良い感じのタイトルを作ってくれるAIの開発、待ってます。
URA賞。
それは1月末、URAから今年度……というか去年、レースで活躍したウマ娘に、新たな勝負服と共に送られる表彰だ。
このシステム、私はあんまり詳しく知らないけど、URAがレース関係の記者さんとかメディアさんに声をかけ、投票でそれぞれの分野ごとに去年活躍したウマ娘を選出するのだとか。
選ばれる分野っていうのは、世代を選ばない最優秀ダートウマ娘と最優秀短距離ウマ娘の他、世代ごとに最優秀シニア級ウマ娘が2人、最優秀クラシック級ウマ娘が2人、最優秀ジュニア級ウマ娘が2人ずつって感じ。
「え、最優秀なのに2人なの?」って思うかもしれないけど、どうやらこれは通例で「違ったレース、違った領分で活躍した2人の最優秀を決める」ってことになってるらしい。
例を挙げると、今年の最優秀クラシック級ウマ娘の内片方はこの私、クラシック三冠を獲得したホシノウィルムなんだけど、もう片方はティアラ路線で活躍した子になったとのことだ。
……これ、もしかして前世史実では牡馬と牝馬で別れてたとか、そんな感じなのかな。
私、前世じゃ競馬関係は殆ど触れなかったからなぁ。もうちょっと知ってれば、この辺の事情も呑み込めたのかもしれないけども。
で、ちょっと話は逸れたけど、最後に残った選考基準が……。
それらの中でも、一年度を通して最も活躍したとされる、年度代表ウマ娘だ。
これに選ばれることは、どうやら大変名誉なことらしい。
なにせ地方も含めた全てのウマ娘の内、最高の成績を残したのだと公式に認められることになるのだ。
そりゃあ、人生最高の表彰と言ってもいいだろう。
そして、今日。
私はそんな名誉を、受け取ることになるのだ。
* * *
「それでは、昨年度のURA賞の発表に移らせていただきます!」
広いはずの、けれど詰めかけた多くの記者たちによって手狭にさえ感じるような会場、高級ホテルのパーティホールに、司会の高らかな声が響く。
続いて、記者たちのカメラのフラッシュがぱしゃぱしゃと焚かれ、私の目を焼いた。
「う」
私は思わず、目の上に手をかざしてしまう。
仕方がないとはいえ、ウマ娘にはちょっと眩しいんだよね、フラッシュ。
いや、私はそこまで気にならないタイプなんだけど、それでも急にやられるとちょっと眩しいんだよ。特にこうやって、薄暗い舞台袖で待機してる時なんかは。
「仕方ないことだけど、勘弁してほしいなぁ」なんて思っている私に、話しかけて来るウマ娘が1人。
「あら、ウィルムさんはフラッシュが苦手なんですの?」
「マックイーンさん」
私と同じく、今回の表彰を受けるメジロマックイーンさん。
尊敬できる先輩であり、最高に熱いレースができるライバルであり、そして個人的にちょこちょこ付き合いのある友人でもある彼女が、こちらに向かって軽く手を上げ、歩み寄って来ていた。
その姿を見て、私は思わず息を呑みそうになる。
淡い青緑を基調とする落ち着いたドレスに、深い緑のスカート。
少し意外な、彼女のイメージからは離れる色で着飾ったマックイーンさんは、しかしそれらを完璧に着こなしている。
綺麗な衣装なのに着せられている感が全然なくて、なんというか、まさに名家のお嬢様って感じだ。
「ドレス、よくお似合いですね」
「ありがとうございます。私としてはエンパイアスタイルと迷ったのですが……ウィルムさんに褒めていただけるのでしたら、こちらにした甲斐がありましたわ」
照れくさそうな様子も見せず、それでいて嫌味のない笑顔を浮かべるマックイーンさん。
褒められた時にすっと切り返せるの、慣れを感じるな。私だったら照れてしまって、まともに返事できなかっただろう。
歩さんもその辺しっかりしてるし、やっぱりこの辺は名家出身の人やウマ娘たちの威厳って感じ。私も頑張って追い付かないとなぁ。
……ていうか、エンパイアスタイルって何? 文脈的に、ドレスにそういう様式があるんだろうか。
後で歩さんに教えてもらおうかな。ちゃんと憶えられるかは別として、歩さんとの会話の種は多いに越したことはないし。
こっそりと企みを巡らせている私を前に、マックイーン先輩は笑顔のままに告げて来る。
「ホシノウィルムさんも、よくお似合いですわ。やはりあなたには薄灰色がよく映えますわね」
