1万……1万!?!? お気に入りが1万ってことは……1万人の人がお気に入り登録してくれた……ってコト!?
正直数字が大きすぎて感覚が掴めませんが、いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます!!
近い内に記念として、何かおまけ的なもの書くかもしれません。程々にご期待ください!
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
名家・堀野家の一員ともなると当然、幼少の頃から立食パーティや茶会の作法も教え込まれる。
まぁ、堀野は名家の中でも比較的現代に適応した、謂わば「緩い」家風だったりするので、普段からそれを強制されることはなく、披露する機会は多くはないのだが……。
それでも、努力して身に付けた技能というのは、そう簡単には衰えない。
いわゆる、昔取った杵柄。自転車にしばらく乗っていなくても、一度覚えてさえしまえば、また普通に漕げるのと同じようなもの。
そんなわけで、俺はこの集まりのホストとして、2人に最大限の敬意を払った挨拶から入ったわけだが……。
『いや、家族に対してそういうのいいから、さっさと本題入ってくれる?』
昌の一言に、簡単に切って捨てられてしまった。
……まぁ、確かに、家族に向けるには多少仰々しいものだったのかもしれないけどさ。
でもこういうのって、やっぱり形から入るべきっていうか……ご飯を食べる前に「いただきます」って言うようなものだしなぁ。
「親しき仲にもって言うし、これくらいは言わせてほしい」
『いや、そもそも集まってないし。今日は休日とはいえ予定入ってるから、さっさと本題に入ってほしいんだけど』
……確かに。
昌に無駄に時間を取らせるのは申し訳ないし、そもそもお集まりいただいてないから「お集まりいただいて」は嘘になっちゃうか。
今、俺が向き合っているのは、2人の人間ではなく、電源を付けたPCのモニター。
そこにはLANE通話のウィンドウと、そしてその中に俺の2人の兄妹のアカウントを指すアイコンが表示されている。
そう。
今回の「集まり」というのは、オンライン上でのものだった。
やっぱり一般的には、名家の集会と言うと「綺麗な庭でラウンドテーブルを囲み、紅茶と茶請けを用意して……」とか、「絢爛なパーティ会場で、煌びやかなドレスを身に纏って」……みたいな印象があるかもしれない。
まぁ、実際のところ、そういうのもないわけではない。
他の家との交流とか顔合わせの時はこのパターンが多く、実家にいた頃には俺もそこそこ体験した。
あれ、なかなか肩肘張ってて疲れるんだよなぁ。本心を晒さないよう仮面を被らなきゃいけないし、俺はその手の演技があまり上手くないから気張らなきゃいけないし。
……とはいえ、俺たちが集まればいつもそんな豪勢なことをしている、というわけでもないんだよな。
畢竟、そういうのは必要性があるから行うものなんだ。
例えば、自分の家の権威や力を見せつけるため。
例えば、内密に行いたい相談があるから。
例えば、共通認識と仲間意識を確立するべく。
そういったホスト側の目的があり、そのための必要経費としてこういったパーティを開いているわけだ。
そして、逆に言うと。
明確な目的がないのなら、無駄に豪勢なパーティを開く必要はないとも言える。
故に堀野の家では、家族同士で集まる時には特別贅沢はしなかった。
精々が午後のティータイムにちょっと良い紅茶や緑茶を入れるくらいかな。
兄さんと昌を呼んで話をしている今日も、ある意味ではその延長だ。
特別力を入れて話を進める必要はなかったのかもしれない。
……いやまぁ、今回は別にわざとお固く入ったわけじゃなくて、緊張のあまり固くなってしまった、というのが真相なんだけども。
『まぁまぁ、昌。俺としては、歩の方からこうして相談を持ちかけてくれたことを嬉しく思うよ。昌もそうじゃないの?』
