転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 気付けばいつもの1.5倍くらいの文字数になってたバレンタイン後編。





手を握らないでくれ、死ぬほど疲れてる。

 

 

 

 2月某日の朝、まだ学園所属のウマ娘たちの授業も始まってないくらいの頃合い。

 今日も今日とて昌と2人、担当たちのスケジュール調整やたづなさんから渡された書類の整理に精を出していると……トレーナー室の扉がノックされる音が響く。

 続いてトレーナー室の扉が開き、そこに現れたのは……もはや見慣れた栗毛のウマ娘だった。

 

「ミホノブルボン? どうした、何か忘れ物か?」

 

 彼女は首を傾げた俺を一旦スルーし、相変わらず情緒の薄い顔でトレーナー室に入って来て……。

 俺と昌に1つずつ、背負っていたバッグから箱を取り出し、差し出してきたのだった。

 

「マスター、昌さん、チョコです」

「チョコ?」

 

 どうやら、贈り物か届け物らしい。

 引っ込めるようすはないので、ひとまずは受け取って箱を検分。

 

 メーカー名とか商品名の記載はない、シンプルなものだ。材質は厚紙、色は白、大きさは手で掴めるくらいのサイズで、形状はシンプルな薄い直方体。

 

 ブルボンはチョコだと断定してた。中身を知っていることから考えて、落とし物を届けに来たとかではないだろうな。

 更に、俺と昌に1つずつ差し出してくれているところから考えて……俺たちへの贈り物と考えるのが妥当なところだろうか。

 

「……ふむ、差し入れか。ありがとう、ミホノブルボン」

 

 パッケージに何も書かれていないのが不安と言えば不安だが、ブルボンが毒の類を仕込むとは思えない。

 ここは素直に、ありがたく受け取ろうか。

 

 そう思い、俺はそれをデスクに置こうとしたんだが……その直後。

 

「このバ鹿兄さん!」

「あいたっ!」

 

 割と本気で、頭をぶっ叩かれる。

 う、お……ちょっと視界がくらくら。咄嗟に衝撃を逸らせなかったら脳震盪してたかもしれない。

 

「あたた……後頭部は危ないよ、昌。ちゃんと衝撃逃がさなかったら変なことになってたかもしれないよ?

 殴るのはいいけど、脇腹とかその辺、命に別状のないところにしてね」

「いいでしょ、どうせ兄さんは受け身の1つくらい簡単に取れるんだから。いやそうじゃなくて、本気で気付いてないの? マジで?」

 

 変な信頼を向けて来てる昌は、怒り半分呆れ半分って感じの表情でこちらを見てくる。

 

 気付いてない? 何を?

 え、俺、何かを見落としてるのか?

 

 ……よし、ちょっと考えてみよう。

 

 唐突にブルボンから渡されたチョコ。

 ただの差し入れかと思ったが、普通に受け取ったら昌が怒りだした。ここには何か理由があるはずだ。

 

 昌の不満げな顔。

 昌が怒るのは、大体俺が相手への気遣いを欠かしたり、ちょっと無茶をした時が多い。

 若干理不尽なこともないわけじゃないけど、多くの場合はちゃんとした理由がある。

 

 とすると、今回の場合、俺がブルボンからの贈り物への対応を間違えたと見るべきだろう。

 しかしプレゼントされたチョコへの対応としては、別におかしなものじゃ……。

 

 

 

 ……チョコ?

 

 

 

 待てよ?

 今日は2月の第2週金曜日。日付は……。

 

 2月14日。

 

 いや、バレンタインデーじゃん、今日。

 

「……なるほど、今日はバレンタインだったか」

 

 そう呟いた直後、襲い掛かって来た次なる一撃……は、流石に食らうわけにもいかないので回避。

 昌、最近は落ち着いてたのに、久々にプリプリしてるね。いやプリプリしてるとしても暴力はどうかと思いますが。

 

「だったかじゃないのよだったかじゃ! 担当とはいえ女性からチョコを貰ってるんだから、多少は嬉しそうにするの!」

「え、いや、でも担当だし……そういう対象に入れちゃいけないし……」

「そういう対象に入る入らないじゃなくて、単純にそれが礼儀でしょ! 『あ、くれるんだ。ありがとね』みたいな反応されたら相手が誰だろうと傷つくっての!」

「そういうものか……」

 

 いや、ブルボンがそういうことを気にするとはちょっと思い辛いけども……。

 

 ふむ。

 そういうものなら、わざわざ感情を押し殺したり、隠す必要もないかな。

 

 俺は昌との会話を切り上げ、改めてチョコを差し出してくれるブルボンに向き合う。

 

「ありがとう、ミホノブルボン。嬉しいよ」

 

 ひとまず俺が現状を把握したことに満足したのか、追撃をやめてくれた昌は自分のデスクから小さな箱を取り出し、ブルボンのチョコと交換する。

 

「私もいただきますね、ミホノブルボンさん。それから、私からもこれ。友チョコならぬ、サブトレチョコです。トレーニングの合間にでもどうぞ」

「感謝します、昌さん。トレーニングの際に消費しようと思います」

 