「そうですか? えへへ、実はこれ、トレーナーが選んでくれて……」
今私の身を包んでいるのは、先日トレーナーが贈ってくれたドレスだ。
フィットだとかフレアーだとか言っててよくわからなかったけど、とにかく割と一般的で使いやすいものなんだとか。
薄い薄灰色を基調とし、各所にキラキラと白色が散りばめられ、胸元には深紅のバラでワンポイント。
私から見ても、可愛らしさと華美さを両立した良いデザインだと思う。
強いて言えば、ちょっとだけ子供っぽいかな? まぁ身長的に仕方ないかもしれないけど。
歩さんは「素材が良いから簡単に選べた」って言ってたけど、なんでカジュアルな服を選ぼうとするとああなるのに、ドレスとなるとセンスがあるんだこの人。
いや、名家の教育の賜物なんだろうけど、あまりにも落差が酷すぎるでしょ。もうちょっとこのセンスを流用とかできないかなぁ。
……ま、いいや、それはともかく。
私は今、歩さんに選んでもらった服に身を包んでいるわけだ。
自慢するような気持ちで軽くその場でターンすると、隣から軽い咳払いが聞こえた。
「んんっ、ウィル」
慌てて、崩れかけた相好を立て直す。
いけないいけない。常に余裕を持った笑顔、と。
「……えへへ。えと、お褒めいただき恐縮です」
「そうなのですね」
取り繕うように笑うと、マックイーンさんは特に言及することもなく対応してくれる。大人の……いや、令嬢の余裕って感じでカッコ良いな。
私が一般家庭と名家の差をまざまざと見せつけられていると……しかし、彼女は少しだけ表情を崩す。
「……少しうらやましいような気もしますわ」
「羨ましい、ですか?」
「私のトレーナーさんは一般家庭出の身ということもあり、その辺りの情報に疎いのです。あの人にドレスを選んでいただければ……と。少し、ウィルムさんをうらやましく思ってしまいますね」
あれ、そうなんだ。名家の期待されたウマ娘って、基本的に名家のトレーナーが契約することが多い、みたいな話を聞くけど……。
……あぁ、そう言えばマックイーン先輩って、あんまり期待されてなかったって話だったっけ。
ちょっと前に歩さんから聞いた話。
デビュー前のマックイーンさんは、同世代のメジロのウマ娘の内でも三番手って評価だったらしい。
なんでも幼少期の骨格の成長が微妙で、本格化も遅れがち、更には骨膜炎まで発症したってこともあり、菊花賞で花開くまではメジロ本家の方々にもそこまで期待されていなかったのだとか。
だから名家じゃない、一般のベテラントレーナーさんが付いたのかな。
……結果として、それで菊花賞を制してるんだから、あるいはその人こそ彼女にとっての運命の人だったのかもしれないけど。
まぁこの実力主義の世界じゃ、いくら名家って言っても、絶対的な指標じゃないもんね。
名家は、あくまで歴代のメソッドとか在り方を受け継いでて、その血をより洗練させてるってだけ。
場合によっては一般からそれを上回る人材が出て来ることもある。具体的に言うと私とか。
更に言えば、トレーナーのベテラン云々だってあくまで判断基準の1つに過ぎない。
それは仕事に慣れてて実績もあることを示すけど、だからって必ずしもベテランが新人に優っている証明にはならない。
場合によっては、ベテランのトレーナーを超える新人が出て来ることもあるだろう。具体的に言うと歩さんとか。
……私と歩さん、だいぶ例外中の例外だな? いや、今更か。
とにかくそういう意味じゃ、名家だとかベテランだとかの肩書ではなく、まずは自分の方針や気性、脚質に合うトレーナーを探すっていうのが、ウマ娘にとって大切なのかもしれない。
で、そういう意味では、私もマックイーンさんも大当たりを引いたと見ていいだろう。
「……そうですね。トレーナーに服を選んでもらうのは……いえ、普段着はちょっとアレなのですが、ドレスを選んでもらうのは、すごく楽しかったです。
歩さんはこういう服を私に着て欲しいんだなぁって思うと、ちょっと気恥ずかしいような嬉しいような……えへへ。案外こういう綺麗系の服の方が好みなのかなーとか……」
「んんっ! ……ウィル」
……もう。
「あの、トレーナー、今いいところなんですけど」
頬を膨らませて不機嫌アピール。
せっかく楽しくお話してたのに、中断させるなんて酷くない?
