ウマ娘と生まれたからには、誰でも一生のうち一度は夢見る「地上最強のウマ娘」。
……いや、地上最強ってどういうウマ娘だよとか、最強の定義は何だよとか。
ツッコミどころはあるけど、とにかく「最強のウマ娘」というのは憧れの対象だ。
日本で二番目に高い山は北岳だけどそれはそれとして、やはり誰しも1番には焦がれるものだろう。
何を以て「最強」とするのかは難しいけど、その基準の候補として、クラシック三冠は挙がると思う。
最も速いウマ娘が勝つと言われる2000メートル、皐月賞。
最も運の良いウマ娘が勝つと言われる2400メートル、日本ダービー。
最も強いウマ娘が勝つと言われる3000メートル、菊花賞。
生涯で1度きり、クラシック級のタイミングにだけ参加できるこれらのレースで、一度も取りこぼさずに1着を取り続けること……。
これをクラシック三冠と呼び、ウマ娘たちはその強すぎる光に目を焼かれるのだ。
全てが国内最高水準のG1で、距離も1000メートル上下するこれらのレースを欠かさず勝つことは非常に困難。
故にこそ、三冠を取ったウマ娘は半ば「伝説」のように語られる。
例えば、もはや幻の存在と謳われる、セントライト。
例えば、その身で伝説を体現した戦士、シンザン。
例えば、タブーを破壊した非常識な才能、ミスターシービー。
例えば、レースに絶対をもたらす永遠の皇帝、シンボリルドルフ。
……私、競馬は詳しくなかったんだけど、流石にこの辺は覚えちゃった。授業とか噂話で死ぬほど聞いたし。
これらの三冠を取ったウマ娘、いわゆる三冠バはやはり最強と名高い。特に最新の伝説であるシンボリルドルフさんなんて、勝利が「絶対」と言われる程だ。
しかしながら、当然こんな疑問も上がってくるわけだ。
三冠を取れなかったウマ娘や、そもそも回避したウマ娘は、果たして最強とは呼べないのか。
ただの一度も負けることなく逃げ抜けたマルゼンスキーさんなんてその典型例で、三冠を取っていないウマ娘にだって十分強い子がいたはずだ。
何を以て最強とするのか、何を以て速いと決めるのか。そのあたりがなかなか難しい問題になってくる。
……らしいよ。ほぼ全部受け売り。昨日、歴史の先生がアツく語ってたんだ。
「……そうですね。最強ですかー……」
その日の就寝前の数十分、私はハッピーミーク先輩とおしゃべりをしていた。
話題は、最強のウマ娘についてだ。
私も無敗三冠を目指すウマ娘、お年頃ってのもあって最強というものを視野に入れ始めた……というわけではなく、単に時間を潰すための雑多な話題である。
最強とかそんなに興味ないんだよね。私は勝ちたいのであって、勝つための力を周囲に誇示しようとかはあんまり思わないのだ。
「……確かに、昔のウマ娘たちはいっぱいいますし、難しそうです。
……うーん…………むーん……?」
「いえ、すみません。直接戦えない以上、正確に最強を決めるという前提自体が不可能だと思います。そこまで難しく考えていただかなくてもいいのです」
……ああいや、実際2人程、ドリームトロフィーリーグで走っている三冠ウマ娘がいるわけで、一部は戦えるんだけど。
でも、他の2人は既に現役を退いて久しいし、全盛期の彼女たちと戦力差を比べることは決してできない。
そしてこれはただの暇つぶしで、そんな厳格に知りたいってわけでもないのだ。
「では、現役で最強ではどうでしょう。現在トゥインクルシリーズに残っている現役ウマ娘での最強」
「……おー、それならわかります」
相変わらずおっとりとしたテンポで生きているミーク先輩は、ほんわかと両手を握りしめ、口を栗みたいな形にして……ええと、可愛すぎてよくわかんないけど、多分力説してる? 様子。
「……私と同じ世代に、すごく強い5人のウマ娘がいました。
……その内の2人は、まだ残ってます」
「そうなのですね。では、その2人が強いと?」
「……いいえ。
その2人と、メジロマックイーンさんと、それから私が、現役でも強いと思います。ぶい」
ミーク先輩は、激かわどや顔ダブルピースでそう言った。
