理由は、ふと思い出して積んでたゲームに手を出してしまった結果、綺麗にハマってしまったからです。命の火時計全部壊したら戻ってきます!
確率は収束する。
それは簡単に言うと、試行回数が増えれば結果が期待値に近づきやすい、という意味合いの言葉だ。
例えば……そうだな。
人生における、幸運と悪運の割合。
100年弱という長い時間は、それらを大体同じくらいにしてしまう……って言えばわかりやすいかな。
端的に言えば、「悪いことがあったら、きっとその分だけ良いことがあるよ」ってことね。
実際、私も初等部の頃まではだいぶアレな人生だったんだけど、中等部に入ってからはそれを取り返すくらいに一気に幸運が襲い掛かって来たわけで。
ミーク先輩と同室になり、歩さんと出会って、ネイチャやテイオーと同期になれて、ブルボンちゃんやライスちゃんたちとも出会えて……。
温かさを知った。走ることを楽しむことを知った。
生きることを知った。
……皆の温かさに、救われた。
これは、とても幸せなことだったと思う。
前世の私がそうであったように、何かに本気になる熱い気持ちも、全力で生きることも知らないまま、何となく生きて何となく死ぬ人だって多いはず。
私はそこから脱し、熱中できるものと、最高に楽しめるものを知ることができたんだ。
それはきっと、幸福なことなんだと思う。
確かに、幼少のアレは本当にキツい体験だった。今はもう受け入れてるけど、正直もう一度体験したいとは冗談でも言えない。
でも、それを乗り越えた先に、この生があったと考えれば……。
辛くて悲しい過去も、意味があったと思えるんだ。
だから、私は感謝している。
私を生んで、育ててくれたお母さんとお父さんに。
辛くとも、確かに私を形成してくれた過去に。
そして……幸せで温かい、今に。
……ちょっと話が逸れてしまったな。
そう、確率は収束するって話ね。
試行回数が増えれば、幸運と悪運の量は等しくなりやすい。
それはつまり……総合的に発生する幸運と悪運の量が等しくなると仮定すれば、良いことが起こるごとに悪いことが起こる可能性が高くなっていくことも意味する。
今日良いことがあれば、明日は悪いことがあるかもしれない……って考えるのは、ちょっと悲観的すぎるかもしれないけども。
まぁ、とんでもなく良いことがある日があれば、逆にとんでもなく悪いことが続く日もあるよねって話。
つまるところ……今日はそういう、悪運の日だったんだろう。
* * *
今日は、とにかく運のない日だったと思う。
歩さんは朝からURAの本社に行っているらしく不在で、トレーニングスケジュールの確認などは全て昌さんが代行していた。
……いや、昌さんが嫌いなわけじゃないよ? むしろその真面目さは好きの部類に入るんだけど……やっぱり好きな人に会えないっていうのは、ちょっと寂しくなっちゃうよね。
更に、寮の私室と並んで、私が最もくつろげる空間であるトレーナー室。
なんとこれに改修が入るとのことで、今日の間は立ち入り禁止らしい。
歩さんと出会って以来2年の間、改修とか入った記憶なかったし、まぁそういうタイミングもあるよね。
むしろ私たちがちゃんと暮らせるよう、改修工事してくれる業者さんには感謝しなきゃいけない。
でもさ、いつも使ってた部屋が使えないのは、やっぱり残念だよ。落ち着ける場所がないのは、ちょっと精神的に疲れるし。
正直、このダブルヒットの時点でもう「ついてないなぁ」って思ってたんだけど……。
更に追撃するように、今日はブルボンちゃんがトレーニングお休みの日だった。
私は1人で走るのも勿論好きだけど、それ以上に誰かと一緒に走るのが好きだ。
だから今日も、ブルボンちゃんと走るのを楽しみにしてたんだけど……残念ながら、そうもいかないみたいだった。
で、その上、悪運はまだあって……。
お昼前に、ライスちゃんから『すみません、今日は夜の自主トレ行けません……! ごめんなさい!』ってメッセージまで飛んで来たんだ。
……ほぼ毎日のように一緒してたのに、ライスちゃんまで駄目なんて……。
いや、仕方ない、仕方ないんだけど……仕方ないんだけどさぁ!