 おぉ……昌、すごいね。

 差し出していた箱にメーカー名とか見えないところからして、どうやら手作りっぽいけど……ここ最近かなり忙しかったはずなのに、どこで作る時間を確保したんだろうか。

 

 その梱包もかなり綺麗だし、昌のことだから味も上等なはず。大きさではブルボンのものよりも小さいけど、質では負けてないだろうね。

 

 ……いやぁ、ホワイトデーのお返し、なかなかハードル上がってるなぁ、これ。

 まぁ、料理にはちょっとだけ自信があるし、多分時間さえかければなんとかなるかな。

 

 

 

「しかし、今日はバレンタインだったか……。イベント自体を忘れてしまっていたな」

 

 ブルボンからもらったチョコをひとまずデスクに置いて、ぼんやりと呟く。

 

 本当は忘れちゃいけないはずなんだけど、男である俺は自分から行動する必要がないってのもあって、頭から飛んでしまっていた。

 いや、つい何週間か前までは、バレンタインにちなんだ企画とかタイアップの依頼なんかもいっぱい来てたんだけど……仕事は仕事だし、イベントとしては意識に留めていられなかった。

 

 ……いや、全部言い訳だな。

 普通にド忘れだ。これが大事なイベントだったら大事だ、気を付けなければ。

 

「去年のバレンタインは? 何かなかったの? 兄さんのことだから、何だかんだ義理チョコの1つや2つはもらったんじゃないの」

「いや、俺をなんだと……。まぁ、理事長から全職員にチョコが配られたのと……同期のトレーナーと、付き合いのあったウマ娘からいくつか貰ったな。あとはウィル経由で知り合ったジュニア……いや、今年のクラシック級の子たちから数点と、商店街の方々から好意で数点、それから……」

「めちゃくちゃ貰ってるじゃん!! それでなんで覚えてないの!?」

「いや忙しかったし……」

「それでも普通は覚えてるもんでしょ!」

 

 やばい、昌火山がまた噴火してしまった。

 本当に沸点がわかんないなこの子。いや、俺が忘れてたのは確かに悪いんだけど、そんなブチ切れる程のことかな……。

 

 困惑する俺と、湯気を出す昌。そんな状況を見かねたのか、話を聞いていたブルボンが俺たちの間にインターセプトしてくれる。

 

「昌さん、私は気にしていませんから」

「ミホノブルボンさん、兄さんに気を遣う必要はありません! 乙女にとっての一大イベントも覚えられないこの人は、1回ちゃんと反省すべきで……!」

「私もクラシック三冠に集中し、先日までバレンタインデーのことを忘れていましたので。私とマスターは、ステータス『お揃い』の状態です」

「…………」

 

 お、昌が何とも言えない表情になってる。何気に珍しいね、こういう顔するの。

 

 どうやらちょっと落ち着いたのか、昌は後ろめたそうに「……ごめん、ちょっと怒り過ぎた」と言って、自分のデスクに座って小さくなってしまった。

 

 まぁ……アレだ。

 慰めるわけじゃないけど、こういうすれ違いはままあること。

 昌の言葉はだいぶ強かったけど正当性自体はあるし……その、なんだ、元気出して欲しい。

 

 

 

 ……で、それはそれとして。

 改めて、ちゃんとブルボンに感謝しておかなければな。

 

「改めてチョコをありがとう、ブルボン。今ちょうど糖分が欲しいところだったから、早速だけど食べてもいいかな」

「構いません、どうぞ」

 

 本人からの許可をもらったので、何か言いたげにこちらに向けられる昌の視線をスルーし、受け取った箱を開ける。

 さて、ぱかっと蓋を開けた中に入っていたのは……。

 

「……立方体?」

 

 そう。それは、どう見ても立方体だった。

 

 ……いや、仮にも誰かに贈られたチョコに対する形容詞として「立方体」が正しいのかはわからないが。

 でもそれは、思わずそう思ってしまうくらい、すごく完璧な立方体だったのだ。

 

 ブルボンからもらった箱の中に入っていたのは、均等な間隔で並べられた、極めて正確に造形された黒い立方体のチョコ。縦、横、高さの三辺がほぼ……というか、目測の範囲では完全に一緒である。

 形が完璧に揃えられた……なんというか、非常にミホノブルボンらしいチョコだな。

 

 

 

 ふと、自分の脳内に湧いた「ブルボンらしいチョコ」という言葉に思いをはせる。

 

 ブルボン、前世アプリではどんなチョコをくれたんだったかな。

 カカオを自分で育ててたってことは覚えてるんだけど、チョコの詳細までは語られてなかった……と思う。流石に昔のことだし、記憶が劣化してるだけかもしれないが。

 

 もしかしてこれも原材料から作ったのか……と思ったけど、流石に最大の目標であるクラシック三冠を前にしてそんなことをしていられる余裕はあるまい。

 あれは三冠レースが終わったシニア級だからこそできた行動なんだろう。多分。

 

 

 

 ともあれ、彼女の純粋な想いは、やっぱり嬉しい。

 試しに1つ、その黒いキューブを口の中に入れると……。

 

「甘!?」

 

 ちょっとびっくりするくらいの甘さが、脳天を貫いた。

 ……え、こんな黒いのにこんなに甘い? もしかしてブルボン、ミルクとかじゃなくて砂糖めちゃくちゃ入れてない? 糖尿病にする気かな?