……実際のところ、ミーク先輩はめちゃくちゃに強い。
本格化が終わるはずの4年目以降も伸び続けたという、変わった大器晩成ウマ娘。
いや変わったで言えば、芝だろうがダートだろうが、短距離だろうがマイルだろうが中距離だろうが長距離だろうが、全く関係なく好走できるという適性の広さが一番だろうけど。
現在20戦12勝。三冠や連覇といった目立つ記録こそ残っていないが、G1という国内最高峰のレースに4度も勝利している。
ハッピーミークというウマ娘は、間違いなく強いウマ娘……優駿の1人なのだ。
私がこれを知ったのは、ホープフルステークスの勝利後。
先輩が得意そうなどや顔で「……ウィルちゃん、お話があります」なんて言い出すから、まーたトレーナーと水族館に行った話かそれ7回目だよと思ったら、とんでもない暴露が降ってきた。
ただのかわいいモブ先輩だと侮っていた私はひっくり返るレベルで驚いた。というかひっくり返った。ウマ娘の体が頑丈で良かったよ本当。
……ちなみに。
そのあまりの適性の広さと強さから、もしかして私と同じ転生者なのではと疑ったけど、どうやら違うっぽい。
彼女は単純に高い素質を持ち、そして今もなお自分を伸ばすための努力を怠らない、この世界に生きる普通のウマ娘だ。
あはは。……私みたいなズルで力を手に入れたウマ娘からすると、だいぶ眩しいよ。
……しかし。
「メジロマックイーン……先輩」
マックイーンちゃん、やっぱり最強格なんだなぁ。
メジロマックイーンちゃんがこの世界にいるって知ったのは、去年の秋。
菊花賞をマックイーンが獲ったという話を聞いた時だった。
当時は「確定! マックイーンちゃん存在確定!!」と喜んだものだったが、冷静になって考えると、去年菊花賞に出たってことは私より1年先輩だ。
直接対決がないことを喜ぶべきか、あるいは接点が少ないことを悲しむべきか、微妙なところだね。
ていうか、マックイーンちゃんが1つ上だとすると、彼女とよく一緒にいたテイオーちゃんも1つ上の可能性が高いんだよね。
マックイーンちゃんとテイオーちゃんが同年齢だった確証はない。けど、同じ教室にいるシーンあった気がするし、多分そうだと思う。
となると、テイオーちゃんが怪我をしてなかったら、菊花賞でテイオーちゃんとマックイーンちゃんのレースが見れたのかな。その辺の描写は、正直もうあんまり覚えてないんだけど。
ちなみにマックイーンちゃんと同じく、テイオーちゃんも実在が確定している。
以前、インタビューの際に「トウカイテイオーをどう思いますか?」と訊かれたことがあったのだ。
でもそれは、マックイーンちゃんが菊花賞を取って実在が確定した後。
……つまり、マックイーンちゃんと同期のはずのテイオーちゃんが、骨折によって最後の一冠を取り逃してしまった後だった。
なので、「たとえ三冠を取れないとしても、素晴らしいウマ娘だと思います」と答えておいたのだけど……。
今になって考えると、まだ一冠も取っていないウマ娘が言うには、だいぶ上から目線なセリフだったなと反省してる。メディアの人たちもどよめいてたし。
あの時はアニメ2期の最推しの実在確定にテンション上がってたからなぁ……。
さて、ミーク先輩が首をかしげていらっしゃる。そろそろマックイーン先輩の話に戻ろう。
「メジロマックイーンち……先輩、ですか」
「……はい。……葦毛の、こう……エイみたいなウマ娘です」
「ミーク先輩は、その方と親しいのですか?」
「……いいえ。レースの前に話すくらいです。……互いに激励し合ったりとか」
「そうなのですか。やはりマックイーンちゃんはかっこ良いのでしょうね……」
「……ちゃん?」
マックイーンちゃんと言えば、やはりあの気高さだろう。
最初こそテイオーちゃんとの勝負に目が行っていたが、あの……あの人なんだろう、多分メジロ家のおばあ様みたいな人に一喝されて以来、彼女は鬼メンタルになった。
何を言われようと動じず、ただレースに集中してテイオーちゃんに競り勝つあの姿……! あれを気高いと呼ばずして何と呼ぶのか!