ここまで来たら、ネイチャとかソウリちゃんに頼ろうかとも思ったけど……。
今日は合同トレーニングの日じゃないし、あっちもあっちで最近は今年のレースに向けてトレーニングが苛烈になってきてるみたいだ。
そんな中、私のエゴイズムに付き合わせるのは、ちょっと違うと思う。
寂しいからって呼び出すとか、それはもう彼氏彼女でもめんどくさいヤツだしさ。
その日は、そんな感じで……。
歩さんには会えない、トレーナー室に入れない、ブルボンちゃんやネイチャたちとも走れないと、残念なことが続いた1日だった。
ここしばらく幸せな毎日が続いていたからこそ、そういうのがちょっと悲しい。
トレーニングを終えた私は、肩を落として寮の自室に帰っていた。
「……はぁ」
勿論、最近始まったスタートの練習はしっかりこなして来たけど……。
やっぱり、こうも悪いことが続くと、どうにも気持ちが乗らない。気持ち良さはいつもの2割減って感じだった。
いつもならこういう日は、昌さんがささっと差し入れくれたりするんだよね。
流石は堀野家出身のサブトレーナーと言うべきか、あの人も担当ウマ娘の調子をよく見てる。
歩さん程不調にすぐに気付くわけじゃないけど、明らかに気落ちしてたり悩んでたりすると、それとなく声をかけてくれたり、甘いものを贈ってくれたりするんだ。
でも、今日は彼女も忙しいらしく連絡も最低限だったし、ちょっと望めないだろうなぁ。
さっきも『トレーニングお疲れ様でした。今日は直帰で大丈夫です、しっかり体を休めてくださいね』って簡素なメッセージが来たきりだったし。
……あぁ、ちょっと、寂しいな。
今日は丸々一日、歩さんや昌さん、ブルボンちゃんと会えなかったから。
たった1日だ。何も一生会えないってわけじゃない。
明日になれば、当たり前のように再会できるだろう。
何も心配する必要はない。突然日常が崩れ去ることは……ないとは言えないけど、そうそう起こらない。
それなのに、それなのに……こんなにも、寂しくなるなんて……。
私、こういうとこは、弱くなっちゃったなぁ。
昔は、人と話さなくても平気だった。何か感じることすらなかった。
……いや、ただ走ることに逃避して、それを感じることを拒絶してただけかもしれないけども。
やっぱりあれか、火の温かさを知った獣は野に帰れない的なヤツだろうか。
孤独だった状況から離れたことで、耐性が下がった。あるいは、友人や好きな人という温かさを知ったことで、それへの欲求が強くなってしまった。
その結果として、私はこんなにも寒さに弱くなったんだ。
……なんて。
暇に飽かせてそんなことを考えていても、一度落ちたテンションはなかなか戻って来てくれないわけで。
「あーもう、先にお風呂入ろ。嫌な気持ちごと汗を流して……」
大きく伸びをして、面倒くさい思考を全部ぽいっと投げやろうとした、その時。
ふと、ポケットに入れていたスマホが震える。
「ん……」
何気なく見た画面には、LANEの通知。
メッセージの送信者は……。
「歩さん!」
片手で持っていたスマホを両手に握り直し、思わず力がこもり過ぎて割りそうになる。
危ない危ない、そこまで行ったら馬じゃなくてゴリラだ。
一度落ち着くために深呼吸して、改めてスマホのロックを解除し、その内容を見ると……。
『お疲れ様、ウィル。今日はトレーニングを見られなくてすまなかった』
『さて、突然になって申し訳ないが、この後時間を空けてくれるか』
『少し急な要件が入って、君の確認が必要になった。トレーナー室に来てくれ』
『2時間程で済む予定だ』
「……お仕事の話かぁ」
いや、まぁ、知ってたけどさ。
私と歩さんの関係性は今のところ、ちょっと……いや、かなりって言ってもいいかな? かなり仲の良い契約トレーナーと担当ウマ娘に過ぎない。
去年の菊花賞前あたりからちょこちょこ個人的なやり取りもするようになったものの、LANEでのやりとりは、未だに7割くらいが業務報告や連絡だ。
ちょっと期待しないでもなかったけど、まぁ仕方ないよね。
しかし、こういう時まで悪運の日って感じだな、今日は……。
