンスターの虐殺を止めはしない。動物にも感情や意思があるらしいということは知っていても、平気で牛や豚を食うし、店の棚に食肉が陳列されてるのを見ても特に感慨が湧かないのと同じである。

 

他人から見れば拷問にしか見えなくても、男にとっては乳牛から乳を搾るような感覚だ。アレも「母親から子供を引き離して母乳を横取りする」という、文字に起こすと鬼畜の所業ではあるのだが、そこに罪悪感を覚える人間はほとんどいないだろう。なんなら「乳搾り体験」と称し娯楽として提供している牧場すらあるくらいなのだから。

 

「少々お待ちを。そろそろレアアイテムの1本目をドロップする頃合いだと思いますので、お詫びも兼ねて差し上げますよ」

 

“こんなの頭がおかしくなりゅううううう! もう逝かせてえええええ!”

 

「うぇっ!? いや、いい! 気にしないでくれ! マジで!」

 

が、そんな異世界人(ゲーム廃人)にとっての「価値観(ふつう)」など、現地人である青年が知る由もない。そも、「普通」というものは場所によって変わるものである。この場において、この男は紛れもなくブッチぎりでイカれた奴であった。

 

そんな奴と出会ってしまった青年は、当然の如くこの場から一刻も早く逃げ出そうとした。今ならまだ「大勢いる冒険者の内の1人(モブキャラ)」として【狂人】の記憶に残らないまま逃げられる。こんな奴から知り合い認定された挙げ句、会う度に絡まれるのなんて命がいくつあっても足りないと思ったからだ。

 

「……あん? どっかで見たと思ったら、お前アーロンが元いたパーティ(トコ)のリーダーじゃねーか」

 

「(空気読めやグラサン野郎ぉぉぉぉぉぉ!!!)」

 

が、それもフランクリンの一言で頓挫する。もっとも、これに関しては青年の自業自得だった。青年が「迷惑料」と称してアーロンからアイテムを強請ってやろうなどと考えなければ、青年が【H&S商会】に行くことはなく、結果フランクリンとの面識も生まれなかったからである。

 

「ん? フランクリン、この人のこと知ってるのか?」

 

「おう。なんかこいつ、以前オレたちの店にアイテムをタカりに――」

 

「あー!? アンタ、アーロンの新しいお仲間じゃないかぁー!」

 

余計なことを言われそうになり、慌ててフランクリンの言葉を遮る青年。そのせいで青年は完全に【狂人】から個人として認識されてしまったうえ、【狂人】と会話せざるを得ない流れとなってしまった。

 

逃げるタイミングを潰された上に余計なことを言われそうになり、心の中で盛大に逆ギレしてフランクリンにあらん限りの罵倒をしつつ、青年はこの場を穏便に切り抜ける方法を考える。

 

遠くの方でこちらの様子をうかがっているパーティメンバーはアテに出来ない。彼女らは青年が苦労して口説き落とした仲間(ハーレムメンバー)である。彼女らの前で無様を晒して愛想をつかされてしまう訳にはいかないため、青年はなんとか自力でこの場を切り抜けなければならない。

 

「おや、もしかして貴方が以前アーロンとパーティを組んでおられたという……?」

 

「そーそー! まっ、なんつーの? アイツも俺も素直じゃなくてなぁ。『不幸なすれ違い』ってヤツ? それが重なっちまって、結局最後はケンカ別れしちまったんだ。アイツ元気にしてるか? ってか(アンタと一緒に冒険してて)なんともないのか?」

 

唯一、この【狂人】と共通の話題にできるであろうというのが3割。この【狂人】の狂気に付き合わされているであろうアーロンの安否が純粋に気になったというのが1割。そして「ぜってぇアーロン(あのクソ野郎)は俺のことについてあることないこと吹き込んでやがるだろ!」というのが理由の6割で、青年はアーロンのことを話題にすることにした。

 

アーロンのせいで【狂人】からヘイトを集めるなど冗談ではない。相手はフェアリーを絶滅させるために花園が沼地になるレベルの破壊工作を行う*2ようなブッチぎりでイカれた奴である。「アーロンには誤解されてるけど、俺は本当は良い人ですよ」アピールをしておかないと、何をされるか分かったものではない。*3

 

「(ん? 『なんともないのか』ってどういう意味だ? ……あ、そうか。俺がノーム畑から助け出した後、アーロンは入院してたもんな。その時のことが聞きたいのか)ええ、元気ですよ。まあ少しだけ後遺症が残ったみたいですが」

 

こ、後遺症!?(え、なに、どゆこと!? アーロンの野郎、こいつに後遺症が残るようなことさせられてんの!? ま、まさか、ダンジョンで手に入ったアイテムの効果を確かめるための人体実験とか!?)」

 

が、軽くジャブを放って様子見をしてみようと思えば、返ってきたのは重すぎるボディブローであった。あまりにも予想の斜め上すぎる返答を聞き、青年は盛大に顔を引きつらせる。

 

「いえ、本人は何ともないと言ってますし、事実として日常生活に支障はないみたいですね」

 

「そ、そうか……(それは『何ともない』って言っとかないと『壊れた玩具は廃棄処分だ』ってなるからだろ!? てか『日常生活に支障はない』なんてのは怪しげな研究者とかの常套句じゃねーの!?)」

 

……言うまでもなく盛大に勘違いしているが、青年を責めてはいけない。というのも、【狂人】がギルドショップで【火炎ビン】をはじめとして【蠍の針*4】や【電撃茸の胞子*5】などの危険物を買い漁る姿が何度も目撃されているのだ。