そう言って取りなしてくれたのは、俺の兄さん、堀野の長兄だった。
いつも揉めがちな俺と昌を仲裁してくれる兄さんは、今日も今日とて「仕方ないなぁ」って感じの声音で昌をなだめてくれる。
『……そりゃ全部ひとりでやろうとしてた頃よりは、多少マシかもしれないけど』
『だったら素直にそう言いなよ。歩は歩だから、言わなきゃ伝わらないよ?』
『…………善処する』
よかった、昌の方もひとまず怒気を収めてくれたみたいだ。
……いや、今回は何かに怒ってるというよりは反射的に反抗しちゃったような感じだったから、怒気も何もないんだけども。
また助けられてしまったなぁと思いながら、俺は兄さんに声をかける。
「ごめん、ありがとう兄さん。それと、遅くなったけど、久しぶり」
『うん、3週間ぶりかな。その後、調子はどう?』
「調子は良いかな。睡眠時間を確保するようになってから、活動時間自体は減ったけど能率が上がった感じがあるし、若干の体調不良も減った。……今になって兄さんの言葉が正しかったのを思い知ってるよ」
『そっか……ちゃんと休めてるなら良かった』
兄さんは、どこか安心したように呟いた。
……ふと。この人にも、たくさん心配をかけてしまったな、と思う。
昔から俺のことを気遣ってくれていた兄さん。いつもいつも、もっと食べろもっと寝ろと言ってくれて、俺の体調に気を遣ってくれて……。
もっと早く、この人の言葉を聞いて、安心させてあげるべきだったな。
数少ない、信頼できる家族の言葉なんだ。ちゃんと正面から受け止めるべきだったのかも。
俺は目の前のことに集中しすぎて、そんな当然のことを見落としてしまっていたのかもしれない。
……謝罪と感謝を口にするのに、遅すぎるということはないかな。
「兄さん、これまで心配かけてごめん。それと、ありがとう」
『……ううん、いいんだよ。俺は君の兄さんだから』
俺の尊敬する兄は、いつものように心地良く笑って、そう応えてくれた。
* * *
……さて、久々の家族との会話も程々にして。
そろそろ本題に入らないと、昌がまた噴火しちゃうかもしれない。
本日2人を通話にお呼びした用件について……いよいよ、触れて行こう。
「それで、今日は相談がありまして、2人に話を聞いてもらおうと思って連絡したのですが」
『なんで敬語』
「いや……うん」
それは多分、今から出す議題に少なからず緊張してしまっているからなんだけども。
……正直に言えば。
俺は今でも、この話をすることに躊躇している。
今からでも口をつぐんだ方がいいんじゃないかと思ってしまうんだ。
こんなものはただの錯覚だと、全部気のせいだと思い、忘れて、見なかったフリをするのが正しいのではないかと……そう、逃げそうになる。
でも、逃げるわけには、いかない。
「突拍子もない話に聞こえるかもしれないし、くだらないと思うかもしれない。
それでも……聞いて欲しいんだ」
それに真正面から向き合うことが、如何に怖くても。
それを認識し確かめることに、どれだけ抵抗を感じようとも。
それでも、向き合わなければならないものは、存在する。
それが……彼女のトレーナーとして、果たすべき責務だから。
俺は一度息を呑み……静かに、語った。
「これは、友達のトレーナーの話なんだけど……。
担当ウマ娘に、恋愛感情を持たれているかもしれないんだ」
……我ながら、頭が痛い。
何を言ってるんだ俺は、という羞恥心。
家族に嘘を吐くなんて、という罪悪感。
なんて酷い思い上がりを、という嫌悪感。
それらがないまぜになって……少なからず、頭に血が上る。
わざわざ呼びつけてする相談が、友達のこと。
それも、担当に好かれているという非常にセンシティブな内容だ。
下衆の勘繰りと思われたって仕方がない、非常に品のない行為だってことはわかってる。
しかし、これしかない。
本人の名誉を守り、なおかつおかしな誤解をされずにこの件を相談するには、これしかないんだ……!