とはいえ、ちょっとでも歩さんに会えるっていうのは、やっぱり嬉しい。
急ぎの用件って話だし、さっそく向かおうか。
……この時。
私は正直、身内への警戒心がゼロになっていたと思う。
もう少し、疑うべきだったんだ。
朝からトレーナー室に入れなかったこと。
それなのに、今になって急にトレーナー室に来て欲しいって言われたこと。
歩さんに会えず、LANEの一件も来なかったこと。
ブルボンちゃんやライスちゃんとトレーニングができなかったこと。
そして何より、今日という日。
その全てを材料に考えれば、あの人たちの企みも看破できていたかもしれない。
……けれど、覆水盆に返らず。
私は結局、その瞬間まで、騙されていることに気付けなかった。
そうして……。
「歩さーん、来ました……」
そう言って、トレーナー室のドアをガラッと開けた私に。
「「「誕生日おめでとう!!!」」」
……たくさんの祝福と、紙テープが襲い掛かったのだった。
* * *
2月22日。
その日は「私」こと、ホシノウィルムというウマ娘がこの世界に生を受けた日付。
世間一般で言うところの、誕生日というヤツにあたる。
多分、誕生日となると、喜ぶのが普通なんだろうけど……。
正直なところ、私は誕生日というものに、深い思い入れを持っていなかった。
なんでかって言うと……まぁ、これまでの経験が響いてるんだろう。
私はこれまで、あんまり誕生日を祝われたことがなかった。
前世では、言葉で「おめでとう」と言われることは何度かあったと思うけど、覚えてる限りプレゼントをもらったりパーティを開かれたりってことはなかったと思う。
今世では……まぁ、今更語るまでもなく。本当に幼い頃は祝われたこともあったけど、それもすぐになくなってしまった。
故に、2度の人生の内の大半の期間、私にとって誕生日は普通の日と変わらなかったんだ。
経験が人を、ウマ娘を作るってことなんだろうね。
そういった特別な経験の不足から、私は自分の誕生日を特別だとは思えなかった。
あ、でも、他人のは話が別だよ?
その人が生まれてくれた日。私と出会う運命へと回り始めてくれた日。
私はそれを祝える。バレンタインと同じで、そういう日だっていう認識だから。
ただ、自分が祝われるとなると……なんとなく、現実感がないというか。
要はこうして、たくさんの人やウマ娘に祝われるってことを、全く予想できなかったんだ。
だから……。
だから、私は彼らに対して、まともに反応できなかった。
「……あれ、おーい、ウィル?」
「ちょっと兄さん、やっぱりサプライズなんかせず普通に祝った方が良かったんじゃ……」
「お言葉ですが、『ただ祝っただけではパワーが弱い』という意見は妥当性のあるものだと推測します」
「で、でも、お姉さま固まっちゃったよ?」
「あの子ああ見えてホラー系駄目って言ってたし、心臓止まってるんじゃない?」
「心肺停止!? どっどどどうしよう堀野君!?」
「いや、見たところただ驚いてしまっているだけだと思うけどね」
「ていうかあのウィルムがこの程度で心臓止まるとかありえなくなーい? G1でも全然ビビらない心臓に毛がもしゃもしゃ生えたような子なんだよ?」
「い、いや、もしゃもしゃはちょっと言い過ぎじゃないですかね、テイオー先輩……。あの、ていうか私すっごい不相応じゃないですかこの場に」
私の前にいるのは、歩さんに昌さん、ブルボンちゃんにライスちゃん、ネイチャとそのトレーナーさん、テイオーのトレーナーさんとテイオー、そしてソウリちゃん。
彼ら彼女らは、それぞれの手に鳴らし終わったパーティクラッカーを持っている。そして、そこから伸びた紙テープが纏わりつく私を見て、戸惑ったようにこそこそと話していた。
そんな彼らに対して、私は……。
何の反応もできず、ただぼんやりと立ちすくんでいた。
どう反応すればいいのか、わからなかったんだ。
こんなに多くの人たち、ウマ娘たちに誕生日を祝われて……。
私は、何を、どう見せればいい? 何を言えばいい? どんな風に振舞えばいいんだろう?