 

 思わずこれの贈り主の方を窺うと、彼女はこちらの視線をどう解釈したのか、コクリと頷いた。

 

「頭脳労働のためには糖分が必要とのこと。このチョコには、通常のチョコの約30倍の糖分が含まれています。理論上、1粒食べれば1日間の頭脳労働に耐えうるものとなっています。

 いつも頑張っていただいているマスターや昌さんには、これで少しでも……」

「いや、あの、ミホノブルボン」

「はい、マスター」

 

 思わず彼女の言葉を遮ってしまう。

 いや、コミュニケーションにおいて、相手の言葉を遮るのはあまり良くないってことは、わかってるつもりなんだけど……。

 

 彼女の一見完璧なプランには、大きな大きな落とし穴があった。

 むしろなんで見えなかったの? ってレベルの落とし穴が。

 

「これ、血糖値上がり過ぎて体壊れちゃうよ」

「…………」

 

 ブルボンは俺の言葉を聞くと、まるで処理落ちしたかのように硬直し……。

 数秒後、視線を下に落とした。

 

「…………なるほど、確かに」

 

 どうやらこの子、血糖値というものが完全に頭から抜けていたらしい。

 ブルボン、基本的にはそつがない子なんだけど、時々抜けてるところあるよね……。

 

 

 

 吸収・消化能力の高いウマ娘ならいざ知らず、人間は糖分を取ったとしても、それが全て栄養になるわけではない。

 専門分野じゃないからうろ覚えだけど、そもそも思考を回すための糖分……ブドウ糖は、殆ど体内に貯蔵できないんだよね。

 

 摂取されたブドウ糖は血液の中に溶けて血糖値を上げる。

 しかしこの血糖値が上がり過ぎるとインスリンが分泌され、ブドウ糖は脂肪へと合成されてしまったりするし、更に上げ続けると倦怠感や眠気に襲われたりするし、行くところまで行くと糖尿病になる、と。

 

 つまるところ、糖分は一気に摂取しても意味がない。

 脳を回すだけの糖分が切れかける度、逐次摂取していかなきゃいけないんだ。

 

 糖分もそうなんだけど、基本的に何事も程々が一番。

 体に有益だからって、大量に取り過ぎれば病死……なんてことすらあり得てしまう。

 

 ……と、まぁこれ、現役のお医者さんである兄さんの受け売りなんだけどね。

 あんまり食事を取らなかった頃、「ちゃんとご飯は食べないと駄目だから!」って、この辺の話を耳にたこができる程聞かされたからなぁ……。

 

 

 

 で、そういう意味において、ブルボンのくれたこのチョコは、なかなかの劇薬だ。

 過剰なまでの糖分、しかも多分純粋なブドウ糖じゃなくて砂糖だ。

 これ1つ食べるだけでも、かなり太るんじゃないだろうか。いや、詳しくは知らないけどさ。

 

 どう消費したものかな、と俺は頭を悩ませていたんだけど……。

 そんな俺を見て、彼女は動く。

 

「申し訳ありません、回収し、改めて作り直します」

 

 ブルボンは僅かに気落ちした様子で、俺のデスクに置かれた箱に手を伸ばしてきたが……。

 俺は箱を引き寄せ、その手を拒んだ。

 

「いや、構わない。君からの贈り物だ、すぐに全て消費することは難しいだろうが、きちんと美味しくいただくよ。俺がそうしたいんだ。

 ……そうだな、反省があるなら、来年に活かしてくれれば嬉しい」

 

 ただでさえ三冠を目指してトレーニングに追われるブルボン。

 その上、彼女だって中等部の女の子だ。友達と遊んだりもしたい年頃だろう。

 

 しかし、彼女はそんな中で、チョコを作るという行為に時間を割いてくれた。

 それも、糖分を30倍含ませるなんていう、手間のかかることまでしてくれたんだ。

 

 たとえ渡されたチョコが、彼女の満足いくものではない失敗作であろうと、何よりその気持ちが嬉しい。

 その気持ちの証であるチョコも、決して手放したくはない。

 

「……了解しました。お気遣い感謝します、マスター」

「いや、繰り返しになるが、こちらこそありがとう、ミホノブルボン」

 

 ブルボンは俺の気持ちを汲んでくれたか、手を引いてくれた。

 

「来年のバレンタインデーには、新たなラーニングの結果を出力し、より完成度の高いチョコを作ることをお約束します。

 どうかご期待ください、マスター」

 

 彼女はそう誓った後、それではと頭を下げ、午前中の授業を受講しに向かったのだった。

 