俺が自身にそう言い聞かせ、必死に感情を抑えつけようとしていると……。
『……おぉ』
『えぇ……』
兄さんは、どこか感心するような声を漏らし。
昌は……何故か困惑したように呟いた。
……え、何その反応。なんか予想とはだいぶ違うのが来たな。
しかし、果たしてここから、どう話を進めようかと思っていると……。
付けていたイヤホンから、昌の呆れた声が飛んできた。
『……兄さん、それ、本気でごまかせると思ってるの?』
「ん? え、いや、誤魔化すってなんの話……」
『バ鹿なの? 「友達の話なんだけど」とかいう枕詞、今日日誰も信じないでしょ。
要は兄さん自身が、ホシノウィルムさんの好意にようやく気付いたってことね』
「…………え!?」
『いや「え!?」じゃないけど。あんだけ露骨にアピールされて今の今まで本気で気付いてなかったのが異常だからね逆に』
なん……だと……!?
完璧に偽装したはずなのに、昌は一瞬で俺のことだと気付いた……?
そして彼女は、もっと前からウィルの想いに気付いていた……!?
「……流石は昌、やっぱり敵わないな」
『いやそんなことで評価されても欠片たりとも嬉しくないんだけど。というか気付かない兄さんがイカれてるだけで、私の方がよっぽど正常だからね?』
こう言って謙遜してはいるけど、やはりこれは昌の察しの良さ故だろう。
そういうところ、少し羨ましい。この子、兄さんとは別の方向で要領が良いからなぁ……。
堀野の長兄は、何に手を付けても結果を出せる、言うならば万能の天才だ。
何でも手広く器用にこなせるタイプ、と言えば伝わりやすいだろうか。
名家の人間としての、そしてトレーナーとしての教養。外科や内科、精神科の知識。勿論社会常識や、その他雑学の領分までも。それらを全て20代という若さで修められているあたりからも、兄さんの異常性が窺えると思う。
まぁ逆に言えば、そういう実力者だからこそ、殆どキャリアもない状態ながら地方トレセンの養護教諭を任されているわけだ。
……というか小耳に挟んだ話だと、その能力を買われて中央に招待を受けたこともあったらしい。自分にはまだ相応しくないってお断りしたらしいけど。
そんな兄さんに対して、昌は……言うならば、早熟の天才。
彼女は何かを手を付けると、ある程度まではかなり早く覚え、身にすることができる。それこそ最初の内は、あの兄さんに勝ることもあるくらいだ。
一芸特化はできないけど、広く浅く、大体のことができるタイプ。彼女を言い表すとすれば、それが正確になるだろう。
……とはいえ、昌は兄さんと違って、弱点がないわけではない。
というのも、学んでいるものが一定の領域を超えると、ちょっと手こずる傾向があるんだよね。
トレーナー免許を取るための筆記試験の模試でも、80点まではすぐに到達したけど、90点を安定させることにかなり苦労してたみたいだったし。
ただ、込み入った領域に入ると進捗が遅くなるのは、どのような分野、どのような人であろうと変わらないとも言える。
後半が詰まることを弱点と言うよりは、むしろ学び始めてすぐの頃に大きく伸びる長所があると言うべきだろう。
……では、そんな2人の天才に対し、次男の俺はどうなのか?
俺は何事においても最初から最後まで学びが遅いタイプです。
ま、才能がなくて要領が悪いのは慣れっこだからいいんですけどね。その分頑張ればいいだけですし?
