転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 久々に予告詐欺になっちゃいました。今回は「戦争と実弾準備の話」になります。
 なんか不穏っぽいですが、特に不穏要素はないです。安心安全。





よろしい、ならば戦争だ

 

 

 

 一説には、平和とは戦争の準備期間であるらしい。

 

 現代における戦争というものは、領土や資源、食料といった総力と、事前に積み上げた準備によって8割が決してしまう。

 戦法や戦術に戦略。そういったものが無駄なわけではないが、それ以上にどれだけ万全の体制を整えて戦端を開くかが勝敗を分けるのだと言う。

 

 まぁこれ、至極道理な話であるとも言えるよね。

 素人考えになっちゃうけど、戦闘っていうのはその規模を問わず、どちらが先に相手に致命的な一撃を入れるかだ。

 例えば、素人の喧嘩なんかがわかりやすいかな。

 相手の頭にガツンと一撃でも入れれば、その時点で思考力が乱れて相手は反撃できなくなる。そうでなくとも、体のどこかを痛みでも機能不全でもいいから封じてしまえば、莫大なアドバンテージになるんだから。

 

 だから勝負に勝つためには、相手に致命的な一撃を入れられないように徹底した防御を固めつつ、相手の隙を突いて一撃を入れなきゃいけないわけで……。

 その為には、戦いが始まるより前に十分以上の資源を集め、盾と矛を作るという準備が必要となる。

 

 

 

 さて、そんな事情……準備が一番肝要だっていう事情は、このトレセン学園やウマ娘のレースでもそう変わらない。

 

 公式レース当日より前に、どこまで自分の体を鍛え上げ、万端に調整し、メンタル面の不安要素を取り除いて、調子を整え、集中できる状況を作るか。

 実のところ、それがレースの趨勢の大部分を決めると言っていいだろう。

 

 レース内での展開作りや、その波に乗る咄嗟の機転だって勿論大事だ。地力だけ見ればいささか劣っても、そういう技術で上に這い上がって来るネイチャのようなウマ娘もいるんだから。

 ……だけど、それはネイチャの劣勢が「いささか」だからできる話。

 地力に大きな差がある場合は、そんな策略自体が通用しなくなる。それこそ去年の、弥生賞までの私みたいにね。

 

 故に、戦いにおける準備段階は非常に重要なんだ。

 ここを欠かして勝利はないと言っていいだろう。

 

 

 

 ……と。

 伊達メガネをかけて講釈を垂れていた私に、椅子に座ったブルボンちゃんが尋ねてくる。

 

「結局のところ、ウィルム先輩は何を仰りたいのでしょうか。普段のトレーニングの重要性は十分に理解していると自負していますが」

 

 要はさっさと本題に入れ、とのことだ。

 まったくもう、結論を急くのはよろしくないよ、過程を楽しまなきゃ。これだから最近の後輩は……って言うと、ちょっと老害っぽくて嫌になるけども。

 

 まぁでも、確かにちょっと冗長になってたか。

 そろそろ本題に入ろう。

 

「つまり……そろそろ次の戦争に向けて、実弾の準備を始めなきゃいけないってことだよ」

「…………? 真意を推察。春のG1レース群に向けて、特別なトレーニングを実行するという意味でしょうか?」

「いや、違う。トレーナーが最適なプログラムを組んでくれるから、そっちは気にしなくて大丈夫だよ。

 というかむしろ、そんなことしてトレーナーのプログラムを乱しちゃ駄目かな。横槍になっちゃうし」

「了解しました」

 

 

 

 歩さんの組んでくれるトレーニングプログラムは、一般的なトレーナーさんたちのそれとは違い、とんでもなく微に入り細を穿つものだ。

 

