ここ数日あまり執筆の時間が取れなかった上、ちょっとだけメンタルがぐらついてしまい、全く筆が乗りませんでした。
今はしっかり復活しておりますので、これからも3、4日間隔での投稿は続けていきます!
それはそれとして、親公認の関係構築RTA、はーじまーるよー。
計測区間は親御さんに会ってから関係を認めてもらうまでです。
はい、よーいスタート。
名家の人間は、財産や権力、地盤といった大きな力を持つと同時、ある程度の責務を負わされる。いわゆるノブレスオブリージュというヤツだ。
というかそもそも、名家というのはかつて何らかの責務を果たすために力を結集させ、団結した一族だったりすることもあるのだが……まぁ、今はそれはさておいて。
貴族……日本で言えば名家。その権威がパワーダウンした現代においても、名家が力と共に責務を負うことは変わらない。
堀野家に属する俺や昌もまた、例外ではない。定期的に本家に戻って色々と報告したり記録を収めたりする義務を持つわけだ。
この「定期的」というのは大体1年に1度程度のことを指すんだが……前回1年半という長期間家に帰らなかった俺は、母さんから「もっと帰って来てくれると嬉しいわ、お母さんも、お父さんもね」と仰せつかってしまった。
母さんは、堀野家において絶対的権力者だ。母さんがカラスが白いと言えば白いし、もっと帰って来いと言えば帰る必要があるのだ。
……いや、これに関しては名家の責務とか関係なかったな。
ただ親にお願いされて、それを叶えているだけ。一般家庭でもよくある光景だろう。
そんなわけで、1月下旬、URA賞授与式の準備が始まる前。
俺は昌を伴って、堀野の本家に帰省する……つもり、だったんだが。
「ウィル、俺は25日土曜日に実家に帰省するので、その間は……」
「えっ、帰省って実家ですか? じゃ、じゃあ行きます、私も行きますそれ!」
何故かこの子も付いてきちゃったのだった。
* * *
「へぇー……こんな山奥だったんですね、お2人のご実家」
実家の持ち山を登っていく中で、ウィルはきょろきょろと周りを見回しながら、俺と昌の後に付いて来ている。
……いや、ホントに付いてきちゃった。付いてきちゃったよこの子。
なんとも言えない気分で彼女の方を窺っていると、横にいる昌が囁いて来る。
「……ねえ、良かったの? ホシノウィルムさんを連れ出しちゃって。学園に残ってる、ブルボンさんの近くに誰も残らないし」
「ひとまずブルボンのことはネイチャのトレーナーに任せてはいる。あと、俺はあっちでトレーニングして待ってるように言ったんだけど……」
「けど?」
「……『自主トレめっちゃ増やしますよ』って言われて」
「脅しに屈してるじゃん……」
いやぁ、そうなんだよね。
土台、堀野のトレーナーは、ウマ娘の要求に弱い。
彼女たちの心を何よりも重要視する在り方は、つまるところ彼女たちが「やりたい」と言い出したことに絶対服従という意味でもある。
故に、こうして担当ウマ娘が「行きたい!」と言い出せば、それに逆らう訳にはいかないのだ。
……とはいえ、俺は既に堀野のトレーナーを脱して久しい。
彼女たちの衝動的な願いよりも、大局的な視点で見て必要な行動を優先させることも、選択肢の1つとして持っている。
持っている……ん、だが。
だからと言って、彼女たちの望みを無視できるかと言われると、それはまた話が別なわけで。
canとwantは違う。たとえそれが可能であろうと、俺自身がそれをやりたいと思えないんだよなぁ。
ウィルのお願いは、拒めない。
なんでなんだろうな。あの綺麗でキラキラした目で見上げられると、つい譲歩したくなっちゃうんだよ。脅されたりしなくとも、普通に願いを叶えてあげたくなるんだ。
この子、もしかしたら人たらしの才能があるのかもしれないな。後輩にもかなり慕われてるし。
……と、そんなことを考えていたら。
「あの、ウマ娘の耳の良さ忘れてます? 全部聞こえてますからね。
……いや、脅したのはちょっと申し訳ないですけど、いいじゃないですか1日くらい。ここ数日色々忙しなかったですし、ちょっと気分転換ってことで」