 

 

 ……うん、ブルボンの気持ちは、本当に嬉しい。

 「ホワイトデーにはとっておきのお返しをしなきゃいけないな」と思うくらいには、とても嬉しいんだ。

 

 嬉しい、んだが……。

 

 俺が振り返った先では、同じくキューブ状のチョコの入った箱を抱え、呆然とする昌の姿があった。

 

 ……妙齢の女性にとって、この糖分爆弾は、ちょっとばかり問題かもしれないな。

 

「昌……その、手伝おうか。女性にはちょっとキツいかもしれないし……」

「い、いや、食べる。ブルボンさんの気持ちだし、消費しないわけにはいかないし……」

 

 通常のチョコの、30倍の糖分。

 つまり、この甘すぎる1粒食べれば、30粒食べたことになるわけで……。

 

 ……俺達、この先しばらくは「甘いものは勘弁」ってなっちゃうかもしれないな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、それから数時間。

 

 俺は今日も今日とて飛んでくるめちゃくちゃな依頼を切り捨てたり、URA本社の方に出向いて色々と打ち合わせしたりと、いつも通りの日常を送り……。

 

 そんなことをしている内、俺の頭の中から、バレンタインの6文字は消え去っていた。

 

 いや、完全に忘れ去ったわけじゃないよ?

 それからもちょくちょくチョコはもらえたんだけど、その度に「あ、そういえば今日バレンタインだったな」と思い出すくらいだった、っていうのが正確かな。

 

 仕事中に他のことに気を取られてたら危ないし、これに関してはまぁ仕方ないかなと思う。

 変に失敗したら担当の2人に迷惑をかけちゃうし、それだけは避けなきゃいけないわけで。

 

 

 

 そんな中、食事を取りながら海外レースについての学術誌を読んでいた昼。

 ぽろんと鳴ったスマホを見ると、同期のトレーナーからメッセージが飛んできていた。

 相手は、時々重賞に出走する子を担当している男性トレーナー。ウマ娘に対してはとても真摯なんだが、それ以外の女性関係については少しだらしないのが玉に瑕なヤツ。

 

 で、その内容は……。

 

 『誰かからチョコ貰った?』だった。

 

 ……コイツ、もしかして暇なのか? 暇なら仕事手伝って欲しいんだけど? 今年の有力な海外勢の情報とか集めてくれないかな、なんならアルバイト料払うからさ。

 

 と、流石にそんな八つ当たりをぶつけるわけにもいかず、『担当の子1人と、交友のあるウマ娘数人、ルドルフと同期の女性トレからはもらった』と返信。

 ……『モテモテじゃん!』じゃないんだよ。全部義理に決まってるでしょうが。

 

 ちょっと呆れていると、『え、でも俺、同期の子たちからもらってないんだけど……え?』と悲しいカミングアウトが降って来たので、俺は辛い現実から目を逸らし、スマホにロックをかけた。

 

 アイツ、悪い奴ではないんだけど、色々と明け透けすぎて女性陣から避けられてる節あるからなぁ……。

 まぁ俺たちの代は、他の代に比べて同期間での繋がりが強いようで、こうして贈らないのも1つのイジりとして通ってるんだけどね。

 アイツも本気で嫌われているわけじゃなく、夕方あたりになって押し付けられるようにプレゼントされたりするのかもしれないが。

 

 

 

「……ん、そう言えば」

 

 ふと気になって、ネイチャのトレーナーにチョコをもらえたかどうか聞いてみると……数分してメッセージが返って来る。

 『堀野君がそういうこと聞くの、ちょっと珍しいね』という前置きの後、『僕は同期の皆と担当2人にもらえたよ。やっぱり嬉しいね』……と。

 

 ……このあまり言葉を飾らない感じ、やっぱり疲れてるな、コイツ。

 最近はちょっと余裕ができてきたらしいし、このまま落ち着けばいいが……ライスとブルボンたちの菊花賞の結果次第では、また酷く疲労することになるかもしれない。

 まぁ……俺とブルボンが、そうはさせないが。

 

 

 

 っとと、ちょっと話が逸れちゃったか。

 

 お疲れの同僚も言っていたが、やはり担当からチョコが貰えるというのは、幸せなことだと思う。

 それだけ俺たちの仕事に満足していると言ってもらえるようなものだし、良好な関係を築けているという証左でもあるからね。

 

 正直俺も、ブルボンからチョコをもらえたことで、ちょっと安心したところがある。

 一応俺なりに、全力で三冠への道筋を支えているつもりではあるが……あまり感情が表情に出てこないブルボンからは、どれだけ俺のプログラムに満足しているか読み取るのが難しい。

 こうして形にして、多少なりとも信頼関係を築けていると確認できたのは……うん、嬉しいものだ。

 

 

 

 ……ま、若干1名程、まだチョコをいただけていない担当もいるんだけどね。

 とはいえ、彼女と十分に信頼関係を築けていることは、今更疑うべくもない。そこに関しては殊更不安でもないな。

 それに、心優しい彼女が、トレーナーやサブトレーナーにチョコを用意しないとは思えないしね。

 