私は今まで、自分を繕って生きてきた。
相手に感情を見せれば不利になるから、表情を消して、想いを隠して。
あるいは、誰かに気に入られるために、相手が望むような顔をして。
それが、いつしか身についていた、私の生き方。
ホシノウィルムの、他者に対して取る、基本的な態度。
でもそれは、所詮は仮面に過ぎなくて、だからこういう不測の事態にすごく弱くて。
いつも咄嗟に取り繕えていたのは、多分私の要領の良さ故だろう。
その上限を超えてしまえば……簡単に、素の、不細工な自分が出てきてしまう。
あまりにも唐突で、あまりにも不慣れで、あまりにも温かい、皆の祝福に。
私は思わず、仮面を被り切れなくなってしまって。
どう反応すればいいか、なんて言えばいいか、わからなくて……。
「えっ、と……」
なんて。
そんな無様な声さえ漏らしてしまう。
「ウィル?」
「あ、歩さん……その」
反応の滞った私を不思議に思ったのか、歩さんがこっちに歩み寄って来た。
思わず後ろに……肌寒く暗い廊下の方に、下がりそうになる。
歩さんには……いや、その背後にいる人たちには、見られたくない。
今更歩さんに、全てを隠せるとは思えない。それだけの時間を一緒に過ごしてきたんだから。
それでも、こんな隙だらけの、駄目な私を……他の人たちには、見ないでほしかった。
取り繕えてない、綺麗じゃない私を見ないで欲しい。
だって、それで、そんなところを見せて、私は……。
お母さんに、嫌われたんだから。
……お母さんが私を嫌ったのは、私が、自分の能力を見せびらかしたからだ。
この世界に生まれ変わって数年間の私は、はっきり言って調子に乗っていた。
自分の大好きだった作品の世界に、それもウマ娘として転生した。それに舞い上がってしまっていた。
その上、私の体には恐らく転生チートによるものと思われる多大な才能があったんだ。
「もしかしたらスペちゃんやテイオーちゃんと走れるようになるかも!」なんて思って……その実力を、ひけらかした。
赤子に戻って、自制心がなくなってたってのもあると思う。
転生っていう、非現実的な奇跡に酔ってたのもあると思う。
でも、その結果として、私は……お母さんの心を、傷つけてしまった。
このことは……このこと自体は、もういいんだ。
自分が悪かったって認めてるし、近い将来、きっと両親に謝りたいと思ってる。
私自身、この事実を受け止めて、受け入れたから。
でも……いや、だからこそ。
同じ間違いを犯したくないとも思うんだ。
素の自分を、見せすぎちゃいけない。
ちゃんとその場に適した表情を浮かべる、その場に相応しい自分でいなきゃいけない。
それは多分、無意識的に深く刻み込まれたルール。
誰かと円滑なコミュニケーションを図るための、大原則。
だから……だから、怖かったんだよ。
最も親しい歩さんだけじゃなく……こんなにたくさんの人に、素の私を見られることが。
そんな私の怯えに対して、歩さんは……。
そっと、頭に手を置いてくれた。
「ほら、ウィル、外は寒いだろう。早く入りなさい」
「でも……」
「でも?」
「いや……その、私、今、全然可愛い表情できてないっていうか」
もう少し、慣れない状況を飲み込むだけの時間がほしい。
そう思っての言葉だったけど……。
歩さんは、おかしそうに小さく笑った。
「あぁ、そんなことか。何、気にするな。皆もう知ってるだろうし」
「え、知ってるって……」
「君、演技なしで笑う時、結構アレな顔になってるからな。今更取り繕うこともないだろう」
…………?
演技なしで笑う時……結構アレ?
えっと、歩さん、何を……アレな顔って何?