更には終盤、運命の残酷さに翻弄されるテイオーを傍で支え、最後は涙を流しながら奇跡を見送る展開!
彼女が再びターフに立った時は、「あぁ、奇跡は起こるんじゃなくて起こすんだ……!」と涙まで流したほどだった。
メジロマックイーン、イズ、最高にかっこ良い。
きっと今は悩みなんて持たない、最強メンタルのウマ娘として活躍しているのだろう。
……このトレセンに来てから、ウマ娘は肌荒れとか夜ふかし気味とか太り気味とか、そんな割と普通の悩みを抱えていることを知った。
でもマックイーンちゃんはそんなこととは無縁に違いない!
むしろ「体重コントロールもできなくては良いウマ娘足り得ません」とか「余計な趣味を持つ前に、目の前のトレーニングに集中しなくては」とか鬼ストイックなこと言っちゃうような子なんだろうなぁ……!
仮にケーキを落としたりしても、「あらあら、床さんもモンブランを食べたかったのですね」とか笑っちゃって。……いやそれはだいぶ頭おかしいか。甘いものを食べたがるのはズボンだけで十分だ。
「……あー、……うーん、そうですね。レースの前のマックイーンさんは、かっこ良い……ことが多いですね」
「やはりそうですか。欲を言うなら、一度お話してみたいものです」
「……むん」
ミーク先輩はなんか変な表情をしているが、私はマックイーンちゃんの気高い姿の妄想に浸り、それを問いただすタイミングを失ってしまった。
* * *
最強の話をしてから三日、合同トレーニングの合間の休憩時間。
暇を持て余した私は、気まぐれにネイチャちゃんにも同じ話を振ってみた。
「ネイチャちゃん、最強のウマ娘って誰だと思いますか?」
「うぉう、いきなり難しいこと聞きますねぇ。まぁウィルちゃんじゃない?」
「いえ世代最強ではなく、現役最強という意味で」
「……この無意識に溢れる自信、今日もキラキラしてんねぇ」
冗談のつもりだったらしく、私の友人は微妙な顔で髪をくしくしといじる。
……むぅ、難しい。最近おだてられすぎて、自分が最強と言われることに違和感を覚えなくなってたな。そのせいで、ネイチャちゃん渾身のギャグをスルーしてしまった。
これはよろしくない。ただでさえ低い私のコミュ力が更に下降してしまう。
今度言われたら、こう、「いや誰が最強やねーん」と……。いやこれはホシノウィルムのキャラに合わないな。
「いいえ誰が最強ですかー」……うーん、お笑いに敬語を持ち込むのは難しいよね。
だからって「私は最強ではありません」とかマジレスしても面白くないしな……。
そんな風に私が頭を捻る一方、ネイチャちゃんも考え込んでいた。
「現役最強ねぇ……うーん、どこでも活躍できるってなら、やっぱりハッピーミーク先輩とか?」
「あ、私、ミーク先輩と同室です」
「えっマジで!? うわー羨ましい、色々聞きたい放題じゃん!」
「ミーク先輩はかなりの感覚派なので、参考にするのは難しいかと」
「あっそうなんだ……。やっぱりツワモノは感覚派が多いのかねぇ」
「理論派が大成しにくいわけではありませんが、理論が必要ない程の才能があれば、やはり自然と感覚派になるのかもしれませんね」
「お、自己紹介かな? 羨ましい話ですなぁ」
たははと笑うネイチャちゃん。
……うーん、客観的に見れば、ネイチャちゃんだってかなりとんでもない才能あると思うんだけどな。
私だって学生なわけで、日中はクラスで授業を受けたりしてる。……休み時間はいつも気まずくて、ぼっちあるあるの机に顔伏せ作戦で乗り越えてるけど。