……うん、ごめん、嘘。
正直兄さんや昌が羨ましいと思ったことは数えきれないくらいです、はい。
そんなわけで、昌が俺より先にそれに気付いたのは、ある意味仕方のない事なんだと思う。
それだけ、昌のコミュ力……短期間で相手を理解し、その意図を読み取る能力は高いんだ。
勿論俺の不徳の致すところでもあるし、そこに関しては反省の至りなんだけど……。
……あれ、というか、昌が気付いてるってことは。
「もしかして、兄さんも……」
『まぁ、歩から時々話は聞いてたからね』
俺の恐る恐るの問いかけに、兄さんは苦笑いで応えた。
信じ難いことに、兄さんに至っては直接会ったこともないのに察しを付けていたらしい。
兄妹は俺以外の2人とも、ウィルのその疑惑に気付いていた、ということになる。
自分が人の情動に疎いことは理解してたつもりだったんだけど……まさかそこまでダメダメだったとは。
正直、ちょっと凹むなぁ……。
とはいえ、反省は後回しだ。
バレちゃったものは仕方ない、きちんと謝罪し、本来の目的を果たす必要がある。
「……ごめん、嘘吐いた。白状すると、そう、俺とウィルのことだ。
勿論思い上がりである可能性は否定できないし、俺の勘違いであればそれでいいんだが……」
『そういう予防線はいいからさっさと本音に入って』
「はい……」
……すまん、ウィル。
これが俺の勘違いであれば、君のイメージを酷く傷つけてしまうかもしれない。
けれど、もしもこの疑惑が真だとすれば……。
これは、俺の手に余る問題になってしまう。
信頼できる、なおかつそれぞれ確かな能力を持っている2人に、協力を仰ぐべき事態なんだ。
俺は一度、軽く深呼吸をして、言った。
「改めて。ホシノウィルムが、俺に好意を抱いている可能性がある。
これが正しいか、そして正しいならどう対応すべきか、意見を聞かせてほしい」
* * *
話は遡り、去年。
ウィルと共に、彼女の両親の眠る墓地を訪れた時のこと。
「両親と過ごした家は、既に売ってしまった」と語るウィルの、少しだけ寂し気な横顔を見て……。
俺は、居場所を用意してあげたいと思った。
人間にとっては、そして恐らくウマ娘にとっても、帰る場所というのは非常に大事なものだと思う。
無条件に「そこにいていい」と思える場所。自分と、本当に心を許せる者だけがいる場所。
俺にとっての堀野本家のように、取り繕わない自分でいられる、自分たちだけの場所。
それがないというのはつまり、気が抜ける場所が、気を抜いていい場所がないということで……。
それは、酷く悲しいことだと思うんだ。
故に、俺は行動を開始した。
実家のコネと私財で良い土地を確保し、建設会社を手配。図面の段階から先方と色々話し合って最大限便宜を図ってもらい……。
彼女が将来、家庭を持った時にも暮らせるよう、広く使いやすい構造を心がけたつもりだ。
ホシノウィルムは、生まれ付いた家庭と折り合いが悪く、良い家族を持てなかった少女だ。
だからこそ、彼女には将来、温かくて気を許せる家族を持ってほしい。
この家の広さは、その願いの象徴。
彼女が良い人と巡り合い、子供も無事に産んで、幸せに暮らせますように……。
「三女神様、どうか、よろしくお願いします」
今年の1月下旬。
竣工した家を前に、俺はそう言って、手を合わせた。
で、諸々のチェックや手続きなどもなんとか間に合わせ、それを贈ったのがつい先日の彼女の誕生日だったというわけだ。
……まぁ、我ながらちょっと大きめのプレゼントになってしまったとは思う。
結果として、後から昌に「未成年にそんなもの渡すとか正気なの!?」とか「もし彼女が望まなかったらどうするつもりだったの!?」とかめちゃくちゃ怒られてしまったけど、それはさておき。
そうして、俺なりのとっておきのプレゼントを贈ったわけだが……結局、ウィルにはそれを受け取ってもらえなかった。
まぁ、それ自体はいいんだ。
高等部卒業の時までは、彼女が困った時の保険として残しておけばいい。もしその時もいらないと言われれば……まぁ、俺と昌の拠点として使うとか、色々考えられることもあるし。
だから、問題はそっちじゃなくて……。
『だから、歩さんの家に住ませてください』