「いや君、最近は言う程表情隠せてないからな。頭を撫でる時なんかはいつも『ニマァ』ってなってるし。
多分、ここにいる皆はもう知ってると思うぞ。なんならファンの間でもちょっと広まりつつあるっぽい」
知られてる? 素の、私のこと?
私の、表情……え、そんな、ニマァって?
……頭に血が上るような、あるいは血の気が引くような、不思議な感覚。
あぁ、私、今どんな表情をしてるんだろう。
「し、知られ……っ!?」
不細工な自分。駄目な自分。愛されない自分。
そんな素を、無意識に誰かに晒してしまっていたという事実に、恐怖と、それから恥ずかしさを覚える。
それで、思わず身を引きかけて……。
「俺は君のそういう表情、好きだぞ。……ほら、行こう。用意していた料理が冷めてしまう」
「あ、ちょっ……え、今好きって!?」
そんな私の後ろに回って、歩さんがぐいと背中を押してくる。
ちょっと、今! 今「好き」って言いましたよね!? え、私のこと? 私の……素の表情!?
つ、繕わない、素の私を……好き!?!?
「ちょ、ちょっと、今の話詳しく……!?」
「はいはい、後でな。今はパーティの主賓として皆に挨拶だ」
「いや、そんなことより……ねぇ、歩さん!?」
そんなこんなで、割とグダグダなまま。
私は、私の誕生を祝ってくれる、誕生日パーティに参加することになったのだった。
* * *
そのパーティは、すごくカオスだった。
そもそも、この限られた空間に対して、人数が多すぎるんだ。
1つのトレーナー室に、私も含めて10人。こうなると、流石のトレーナー室でも手狭に感じる。
その上、たくさんのご飯とかケーキもあって、それぞれが話したり食べたりしてるんだもん。
狭い空間で、たくさんの人やウマ娘が、話したり飲んだり食べたり。そんなことしてたら、そりゃ空間の熱量も上がるってもので。
もう、温かい通り越して暑いまであるよ。
そんな中、主賓としてサプライズを受けた私はと言えば……。
なんとなくぽやぽやした気持ちで、皆と話したりしてた。
「あ、そういやウィル、ちょっと前にファッションモデルの仕事受けてたじゃん? ちょっと珍しいよね」
「え、ネイチャ見てたんですかアレ。ちょっとお付き合いのあるところからの依頼で、断り辛かったっていうか……」
「見てたっていうか、アタシあの雑誌定期購読してるからねぇ」
「それライスも見ましたっ! お姉さま、ガーリーなのも似合うんですね! フリフリしたのが可愛くて……」
「うぅ、ライスちゃんまで……。私としては、もうちょっと大人っぽいのが似合うようになりたいんだけどねぇ……ちらっ」
「? 視線を検知。何でしょう、ウィルム先輩」
「あー……身近にブルボンがいると大変そうだね。自尊心とか」
「本当ですよ……。いや、テイオーに言われる程でもないと思いますが」
「なんでさー! ボクの方がずっと身長高いでしょー!?」
「5センチはずっととは言いませんよ」
「5センチは大きいでしょ!」
「わ、私は先輩も可愛らしくていいと思いますよっ!」
「私より身長が10センチも大きいソウリちゃん、時に優しさはウマ娘を傷つけるんだよ?」
パーティらしいとは言えないけど、騒々しくて姦しい、なんというか、年相応の会話。
それが、すごく楽しくて、温かくて……嬉しかった。
で、しばらく食べたり話したりが続いた後。
トレーナー主導で、皆から誕生日プレゼントをいただいた。
ブルボンちゃんからは、携帯栄養食の詰め合わせ。
どうにもブルボンちゃんのご家庭では、しっかり食べてしっかり走ることが重要視されるらしく、手軽に栄養を取れるこれは愛用しているとのことだ。
私としても、ご飯を食べるより走りたいって気分の時多いし、かなり助かるね。……そういう使い方するものじゃないかもしれないけどさ。