 通達される分だけでも1か月以上前から分刻みの予定表が組まれてるし、私たちのその日の調子や身体能力の伸び具合を見て、数時間に1回のペースで微妙に調整されていく。

 それらは私とブルボンちゃん専用に組まれる、彼独自のとんでもない精度の鑑識眼と徹底的なデータ分析による、これ以上ない完璧なプログラム。

 ただでさえ最高級のクオリティなのに、逐次補完され完全に近づいていくそれは、もはや芸術のそれに等しい……っていうのは、ちょっと前にネイチャのトレーナーさんが言ってたことだったか。

 

 実際これまでの2年間、私はトレーナーの指示で動いてる間、一度たりとも事故を起こしたことがない。

 唯一の例外はあの宝塚記念だけど、あの時は「危険すぎるからやめよう」って言われるのを私がゴリ押して出走したんだし。

 勿論ブルボンちゃんの方も同じで、歩さんの担当になって以来、トレーニング中の事故と呼べるものは一度も起こしてない。

 

 どうやらこれはかなり異常なことらしく、この前テイオーに話したらドン引きされたのを覚えてる。

 どんなベテラントレーナーが支えたって、その調子を読み間違えたり意思疎通の失敗が響いたりして、担当が失敗を起こすことは珍しくないらしい。

 それが丸々2年間、ブルボンちゃんの分も含めれば2年半という期間発生しないっていうのは、少しばかりとんでもない結果なんだとか。

 ……やっぱり歩さん、ちょっとすごすぎるよね。ぶっちゃけ私なんかより全然チートかもしれない。

 

 私たちのトレーニングプログラムは、そんなとんでもないトレーナーが組んでくれたパーフェクトプランなんだ。

 知識も経験も能力も、その全てが歩さんには劣るだろう私たち担当ウマ娘が、思い付きで崩していいものじゃない。

 

 ……いや、勝手に自主トレしまくってる私が言っていい言葉じゃないかもしれないけども。

 でもトレーナー、その辺もちゃんと織り込んでスケジュール組んでくれるし? ちょっとくらい甘えてもいいかなーとも思うわけですよ。

 

 

 

 でもまぁ、その辺はわざわざブルボンちゃんに言う必要もないかな。

 今はとにかく、目の前の戦争のことだ。

 

「今回はレースとは別件。どちらかと言うと、私たちの私生活に関わることだよ」

「私生活……戦争……?」

 

 ブルボンちゃんはそう呟き、ちょっと上の虚空を見上げてポカンとしてしまった。

 多分黙って何かを考えてるんだろうけど、この何もないところを見上げる感じ、猫ちゃんかな? って思っちゃうね。いや、ただの猫じゃなくて宇宙猫かな、これは。

 

 しかしこれ、そんなに真面目な話じゃないんだけどね?

 どっちかと言えば、私の羞恥心を誤魔化すための詭弁なんだけども。

 

 ちょっと申し訳なくなった私は軽く咳払いして、改めて人差し指を立て、本題に入ることにした。

 

 

 

「そう、戦争。……トレセン学園の2月と言えば、やっぱりこのイベント。

 

 バレンタインデー、だよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2月14日、バレンタインデー。

 女の子が勇気を振り絞り、一歩を踏み出さんとする日。

 あるいはメーカーのプロモーションに踊らされ、気になる異性、感謝すべき相手にチョコを贈る日だ。

 

 私がまだ普通の人間だった前世、このイベントにはあまり……いや、言葉を濁さず言えば、欠片たりとも好感を覚えていなかった。

 だって私、前世じゃただの陰キャオタクだったし。

 そんなの贈る相手もいなければ、そんなに他人と関わるような積極性もなかったし。

 バレンタインと言えば、触ってたソシャゲでイベントがある日。それくらいの印象だった。

 ……ごめん嘘、見栄張った。正直陽キャがはしゃいでてウザいイベントって思ってたわ。前世の私、普通に性格悪かったからなぁ……。

 

 でも、そんな時代は過ぎ去った。今世の私は一味違うぞ。

 なにせ、その、恋……とか、しちゃったんだし。

 

 今なら、あの陽キャどもの気持ちも、ちょっとはわかる。

 好きな人に想いを届けるんだもん、そりゃ緊張しちゃうし、興奮しちゃうよね。

 