……彼女が、そう言い出したことだ。
年頃の少女の精神構造は難解な部分があるが、それでも1つ、確かに言えることがある。
自分の家にしていいと言われたのに「あなたと一緒に住みたい」と……そう望むことが、他意を含んでいないわけがない。
勿論、可能性としては色々と考えられるだろう。
例えば、もの自体は受け取らないことで、贈与税を回避しようとしているんじゃないか、とか。
例えば、そこを起点に、堀野の世話になろうとしてるんじゃないか、とか。
だがそれらは、彼女が今を時めく三冠ウマ娘であり、将来働かずとも十分暮らせるだけの貯えがあることや、彼女自身が心根の優しい女の子であるという事実によって、簡単に否定できる。
シャーロックホームズ曰く、「在り得ない可能性を除外した後に残ったものは、どんなに信じがたくてもそれが真実である」らしい。
それに基づいて、思考を進めると……。
ホシノウィルムは、俺に対して好意を抱いている……かもしれない、と。
そんな結論が出てきたわけだ。
……正直、それに思い至った時は、ちょっと唖然としてしまった。
だって、相手は無敗の三冠ウマ娘、ホシノウィルム。
俺にとっては可愛い教え子であり、大事なパートナーであり、素直で真面目で優しいウマ娘。
そんな相手に想われてるとか、ちょっとばかり現実感がなさすぎる。
ありえない。何かが間違っているはず。……けれど、他に思い付く可能性が、ない。
……いや、あるいは俺だからか? 俺がバ鹿だから思い付かないだけか?
もしかしたら、俺からは見えないだけで、どこかに大きな落とし穴があるんじゃないか?
と、そんなわけで。
俺はこの疑惑の真偽を確かめ、そして対策を取るべく……外に漏らさないと信頼できる2人に相談してみよう、と思ったわけだ。
* * *
「改めて。ホシノウィルムが、俺に好意を抱いている可能性がある。
これが正しいか、そして正しいならどう対応すべきか、意見を聞かせてほしい」
少なからず……というかめちゃくちゃに緊張しながらそう聞いた俺に対して。
昌と兄さんは、さらっと答えた。
『ま、あの子が兄さんに気があるのは間違いないでしょ』
『俺は直接会ったことはないけど……まぁ、話を聞いている限り、可能性は高いと思う』
……あー、そうか。やっぱりそうなんだ……。
正直俺は、ここで「何言ってるの? 現実見なよ、そんなわけないじゃん。思い上がらないでよキショ」と言われることを期待していた。
……いや、罵倒を期待してたわけじゃなく、単純に否定されることを期待してたって意味でね。
俺が思い付かなかった何らかのロジックがあって、実のところウィルは俺のことをあくまで「信頼できるトレーナー」としてしか見ていないと……。
その方が、話はずっと簡単だったんだけどな。
「マジかぁ……恋、か……」
俺は思わず、頭を抱えてしまった。
競走ウマ娘の、恋愛。
これは実のところ、決して珍しいものではない。
過去のデータを見返しても……特に堀野が方針を転換して以来、そういった話は割と多いんだ。
まぁ、当然と言えば当然の話だろう。
良好な関係を築き、トゥインクルシリーズを駆けたトレーナーとウマ娘の間には、強い絆が生まれる。
勿論、それは大抵の場合友愛に過ぎないが……彼女たちトレセン学園生は、アスリートであると同時、思春期の女の子だ。そういった友愛を恋愛感情だと誤解してしまうことも多い。
だからこそ、競走ウマ娘の恋愛というのは、決して珍しい話ではなく……。
……それが悲劇的に終わることもまた、ありふれた話だ。
土台、契約トレーナーは、担当ウマ娘と恋愛などできない。
いや、こればかりは本当に当たり前の話。歳の差もあれば役職的な制限もあり、理念上の問題もあれば倫理的な問題もある。
問題が山積みどころか、問題のない部分を探した方が早いまであるわ。
自由恋愛が許されるのは、あくまで法律の範囲内での話。教え子との恋愛が許されるのはドラマや小説の中だけだ。
「契約トレーナーと担当ウマ娘、禁断の恋……」なんてのは、この世界にありふれたフィクションなんだけど、それはあくまでフィクションなのである。
トレーナーとして、自分のためにも彼女たちのためにも、それらを現実と同一視してはいけない。