いつもはそんな表情を見せれば、簡単に譲歩してくれるんだけど……。
私の横で待機していた、いつも以上にちゃんとしたスーツ姿の歩さんは、ちょっと呆れたような視線をこちらに向けて来た。
「いや、マナー違反をしたら止めるように言ってきたのは君だろうに。
それと、あまりそういうことを公言するものじゃない。言い方と話題選び、気を付けなさい」
……あ、そうだった。ドレスの自慢に夢中になって、完全に頭から飛んじゃってた。
将来的に歩さんの隣にいるためにも、こういう場に慣れようとして、礼儀作法の訂正をお願いしてたんだった……。
うぅ、恥ずかしい……。私、流石にはしゃぎすぎてたかな。
「……すみません」
「反省できているのなら良し。失敗は次に活かせば無駄にはならないからな」
あ……えへへ、撫でてもらえた。
やっぱり失敗したらすぐに謝るに限るね。頭撫でがもらえるなんて実質ご褒美じゃん。
よーし、これからもどんどん失敗してどんどん謝ってどんどん頭撫でてもらうぞ~!
……と。
そんな会話をしている私たちを、マックイーンさんは苦笑気味に見ていた。
「仲睦まじいことは良いことだと思いますが、そろそろ発表が始まりますわ。
私もそろそろトレーナーさんの下に戻りますから、お2人もステージに集中してくださいまし。
……年度代表ウマ娘が登壇を忘れていた、なんて冗談になりませんわよ?」
「それでは」と、マックイーンさんはすごく綺麗にお辞儀して去って行った。
去り際まで優雅でおしとやかで、ちょっと憧れちゃうな。
「マックイーンさん、相変わらずカッコ良いですね……」
「君からすれば、そう感じるか。俺からすると、まだ所作にぎこちなさが見えて微笑ましく感じるよ」
……あぁ、忘れかけてたけど、今私の横にいる人、トップクラスの名家の出自だった。しかもあり得ないくらいストイックに育ってるからその辺めちゃくちゃ鋭いんだよね。
あんな完璧に見えたマックイーンさんの立ち回りがぎこちない、かぁ……。
歩さんの求めるラインってどこまで高いんだろう。
私、いつかはトレーナーの隣に相応しいウマ娘になれるだろうか。
将来のことがちょっとだけ心配です。
* * *
さて、そんなことを話している内に、URAのお偉いさんの挨拶とかも終わって……。
マックイーンさんの言っていた通り、いよいよ今年のURA賞の発表が始まった。
まず発表されるのは、最優秀ダートウマ娘。
ちょっと心苦しいものがあるけど、トゥインクルシリーズにおいて主要なバ場はターフ、つまり芝。
なのでこうして、まずは前座に近い形でダート部門が発表されるわけだ。
うーん、部門に上も下もないし、全部一気に公開とかにした方が良い気もするんだけど……やっぱりこれも営利の興行である以上、盛り上げるための施策が必要になってくるんだろうな。
平等とか公平ってものはなかなか難しい。それを守ったところで利益が上がらなければ営利団体としては大失敗なわけで。
とにかく、この部門に選ばれ、その子のトレーナーと共に壇上に上がったのは……私の知らないウマ娘だった。
いや、走る戦場が違い過ぎるからね? 仕方なくない?