 

なぜ【狂人】が使い捨ての状態異常付与アイテムを買い漁るのかというと、「スキルスロットを節約するため」だ。冒険者が習得したスキルは無制限に使える訳ではなく、「スキルスロット」と呼ばれるものにセットして活性化しないと使えない。端的に言うと同時に使えるスキルの数には限りがある。 

 

そしてスキルスロット節約のために【狂人】が真っ先にリストラしたのが、魔術関連のスキルであった。使い捨てのアイテムの中には魔術と同じ効果を発揮するものが多いため、アイテムで代用できるものは代用してしまおう、という理屈だ。

 

だが、そもそも状態異常を駆使して戦うというのは現地人の冒険者からしてみれば異端である。この世界の冒険者にとっては安全がなによりも優先されるべきことであり、「習得済スキルのうち最も火力が高いスキル」をいくつかセットしたあとは「生存力を高めるスキル」でスキルスロットを埋め尽くすのが常識だからだ。

 

なにより、【狂人】の戦い方はモンスターに対して有効な状態異常が何なのかを把握していないと成立しない。原作知識ありきのチート戦法である。

 

さすがに【門番】をはじめとする有名なモンスターであれば弱点の研究が進んでおり、それらに対抗するためこの世界の冒険者も状態異常付与アイテムを使うことはある。が、いくらなんでもその辺のモンスターにまで使いまくるのは異端である。

 

というか状態異常付与が必要なモンスターというのは、基本的に厄介なモンスターばかりだ。強いモンスターからは逃げて狩りやすいモンスターを探せばいいだけなのに、わざわざ手間暇かけて厄介なモンスターを狩る意味が分からない。

 

ようするに、この世界の人間にとって状態異常付与アイテムというのはカビ除去剤のような「滅多に使わないし、使う際は細心の注意を払う必要がある危険物」である。そんなものを定期的に大量購入*6していたら「テロの準備でもしてるのか?」と疑われること間違いなしである。

 

そんな疑いが持たれている中でフェアリーの花園が沼地化なんてしたものだから、完全に「マッドでヤベー奴」というイメージが【狂人】に定着してしまったのだった。

 

なお、【狂人】に「なぜ危険物を買い漁るのか」と聞いた場合、「清掃業者(モンスター討伐が役目)なんだからカビ除去剤(状態異常付与アイテム)を定期的に補充するのはおかしいことではないだろ」と答えるだろう。そして「清掃業者なのにカビ(厄介なモンスター)を放置したまま掃き掃除(雑魚討伐)だけして帰るのはどうかと思う。よく言うだろ、『汚物は消毒だ』って」などと言い放ち、そのせいで勘違いが加速する模様。

 

「…………(なんだこいつ。人のことジロジロ見やがって。オレの顔に何か付いてんのか?)」

 

「…………(あの人が例の『リーダー』さんですか。女癖が悪いってお兄ちゃんから聞いてますし、念のため目を付けられないようにしときましょう)」

 

“…………”*7

 

“そろそろ面倒になってきた。さっさとアイテム落としてくれないかなぁ”

 

そして、ヤバいのは【狂人】だけではない。

 

青年が【狂人】のパーティメンバーに視線を走らせると、フランクリンは奇抜過ぎるファッション*8により悪趣味な改造人間にしか見えず、モニカはローブのフードを目深く被っているので見た目が怪しげな呪術士であり、レムスとルカはそもそも人ですらなく、ルカに至ってはさきほどからモンスターへの拷問を手伝っている。

 

誰がどう見ても「悪の秘密結社」とかそういう類いの集団であった。

 

「すまん今日中にやらなきゃいけないことがあって急いでるからここで失礼するぜ アーロンには『辛かったらいつでも帰ってきていいぞ』と伝えといてくれ」

 

身の危険を感じた青年はそう捲し立てると、なりふり構わず全力で逃げ出した。遠くから様子をうかがっていたパーティメンバーが慌ててそれに追従する。

 

そして、その場にはイマイチ事情が飲み込めていない【狂人】一味が残された。

 

「うーん……アーロンのこと気にかけてるみたいだし、意外と良い人なのか?」

 

「いや、そうはならんだろ……」

 

「女の子を侍らすチャラいイケメンなんて信用に値しませんよ。普段は聞こえのいい言葉ばっかり吐いていても、どうせいざとなったら女の子を捨て駒にして自分だけは助かろうとしたりするんですから」

 

「お、おぉ……そうなのか……やけに具体的だな……」

 

“あっ、なんかドロップした。ねぇ主、お目当てのアイテムってこれのこと?”

 

「ん? どうしたルカ――いや待てまさかそれは!? うっひょおぉぉぉぉぉ! でかした! これが欲しかったんだ!!!

 

この場にアーロンかカルロスがいれば、状況を理解して腹を抱えて爆笑するなり、頭を抱えて溜息をつくなりした後、誤解を解くために動いたのだろうが……残念ながら今回はマイペースなメンバーしかいない。

 

こうして、めでたく【狂人】一味に新たな風評被害が追加されたのであった……。

*1
実際は「もう許して」的なことを言っているのだが、モンスターの言葉を理解していない青年にそんなことは分からない。

*2
勘違い

*3
勘違いではない

*4
敵単体にダメージ+【毒】付与

*5
敵単体にダメージ+【麻痺】付与

*6
アイテムは99個まで所持できる

*7
臨戦状態で待機中

*8
世紀末な悪漢の背中から妖精の羽が生えてる


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