 なんならその準備をしようっていう今、既に私の両手は手汗まみれ、背中は冷や汗だらだら、頭の毛穴は開きっぱなし。

 いや、これは緊張っていうか、必死に抑え込んでる気恥ずかしさ故かもしれないけども。

 

 ……しかし、いくら恥ずかしくても、1人の女の子として、このバレンタインっていう日に行動を起こさないわけにもいかないんだ。

 だって何もしないっていうのは、それはそれで1つの意思表示になっちゃう。

 どうするよ、歩さんに「あ、ウィル、特にチョコをくれるくらいに親しくは思ってくれてないんだな……」なんて思われたら。その時点で私に残されていた細い勝ち筋は途絶えてしまう。

 

 ただでさえトレーナーとウマ娘っていう立ち位置上、かなりのディスアドバンテージがあるんだ。なんとかそれを埋められるよう、こういう時にアピールしていかなきゃいけない。

 

 更に言えば、チョコを用意しなきゃいけないのは歩さんだけじゃない。

 女子同士のコミュニケーションのために友チョコは必須だし、お世話になった昌さんにだって贈りたい。

 それが義理か本命かは問わず、誰かと一定以上に親しいなら、贈るチョコの用意は必須だと言っていい。

 

 ネイチャやテイオー、マックイーン先輩やブルボンちゃんにライスちゃん、他後輩ちゃんたち。その辺りに贈る友チョコは、ちょっとお高い市販のものでいいとしても……。

 やっぱり恋する相手である歩さん、そしてお世話になってる上に彼の妹でもある昌さんには、しっかりと手作りしたチョコを贈りたいよね。

 

 さて、私がそうしてチョコ作りへの意欲を燃やす一方。

 私の後輩、ブルボンちゃんの方も……意外にも、チョコの作成には意欲的だった。

 

 トレーニングに集中して、ついぞこの日までバレンタインのことを失念しちゃってたらしいけど、バレンタインが近づいていることに気付くと「……オペレーション『贈り物作成』を挿入、優先度を『高』に設定」って言ってた。

 念のため、あくまで本当に念のため、そこはかとなくその真意を尋ねてみたけど、「慣例的なイベントですし、普段からお世話になっているマスターに恩を返す貴重な機会ですから」とのことだった。ほっ。

 

 ブルボンちゃんにとって歩さんは、クラシック三冠を目指す同志であり、なおかつ彼女のトレーニングプランを組んでくれる恩師でもある。

 そういう相手に感謝の感情を忘れないのは、簡単なようでなかなかできることじゃない。ブルボンちゃんの真面目さとか優しさがよくわかるよね。

 

 そんなわけで私たちは、歩さんに贈るためのチョコを作成することになったんだけど……。

 

 

 

 問題は、これがただのバレンタインデーではなく、「トレセン学園の」バレンタインデーだってことだ。

 

 

 

 トレセン学園において、バレンタインは少なからず特殊な意味合いを持つ。

 

 そもそもの話なんだけど、トレセン学園に入学した時点で、ウマ娘はようやく初等部を終えたばかりの女の子。それこそ思春期真っ最中の年頃だ。

 で、共に苛烈なトゥインクルシリーズを駆け抜けた担当ウマ娘と契約トレーナーの間には、とっても強い信頼関係が生まれるんだ。

 

 すると、何が起きるか?