……いや、同一視するような者は、理事長との面談の段階で弾かれ、トレーナーになることはできないんだろうけど。
そんなわけで、担当ウマ娘が想いを伝えてきた場合、トレーナーは拒絶することしかできない。
しかし失恋というのは、思春期の女の子にとって、非常に大きな失敗であり変化。もはやカタストロフィと言ってもいいだろう。
それをきっかけに、今まで順調だった信頼関係が破綻……というケースは、これまでの過去に確かに存在していたらしい。
そして今、俺とホシノウィルムは、それと同じ轍を踏みかけているのだ。
「どうしよう、兄さん、昌……」
俺は、あくまで個人的な感情で言えば……ウィルに、幸せになってほしいと思っている。
そのために、俺にできることがあるなら、何でもしてあげたい。
1年前に家を建てる時だってそこまで迷いがなかったし、今はあの頃よりも更に想いが強まっている。
だが、俺の想いなんてものは、あくまで二の次。
一番大事なのは、ホシノウィルムという少女にとっての、本当の幸せなんだ。
そうなると、彼女の恋愛感情は……とても扱いの難しいものになってしまう。
ぐちゃぐちゃの頭をどうにか纏めようとする俺の下に、昌の声が届く。
『まず聞きたいんだけど、兄さんは何を心配してるの?』
何を心配してるか。
……問題の分析、細分化か。そう、確かにそれは大事な行程だ。
「……心配は、2つある。まず1つ目は、ウィルが友愛の感情を恋愛感情と勘違いしてないか……」
『そこは大丈夫でしょ。彼女、恋に恋するような精神年齢じゃないし』
「……まぁ、それもそう、かなぁ」
確かにあの子は、妙に大人びてるっていうか、浮ついているようで落ち着いているところがある。
大人……と言うには少しだけ幼い、けれど子供としては成熟した姿。それもまた、ウィルの一面だ。
とはいえその辺りは、たとえ大人でも見誤ることがあるもの。
ホシノウィルムだからと一概に頷くのもどうかと思うが……。
ひとまず今は、次の問題に行こう。
「2つ目は……彼女の世間体と想いだよ。契約トレーナーとして、そして彼女の保護者として、そのどちらも裏切ることはできない」
そう、最も大きな問題は、そこだ。
競走ウマ娘は、アスリートであると同時、アイドル的な側面を持っている。
契約トレーナーとの熱愛なんぞ発覚すれば……流石に選手生命を絶たれるとかはないとしても、口さがないファンから、ある程度の罵詈雑言が飛んでくることは想像に難くない。
誰もが、彼女の走りだけを見ているわけではないんだ。
容姿、性格、カリスマ性、声、動き。人を惹きつける要素は多岐にわたり、その内の一部は、恋愛という色が加われば濁って見えてしまう。
それを避けようと思えば、彼女の想いはきっぱりと断るべきだろうが……。
ウィルの想いを無下にすることは……したくない、というのが本音だ。
そもそも、彼女から告白でもされれば、トレーナーである俺は断るしかない。
そうでなくとも、想いをほのめかされた時点で断るのが誠実な対応というものだろう。
しかし、堀野の過去にはそれによって崩壊した関係がいくつもあるわけで……。
……あぁ、頭が痛い。
俺はどうするべきなのか。
『なかなか、難しい問題だね。多分、これに悩んだトレーナーは数多いだろうし、それでも明確な「正答」は出ていない……いや、存在しない』
いつもは俺の悩みをいとも簡単に解決してくれる兄さんでさえ、この問題には即答できないようだった。
……それもそうか。もし即答できるような確かな答えがあるのなら、堀野の白書に残されているはずだ。
問題が複数回にわたって発生していながら、しかしそれへの対処法は確立されていない。
ウマ娘1人1人でその答えは違うし……あるいは、全てが丸く収まる解法など存在しないが故に。
「どうすればいいんだろう……」
『うーん……』
そうして男2人、頭を抱えていたんだけど……。
そこに、昌が切り込んできた。
『1つ聞きたいんだけど、兄さんはホシノウィルムさんの想いを受け止めてもいいと思ってるの?』
「え」
『え、じゃないでしょ。そこも肝要なとこじゃん』
……俺が、ウィルの想いを、受け止めてもいいか?