そこで噂話を盗み聞く感じ、この時期でも未勝利戦に勝てないとか、本格化が来ないとか、そういう話はよくあるんだ。
……っていうか、今の段階で中央の未勝利戦に勝てるウマ娘は優秀な方なんだってさ。
メイクデビューは逃したとはいえ、未勝利戦1回目ですぐにデビューして、格上が混じることも珍しくない模擬レースではいつも3着までに収まり続け、この前は2バ身差でオープン戦に勝利したネイチャちゃんは、十分才気に溢れていると思う。……絶対的に見れば。
私? 私はほら、転生チートだし……。チートまで持たされて負けたらそりゃもう恥だって。
ん? 最初の模擬レースで負けてるだろって? そういえばそうだったねあはは! ……はぁ。
とはいえ、ネイチャちゃんは常に上を見上げる主人公気質のウマ娘。君より下はたくさんいるなんて言っても何の意味もない。
そんなわけで、私は「どやぁ」と口で言いながらスポーツドリンクを口にするのだった。
「うわ、むかつくー。……あと最強と言えば、まぁ、スペシャルウィーク先輩とか?」
「ぐえっゲホっゴホっ」
「えっ何々どした!?」
先に弁解しておくと、流石に私だってバカじゃない。
アニメに出てた子が他にもいる可能性は予想してた。
ここが置き換え形式のオリ主モノ世界だとして、置き換えられていないキャラがいるかもしれないってことはわかってるんだ。
ただ、スペちゃんは私の置き換え対象説があって、私の中では慎重に取り扱わなきゃいけない話題だった。
それが急に出てきたからびっくりしたのである。
……断じて、最近はトレーナーとの関係とか自主トレに浮かれてしまって、この世界の置き換えルールについて考察を忘れてたとか、そんなことはない。ないったらない。
「いえ、んんっ! ……すみません、気道に入ってしまって。
スペシャルウィーク先輩についても、私はあまり詳しく知りません。ネイチャちゃんさえ良ければ教えていただけますか?」
「ほら、ハンカチ。まぁいいけど……って言っても、アタシもあんま知らないんだよねぇ。何せ先輩、ここ1年レース出てないらしいし」
「そうなのですか?」
「ん。噂じゃドリームトロフィーリーグに移籍予定なんだとか。今はそのための調整に時間を使ってるとか、後進に道を譲るために出走を避けてるとか、色々言われてるね。インタビューとかの表舞台にもあんまり出てこないってさ」
「ドリームトロフィーリーグ、ですか……」
トレセンでの暮らしも1年を超えて、結構授業も受けてきた。当然ながら私も、それについて知らないわけじゃない。
ドリームトロフィーリーグとは、トゥインクルシリーズで成績を上げたウマ娘たちによる、言うならば1つ上のグレードのレース群のことだ。
新入生はトゥインクルシリーズに集中すべしとのことで詳しくは習わないけど、そこは文字通り夢のレースみたいな感じになってるらしい。前世のゲームで言えばスパロボみたいな感じかな。
正直あんまり覚えてないけど、確か1期の最後の方にも……何とかドリームみたいな、そういう名前のレースがあった。今思うと、あれはドリームトロフィーリーグのレースだったんだろうな。
「あっちはシニア3年目の古豪だからねぇ。じきに私たちじゃ手の届かない天上人になるってわけですよ。……あぁいや、ウィルちゃんならいつか届くだろうけど」
「ネイチャちゃんも届くでしょう」