昌さんからは、なんかすごく高そうなリップ。
いつもの差し入れとかもそうだけど、平然と高級品贈って来るの、やっぱり名家出身って感じがしてちょっと気遅れするよね。
かと思ったら、こそっと耳元で「唇の艶も出ますし、気になる男性へのアピールにもおすすめです」なんて言われた。
……もしかして昌さん、私が誰かに恋してるって察してたりする? まぁ、まさか歩さんが相手とはバレてないと思うけど、昌さんって結構察しが良いから怖いなぁ……。
ネイチャのトレーナーさんからは、消耗品になりやすいタオルをいくつか。
ネイチャからは、なんか可愛い感じのリードディヒューザー。
ライスちゃんからは、蹄鉄付きのトレーニング用シューズをたくさんいただいた。
どれもすごく嬉しいんだけど、この内どれを一番喜ぶかで、その子がどういう性格してるかがわかっちゃいそうな組み合わせだね。
ちなみに私の場合は、何気にシューズが一番ありがたいと思いました。自主トレでめちゃくちゃ履き潰しちゃうし、無断だからトレーナーにもお願いしにくくてね……。
テイオーのトレーナーさんからはなんか綺麗なグレイのハンカチ。
テイオーからは……今度開催するっていうダンスライブの招待券。
更にソウリちゃんからも、「こんなので申し訳ないんですが……」と結構大きなお菓子の詰め合わせをいただいてしまった。
テイオーのトレーナーさんは無難に嬉しいもので、ソウリちゃんはちょっと子供らしいけど生活に潤いをくれるからいいんだけど……テイオーのそれ、どう反応したものかなぁ。
テイオーのダンスはプロ級だし、見ていて楽しいから、嬉しいんだけどさ。その自信、ちょっと分けてほしいまであるよ。
たくさんの友人から贈られた、抱えきれないくらいのプレゼント。
その全てに、これでもかってくらい彼ら彼女らの想いが籠っている。
それを私がもらえるっていうのが、すごく、現実感がなくて……。
だから、私は……。
「……皆、ありがとう」
綺麗に笑顔を浮かべることもできず、何とも言えない顔で……。
そう、静かに言うことくらいしか、できなかった。
ただ、それでも。
皆、そんな私を見て、幸せそうに笑ってくれたんだ。
それが、心の底から嬉しくて、温かくて……。
……そう。
私は、すごく、幸せだった。
* * *
そうして、最後にもらった、歩さんからのプレゼントは……。
1つの、何の変哲もない大きめの封筒だった。
「誕生日おめでとう」と手渡されたそれを軽く揺すってみると……何やらカサカサという音と、ちょっとだけ金属音。
「これは……?」
「開けてみろ」
取り敢えず言われた通り封を開けてみる……と。
その封筒の中に入っていたのは、いくつかの鍵と、更に複数の封筒に分けられて入っている、たくさんの書類だった。
……え、何これ、不動産登記権利……?
「あの、歩さん、これ……」
「家だ」
「いえ?」
「土地と家の権利書と、その家の鍵だ」
……?
何……え、何? 権利書? 鍵?
「ここからは少し離れてしまったが、家を建てた。君に譲るので、自由に使うように」
「え、えぇ……?」
家……家?
家を、建てた?
えっと、それは……建設したってこと……?
立てたとか絶てたじゃなくて、建てた?
しばらく、歩さんが何を言っているのか、理解できなかったけど……。
現実を認識するや否や、かっと頭に血が上った。
怒ったとか喜んだとかじゃなくて、めちゃくちゃビビったって意味で。
「い、いやっ、流石にもらえませんよこんなの!?」
誕生日とはいえ、流石にこんなものは受け取れないって!
家、家って!? 何それ、どんだけ費用がかかって……いや、プレゼントは気持ちだしお金の問題じゃないのはわかってるけど、流石に規模が違い過ぎるって!!