 そう、恋愛感情の発生である。

 

 普通の生徒と違ってトレセン学園生は全員がウマ娘、つまりは女性。恋に恋し、男性トレーナー、そして時には女性トレーナーに淡い恋心を抱くような子たちだって珍しくはないんだ。

 仮に恋心を抱かなかったとしても、善性の子が多いここには、頑張ってくれるトレーナーへの感謝の心を持たない子なんていないしね。

 

 その結果として、何が起こるかって言うと、さ。

 

 トレーナーに恋をして、あるいはトレーナーに世話になった恩を返すため、この日に手作りチョコを贈ろうとする子は、そんなに少なくない……どころか、超多いんだ。

 

 ……で。

 そうして需要が増えすぎた結果、供給の量が不足すると、何が起こるかと言えば……まぁ、想像に難くないよね。

 

 

 

 

「そんなわけで、トレセンのキッチンは借りられませんでした、はい」

「……なるほど」

 

 この時期、チョコを作るためにキッチンを借りたがる子は多い。めちゃくちゃ多い。あまりにも多すぎて、キッチンがパンクするレベルで。

 

 トレセン学園には、その校舎内に1つ、栗東寮と美浦寮に1つずつ、そこそこ広めのキッチンが存在する。あとは家庭科室も生徒会に申請さえすれば使えるのだとか。

 2月の上旬は、これら4つの料理ができるスペースが、チョコを作らんとするウマ娘たちによってフル稼働することになる。

 

 とはいえ、トレーニングとおまけ程度の学業に追われるウマ娘たちが自由になるのは主に昼休み、それからたまにある休日くらいのもの。

 空いた時間でなんとかキッチンを借りて、料理スキル次第では繰り返し練習し、少しでも美味しい手作りチョコの完成を追い求める……。

 それはまさしく、担当ウマ娘にとってのもう1つの戦場。時間と自分の料理の腕、求めるクオリティと鎬を削る戦争である。

 

 

 

 で。

 私はその戦争の第一段階、キッチン争奪戦に敗北したのだった。

 

「先輩。1つ、疑問を提起してもよろしいでしょうか」

「うん」

「キッチンを使えないのならば、チョコを作ることはできないのではないでしょうか」

「うーん、痛いところを突くね」

 

 今日は2月の第二日曜日、私とブルボンちゃんの休暇が珍しく被った日だ。

 ……というか、バレンタイン直前の日曜日は不思議と多くのウマ娘がお休みをもらえるんだとか。

 もしかしたらトレーナーたちの間で、私たちウマ娘のそういった事情に配慮するように内々に決まってるのかもしれないね。

 

 さて、お休みという貴重な好機を逃すわけにもいかない。

 私は早速、私やブルボンちゃんの所属する栗東寮のキッチンを借りようと思ったんだけど……。

 やっぱり誰でも考えることは同じなのか、私が事務室に申し込もうとした時には、貸し出しの枠はびっちりと埋まっていた。

 

 今日は休日ってこともあって校舎は締め切られてるし、確認したら美浦寮の方も埋まっちゃってた。

 うん、どうやらちょっと行動が遅すぎたみたい。

 今日、私たちがトレセンのキッチンを借りることは、不可能らしかった。

 

 戦争に例えれば、まだ本番が始まる前に補給路が完全に断たれたような状態かな。

 あるいは、もうこの時点で敗戦を予感するような展開だけど……。

 

 ……ふ。この三冠ウマ娘ホシノウィルムが、その程度で諦めるわけがあるまい。

 

 正攻法が通じない時でも、裏道はある。

 表向きの補給路が潰されたなら、裏のルート……つまり、コネを使うだけだ。

 

 そんなわけで、私は立ち上がり、ブルボンちゃんに手を差し伸べた。

 

「じゃ、行こうか、ブルボンちゃん」

「どこに?」

「援軍……いや、我らが軍師殿との待ち合わせ場所、だよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「というわけでお呼びしました、商店街のアイドル、ナイスネイチャさんです」

「はーい、ネイチャさんだよー」

「らっ、ライスも、お邪魔します!」

 

 ぷらぷらと手を振ってゆるーく挨拶するのは、私の親友であり最高のライバル、現在は骨膜炎で療養中の競走ウマ娘であるナイスネイチャ。

 そしてその隣にいるのが、黒鹿毛のウマ娘、今年ブルボンちゃんと共に三冠に挑む予定の後輩、ライスシャワーちゃん。

 

 本日はネイチャ陣営こと、この2人にも来ていただきました。

 