「いやいやいや、アタシみたいな凡才には気の遠い話ですなー」
そう言いながらも、彼女の目からは微かな闘争本能が垣間見える。
つまるところ、保険や卑下の言葉を吐いても、それに食らいつこうという意思を捨てていない。いつかはそこに行けるようなウマ娘になるのだという野心と根性に燃えている。
ネイチャちゃんのそういう前向きさは、非常に私好みだ。主に推し的な意味で。
「話戻すと、スペシャルウィーク先輩はめちゃくちゃ強いらしいよ。黄金世代って言われた強豪揃いのヤバい世代で、17戦10勝、G1に4勝だったかな。1回だけ7着になったことを除けば、他16戦は全部3着以内だって」
「詳しいですね」
「……まあね。同じ差しウマ娘として、何か参考になるかなーって思って、トレーナーさんに調べてもらったんだ」
「結果はどうでした?」
「いやぁ無理無理。ありゃもうギフテッドですよ」
「ギフテッド」
「うん、間違いないね。凡百のウマ娘からすると再現のしようがないかなーってさ」
ギフテッド。神に与えられた、人智に及ばぬ才能のことだ。
前世じゃもっぱら知能を指す言葉だったけど、ウマ娘の多いこの世界じゃ肉体的素質を示すこともある。
偶然最初から持っていた、覆し得ない差。
……そういう意味では、私の「アニメ転生」もギフテッドと呼べるのかもしれない。
いや、普通の才能と転生特典並べんなよって話だけどね。
「あとはそうだなぁ、ウィルちゃんと同じ逃げウマ娘で言うと……」
ネイチャちゃんが言葉を続けようとした時。
「ホシノウィルム」
ぞっと、総毛立つような声がした。
……トレーナーの声だけど。
私のトレーナー、堀野トレーナーはそう簡単には怒らない。
怒るのは、私が自主トレしすぎて事故を起こしたり、ルールや約束を破った時だけ。
……では何故今、トレーナーは鋭い眼光で私を睨んでいるのか。
「ちょちょ、ウィルちゃん? 何かやっちゃった?」
ネイチャちゃんは焦ったように小声で訊いてくる。
おぉ、ついにネイチャちゃんもトレーナーの感情の機微がわかるようになったんだね。
トレーナーは無表情の仮面を被ってるけど、ある程度感情が強くなると、それが仮面の縁から溢れ出てくる。
逆に言うと、溢れ出てない時は感情を荒立てていないというサインだ。わざと怒ったフリする時とか、ここに注目すれば見破れる。
この辺がわかってくると、堀野トレーナー検定3級に合格できるぞ! やったね!
ちなみに2級になってくると、無表情な時の間の取り方や言葉のイントネーションから感情を察する必要がある。私は最近、ようやくこの境地に至った。
「……どうでしょう、やったことの心当たりはあるのですが、多すぎて」
「もうちょっと私生活どうにかした方がいいねぇそれは! アタシ堀野トレーナーさんの方がかわいそうになってきた!」
ネイチャちゃんと小声で相談している間にも、トレーナーはずんずんと歩み寄ってくる。
……あー、怒ってる。結構怒ってるよこの足音。こんな怒ってるの久々だよ。
無用にネイチャちゃんを巻き込む必要はない。私は断頭台に進むような気持ちで一歩前へ進み出た。
「ホシノウィルム。訊きたいことがある」
いやその顔面を努めて無表情で固定してる感じ怖いって!
いつもは簡単に仮面が剥がれるからこそ、しっかりと張り付いてるのがすっごい怖い!
「何でしょう」
トレーナーは私の前で立ち止まると、スマホの画面を見せてくる。
……私のウマッター?