 とはいえ、必ずしも今日くれるとは限らないけども。

 あの子のことだ、昨日まで走るのに夢中でバレンタイン間近であることに気付かず、今頃「うわ、忘れてたぁっ!」なんて言いながらコンビニでチョコを買い占めたりしてるかもしれない。

 ブルボンもそうだけど、ウィルも時々……本当に時々だけど、抜けてるところがあるからなぁ。

 ……いや、実際に忘れていた俺が言えたことではないかな。

 

「ま、いいや」

 

 結局のところ、バレンタインチョコというものは、想いの確認に他ならない。

 確認する必要もなく、確かに信頼関係を築けているのなら、焦るものでもないだろう。

 

 

 

 そんなわけで……。

 俺は今日中にチョコを貰うことを半ば諦め、いつも通りトレーナー業に勤しむことにした。

 

 当然ながら、それがバレンタインであろうと休日であろうと、俺たちの業務は変わらない。

 昌と2人して机の上でひたすらデスクワーク、時々調査や会議のために外出って感じだ。

 

 とはいえ今日は、直近の1か月の中だと、だいぶ仕事が少ない方だったりするんだよね。

 

 数週間前にあったバレンタインのタイアップ系の依頼も片付けきって、凱旋門賞出征の報告からある程度時間も経った今、2月頭あたりのとんでもなかった忙しさはある程度落ち着いた。

 結果として、俺たちのスケジュールにもぼちぼち余裕ができてきたわけだ。

 

 そんなわけで、その日は特段大きなトラブルも起こらず、昌と2人トレーナー室でキーボードを叩いたり、書類を整理したりしながら……。

 いつもより多い来客に対応するのが、俺のタスクだった。

 

「堀野トレーナー……あ、堀野歩トレーナー、いらっしゃいますか?」

「ん? ……あぁ、君か。その後どうだ、合原トレーナーとは上手くやれているか?」

「はい、最近はすごく目をかけてもらってます! 堀野トレーナーが紹介してくれたおかげです、ありがとうございました!」

「合原トレーナーは真面目なウマ娘を評価する人だ。君の頑張りが実を結んでいるんだよ。良かったな」

「それでも、すっごく助けられたことは事実ですから! これ、お礼……じゃないですけど、バレンタインチョコです!」

「あぁ、ありがとう。嬉しいよ」

「えへへ。それじゃ、ホワイトデーのお返し期待してますねー!」

 

 そう言ってトレーナー室から飛び出して行ったのは、知り合いのジュニア級のウマ娘。元気で活発な赤髪の子だった。

 

 知り合いって言っても、そんな深い仲じゃないんだけどね。

 2週間程前、ごみを捨てようと立ち寄った校舎裏で「もう駄目だぁ……!」と涙目になっていたので、何事かと話を聞き、少しだけ世話を焼いたという、それだけの関係性だ。

 

 すごい感謝してくれたけど……ぶっちゃけ俺がやったのは、ただ彼女に合うだろうトレーナーを紹介したことだけ。

 自分で面倒を見るどころか、合原トレーナーに口添えすらしてないんだから、本当に感謝される程のことじゃない。

 むしろ、合原トレーナーのそこそこ厳しめな入団テストに合格したのは、彼女の努力の成果。誇るべきことだと思う。

 

 過分な感謝の品をいただき、少し申し訳ないような、あるいは面映ゆいような気持ちで、もらった小さなチョコの包みをデスクの引き出しにしまう。

 今日のために空けたスペースで、いくつかのチョコの包装が触れ合い、カサカサと音を立てた。

 

「……モテてるね、兄さん」

 

 そんな言葉に振り返ると、昌がジト目でこっちを見ている。

 

「もう、からかわないでよ、昌。そんなんじゃないってわかってるでしょ」

「いやからかうっていうか……今ので今日もらったチョコ、いくつ目?」

「え? いやぁ、数えるのは……」

「数えきれないくらいチョコもらってるのにモテてないは無理があるでしょ」

「全部義理なんだから、モテるとは違うんじゃないかな」

 

 モテるっていうのは、つまるところ異性から恋愛感情を向けられることだろう。

 それなら、俺は欠片もモテてはいない。全員が好意を向けてくれてはいるものの、それは男性としてではなく、1人のウマ娘のトレーナーとして、だからな。

 

 ……いや、よく同僚のトレーナーに相談されたりすることとか、1か月前から続くかなりの数の逆スカウトとかも考えれば、トレーナーとしてはモテてると言えるのかもしれないけども。

 

 頼られるのは嬉しいんだけど、逆スカウトは断るしかないからちょっと心苦しいんだよなぁ。

 これ以上仕事を増やしたら心か体のどっちかが潰れちゃうだろうし、そうなったら兄さんや昌に怒られるのは目に見えてるし……。

 

 本当は、全員を見てあげたいんだけど……なかなか難しいもので、俺の体は1つしかないし、心の容量には限界があるんだ。

 自分が2人いればなぁって、この1年で何度考えたことか。

 

 ぼんやりそんなことを考えながらキーボードを叩いている俺に、相変わらず昌は白い眼を向けて来てる。

 

「……納得いかない。こんなバ鹿のどこがいいんだか」

「まぁ、やっぱり新人にしては使えるってとこじゃない? 昔からちょっとずつ培ってきた実力が評価されてると思うと、嬉しくはあるね」

「いや、そういう意味じゃないし」

 

 昌は少しだけ唇を尖らせて呟き、不意にこっちに何かを投げて来た。

 視界の端に入ってたし、すぐに気付いてそれを掴み取ると……これ、桐箱?