「誰ですか?」ってこそっとトレーナーに聞いたら、軽めのチョップと共にありがたい解説が下される。
「君の1つ先輩だ。クラシック級の冬からダートに転向して9戦3勝、連対率は50%越え。昨年のダートレースを語るにはまず外せない子の1人だよ」
「トレーナー、ちゃんとダートのレースまで調査してるんですね。私もブルボンちゃんも参加しないのに」
「こういうのは調べて損がないからな。情報はどこで活きるかわからないし」
その後、小声で「まぁ、君と戦うことはないだろうが……芝の中距離以上で戦えば、君が勝つ。安心しなさい」って言ってくれた。
まぁ手前味噌な話、今の私に勝てる可能性があるトゥインクルシリーズのウマ娘なんて、それこそネイチャとマックイーンさんとテイオー、それから本調子を取り戻せばミーク先輩に、しっかり育てばっていう前提付きでブルボンちゃんとかライスちゃんくらいのものだろう。
……いや、結構いるじゃん、私に勝てる子。
トゥインクルシリーズ現役最強の一角の座は頂けても、無双の座に辿り着くのはまだまだ先かなぁ。
ま、それだけ熱いレースができるってことだから、構わないけどね。
次に発表されたのは、最優秀ジュニア級ウマ娘の2人。
これに選ばれた片方は、私もよく知るウマ娘。
ホシノウィルムと同じトレーナーの下で指導を受ける、ミホノブルボンちゃんだった。
真っ白のドレスに同色のカチューシャ、胸元には大きなネックレスと、その中等部2年生とは思えない体格をこれ以上ない程に活かした、非常に……艶のある恰好だ。
同性の私が言うのもなんだけど、この子本当に中等部2年? 大学生でも全然通る体付きだけど。
あと、こんな光景お茶の間に流して大丈夫か? 元オタクとしては思春期の男子たちが心配です。男の子ってこういうのが好きなんでしょ?
幸いなことがあるとすれば、2つ。
彼女が可愛らしい笑顔とは無縁の無表情っ子で、その艶が大幅に帳消しになってることと……。
ブルボンちゃんの隣にいるのが、彼女とは対極的なくらいに小柄なウマ娘ってことだろう。
桜色のドレスに可愛らしく身を包んだ彼女は、ブルボンちゃんと並んでこの賞を授与されたジュニア級のG1ウマ娘。
その名は、ニシノフラワー。なんとブルボンちゃんと寮で同室の子らしい。
同室でURA賞同時授与って、なんだそのとんでもない偶然。世界って狭いわ。
……いや、ミーク先輩と同室の私が言えることじゃないかもしれないけども。
表彰の際に行われた自己PRでは、ニシノフラワーちゃんはトリプルティアラを目指すことを、一方でブルボンちゃんは三冠の道に進むことを表明。
多少ざわつきを残しながらも、ブルボンちゃんがクラシック三冠に挑むことは前から発表されていたこともあり、そこまで大きな波紋も残さず無事終了した。
これが去年までだったら、ブルボンちゃんのトレーナー……というか、彼女の後ろに控えてる昌さんが「ウマ娘の適性を考えないのか」とか「大人として適切に導くべきだ」とか非難されてたかもしれないけど……今年はそんな声も上がらない。
なにせ、私っていう前例があるからね。堀野歩さんっていうトレーナーなら、適性という本来越えられないはずの壁も打ち壊すんじゃないかと期待されているわけだ。
そしてきっと、歩さんならその期待を裏切らない。
なんてったって、私をここまで連れてきてくれたトレーナーだもん。皆、期待してていいよ。
さて、次が最優秀クラシック級ウマ娘……の、片方。つまりは私以外の方だ。