ウィルはちょっと唇を尖らせ、逸らしてしまった。
ちょっと負い目を感じてる様子を見るに、彼女自身、強引だった自覚はあるらしい。
なんでそんな自覚の上でウチに来たがったのかは謎だけども……。
取り敢えず、ウィルのそういう顔、あんまり見たくはないな。
「ま、いいと思うよ。ウマ娘が遠出する際、トレーナーが引率することは珍しくない。これもその一環だと思えばいい」
「いや、担当が男性トレーナーの実家に行くって、世間体も相応に悪い気がするんだけど……」
「!!」
「? ……あぁ、そういう捉え方もできるか。まぁそれなら、昌が付き添いってことでいいんじゃないか」
「……はぁ」
ウマ娘は性別で言えば女性だし、アイドル的な側面で見れば、男性トレーナーと出歩くことは良くないイメージを受けるかもな。
それも近所に気晴らしにいくのではなく、トレーナーの実家に行くというのは、そういう方向性の誤解を与えてしまうかもしれない。
だが、ウィルの担当トレーナーは俺だけではなく、昌も該当する。そちらを主体として捉えれば大きな問題はないと思うが……。
「いや、そういう問題じゃないでしょ。マスコミにでも抜かれたらどうすんのって言ってんの」
「ホシノウィルムの脚には昨年の苛烈な走りによって調整の必要性が発生した。彼女自身が名家出身でなく頼れる親類もいないため、契約トレーナーのコネを使い、堀野家の専門的施設で行うことになった、と」
「もう言い訳考えてるし。対策は万全ってわけ?」
そりゃあね。
担当が行きたいと言えば行かせるし、そこに発生する問題を解決するのがトレーナーのお仕事だ。二重三重の予防策は既に敷いているとも。
……まぁ、俺の世間体の悪化は避けられないかもしれないが、そんなのは彼女の願いに比べればどうでもいいことだし。
ウィルの変装、偽装工作、徹底的な尾行対策。
ここまでやればまずバレはしないだろうし……仮にバレたとしても、大きな問題には発展させず、収めてみせるさ。
金に権力、コネに威圧。バ鹿とハサミは使いようだし、使えるものは何でも使うのが大人だからな。
ちょっと仄暗いことを考えている内、ずっと続いていた森の木々が途切れる。
そして俺たちの視界に、冬の温かな日差しに照らされた、大きな壁と門が現れた。
「さて、ようこそ堀野本家へ。歓迎するよ、ホシノウィルム」
そう言って、俺が彼女の方に振り返ると。
「お、おぉ……お邪魔します」
意外にも、彼女はこれまでにないくらいに動揺していたのだった。
……なんで公式レースとかG1レース、クラシックレースなんかより、ただのお出かけで緊張してるんだこの子は。
ホシノウィルム、本当に難解なウマ娘だな……。
* * *
何を今更という話だが、堀野の実家は、俺にとってのホームグラウンドだ。
なにせ転生してから実に20年以上をここで過ごしたわけで、そりゃあ慣れや愛着も発生する。
最近はトレセン学園のトレーナー室もそこそこ馴染んできたが、それでもやっぱり、一番親しみが持てるのはここ、堀野本家……。
の、はずなんだが。
「……?」
開けてもらった門を潜り、2人を連れて本邸に向かいながら、軽く首を傾げる。
なんか、妙だな。
前回ここに来たのは約半年前。そこまで極端に時間が空いたわけでもない。
なのに今、俺は……違和感というか、真新しさのような感覚を覚えている。
目線を動かして庭を見回しても、特に何か変わったところがあるわけでもない。
相変わらず丁寧に整備された庭園とターフ。今は冬だから彩りは少ないけど、それでも見慣れた様式美がそこにはあった。
それなのに何か、こう、落ち着かないというか、見慣れないというか。そんな感触を覚えるんだ。
何故だろうかと頭を捻り……ふと、思い至る。
そういえば俺、こうやってしっかりとこの家を見るのは……初めてかもしれないな。
思えばこれまでの人生、俺はトレーナーになるという目標に追い立てられるように生きてきた。
とにかく頑張って、努力し続けて、より良いトレーナーになろうと、より良いトレーナーであろうと心がけて来た。