 

「ウマモルトのビターチョコ」

 

 ウマモルト。堀野でも愛好してた、結構高めの食品メーカーだ。お酒とかつまみになるようなものを取り扱ってるところで、父が愛好してた。

 そこのビターチョコか。箱の大きさからして、9個入りかな。そこそこ値が張るはずだけど……。

 

「え、何? もらっていいの?」

「良いも何もない。今日はバレンタインだし……まぁ、感謝してる人にチョコを渡すのは、変なことじゃないでしょうが」

 

 ……おぉ、珍しい。

 昌が素直に「感謝してる」なんて言ってくれるなんて。

 

 しかも、ビターっていうのが嬉しいね。

 消費しなきゃいけない甘味が大量に溜まってきている中、少し苦みも欲しいっていうのが本音だったし。

 

「気遣いありがとう、昌。すごく嬉しい。ホワイトデーのお返し、期待してくれていいよ」

「……ま、そこそこ期待しとく」

 

 本日の素直さ許容値を超えたのか、そう言って昌は、ぷいっと顔を背けてしまった。

 

 

 

 ……最近、昌からの当たりが軽くなってきてる気がする。

 今の会話に関してもそうだ。昔なら「家族として最低限の礼儀」とか「期待とかしないから勝手にすれば」とか言われてたと思うんだよね。

 

 彼女の態度が軟化し始めたのは、多分……去年末、俺が事故にあって以来だろうか。

 

 やはり肉親が昏睡していたというのが、彼女の意識に少なからぬ変化をもたらしたのか……。

 あるいは、スカイ曰く「肩の力が抜けた」らしい俺の方が、以前より気に入ってもらえてるのか。

 

 何にしろ、この変化は好ましいものだと思う。

 以前のような親しい兄妹にまではなれなくとも、少しでも距離を詰められたらいいな。

 

 堀野昌は、数少ない信頼できる肉親の1人であり、俺が唯一前世の記憶について打ち明けている人間。

 せっかくなら親しく、互いにとって快い関係性を築きたいと思う。

 ……まぁ、彼女はあんまり俺のことが気に入らないらしいし、なかなか難しいかもしれないけどさ。

 

 

 

 それからも、当然昌宛ても含め、チョコを持ったお客さんはそこそこ来た。

 途中からチョコが引き出しに入りきらなくなり、仕方ないので使っているバッグの中にどかどかと突っ込むことになったりもしたけど、まぁなんとかなったね。

 流石にバッグ2つ目は必要なかったし、良かった良かった。

 

 ……急いで食べないと、消費期限ヤバそうだなぁ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから、更に数時間。

 

「ふぅ……」

 

 日も落ち切って、昌は先に帰らせたトレーナー室にて。

 

 ウマ娘の走る姿勢と身体構造、脚の限界と故障の発生率の関連性についての論文を参考文献一覧で結び、俺は息を吐いた。

 ざっと中を検分してみるけど……うん、見落としはないはず。多分。

 明日誤字脱字のチェックをしてから父に送って内容を確認してもらって、その後はどこかの懸賞にでも送ってみようかな。

 

 ……本当はこういうの、現場で働くトレーナーではなく、研究職の人たちがやるべきなんだろうけど……詳細なものは探しても見つからなかったから仕方ない。

 

 ウィルの「天星スパート」について、その負担と影響を詳細に調べるため、少しでも多くのデータを得ようと資料を集めたのが始まりだったんだが……。

 せっかくならちゃんと纏めるかと思い、いつしか論文を書くまでになっていた。

 ……正直ちょっとやりすぎた感は否めないけど、ここまで体裁を整えたんだし、少しでも誰かの役に立つといいな。

 

「ふわ……」

 

 ついに終わったという安堵からか、思わず欠伸しながら大きく体を伸ばす。

 

 いやぁ、時間かかったな……。

 メインの業務の片手間に進めていたこともあって、丸々2か月以上使っただろうか。

 これで実は、俺が調べ足りなかっただけで、既出の情報だったりしたら……うん、その時は泣こう。

 

 

 

 とにかく、これでようやくしっかり安心できた。

 

 ホシノウィルムの独自の走り方、「天星スパート」。

 あの走法は、あくまで十分な食事と休息を取り、完璧な脚捌きで走った場合に限るが、そのガラスの脚に対して大きすぎる悪影響をもたらさない。

 その仮定がほぼ確信に変わっただけでも、今回は良しとしよう。

 