彼女は桜花賞1着、オークス2着っていう戦績で、トリプルティアラ路線で活躍したウマ娘。
オークスで大幅な出遅れを見せ、更に展開にも愛されず惜敗してしまった他は、4戦4勝の無敗。
可愛らしい見た目と抜群の末脚を備え持つ、とても強く人気もある子……。
……だったんだけど。
残念ながら、オークス後の休養中に屈腱炎の発症が発覚したらしく、今は療養中とのことだ。
療養は結構長くかかるらしく、少なくとも春は全休になりそうらしい。全部歩さんの予想なんだけど。
いやぁ、惜しいなぁ。それだけ強いんならどこかで一度走ってみたいんだけど……と。
ちょっと諦めきれない気持ちでその後ろ姿を眺めていると、彼女はびくっと反応し、視線だけでこちらの様子を窺ってきた。
あ、いや、ごめんね? びっくりさせるつもりじゃなかったんだけど……。
……うん、後でちゃんと謝っておこう。
最近こういうこと増えたよなぁ。変に箔が付くのも困りものだよ。
その次は、最優秀シニア級ウマ娘の2人。
片方は勿論、先程も挨拶に来てくれたマックイーン先輩。
堂々とした立ち振る舞いで壇上に立ち、記者たちにも余裕の笑顔を見せている。良いねあれ、後で表情の参考にしよう。
そしてもう一方は、なんと最優秀短距離ウマ娘も同時に受賞したらしいウマ娘で……。
……!?
あ、あれは……縦ロール……!?
すごい、あの子、縦ロールだ!
フィクションだとありがちだけど、現実だと初めて見たよあの髪型! 実在したんだな……。オタクに優しいギャルみたいなもんかと思ってた。
私と同じくらいの小さな体を瀟洒なドレスに包ませ、綺麗に巻いた髪を揺らし、凛として立つ姿は正しくお嬢様。さぞや名うてのご令嬢に違いない……! 名うてのお嬢様って何?
オタク的興奮ポイントとのエンカウントに、ちょっと興奮気味に彼女を見ている私に対して、横から歩さんの声がかかる。
「……気になるか」
「気になりますね」
あの縦ロール、果たして何十分かけて巻いているのだろうか。あるいは巻かせたりしてるのか。
梅雨になったら蒸れたりしないのか。夏場は熱がこもったりしないのか。それと変な癖がついたりしないかも気になる……!
そんな風に、見当違いの方向に思考が飛んでいた私の耳に、歩さんの言葉が入って来る。
「ダイイチルビー。15戦6勝、G1レース2勝、そして連対率は脅威の80%。
あの華麗なる一族のご息女であり、今のトゥインクルシリーズの短距離からマイルを支配する女王。
現在療養中のケイエスミラクルや、君と有馬記念を走ったダイタクヘリオスを相手取って一歩も引かない、文句なしの優駿だよ。
特にその瞬発力は恐ろしく、後方からの末脚一気で上がり3ハロン34秒台を叩きだす、天性のスプリンターだ」
「ほへぇー……」
いや、興味がないわけではないんだけどね? それ以上にあの縦ロールがね?
……ん? いや、ちょっと待った。
なんか微妙に違和感なかった今の?
「歩さん、ちょっと詳しくありません?
いや、詳しいのはいつものことですけど、なんか言葉が多いっていうか……」
私が尋ねて彼の方を見ると、歩さんは何気なく「まぁな」と答えた。
「なにせ、ダイイチルビーとは付き合いがある。多少言葉も尽くしたくなるさ」
……付き合い?
…………お付き合い?
……………………は?
……い。
いや、違う! これ違うぞ!
もう慣れた、流石に慣れた! 歩さんはよくこうやって誤解しがちなこと言うんだもん! どうせあのお義母さんみたいに言葉足らずなだけでしょ!
まずはちゃんと意思を確認! これ大事!