だからこそ、外観を把握するために見ることはあれど、こうしてぼんやりと目的もなく周りを見渡すことは……なかった気がするな。
気が緩んでいる……いや、スカイの言い方で言えば、肩から力が抜けた。
俺のその変化が、景観を眺める心持ちにも変化をもたらしている、と……そういうことだろうか。
「ふむ……」
なんというか、不思議な感覚だ。
正直、俺には自分が大きく変わったという自覚がない。最近気が抜けていると思ってはいたが、価値観やものの見方が変わるレベルでのものだとは思っていなかった。
だが、こうして外的な要因を以て観察すれば、確かに俺は、以前から大きく変わっているらしい。
そして俺は、そういった自分の変化を……どうやら好ましく思っているようだった。
トレーナーとしては、あまり好ましくない変化だとは思う。
滅私奉公もできずに何がトレーナーか、という思いはあるんだが……。
それ以上に、今の方が……ウィルやブルボンたちのトレーナーとして、「彼女たちを支えなければ」と思うのではなく、「彼女たちを支えたい」と思える今の方が、良い……気がする。
何の根拠もなく、ただ直感的にそうした方がいいんじゃないかって思うだけなんだけど……。
なんでだろうな。そうやって「俺」らしく生きた方が良いって思うのは。
と、そんなことをぼんやり考えながら、落ち着かないウィルをなだめている内に、本邸玄関に到着。
俺はインターフォンのボタンに手を伸ばして……。
それを押す直前、扉が開いた。
背後でびくっと震える気配。俺と昌は慣れているから、やはりウィルのものだろう。
……いや、流石に緊張しすぎなのでは? 何ならこの前君の両親のお墓を訪ねた時より緊張してる。
あー、いや、堀野本家って結構大きいからな。その辺に場違いを感じてるんだろうか。
名家と言っても普通の家庭とそう変わるわけじゃないし、緊張なんて感じる必要はないんだけどね。
と、それより今は、目の前の人に対応しなければ。
突然開いたドアの奥からは、1人の女性が現れた。
……いや、現れたというか、突っ込んできたっていうのが正確か。
俺はもう慣れたもので、無感動に彼女の抱擁を受け止めた。
「おかえりなさい、待ってたわ~!」
かかる言葉と、割と本気でぶつかってくる小さな感触。
まったくこの人は、何年経っても変わらないな。俺に人の心がなかったら「年甲斐もなく」なんて表現を使うところだったよ。
……いや、昌のそれの元になっているだろう童顔っぷりで、見た目からはそこまで違和感を覚えないのがなんとも恐ろしいけども、それはともかく。
俺はその人の肩をポンポンと叩き、いい加減放してくれないかなーとアピール。
ちょっとほわほわしてる人ではあれど、彼女は決して空気が読めない人でもなければ、子供に嫌なことを強いる人ではない。
すぐさま、俺は無事に解放された。
顔が離れたことで見ることができたのは、流石にウマ娘には勝てないもののそこそこ整った顔立ちの、見た目30代に入るかどうかの女性。
昌と違って背丈は低い方だが、顔の造形なんかは結構そっくりだ。……まぁ、昌はいつも厳しめの表情をしてるから、いつもふんわり微笑んでるこの人とはだいぶ印象が違うんだが。
で、その人は俺たちを見て、改めて口を開く。
「あっ、ごめんなさいね、ちょっと興奮しちゃって。
改めておかえりなさい歩、昌。それにいらっしゃい、ホシノウィルムさん……」
彼女の視線は、俺たちを順番に行き来して……。
しかし、ホシノウィルムのところで、止まった。
そして、彼女にしては珍しく驚いたような表情をした後、俺とウィルの間で数度視線を行き来させ、少しばかり考え込む様子を見せて……。
「なるほど。今日はお赤飯ね?」
そう言ったのだった。
* * *
その人を端的に表せば、「無敵」という表現が正しいと思う。
堀野家の母。彼女はこの家における絶対権力者、序列最上位、トップティア、またはピラミッドの頂点。
父のように、トレーナーとしての能力が非常に高いわけではない。
兄のように、精神的に卓越しているわけでもない。