 ……いや、まぁ。

 その「完璧な脚捌き」というのは、尋常な思考能力では到底できないはずなんだが。

 

 常にターフの細かい変化を察知し、その内で最も適切に踏みしめられる、なおかつ自分の脚の面積が収まる位置を把握。

 そこにコンマ単位の正しい角度で脚を下ろして、これまたコンマ単位の猶予の中で適切に蹴りだす。

 そして飛んでいく体とそこにかかる体重を制御し、次に下ろすべき場所へと脚を伸ばす……。

 

 ……誰ができるっていうんだ、こんなの。

 言葉で表せば簡単に聞こえても、これははっきり言って曲芸だ。

 人間に例えると……「全力疾走しながらナイフを投げて、10メートル向こうに1メートル間隔で立っている人の頭の上のリンゴに当て続ける」とか。そういうレベルの、とんでもない奇行だよ。

 

 特に最初の、ターフの様子を細かく把握する。これが無理ゲーにも程がある。

 ウマ娘の最大速度は秒速20メートル弱、時速にすれば70キロメートル弱。

 その速度で流れていく景色の微妙な凹凸や芝の剥がれ具合を把握するとか、どんな頭してればできるんだろう。

 ウマ娘の体は強いが、頭脳は人間のそれとそう変わらないはずなんだけどな……。

 

 しかも問題点は、頭の回転だけじゃないんだ。

 ターフを捉える感覚もまた、並外れたものが必要になる。

 

 通常、人間やウマ娘の情報収集の大半を担っているとされる視覚には、どうしたって角度的な限界があるし、疲労すれば視界は歪み、揺れ、乱れてしまう。

 視界……感覚1つだけに頼っては、おおよそあの走りは不可能な芸当のはずだ。

 

 ということはやはり、彼女の言う通りに……ウィルはその耳で、まるでソナーのように音の反響で地形を掴んでいる、ということになるんだが……。

 ……いや、むしろその方が怖いよ。どういう耳なんだそれは。

 

 いくら人よりも優れるウマ耳を持つとはいえ、そんな微妙過ぎる音の差を聞き分ける聴覚、そしてその膨大な情報量を処理できる頭脳……。

 改めて、どうなってるんだ彼女。もうウマ娘の生物的スペックの限界を超えてるんじゃないのかそれ。

 

 ……ホシノウィルムの持つ、「思考力増加能力」。

 やっぱりこれ、俺が思っていたよりずっととんでもない(チート)能力なのではないだろうか。

 

 実際のところ、彼女はこの能力を使って、確かに天星スパートを我が物として使いこなしているわけで。

 無名の血統から無敗三冠まで駆け上がるようなウマ娘は、やっぱりとんでもない強みを持ってるってことなのかな。

 

 スズカだって先頭絶好調っていう特殊能力を持ってるんだし、ウィルがそういう突然変異的な異能を持っていてもおかしくは……。

 いやいや、比較相手があのサイレンススズカ? スペとかスカイみたいな最強級の優駿でさえ持ってないんだぞ、そんな能力。

 

 ……完全に感覚がおかしくなってるよね、これ。

 おのれウィル、君のせいで俺の女性観ならぬウマ娘観、だいぶ狂ってしまってるぞ。

 

 

 

「あー……」

 

 一仕事終えた達成感と共に、そんなことをぼんやり考えていると……。

 不意に、トレーナー室がノックされた。

 

 体を重くする虚脱感に浸りながら、最低限声を取り繕って「どうぞ」と応えると、すぐにドアが開く。

 そこに現れたのは……見慣れた、鹿毛のウマ娘。

 

「トレーナー」

「ウィル? どうした?」

 

 扉を開けて入って来たホシノウィルムは……その手に、2つのマグカップを持っていた。

 

 彼女は軽く室内を見回した後、何故か安堵するようなため息を吐き、部屋の隅のソファに座って、カップの片方をこちらに差し出して来る。

 

「お疲れ様です。一休み、どうですか」

 

 ……どうやら、こっちに来いとのお達しらしい。

 

「え、っと……うん、それじゃそうしようかな」

 

 特に今取り組んでいる仕事もなかったし、集中力も散り散りになっているのを感じる。

 ここは素直に、その好意に甘えちゃおうか。

 

 久々にデスクから立ち上がり、その手からマグカップを受け取って、彼女の隣に腰を下ろす。

 

「ありがとう、ウィル。ちょうど一仕事終えたところでね、助かった」

「いえ。こちらこそ、いつもお気遣いいただいてますから」

 

 彼女の言葉を聞きながら、マグカップを傾ける。

 

 その中身は、ぱっと見ココアかと思ったけど……。

 口に含むと、思わぬ甘さに驚いた。

 

 優しい味が舌の上に、そして疲れた脳に沁みこむ気がする。

 あぁ……美味しいな、これ。

 

「ん……もしかして」

「えへ、ハッピーバレンタイン!