慌てて中身を詰め直し、封筒を歩さんに返そうとしたけど、彼はどうやっても受け取ってくれない。
彼は真剣な目で、私のことを真っ直ぐに見つめていた。
「君、今、自分の家を持ってないだろう」
「え……い、いや、確かに家は持ってないですけど……」
ホシノウィルムが幼少期に育った家は、トレセンに入る時に土地ごと売ってしまった。
親戚の方に借りていたお金を少しでも返したかったというのもあるけど……。
今考えると、あの家には辛い思い出が多すぎたんだと思う。当時の私は自然と、そうするのが正しいと思って行動していた。
だから、現時点で私には、「自分の家」と呼べるものがない。
強いて言えばトレセンの栗東寮だけど、あれはやっぱり寮だし、家ではない気がする。
でも、どうして今更そんなことを……。
戸惑う私に対して、歩さんは静かに尋ねて来た。
「それで、この学園を卒業した後はどうする予定だ。どこに住む?」
「それは……どこかに部屋を借りるとか」
未来の話をしようとすると、言葉があやふやになってしまう。
だって、そんな先のことなんて考えてなかった。
ただ、誰かと走る今がすごく楽しくて、だから先のことを全然考えてなくて……。
……あぁ、やっぱり私、生まれ変わって子供になってるんだな。
前世、大学生だった頃には、もうちょっと先のことを考えてた。
どのゼミに行くかとか、どの授業を取るかとか、あるいはどこの企業に勤めるかとか。
軽い将来のプランまで立てて、色々と考えてたんだけど……。
今世では、全然そんなことを考えられなかった。
……あるいは、思わず夢中になってしまうくらいに、今が幸せすぎるのか。
そんなことを考えて言葉を詰まらせた私の肩に、彼の手が置かれる。
「決まっていないのなら、この家を使えばいい。
……これは私見だが、帰れる家がないというのは、なかなかに寂しいものだと思う。
俺は君に、いざと言う時に帰ることのできる家を……自分の場所を持って欲しいんだ。
だから、受け取ってくれ。今、俺が君にできるせめてもの礼で、君が生まれて来たことへのお祝いだ」
自分の家。自分の、場所。
……ずっと前に失って、もう手に入らないような気がしていたもの。
私は……私は、これを……。
「……いや、やっぱり受け取れません」
誘惑を振り切って、彼の胸に押し付ける。
再三の拒絶に、歩さんはようやくその封筒を受け取ってくれた。
「お気持ちは嬉しいです。嬉しいですけど……だからこそ、受け取れません。
私はあなたが思っているより、ずっと多くのものをもらいました。お礼をすべきはむしろ私の方で、だからこんな大きなものは受け取れないです」
「しかし、ウィル……」
……あぁ、違うんです。そんな顔をしてほしいんじゃなくて。
私はただ、もう少しだけ、欲張りたくなってしまって。
「だから……」
……あぁ、胸が痛い。緊張でドキドキする。
私、今、すごいことを言おうとしてるんじゃないだろうか。
皆からもらった幸せに酔って、求めすぎちゃってるんじゃないか。
そんなこと思っても、動き出した口は止まらなくて。
私は……熱に浮かされたまま、言った。
「だから、歩さんの家に住ませてください」
言った。
言って、しまった。
「え?」
「あなたの家に……その、屋根の下……いえ、なんというか、居候というか、いや寄生虫にはなりたくないですし家賃もちゃんと払いますっていうか……」
結局、最後まで言い続けることもできず、言葉は尻すぼみになって消えて行った。
あぁ、我ながら情けない。告白でもないのに……いやもう実質告白みたいなものかもしれないけども、言い切ることすらできないなんて。
赤くなって、同時にへなへなと小さくなってしまった私に対して……。
歩さんは、しばらく驚いたように黙り込んだ後、穏やかに笑った。
「わかった。これはひとまず、こちらで預かっておこう。
高等部を卒業する時にも意見が変わらないようなら……その時に、改めて」
その一言は、私にとって……。
今日1日の、全ての悪運を補って余りある、最高のプレゼントだった。
なお、2人は見えなくなってるけど、周りはプレゼントの重さに驚いたり頭を抱えたりドン引きしたり笑ったりしている模様。
ちなみに建てたのは、一戸建て220平米の8LDK。将来誰かと一緒になっても安心の、広めの邸宅です。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、堀野的恋愛観の話。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!