妹のように、とんでもなく真面目で前向きなわけでもない。
ただ彼女は……こう、なんというか、常に余裕があるのだ。
たとえば、昌が食卓で俺にキレ散らかしてる時も。
たとえば、兄さんが色恋関係でやらかしてしまった時も。
母さんはいつでも笑顔を保ち、俺たちのやり取りや失敗、そして成功を、微笑ましそうに見守っている。
それだけだったら、ただのおっとりしてる母親なんだけど……流石と言うべきか、家庭の平和を守り続けた堀野家の母は、それだけでは終わらない。
母さんは……とんでもなく察しが良く、理解が早いのだ。
玄関に立つ俺たちに向かって、母さんは心底楽しそうに、あるいは嬉しそうに、ほにゃりと笑った。
「つまり、歩はホシノウィルムさんにたくさん助けられたのね。すっかり余裕が出て、まるで若い頃のお父さんみたい。
ありがとう、ホシノウィルムさん。これからも、この子のことを支えてあげてくれると嬉しいわ」
「……いや、母さん。つまりも何も、俺はまだ何も説明をしていないのですが。再会してから10秒なのですが」
1を聞いて10を知るという言葉があるが、あれはまさしく母さんに相応しい言葉だ。
いや、まだ何も話してない内から、俺やウィルの表情を見ただけでこの数年のことを粗方察してしまうのだから、もはや何も聞かず100くらいを知っているような気もする。
相変わらずの話の速さ、そしてテンポの早さに思わず苦笑していると、彼女は「あらあら」とでも言わんばかりに頬に手を当てた。
「歩は産んだ時からずっと張り詰めていて、少し不安だったけれど……うん、ホシノウィルムさんなら大丈夫そう。お母さん、すっごく安心したわ。でも、くっついたらそこがゴールインじゃないからね? 気を抜いちゃダメよ?」
「えっあっ、その!?」
わかりにくい母さんの言葉に、背後にいたウィルはびくっと反応したようだった。
「ウィル、母の言葉は半分聞き流していい。慣れてくれ……とは言わないが、まぁこういう人なんだなと了解してくれると助かる。
で、母さん。やめてほしいとまでは言いませんが、初めて会ったウマ娘に対して、いささか距離感が近いかと思います。もう少しきちんと言葉を飾るべきかと」
「え、そうかな? そうかも……」
母さんはびっくりしたような顔をした。……けど、本当に驚いている感じではない。俺が苦言を呈するところまで織り込み済みって感じだ。
本当、こういうところがな……。なんで「自分はわかるんだから相手もわかってるだろう」みたいな話し方しかできないんだ、この人。
何と言ったものかと口を閉じた俺の代わりに、横にいた昌が呆れたような声を上げる。
「母さん、ゲストの前なんだから、はしゃがないで下さい。
それに、そういうコミュニケーション不足が回り回って兄さんの言葉足らずさを招いてるんですよ。思考過程とそう考えた根拠をちゃんと明示してくださいって言いましたよね?」
「あ、昌ちゃん、良かったわね。これで昌ちゃんも一安心でしょ?」
「くっ、この……もういいから黙っててください!」
「えー? もっとお話ししたいんだけどなぁ」
ウチの母親は、こういう人だ。
なんというか、無敵。何を言ってもまるで予想していたかのように動じないし、こちらが伝えたい旨を正確無比に読み取り、そこから何歩も先の回答を返してきたり、あるいはまったく別の流れのようにさえ思える言葉を投げかけてきたりする。
とんでもない察しの良さと独特なテンポ感のせいで、話しているだけで自然と母さんのペースに乗せられてしまうんだ。
ちょっと言い訳みたいになってしまうけど、昌の言う「俺のコミュニケーション力不足が母さんに一因がある」っていうのは、正直ちょっとだけありえる気がする。
なにせ母さんは、というか俺の家族はかなり察しが良い。複雑に言い繕わなくても理解が得られるんだ、そりゃあ口数も必要なければ減っていくというもので。
……しかし、一安心か。昌が何を一安心したって……?
あ、もしかして年末、車に轢かれた時のことかな。あの優しい昌が、昏睡状態の肉親を心配しないわけがないし。
…………ん、車に轢かれた?