 少し遅くなっちゃいましたが、お疲れだろうと思ってホットチョコをお持ちしました」

 

 こんなのもお持ちしてますよ! と可愛らしくミニマシュマロの袋を掲げる彼女に、思わず小さく笑みを漏らす。

 

 いつもは年齢以上に大人びた様子を見せるのに、こういう時は歳相応の女の子だ。

 ズルいな、と思う。……いや、何がズルいのか、我ながらよくわからない感想だけども。

 

 彼女の手でいくつかマシュマロが投入されたホットチョコを、改めて口に含んだ。

 マイルドな甘さ、マシュマロの柔らかさ、それから温かさが、疲れと寒さに浸された体を癒す。

 ……本当に、美味しい。いくらでも飲めそうなくらいだ。

 

「うん、ありがとう、ウィル。嬉しいよ」

「今日、だいぶモテモテだったらしいですけど?」

 

 ちょっと意地悪そうに笑う顔に、俺は思わず苦笑を漏らした。

 

「勿論、その中でも一等嬉しい。君からもらったものだからな」

「……ふひ、うぇへへ」

 

 例の腑抜けた笑みを浮かべ、彼女もいくつかマシュマロを入れてマグカップを口に付ける。

 

「ん、我ながら良い感じです」

「うん、優しい甘さで美味しい。ウィル、あまり料理ができるイメージはなかったんだが、本当に要領が良いんだな」

「まぁ、ブルボンちゃんやネイチャ、ライスちゃんと一緒に、ちょっと特訓しましたからね」

 

 ドヤ顔で語られる裏事情。しかしそれを加味しても、これはなかなかすごいと思う。

 ただ市販のチョコを溶かしただけでは、この味にはなるまい。きちんと彼女独自の、そして同時に的確なアクセントが加えられている。

 

 ……だから、これはただのホットチョコではない。

 ホシノウィルムが俺のために用意してくれた、世界で唯一のホットチョコ。

 

 それが……なんだか、無性に嬉しかった。

 

 

 

「それと……ちょっと手先が冷えてたから、温かいものがありがたいね」

 

 そう言いながら、いくつかカップにマシュマロを入れていると……。

 ふと、その手を取られる。

 

「ん?」

 

 戸惑っていると、さらっと俺の手の中から、カップが奪われた。

 え、何、俺にくれたバレンタインチョコじゃないの? もっと飲みたいんだけど。

 

 何事かとウィルの方を見れば、彼女は何故か顔を赤くして、俺の手に触れていた。

 ……もしかして、ちょっと寒いんだろうか?

 節電のために、1人の時は暖房は最低限にしてるからな。彼女が来た時点で温度を上げておくべきだっただろうか。

 

 そんなことを考えている俺を前に、ウィルは小さく呟く。

 

「……確かに、指先が冷えてますね」

「まぁ、まだ2月中旬、冬も明けてない。夜間にキーボードを叩いていると、どうしてもな。

 ところで、ホットチョコ飲んでいい? 今は甘いものが欲しくて」

「じゃ、じゃあ、その、えっと」

 

 どうやら俺の言葉が聞こえてないっぽいウィルは、そのまま俺の両手を合わせ……。

 自分の手で、ゆったりと包み込む。

 

「温かさのおすそ分け……みたいな?」

 

 

 

 ……ホシノウィルムは、体温が高い。

 

 そもそもウマ娘の体温は人間に比べて多少高いことが知られているが、ウィルの特筆すべきところは、寒い環境下でもその熱を保つところだ。

 恒常性や基礎代謝が強いのか、冬の北海道でだって、その指先まで温かいままだったのを覚えてる。

 

 だからこの日のウィルの手も、すごく温かくて……。

 そして同時に、細くて柔らかい、女の子らしい手だった。

 

 ……でもそれはそれとして、そろそろホットチョコ飲みたいんだけど、いいかな。

 

「うん、温かいな。ところでウィル、チョコを……」

「……こういうの、ちょっといいですよね。冷たいけど、なんだか温かい、みたいな」

「あぁ、君の体温を直に感じられて良いね。でさ、ウィル、そろそろ……」

「わっ、私の体温を直になんて……!? そ、そんな、恥ずかしいですってそれは……!」

 

 どうやらウィルは、彼女らしからずめちゃくちゃに掛かっているようで、嬉しそうな声を出したり真っ赤になったり、かと思えば表情をふにゃふにゃに溶かしたりと忙しない。

 

 うん、ウィル、君が幸せそうで何よりだよ。何が幸せなのかはわからんけども。

 

 ……でもさ、ウィル。

 俺、今ちょっと疲れてて、できればもう少し君のくれたホットチョコ飲みたいなーとかって思ったりしてるんだよね。

 あと、だんだん手に力入って来てるよ。そろそろ緩めてくれないと、めきょって逝っちゃうかもなー?

 

 

 







 ウィルの手の柔らかさに感じ入る情緒<極度の疲労状態による本能的な糖分摂取欲求



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、平凡な日が特別になる話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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