「って、誰がアイドルやねん!」

 

 いつものノリの良さでツッコんでくれるネイチャに、しかし今日ばかりは白い目を向ける。

 

「実際アイドルでしょ。ネイチャ、めちゃくちゃ人気あるじゃないですか。商店街に限っては、三冠ウマ娘の私より全然話題性ありますし」

「ぐっ、そう言われるとイマイチ否定し辛い……! 実際皆に良くしてもらってるのは事実だし」

 

 言っとくけどこれ、だいぶ異常な事態だからね。

 

 トレセン近くの商店街ってことは、それだけレース業界に対して強い関心を持つ人が多いはずなんだ。

 ホシノウィルムはクラシック三冠、宝塚記念とジャパンカップを含めれば五冠を獲って、かなり話題性があるはずだ。

 対してネイチャは、確かにかなり強いウマ娘ではあるけど、今のところG1は未勝利。

 ファンにとっては戦績が一番わかりやすい指標なわけで、そこを超えて評価されてるのは、もはやアイドル的人気と言って差し支えないだろう。

 ……ま、ネイチャもネイチャで、評価されるに値する脚は持ってるんだけどね。

 

 それに、特定の人たちに愛されるっていうのは、そうされるだけの何かを持ってるってことでもある。

 その狡猾な走りもそうだけど、彼女の愛嬌のある人格がそれを為してるんだろう。

 ふふ、流石は私の親友。ちょっと鼻高々である。

 

 

 

 さて、そんなネイチャたちに、なんで来てもらったかと言えば……。

 

「……で、用事は何なのよ」

「聞きましたよ、ネイチャ。商店街の定食屋さんのキッチン、こっそり借りてるんですよね?」

「えっ、嘘!? 秘密にしてたのに、どこでっ!?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その情報を詳細に聞きつけたのは、つい3日前。

 

 いや正直さ、どうにもおかしいと思ってたんだよね。

 ネイチャはああ見えて……いや、そう意外でもないけど、結構トレーナーラブな子だ。

 明確に態度に出ることは多くないけど、ふとした時に彼女のトレーナーさんに向ける視線がこう、熱っぽいと言うか何と言うか。

 まったく、トレーナー大好きなのはいいけどさ、恥ずかしがるくらいならもうちょっと隠したりできないもんかね。私を見習いなさいよ私を。

 他にも、三星の3人で集まった時はいつものようにトレーナーさんの自慢してるし、この前もトレーナーさんの誕生日プレゼント何がいいかなって相談されたし……。

 

 

 

 

 ……ん、誕生日?

 

 あれ……待てよ。歩さんの誕生日っていつだ?

 そう言えば私、あの人の誕生日知らなくない……? え、祝ったこともないよね?

 

 や、え、嘘……そ、そんな、なんでこんなこと忘れてたんだ私。

 ちょ、やば、今すぐに……は、ネイチャに失礼だけど、出来るだけ早く昌さんに聞いておこう。

 

 ここまで丸々2年を超える付き合いで、たくさんたくさん助けてもらったのに、誕生日すら知らないなんて……。ちょっと自分のポカの酷さに泣きそうになるわ。

 今年こそ絶対に祝わなくては。私にできる最大のプレゼントを……いやしかし、歩さんって何を喜ぶかな。私の……例えば、私の人生の半分とか? なんて、ハハハ。 うぅ、顔あっつ……。

 

 

 

 ……いや、違う、そうじゃなくて。

 

 とにかくそんな調子で、トレーナーが好きなはずのネイチャ。

 それなのに、夜の自主トレを一緒にしたライスちゃんから、不思議な話を聞いたんだ。

 

『ネイチャ先輩ですか? ……えっと、キッチンを借りてるところは見てない……と思います』

 

 もう日も落ちて暗い中、うーんと可愛らしく首を傾げるライスちゃん曰く、ネイチャはこの時期にキッチンを借りていないのだと言う。

 それはつまるところ、バレンタイン用のチョコを用意していないってこと。

 