「……えっと、それ、どういう意味ですか?」
「え、いや、どういう意味って……どうしたウィル、ちょっと顔が引きつっているが。
特別な意味はないぞ。堀野の家はあの一族と親交があるってだけで」
うん、そう、そうだよね! 知ってた! 知ってましたよ勿論!
あーびっくり……してませんけど!? 別にびっくりしてませんし予想通りのオチでしたが!?
第一この真面目なトレーナーがトレーナー業やってる間にウマ娘と付き合うことを許容するとかそんなはずないしね! そりゃ当然こういうオチなわけよ! 全部ぜーんぶ予想通りでーす!
というかそもそも「付き合いがある」を「男女として付き合ってる」って誤解するのはちょっと脳内お花畑すぎませんかね!? 我ながらバ鹿なの!?
「ウィル、どうした、百面相の練習? 表情筋を鍛えてるのか?」
「……いえ、別に。それで、どんなお付き合いしてるんですか?」
まぁ精々、社交界とかそういうトコで礼儀程度にお話しするとか、その程度だろうけど。
一応、一応確認ね? 確認するに越したことはないしね?
「時々話すくらいだな。半年に一度彼女の一族が主催する立食会に招かれたり、その際に少しだけ話したり」
うんうん、まぁそんなもんだよね。良かった、安心したぁ。
……いや全然安心してないけど? は? 別にライバルになるかもとか思ってなかったが?
第一私と歩さんには、互いに助け合い救い合うっていう唯一不可侵の深く決して切れない繋がりがあってだな……。
「後は、たまに意見が聞きたいからって個人的な茶会に招かれて、そこで芸術や歴史などの話をしたり、彼女のトレーナーに男性の礼儀作法を教えてほしいと頼まれたり」
全然大丈夫じゃなさそう。
え、いや、なんか距離近くない? なんかこう、個人的な友好関係築いてない?
しかも自分のトレーナーにって……結構信頼度高くない?
は? 歩さん、私に隠れて何してるの? いや、家単位の交友ってことは私と知り合う前から付き合ってるってこと??
……あ、あああ、脳、脳が……脳が破壊される……ッ!
「歩さんっ!」
「ちょ、ウィル、静かに! ここ舞台袖だぞ!」
「私、私ですよね? 歩さんの担当ウマ娘、私!」
「いやそうだよ君だよ、ホシノウィルムが俺の担当ウマ娘だよ、だから落ち着いて」
「ふーっ、ふーっ!」
……そう。私だ。ダイイチルビーじゃなくて私、ホシノウィルムが彼のウマ娘だ。
彼のウマ娘。彼のウマ娘。そう、その通り、私こそが彼のウマ娘……。
この言葉を繰り返すたびに、徐々に脳が回復していくのを感じる。どうせなら超再生で前より強くなったりしないかな。
「……ああ、そういうことか。心配しなくとも、あくまで割り切った関係だよ。
彼女の人生観と俺のやり方は一致する部分があって、時々意見交流や取引をしているというわけだ。
勿論、彼女のことを担当に迎えようなどという気はない。彼女は彼女で良いトレーナーを見つけたようだしな」
そう、あくまで協力関係ね。友人とか恋人……とかっ、そういうんじゃない、ただの協力関係!