いや……それは、でも……。
『何考えてるか当ててあげる。「自分なんかがホシノウィルムに釣り合うわけがない」でしょ』
「……昌、もしかして読心術とか学んだ?」
『何年の付き合いだと思ってんの? それくらいわかるっての。
……ホント、バ鹿な兄さん。相応しいかどうかじゃないでしょ、そういうの。世間体とか外から見て釣り合ってるかじゃなくて、大事なのはお互いがお互いを求めるか、受け入れられるか。違う?』
「…………」
『だから今考えるべきは、相応しいかじゃなくて、兄さんが彼女を受け入れられるか。答えは?』
それは、耳が痛くなるくらい、正鵠を射た言葉だった。
そうだ。その通り。
彼女が言及しているのは、「契約トレーナー・堀野歩と、担当ウマ娘・ホシノウィルムの関係」ではない。「1人の人間・堀野歩と、1人のウマ娘・ホシノウィルム」の関係だ。
その時大事なのは、外からどう見えるかじゃなくて、お互いが納得できるか。
それなら……うん。
「そういう意味なら、俺はウィルを受け入れられるよ。受け入れたいと、思う」
年齢だとか外見だとか立場だとか、そういう問題は一旦棚に上げるとして。
彼女の持つ精神性は、俺にとって、非常に好ましいものだ。
1人のウマ娘として見た時、それを受け入れられるか言えば……むしろ、歓迎したいくらいで。
……当然、当人にこんなこと、何があっても言えないけれど。
俺は、ホシノウィルムを、1人のウマ娘として好ましく思っている。
『っ……』
俺の答えに……何故か昌は、少しだけ息を呑んだようだった。
しかしすぐに、どこか取り繕うように話を戻す。
『……それなら、問題ないでしょ。世間体も、彼女の想いも、守る方法はある』
「本当!?」
昌の言葉に、思わずその場で立ち上がってしまう。
彼女の心を傷つけず、それでいて世間に変に騒がれない、たった1つの冴えた方法……。
それを昌は、『ちょっと汚くて、趣味の悪い方法かもしれないけど』と前置きして、語った。
『今まで通り、ホシノウィルムさんの想いに気付かない、鈍感な兄さんであればいい。
彼女の想いに気付かないフリして、そのアタックをなあなあでやり過ごして……それで、彼女が競走ウマ娘を引退するまで逃げ切れば、どんな関係でも認められるようになるからね。
途中で彼女が心変わりしたら、それはそれで、どちらも守られる。
逆に、もしも最後まで彼女が想いを貫いたら……さっき兄さんが納得してなかった、恋に恋してるとかじゃない、ホンモノの愛ってことの証明にもなる。
……つまり、兄さんの勝利条件は、「ホシノウィルムという競走ウマ娘が引退するまで、2人の関係性を進展させない」こと。
それが、世間体も彼女の想いも守れる、唯一の方法じゃないの』
久々にvs要素が出てきた。
ちなみに、堀野君が勝利条件を満たした場合、晴れて責任を取っていただきます。
仮に敗北し、彼らの関係が進んでしまった場合、罰として責任を取っていただきます。
次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、お仕事の話。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!