 ……あり得ない。

 脳内お花畑の恋愛脳になったウマ娘が、「チョコを用意しない」なんて選択肢を取るわけがない。まるで我がことのように断言できるわ。

 

 なので、それに続いて、最近ネイチャがよく出かけるところはないかって尋ねたら……。

 

『あ、そう言えば、最近ちょっと商店街に行くって言ってたことが多かったような気がします。

 ライスも荷物持ちしますって言っても、大丈夫だからって……』

 

 あー……なるほど、繋がった。

 ふーん、ネイチャ、なかなか小狡い抜け道を使ってるじゃん。

 流石は頭脳派、策謀でここまで駆けあがって来たウマ娘だ。正攻法が通じないなら他の手段ってわけ?

 

 面白い。グッドアイデアだ。

 

 その後はネイチャの友達に最近の動向を聞いて回って、ターボが「あ、そういやネイチャ、最近商店街のご飯屋さんに入ってたぞ! ターボも一緒に入ろうとしたらなんか断られた!」って自白したことで、全ての事情が明るみに出た。

 

 さて、偶然にも握ることのできたこの情報、如何に使うべきか……。

 これはネイチャの弱点の1つだ、上手く使えば面白いことができるかもしれない。

 

 

 

 ……彼女は、戦争で例えれば、軍師だ。

 ここは排除したりするより……味方につけるべきだろうね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「と、そんなことがあって、チョコ製作に協力していただくことになったわけ」

「らっ、ライスもその時、お姉さまに誘われて……!」

「うん、ライスちゃんも時々『キッチン借りられなくて、トレーナーさんにチョコ、用意できないかも……』って言ってたし」

「あっ、そ、それはっ! その、いつもの感謝の証っていうか!」

「大丈夫、わかってるよライスちゃん。勿論ネイチャもね」

 

 定期的に夜の自主トレでも話してるから大体察しが付くんだけど、ライスちゃんはトレーナーさんに対して恋愛感情を持ってなさそうだ。

 慌ててそれを強調してくるのは、恥ずかしさ故とかじゃなく、ネイチャの手前そうしないとマズいからだろうね。

 ライスちゃんからすると、自分がトレーナーさんに矢印を向けてるって思われたら、そのトレーナーさんに惚れてる先輩との関係がぎくしゃくしちゃうかもしれないって思ったんだろう。

 

 基本的には善性が強くて人一倍優しいネイチャだけど、恋愛関係の話が絡むと途端にドロドロする……端的に言えば湿度の上がる子っているからね。

 私の観察眼が正しければ、ネイチャは誰かに惚れちゃうと結構湿度高くなるタイプと見た。

 ライスちゃんの行動は正しいと思うよ。

 

 ……ただ、ライスちゃんもトレーナーさんに対して何の感情もないってわけではない。

 『こんなライスを、すっごく頑張って担当してくれてるトレーナーさんに、チョコくらいは贈りたかったのに……』って落ち込んでたので、それならもうこの子も誘えばいいのではと思ったわけだ。

 

「ラ~イ~ス~……よっくもこのネイチャさんを売ってくれたねぇ……!」

「ねっ、ネイチャ先輩……! その、ライス、そんなことになってるなんて知らなくて、それで……!」

「あはは、冗談冗談。そんなことで一々怒ったりしないよ」

「えっ! もっ、もう、ネイチャ先輩っ!」

「ライスは真面目だし、きっとトレーナーさんが喜んでくれるチョコ作れるよ。一緒に頑張ろうね」

「はいっ!」

 

 ネイチャとライスちゃんは和気あいあいと話してる。

 ……うん、同一の陣営同士、やっぱ仲良いね。

 良かった良かった、自分の最高のライバルと可愛い後輩が仲悪かったりしたら、ちょっと気まずいし。仲良きことは美しきかな、だね。

 

 そんな2人に挟まるようで、少し申し訳ないけど……。

 私とブルボンちゃんも、彼女たちのチョコ作りに参加させてもらおうかな。

 