「認識のすり合わせから始めようか。
俺は君に、『ファンの方々のためにウマッターを始めろ』と言ったな」
「はい、確かに。なので始めました」
つい一昨日のことだ。
ウマッターってのは、この世界でメジャーなSNS。前世における青い鳥に近い。
ウマ娘はアスリートだけど、同時にアイドル性も併せ持つ。
なので、こうした場所で情報を拡散することも珍しくないのだ。
「『ファンが喜ぶような投稿をしろ』とも言ったな」
「確かに聞きました」
「……では何故、君はウマッターをメモ帳代わりにしている?」
「メモ帳代わりにしているつもりはありませんが」
そう言うと、トレーナーは私のウマッターの投稿履歴を見せてくる。
……うん、乗っ取られたりしてない。確かに私の呟きだ。
『ホシノウィルムです。ウマッターを始めます』
『6時、起床。体操後、早朝ランニングに向かいます』
『13時、室内ランニング開始。疲労感なし、調子良好。15時になったらトレーナーに指示を仰ぎます』
『アクシデント発生。ランニングマシンが破損、停止。事務室に問い合わせをし、他の機器で再開』
『15時、トレーニング中断。疲労を取り、トレーナー室に向かいます』
『18時まで坂路です』
『19時、学園の施設が使えなくなるまで、レッグプレスなど無酸素運動』
『21時、適宜休憩を挟みながらランニングを行います』
『0時、疲労を確認。ストレッチでクールダウンします。おやすみなさい』
「こりゃ酷い……」
一緒に見ていたネイチャちゃんが呟く。えぇ、そんな酷いかな……。
「言い換えようか。誰がウマッターをトレーニング記録帳にしろと言った?」
「ファンの方は、こういったスケジュールの公開を喜ぶのではないのですか?」
前世の私には、アイドルの追っかけをやってた時期もあった。
その時は推しが何時に何をやっているのか、供給を元に想像してぐへへと楽しんでいたものだ。
それにアスリート性を兼ね持つウマ娘は、やはりトレーニングのスケジュールもある程度開示するのがいいかなと思ったのだ。
なので、そういう感じで投稿してみたんだけど。
「……まぁ、そういう面は確かにある。だが、例外というものもある」
トレーナーは苦々しい顔で、今度は私の呟きへの反応を見せてきた。
リプライじゃなく、メンションなども付けずに呟かれたものだ。
『蛇、マジで機械かもしれん』
『この子もしかして、丸一日トレーニングしかしてない?』
『こんなイカれたスケジュール組むトレーナーヤバいでしょ。闇深すぎ』
『「おやすみなさい」から感じる人間性の片鱗。なお他』
『普通にかわいそう。もっと休んでほしい』
『ア、ァ……(これまでに過重トレーニングで事故を起こしたウマ娘たちの顔がフラッシュバック)』
『三冠取る前に壊れそう。それだけ三冠が欲しいのか、トレーナーがやらかしてるのか』
「……私のウマッターの投稿には殆どリプライが来ないので、てっきり人気がないものだと思っていました」
「あれだけ拡散されて、そんなわけがないだろう。ずっとトレーニングの内容しか書かない君に、ファンの方々が引いてしまっているだけだ」
おかしい、こんなはずではなかった。
前世ではアイドルの「これからボイトレ!」とか「今日はリハーサルだよ!」みたいな呟きに、私含め数えきれないオタクが食いついていたんだが……。
なんで引かれるんだろ。内容がトレーニングばかりだから? でも私が興味あるのトレーニングだしな。それ以外何を呟けばいいんだ?
愛嬌か? 愛嬌が足りないのか? 「今日は100キロダンベルを持ち上げるつもりが、間違ってランニングマシンを持ち上げちゃいました!w」とか書けばいいのか?