「あ」
……そういえば、そうだった。
ここ最近色々あって、あの事件のことがすっかり頭から飛んでいた。
まずはあの件に関して、心配と迷惑をかけたことを謝らなきゃいけない。
「……改めて、その」
「いいのよ、歩。謝らないで。あなたが悪いわけじゃないんだから。無事に目を覚ましてくれただけで、お母さんは嬉しいわ」
彼女は慈愛に満ちた目で、俺の手を取った。
……あぁ、この人には、本当に勝てない。
流石はグレかけた昌をすんでのところで引き留め、堀野家の波乱を何度も鎮めて来た母親。
相手への気遣いという面じゃ、勝てる気がしないな。
「じゃあ、せめて感謝を。……今まで、こんな俺の面倒を見てくれてありがとう、と」
「! ……ふふふ、いいのよ! ほら、入って入って! ホシノウィルムさんも、ほら!」
母さんは、今までにないくらいに楽しそうな笑顔で、改めて俺たちを招き入れてくれた。
* * *
その日は、かなり忙しい1日になった。
俺と昌が父さんに報告書を提出して色々と話をしている間、ウィルは母さんと2人きりで何か話していたらしかったり。
で、小一時間経ってもまだ緊張している上、何故か顔を真っ赤にしているウィルと合流して、皆で昼食を取る中で、ウィルを父さんに紹介すると、何故か父さんもウィルもガチガチに固まってしまったり。
と思ってたら、ウィルは案外早く父と打ち解けて、レースについて議論を交わすような仲になったり。
その間、俺と2人で母さんの相手をしていた昌からは「……久しぶりだけど、やっぱり疲れる」と愚痴を零されたりもして。
良い時間になったのでそのまま夕食を取り、母さんが「それで? 式はいつの予定なの?」などと言い出して一波乱あったりと。
……本当に忙しく、そして騒がしい1日だった。
主に母さんのせい……いや、おかげで。時間は瞬く間に過ぎて行ったのだった。
「なんというか、その……すごいご家庭でしたね」
夕陽が沈んだ頃、俺の私室にて。
ウィルは疲れ果てたように息を吐いた。
……いや、「ように」じゃなく、実際疲れたんだろうな。
彼女は純粋な体力で言えば、とんでもないものを持っている。
なにせ彼女は競走ウマ娘で、それも無敗で三冠を取った超一流と言っていい存在だ。
時速15キロメートル程度の速度なら1、2時間ぶっ通しで走れるくらいには、人間離れした体力を持っている。いや人間離れっていうか、実際人間ではないわけだが。
だが、精神的な面で言えば、彼女はただの中等部の女の子。それも過去の経験の薄さから、家庭での触れ合いに慣れていないはず。
知らない家庭の中に突然投げ込まれれば、そりゃあ緊張で気疲れもしてしまうってものだろう。
「お疲れ様、ウィル。すまなかったな、母さんがあんなで」
「い、いえっ、全然疲れてなんて……というか、すごく楽しかったですし」
「『ちょっと疲れましたし、休憩がてらに少し話しませんか』なんて言ってきたのは君だろうに」
「……はい、すみません、嘘吐きました。正直に言うと、ちょっと疲れはしましたね。
でも、すごく楽しかったのは本当ですよ? ……ゲストとしてとはいえ、家庭の温かさに触れたのは久々でしたから」
「……そうか。君が楽しめたなら何よりだよ」
ソファの隣に座り、ちょっとだけ体を傾けてアピールして来るウィルの頭を軽く撫でる。
風呂上りということもあってか、触り心地の良い髪だ。ウマ娘は特別なことをせずとも髪質までも整うという話だったが……何も手入れせずともここまで心地の良いサラサラとした感触になるものだろうか?
俺の髪なんか結構芯が通ってる感じで……いや、そもそも人間とウマ娘で容姿を比べるのが間違いかもしれないけども。
機嫌良さげに尻尾を揺らしていたウィルは、更にこちらに頭を寄せながら言ってくる。
「それに、あの……お義母さん、私、好きですよ」
「ん、そうか? なら良かった」
なんか若干引っかかるようなニュアンスだけど、わざわざツッコむこともないかとスルー。
人によっては、傍にいるだけでペースを乱される母さんを受け入れられず、生理的に拒んだりすることもある。彼女がそうでなかったことは幸いだろうか。
ん? いや、言うほど幸いか?