「……さて、それじゃネイチャ、案内してもらいましょうか。ナイスネイチャの秘密キッチンに」

「いや、別にそういうんじゃないからね? ただ知り合いの店主さんに厚意でキッチン貸してもらってるだけだからね! ……ちょっと大丈夫か聞いてくるから、待ってて」

 

 そう言って少し離れ、恐らくは店主さんに電話をかけたネイチャ。

 彼女はほんの1分後、ちょっと不服そうな顔をして戻って来たのだった。

 

「あーもう、一応快く許してもらった……っていうか『大歓迎だよ!』って言ってもらったけどさぁ。絶対に失礼なことはしないでよ! 特にウィル!」

「何だと思われてるんですか私」

「途中で投げ出して『ちょっと走り行って来ます』とか言い出しかねないバ鹿」

「ひどい」

「普段の行動から考えるに、妥当な評価であると推察します」

「ブルボンちゃんまで! ライスちゃんはそんなこと思わないよね?」

「あ、あはは……」

「味方がいない……」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 と、まぁそんなことがあって。

 私たちはそのお店で夕食を食べることを交換条件に、ご好意を受けたのだった。

 

 

 

「ライス? あの、何やってるの?」

「え? チョコを溶かそうと……」

「板チョコをそのまま鍋に入れて?」

「え、な、何か間違えて……!?」

「今時こんな可愛いことする子いるんだ……」

「ライスちゃんは可愛いねぇ」

「データを参照。プロダクト『手作りチョコ』を製作するためには、まず市販のチョコを細かく粉砕し、それを『湯煎』というプロセスで溶かすべきです」

「そ、そうなんだね……うぅ、恥ずかしい……!」

 

 

 

「あれ、なんかボソボソした塊が……」

「あー、それ高温すぎたね。50から55度くらいの温度でゆっくり溶かさないといけないんだとか」

「思ったより難しいですねぇ、これ。5度しか余裕がないとは」

「ウィル、チョコ作るの初めて? 去年は堀野トレーナーさんとかにあげなかったの?」

「去年はバレンタインデーのこと忘れてて……はい……」

「あー、ウィルっぽいというか何と言うか……」

 

 

 

「ウィルは……へぇ、そういう感じ。ライスはマシュマロチョコか、良いねー。で、ブルボンちゃんは……え、何それ!?」

「マスターの嗜好が不明であるため、好まれる形状がわかりません。なので、高い確率で好んでいると思われるウマ娘の形へと造形するため、型を制作しています」

「型から!? しかも3Dの立体型!? そんなの絶対間に合わないよ! 拘るのは来年に回して、今年はシンプルなヤツにしなって!」

「……なるほど、了解しました。確かにクオリティに拘るのなら、まずは最上級のカカオの輸入から始めるべきであると思います。今年は味にのみ拘り、メソッドを脳内保存、来年へのプランの立案を開始します」

「…………ブルボンちゃん、時々ズレてるって言われない?」

「察するに、ネイチャ先輩はエスパーなのでしょうか」

「うん、ズレてるね」

 

 

 

 そんな風に、色々とトラブルがありつつも、4人でのチョコ製作は進み……。

 

 数日後。

 ついに、開戦の幕が切って落とされたのだった。

 

 

 







 商店街の某定食屋を訪れたメンツ
 ・商店街のアイドル、ナイスネイチャ
 ・ネイチャの後輩の可愛い黒鹿毛のウマ娘
 ・ネイチャの友達の五冠ウマ娘
 ・五冠ウマ娘の後輩のG1ウマ娘

 とんでもないメンバーだなこれ……。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、少し特別な日常の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!



(本編には関係ない呟き)
 数日前の話になりますが、まさか1日に2回、皐月賞の大外一気が見られるとは思いませんでしたね。やっぱり悪路って面白い。
 おめでとう、ソールオリエンス! まさしく覇王を思わせるようなすんごい末脚でした。
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