ふぅー……良かった、なんとか脳が再生した。純愛最高! NTRはNG! いや寝てないですけども。
……あ、やば。
気付けば最優秀シニア級ウマ娘の発表は終わってる。あの2人のスピーチ、全然聞いてなかったぞ私。
「歩さん……」
「マックイーンは天皇賞路線、ダイイチルビーは……明言はしなかったが、『最後まで一族に相応しく』とのことだ」
「ありがとうございます……」
以心伝心でお願いが伝わる仲、最高。
いや、これでいいのかって思わないでもないけども……。
と、私が微妙な気持ちになっていると……。
ボソリと、歩さんは呟いた。
「そろそろ頃合いということかな」
「頃合い?」
私が首を傾げていると、歩さんは、なんというか……。
寂しそうな、それでいて嬉しそうな、なんとも言えない複雑な表情で、言った。
「……トゥインクルシリーズ現役を退き、次のステージに上がる頃合いだよ」
* * *
さぁ、他の表彰は済んだ。
最後に行われるのは、最優秀クラシック級ウマ娘の残った方と、同時に年度代表ウマ娘の発表だ。
私はトレーナーと視線を交わし、どちらからともなく頷いて、壇上へと歩み出る。
そうして2人並んで歩き、ステージの中央辺りで停止。
歩さんがすぐ後ろに付いてくれてる気配を感じながら、カメラを構えたたくさんの記者さんたちの方へ向き直った。
私たちがポジションに就いたのを確認して、司会が再び口を開く。
「さぁ、今年度のURA賞も、いよいよ最後の表彰となります。
登壇していただいたのは、最優秀クラシック級ウマ娘の1人であり、同時に年度代表ウマ娘に選ばれましたホシノウィルムさん、そしてその契約トレーナー、堀野歩さんです!」
司会の言葉と共に、カメラのフラッシュが瞬いた。
ちょっと眩しいけど……まぁ、これも競走ウマ娘のお仕事の1つだ。笑顔を保って我慢。
「その戦績は10戦9勝、2着1回!
シンボリルドルフさん以来となる無敗でのクラシック三冠制覇を成し遂げ、更に史上初のクラシック級での宝塚記念の勝利、そしてジャパンカップの勝利と、瞬く間に勝利を積み重ねました。
現在のトゥインクルシリーズの台風の目、果たして彼女の破天荒な旅路はどこまで続くのか、日本中の注目が集まっています」
そこで合図を受けて、私は一歩前に踏み出す。
一度瞼を閉じて、イメージ。
私が今、浮かべるべき表情。言うべき台詞。求められている態度。
……よし。
それじゃ、ちょっと日本中をびっくりさせちゃおうか。
「まずは、この栄ある賞をいただけて光栄です。
ファンの皆さんに支えられてここまで来ることができました。改めて、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた後、少しだけ視線を上に上げ、昨日のようにも思える記憶を想起しながら語る。
「去年は、非常に楽しい1年でした。
テイオーと、スカイ先輩と、ネイチャと、マックイーンさんと、そしてスズカ先輩やスペ先輩と。とても強い最高のライバルと、これ以上ないくらいに楽しいレースができました。
今年も大阪杯、春の天皇賞、そして宝塚記念の春シニア三冠ルートで、多くのライバルたちと熱いレースができればと思います」
実質的なローテーションの公開に、記者さんたちが一斉にメモを取り出す。
……なんかちょっと面白いな、自分の言動1つで多くの人が動くの。
まぁ、それで言ったら、今からもっと多くの動きがあるかもしれないけど。
「……でも、私、思うんです。日本の中で満足しているのは、ちょっともったいないんじゃないかって」
ペンを走らせてた記者さんたちが、一様に硬直した。
ホシノウィルムの奇行……いや奇行って程じゃないと思うんだけど、インタビューなどでの奇抜と思われがちな発言は、そこそこ有名だ。
こうして改まって何かを言い出すっていうのが、彼らにとってはもう緊張の瞬間なんだろう。
でも、安心してほしい。今回は別におかしなことを言う気はないよ。
私はニコリと、努めて綺麗な笑顔を浮かべた。
……まぁ、別の意味でビックリするかもしれないけどね。
「なので、秋からはフランスに行って、凱旋門賞にでも出ようと思っています。
せっかく『不可能を覆す』なんて言ってもらえているのですから、それを真にしようかな、と」
この年のJ……URA賞の層、分厚くない……?
次はおまけの掲示板回、その次は別視点回、その更に次からはいよいよ2月に突入です。長い1か月だった……。
しかしバレンタインやらウィルの誕生日やら、まだまだイベントは目白押し。忙しなく騒がしい毎日はまだまだ終わりません。
……そして同時、徐々にレースの日も迫って来ます。そっちの話もそろそろ始まる……はず。予定は未定!
次回は3、4日後。おまけの掲示板回。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!