冷静に考えると、トレーナーの家族と担当ウマ娘の相性が良いのは、別にそこまで幸いってわけでもないかな? そもそも接触することも多くないだろうし。
……いや、自分の好きな人同士の仲が良いのは、それだけで嬉しいものだ。
やっぱり、ウィルと両親の相性が良さそうなのは、幸いだったな。
俺が脳内でよくわからない結論を出していると、ふとウィルが口を開く。
「……そ、その、そういえば、なんですけど。やっぱりアレでしょうか。トレーナーと……将来的に添い遂げるウマ……人って、やっぱり礼儀作法とかそういうの、身に付ける必要があったりするんでしょうか」
「ん?」
風呂上りだからか赤い顔で訊いて来る彼女に、ちょっと首を傾げる。
なんでそんなことを聞いてくるんだろう。何かそんなことを意識する必要があっただろうか。
……あぁ、そうか。
さては、昼食と夕食の時のことを気にしてるんだな、ウィル。
彼女は一般家庭の出身で、テーブルマナーとかそっち方面には強くない。
その結果として、ウチで出て来る食事には、ちょっとばかり苦戦していた。
だが、それは学ぶ機会がなかっただけ。仕方のないことだ。
ゲストなんだからその辺は気にしなくていいと言ったんだけどね。
そもそも堀野の家は、名家かと言えば間違いなく名家ではあるものの、時代の流れに沿って一般家庭に近い在り方に迎合している。
勿論マナーや品格の教育や、ウマ娘育成のメソッドの継承は続いているものの、それを強制されることは多くないし、トレーナーになることを強いられるわけでもない。
故に、ゲストが多少マナーを失したところで、それを責めるようなことはない。
更に言えば、それが家の者の担当ウマ娘で、必死に不慣れなマナーを守ろうとしているのならば尚の事。
彼女の真面目さ、懸命さを評価する者はいこそすれ、眉をひそめるような者はいない。
しかしそれはそれ、これはこれ。外からどう見られているかと、自分がどう思うかはまた別の問題だ。
ウィルはそうして無作法を見せてしまったことに、恥を覚えたんだろう。
故に、その恥ずかしさを誤魔化すためにこれを訊いて来た……と。そんなところだろうか。
ふふふ、俺も伊達に彼女と一緒にいるわけではない。多少は察しも良くなってきたかな。
こんな質問で彼女の気が紛れるなら、喜んで答えようとも。
「ふむ。まぁ、繋がりのある家以外から招くとなると、ある程度は覚えてもらうだろうな。名家というものは力を持つ分、負うべき責務もまた大きいものだ。
……とはいえ、そういった在り方が現代にそぐわないのは事実。そこまで徹底的な教育を施したりするつもりはないが」
……ま、俺がそんな相手を持つのは、ずっと先のことだろうけどね。
今はトレーナー業……ホシノウィルムたちを見ることに忙しいし、とてもじゃないがそんなことを考えている余裕はない。
更に言えば、自分が妻を持つというのは……なんというか、想像し辛いし。
俺は今、既に完成された……とまでは言わないが、十分に満足のいく環境にいる。
ホシノウィルムのトレーナーとして、そしてブルボンのトレーナーとして、サブトレーナーである昌と共に彼女たちを支える。
この関係に、全く他の女性が挟まって来て、そこに時間を割く必要があると考えると……満たされるような気持ち以上に、「邪魔だな」という感情の方が先立ってしまう気がする。
そんな状態で配偶者など作れるわけもない。
前世からそうだったように、しばらくは仕事を恋人にする生活が続くんだろうと思う。
……いやまぁ、昨年末もそうだったように、人生というのはいつ何が起こるかわからない。
案外相性の良い相手を見つけて結ばれたりすることもあるかもしれないし、逆に一生そんな相手は見つからないかもしれないが。
なんとも言えない未来への不透明に、俺は微妙に言葉を濁してしまったが……。
対してウィルは、何故か逆に緊張したような固い気配を出してしまった。
「そ、そうですよね。……よし、その、頑張りますね!」
え、頑張る? 何を?
……いや、そうか。
冷静に考えれば、その答えは1つしかないよな。
「あぁ。だが、君1人で頑張るんじゃない。俺と君、2人で頑張る。そうだろう?」
「ひゃえっ!? あ、や、そ、そうですね!? ……え、嘘、そんな、え? ホントに?」
そう、ホシノウィルムは競走ウマ娘。
競走ウマ娘である彼女が頑張るとなれば、それは競走、つまりレースのことに他ならない。
彼女が存分にレースに集中できるよう、日程やトレーニングメニューの調整はこちらで頑張らないとな。
改めて決起する俺の横で、何故かウィルは縮こまっていたのだった。
* * *
ちなみに。
この日、俺と彼女がすれ違っていたことが発覚したのは、ずっと先のことだった。
今夜はお赤飯になったところでタイマーストップ。
記録は4秒6です。ぶっちぎりのワールドレコードです、お疲れ様でした。
完走した感想ですが、堀野(母)の圧倒的察しの良さに助けられた形になりましたね。このレギュレーションでは堀野(母)の理解力が必須だと思います。
ホントはあと2、3話くらい堀野家でイチャイチャしてもらおうかとも思ったんですが、いい加減ストーリー進めないとなので泣く泣くカットしました。
堀野母姉+ウィルでのお風呂シーンとか、堀野家のターフを走るウィルとか、呪いの解けた状態でのお父さんとの会話とか書きたかったんですけどねぇ……。これはまた次の機会ということで。
次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、URA賞授与式の話。
(追記)
気付けば今回で連載100話を達成していました。
ここまで書き続けられたのは、応援してくださる読者様のおかげです。
ご愛読ありがとうございます!
(追記2)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!