……うーん、実際にやってみると難しい。何書けばいいんだSNSって。インフルエンサーってやっぱりすごいんだなぁ。
「どう改善すれば良いでしょうか」
「……ナイスネイチャ、どう思う?」
「え、アタシ? うーん、そうですねぇ……。ストイック路線は変えないとして、数を半分に減らして、1日1から2件くらい日常生活のネタを入れる、とか?」
「よしホシノウィルム、これからはナイスネイチャに運用の仕方を教えてもらうように」
「えっ今アタシ押し付けられた?」
ネイチャちゃんはちょっと呆然としてるけど、私としては友達に教わる以上のことは……。
ん、ピピピっとアラーム。休憩時間終わりだ。
「了解しました、ではトレーニングに……」
「待て、まだ本題は始まっていない」
……あれ、トレーナーの怒りが解けていないような。
おかしいな、ウマッターの使い方について怒ってたんじゃ……。
「ホシノウィルム。
先程見たのは、昨日の書き込みだな」
「はい、そうです」
「俺は昨日、19時以降の自主トレを許可した覚えはないが」
あっ。
「……いえ、」
「どうやら5時間近く、勝手に動いていたようだな?」
「…………その、」
「それも視界の狭い夜間に、勝手に敷地内を抜けて外にランニングに行ったようだな?」
「…………寮長に許可は、」
「取っていないことの裏取りは済んでいる」
「…………、すみませんでした」
逃げ場はなかった。というかこの有能トレーナーが逃げ場なんて見逃すわけがなかった。
平謝りする私を見て、トレーナーはため息1つ。
「すぐにバレる嘘を吐くな。最初から謝れば少しは考えたものを……。
罰として、3日間自主トレ禁止」
「そんな、無体な……。せめて、1日になりませんか?」
私がごねていると、ネイチャちゃんは呆れたように呟いた。
「……アタシ、何見せられてるのかなぁ」
いや本当申し訳ない。ネイチャちゃんもさっさとトレーニング始めたいよね。
余談。
後日、ネイチャちゃんに教わった通りにウマッターの使い方を変えてみた。
朝食の写真をできるだけ映えるように撮って載せたり、友人関係についてちょっとだけ話したり。
甲斐甲斐しい努力の結果、その反応がこちら。
リプライ量、以前とほぼ変わらず。
メンションなしの呟きは以下の通り。
『人格システム導入されてんじゃん』
『中のウマ娘変わったでしょこれ』
『火消しに必死で草』
『俺たちの蛇がトレーニング以外の呟きなんてするわけないだろ!』
……おかしい。私、頑張ったのに。
* * *
さて、年が明けてからしばらく経って。
いよいよ弥生賞という言葉が耳の周りをちらつき始めた頃。
私とトレーナーの下に、1人の客人が現れる。
「ね、ね、いいでしょー? 模擬レースしようよー!
そっちも皐月賞出るんでしょ? その試運転ってことで!
このテイオー様と模擬レースできるなんて、滅多にないことなんだからさー!」
彼女の名は、トウカイテイオー。
もしかしたらいるかもしれないと思い、会うことを望んで……。
そして、共に走りたくはなかった、私の最推しのウマ娘だ。
ついに無敵の帝王様と邂逅します。
ホシノウィルムにとって、2期の最推しであり、勝手に夢を借りた大元であり、そして未来のライバル。
彼女と交わった運命は、果たしてどう転んでいくのか……。
次回は3、4日後。トウカイテイオーと邂逅する話。
(お知らせ)
ちょっと久しぶりに、活動報告に載せた小ネタを更新しました。
今回のお品書きは以下の通りです。
「(7話)瓦割りについて」 おまけ編の瓦割りの裏話。
「(9話)なんでこんな大差取れるの?」 ホープフルのちょっとした解説。
感想返信で触れたこともある内容ですが、気になっていた読者様は、ご確認いただければと思います。
(お詫び)
読者様にご指摘いただいて、時系列の設定が一部おかしくなっていたことに気付きました。
そのため、本編にはそこまで関係のないことですが、前回の最後の描写を一部変更させていただきました。
変更点は、「堀野トレーナーがスぺちゃんを知らない」→「知っていて、ここにいることに驚いている」となります。
一部読者様におかれましては、困惑させてしまったようで申し訳ありません。
謹んでお詫び申し上げます。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は修正させていただきました。ありがとうございました!